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庸滅亡 作者:文叔

第四章 昏晦平原の戦い

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第四章 昏晦平原の戦い 5

 だがその命令を出した直後、驚天動地きょうてんどうちの報告が呂石へもたらされた。
「右方向に騎影確認! 数、十万以上!」
「なんだと!?」
 進み始めた自軍の流れの中、呂石は目をいて右を見、そしてすぐにきつく閉じた。北を向いて布陣していた庸軍の右方向は東で、朝日を直視してしまったのだ。
 それでもまぶしさにくらんだ目をなんとか薄く開いてもう一度見る。
 そこには確かに馬群の上げる砂塵さじんが見えた。砂塵の大きさからいって十万以上という数は大袈裟おおげさではない。だがよく見ると、それらは一つにまとまっているわけではなく、大きい馬群と小さい馬群の二つに分かれていた。小さいといっても四万から五万はありそうだが、その数に呂石はハッとする。
「コナレ族とギョラン族か!」
 五万はギョラン族のほぼ全軍、そして大きい馬群の数はおよそ八万くらいで、それはコナレ族のほぼ全軍であった。だが同時にそれは、呂石と庸軍にとってありえない光景でもあった。
「なぜだ! なぜここにコナレとギョランがいる!?」
 疑問を口にして叫んだところで現実の状況は変わらない。それでも呂石は叫ばずにいられなかった。あれだけ何度も確認し、コナレ族とギョラン族の参戦はないと結論づけただけに、それも無理はなかった。


 呂石にとっては不可解ふかかい極まる事態だが、事は単純であった。コナレ族とギョラン族は、庸軍の斥候が帰った後に、全軍をもって出撃したのだ。両族とも庸軍の斥候をはっきり確認したわけではなかったが、彼らが自分たちの陣から離れるまでのだいたいの時期は予測できる。その予測から、さらに、斥候が庸軍へ帰り着くであろう日時を予測したのである。それがほぼ正確だったのは、呂石の驚愕からも明らかだった。

 そしてもう一つ、呂石は騎馬民族のことをよく知っていたが、騎馬民族の方も長年戦ってきた呂石の性格をかなり正確に把握していた。
「呂石は慎重であり、確認すべきことは何度でも確認し容易には決断しない。だがそれだけに一度決断すればそのことに集中し、他のことは脳内から消す。何度も確認してのことだからそれは正しくはあるが、ゆえにその確認と決断の隙を突けば効果の大きい奇襲ができる」
 ズタスもスッヅもそのことをわきまえており、一度自分たちのことを斥候に探らせ、呂石に「危険なし」と判断させる。そうすれば彼らの存在は呂石の意識から消えるとわかっていた。
 その間隙を、二人ともが的確に突いたのである。

 それにしても両軍の移動は速すぎた。呂石にしても斥候の帰営には余裕をもっていたのだ。斥候が帰った後に両族が出撃したとしても、庸軍とスンク族との会戦には間に合わない程度には。
 だがズタスとスッヅはこれを上回った。
 突然、行軍速度が上がったわけではない。彼らは自分たちの「新領土」を徹底的に調べ上げていたのだ。
 庸にある地図を手に入れ、支配した庸人を脅したり案内させ実地でも調べ、戦いその他に滞りがないよう調査を繰り返していたのである。


 それは韓嘉かんかの指示でもあった。
 新領土はコナレ族にとって未知の土地である。そして庸軍は必ずこの地を奪還するために大軍を仕向けてくる。その際なんの準備もなければ「地の利」は庸軍にこそあるのだ。
 韓嘉はそれをズタスに指摘し、ズタスもそれを正しいとして、かなりの数の部下を調査のためにいたのである。
 戦いのためとあればコナレ族の兵たちも調査に力を入れる。
 また韓嘉にしてみれば統治のために必要なことでもあった。その証拠に韓嘉はズタスを通じて全軍に、その土地の戸籍や農地についての文献は焼かせないように厳命させてもいた。
 これらの調査は行軍のために必要な道路についても知識を与え、コナレ族の行軍速度を増大させたのである。


 ギョラン族の方は最初はそこまで領土調査を徹底させていなかったが、恥も外聞がいぶんも誇りも捨ててコナレ族のすることを模倣もほうすると決めているスッヅは、彼らが新領土を熱心に調査するのを見て、自分の配下にも同じように調査をさせはじめた。
 そのことによりスッヅも「地の利を得よう」というコナレ族の意図を悟り、より力をこめて調査をさせるようになった。

 行軍については位置的に、ギョラン族もコナレ族の領内を通ることになる。が、それについてズタスは今回に限り黙認することにしていた。
「しかしおさよ、それではギョラン族に我らが領土の知識を与えることにはなりますぞ。将来の禍根かこんになりかねませぬが」
 幕僚の一人が示す懸念けねんに、ズタスはうなずきつつも答える。
「たしかにな。だが今回ばかりは仕方がない。庸軍を撃退せねば、我らも北へ帰るしかなくなるのだ。そうならないためにはギョラン族の戦力も必要だからな。それに連中に見せるのは連中が通る道路だけだ。もしそこを利用して連中が我らを攻めてくるとなれば、返ってそこに罠を仕掛ける余地ができる。そう悪い話ばかりではないさ」
 ズタスは不敵な笑みを浮かべてそう言い、そして不敵さをさらに増して続ける。
「それにだ、わしはギョランが攻めてくる前に連中を攻め滅ぼすつもりだ。おぬしもそのつもりでおれよ」
 族長のその気宇きうに、幕僚は頼もしさとともにうなずいた。
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