挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
庸滅亡 作者:文叔

第四章 昏晦平原の戦い

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

27/81

第四章 昏晦平原の戦い 7

 庸軍の方はたまらぬ。むしろ突撃してきてくれた方が乱戦に持ち込めて、数において押し返すことができたかもしれない。もちろん突撃を受ければそのまま潰走かいそうに移ってしまう可能性も高かったが、外側の兵から射殺されてゆく様は別種の恐怖であった。まして相手には一兵の被害もないのである。
 それでも各部隊、あるいは各兵が独自の判断で矢を射返し反撃に出る。盾でこらえ、持ちこたえる部隊もあった。なにより中央に位置する呂石の司令部までは矢は届かず、冷静さを取り戻しつつあることが反撃の端緒たんしょになりうるはずだった。
北狄ほくてきめ、あやまったな」
 機先を制された庸軍であったが、騎馬民族が兵を惜しみ、本来の積極性を失った攻撃に出てきたことが呂石にその言を吐かせた。
「各軍、各部隊、おのおの盾で矢を防ぎつつ陣形を再編。敵の輪を断ち、逆に包囲するぞ」
 呂石は混乱する自軍に命令を伝達する。矢をこらえながら陣形を立て直し、周囲をまわる騎馬軍へ突進。輪を断ち切り、そのまま彼らを包囲する形へ作り直す。兵の損耗はあるが、それでもなお騎馬民族全軍をあわせたより庸軍の兵は多いのである。それも圧倒的に。再編が早ければ早いほど勝算は高まる。総司令官である呂石が腹をくくると、その覚悟は庸全軍へ染みてゆき、指揮官や兵たちは矢の雨にさらされながらも歯を食いしばり、再編を急ぎはじめた。

 庸軍のその動きを見たズタス、バジュ、スッヅは、しかしあわてなかった。
「やれ、仕方ない。ここはわしが大人になってやるか」
 小さく笑みを見せながら言ったのは、大人どころか老人であるスッヅだった。彼は庸軍の再編途中、敵の南側で全軍を止めると、わざと薄く陣を敷いた。矢は射かけ続けさせているが、徐々にその数を減らし、矢が尽きかけているようによそおう。
「ほう、老人が引き受けたか」
 南側で停止したギョラン軍に合わせ、西側で軍を停止させたズタスは意外そうに笑った。それは東側で軍を停止させたバジュも同様である。
「スッヅ老は最も利かぬ気があるかと思ったがな。わしかズタスに押しつけるかとばかり」
「なにか心境の変化があったのでしょう。あるいは最前において庸軍を撃滅したいのかもしれません」
 笑うバジュにタクグスはスッヅの心情を忖度そんたくし、そう答える。
「なるほど、ありえるな。ではわしらはそれに遅れぬようにせねばな」
 甥の意見に笑いながらうなずくと、彼は自軍へ、庸軍に対してさらに矢を射かけさせるよう命令を発する。ほとんど同じ時機にコナレ族からも矢数が増え、庸軍は左右から矢の豪雨にさらされはじめた。


 庸軍は必死だった。兵の必死さはおのれの命を守るためのものだったが、司令官のそれはなんとかこの状況を打開するために傾注けいちゅうされている。
 と、自分たちの周囲を廻り、こちらに攻撃の的を絞らせなかった騎馬民族たちが動きを止めた。
 北への道だけを開け、東、西、南から矢を射かけてくる。これはこれでもちろん痛撃をこうむるが、包囲を破るきっかけにはなり得た。もちろん呂石は騎馬民族たちのこの行動になにか罠があるのではないかと疑いはした。が、今はそれを精査している余裕がない。とにかくどこかを突破し包囲を破らなければ全滅である。
「北か、南か」
 東西の陣容は厚い。陣を立て直し突撃をしかけても容易には破れそうにない。いや破れるかもしれないが、南や北へ突進するに比べれば、兵の損害は大きく、時間も取られてしまうだろう。その間に後背から攻撃を受ければ被害はさらに大きくなる。得策とは言えない。

 では北はどうか。がら空きであり最も突破がしやすい。最初の突進方向だっただけに、部隊も大半がいまだに北を向いていて再編もしやすいかもしれない。だがあからさまに開放されているだけに、その方向への進行はためらいがあった。騎馬民族にしてみれば、自分たちが北へ走り始めれば当然背後から襲ってくるだろう。その攻撃に味方が大きな被害を受ける可能性は高く、それどころか壊滅の恐れすらある。
 また北は彼らの故地に近く罠も張りやすいだろう。伏兵の存在はありえないが、要所に落とし穴などが掘られていたら、全軍がつまづいて倒れ込んでしまいかねない。そうなればあとはなぶり殺しである。
「やはり南か」
 南なら自分たちが進撃してきた道であり、落とし穴などの罠がないことは確認してある。それに南は自分たちの本拠地への方向で、兵たちの士気もたもちやすい。いや、逆に故郷へ逃げ帰る心理が強くなりすぎて、北へ向かうより潰走しやすくなってしまうかもしれない。が、だとしても逃走先に希望があるだけに、逃げきれる兵の数は北へ向かうより多くなるはずである。その兵を再編して雪辱戦を挑むことは可能であるはずだった。また敗残兵であってもその数は、騎馬民族よりなお多いはずでもある。
 とにかくここまで庸軍は騎馬民族軍に先手を取られ続けているのだ。じり貧になる前に、一度すべてを最初から構築し直した方が勝算は上がるはずであった。
「全軍、南へ向けて再編! 急げ!」
 呂石は陣容の薄いギョラン族へ向けて全戦力を叩きつけるべく、命令を発した。


「よーし、南へ向かう気になったな」
 庸軍の新たな動きを、ズタスは馬上から遠望しつつうなずいた。
 ここまでは彼らの思惑通りである。北、あるいは西や東へ突進する可能性も考えてはいたし、そうなればなったで戦いようはあるのだが、やはり南へ向いてもらった方が様々にやりやすくなる。
「機を見誤るなよ。ここからは速度と勢いとがより大切になるからな」
 矢を射かけさせつつ、ズタスは庸軍の動きを注視し続ける。一瞬が生死を分けるというほどではないが、それでも絶好の機を得られれば、庸軍六十万を蹂躙じゅうりんできる可能性が高いのだ。ズタスにその好機を逃す気はなかった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ