挿絵表示切替ボタン
▼配色







▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる
庸滅亡 作者:文叔

第四章 昏晦平原の戦い

しおりの位置情報を変更しました
エラーが発生しました

ブックマークしました。

設定

更新通知 0/400

設定を保存しました
エラーが発生しました

カテゴリ

ブックマークへ

以下のブックマークを解除します。
よろしければ[解除]を押してください。

ブックマークを解除しました。

26/81

第四章 昏晦平原の戦い 6

 それら様々な見えない場所での準備や駆け引きの結果、コナレ族とギョラン族は戦場に間に合ったのだが、最も驚くべきは、この「作戦」が三族の間でまったく相談も示し合わせもなかったことである。
 スンク族は庸軍が六十万の大軍をもって自分たちへ向かってくることを知りながら、コナレ族へもギョラン族へも救援の要請ようせいはしなかった。コナレ族とギョラン族も、スンク族へなんの連絡も取らなかった。彼らが互いにちかったのは「おのおの勝手にやる。干渉かんしょうするな」だけである。互いに協力して庸軍に立ち向かうなど、一言も言っていない。
 ゆえにスンク族が他の二族へ救援を求めれば、それは対等な立場での要請ではなく、下の立場からの懇願こんがんになる。そんなことがバジュに耐えられるはずもなかった。
 コナレ族とギョラン族も同様である。ここで「自分たちが助けに行ってやろう」とスンク族へ告げても、それは恩を着せることにならない。自分たちから申し入れる以上、「共に戦わせてください」と頼んだことになるのだ。相手――この場合はバジュ――に「一人で戦うのは怖いか。いいだろう、おぬしらを守ってやろう」と嘲笑ちょうしょうされるだけである。
 この三族は誇りにかけて互いに連絡は取れなかった。
 だが同時に彼らは現実を直視する強さも持っていた。
 庸の大軍を前に、それぞれの族が単独で戦っていては各個撃破されるだけである。そのことはわかりきるほどわかっており、彼らは自分たちが共闘する以外、庸軍を撃退する方法がないことも理解していた。

 その「共闘以外にない」という現実理解能力ゆえにコナレとギョランはこの場に出現したのだが、スンク族と意思の疎通を欠いていた二族がなぜ絶妙の時機タイミングに現れることができたのか。
 彼らはおのおのが考えたのだ。
 庸軍がスンク族を襲うとすればどの道筋を取って北上してくるか。その時スンク族はどういう行動に出るか。そしてどの地にどの日時に到達し、どこで戦端を開くか。
 六十万の大軍が陣を布ける広い大地など、いかに広大な央華大陸とはいえさほど多くはない。まして戦場に適した場所となれば、さらに候補は絞られる。
 それらの要素を加え、バジュの性格、そして庸軍の総司令官である呂石の人となりや性向もすべて計算に入れた上で「この月この日のこの時、昏晦こんかい平原において戦端が開かれる」との結論に達し、それにあわせて軍を動かしたのである。

 ここで「バジュの性格」を考慮に入れていることも重要である。気に食わない相手ではあるし、いずれ雌雄しゆうを決する敵であるとしても、バジュも優秀な男である。連絡を取らずとも自分たちが「救援」に現れることは考えているはずで、であるならそれに適した場所や日時に庸軍を「誘導」するはずであった。
「その程度のこともできねば、バジュも大した男ではないな。共闘する価値もない」とズタスやスッヅは思うが、バジュの方でも「この程度の狙いもわからねば連中も先が見えるな。わしの下で使ってやらねば天寿をまっとうすることもできまいよ」と甥に憫笑びんしょうしていたからお互い様である。
 彼らは互いを嫌っていたが、その能力は信用していた。


 その信用が、今報われはじめた。
 庸軍はいきなり右方に現れたコナレ族とギョラン族にうろたえ、スンク族への突進を鈍らせる。それどころかいくつかの部隊が右へ向きを変えるような動きまで見せはじめてしまった。
 呂石を長とする司令部からはなんの命令も出ていないのだから、本来であればこのまま前進するのが当然である。また訓練の行き届いた軍であれば、鉄の意志をもって思わぬ敵襲の恐怖に耐えることもできる。だがこの庸軍は、数をそろえるために徴集したばかりの兵もおり、訓練が不充分な者が多かったのだ。
 恐怖に乱れ、新たな敵へ向かおうとする兵を各指揮官が必死に抑える。だが前進する兵の数が六十万もあるだけに、わずかなよどみも混乱を招く。止まろうとする兵と止まるに止まれず前進を続ける兵とが入り交じって「渋滞」が起こり、よどんだ河の流れのように全軍に乱れが生じた。中には周囲の兵に押され、地に倒れ、止まれない味方の兵に踏みつぶされて死んでゆく者まで現れる始末である。
「止まれ! 全軍一時停止!」
 自身の動揺は一瞬で納め、呂石は全軍に一旦いったん立ち止まり、態勢を立て直すように命じる。だが弱兵ではそれすら困難であり、場所によってはさらなる混乱を招くほどであった。

「よし、庸軍が乱れたぞ。全軍つづけ!」
 庸軍の混乱を見て取ったズタスとスッヅは、自軍にそう命じると、馬速を落とさずに庸軍の背後へ回る。だがそのまま突撃するわけではない。混乱する庸軍の周囲を走りはじめたのだ。それは庸軍と対峙していたスンク軍も同様で、彼ら三族は、スンク族、コナレ族、ギョラン族の順に庸軍の周囲を弧を描くようにまわり、そのままスンク族の先頭がギョラン族の最後尾に近づくことで、完全に円で庸軍を包囲した。
「射よ!」
 走る円と化した騎馬民族連合軍は、族長たちの命令一下、庸軍めがけて矢を射はじめる。数万の矢が庸軍 外縁部がいえんぶへ降りそそぎ、兵たちをぎはじめた。


 ズタスにしろ他の二人にしろ、族長である彼らは自軍の兵を無駄に殺すつもりはなかった。いくら不意を突いたといっても、庸軍の総数は彼ら三族を合わせたとてまだ五倍以上あるのだ。まともに突撃をしかけても容易には撃退できず、味方への被害も無視できない大きさになったはずである。
 ゆえに彼らは、安全な距離から一方的に庸軍を削ってゆく戦法を取ることにした。
 これも彼らは相談はしていない。各族長がおのおの考えた結果である。いちいち符号する互いの考えに不愉快さは覚えるが、この時この場ではやむを得ないとも思う彼らであった。
+注意+
特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。
↑ページトップへ