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庸滅亡 作者:文叔

第四章 昏晦平原の戦い

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第四章 昏晦平原の戦い 1

 庸軍は六十万の大軍のまま北上を続ける。コナレ、スンク、ギョランへそれぞれ二十万ずつ振り分けて同時に攻撃を仕掛けることを提案する者も多く、これだけの戦力差があるのならそれも決して間違いではなかった。
 だが全軍を指揮する呂石りょせきは、この案を取らなかった。
北狄ほくてきには全軍をもって一つの族に当たる。戦力を分散することはせぬ」
 これは英断だった。呂石は寧安において軍全体をつかさど司馬しば(軍務長官・防衛大臣)の職にいているが、つい三年前までは北監ほくかん(北方防衛隊総司令官)であり、北の現場をよく知っていたのだ。
 そうであればこそ普段なら功を求めて自ら指揮をりたがる宦官派も、宦官に対抗して同じように前線に出たがる士大夫派も、呂石を対騎馬民族迎撃軍総司令官にすことに賛成した。それほど今回の危機はだいなるものなのだ。宦官派にしてみれば本物の前線に出ることは恐ろしいという理由もあったが。

 そして現場を知る呂石は、騎馬民族の戦闘力を身に染みてわかっている。正面から戦って勝てる保証はどこにもなかった。彼も武人であり、本心を言えば彼らとほぼ同数で正面から戦って撃ち破ってみせたいという衝動はある。だが今度の戦いは絶対に負けるわけにはいかないのだ。今の自分が敗北すれば、北河ほくが以北は完全に北狄の手に落ちてしまう。そうなれば彼らからの地を奪還するまで、どれほどの時間と兵力と労力が必要となるか。そしてその間、北河以北に残された庸の民は、どれほどの苦しみの中を生きなければならぬのか。いや生きてゆければまだしもで、どれほどの数の民が死なねばならぬのか。
 ゆえに呂石としては必勝の戦法を取らざるを得なかったのだ。
「数で押しつぶす」
 一人一人の兵の戦闘力に劣り、将の質でも劣る庸軍としては、数にたのむしかなかった。
 これは恥でも卑怯でもない。戦力と補給を整えるのが戦いの大前提なのだ。言い換えればこれさえ整えていれば大負けをすることはほとんどないし、仮に大敗したとしてもすぐに軍を立て直して反撃に移れる。無限の回復力を誇る軍隊に勝利するのは、騎馬民族どころか歴史上の名将にすら困難であった。

 そのことをよくわきまえる呂石は、まずは西に割拠かっきょするスンク族へ全軍を叩きつけることにする。様々な情報から、スンク族の兵数は約四万で、コナレやギョランに比して最も少ないとわかったからだ。兵の数で戦力の絶対を測れるものではないが、それでも四万に対して六十万である。十五倍の敵に対してでは、どれほどに精強な軍であっても抗しきるのはまず不可能であろう。
 そしてスンク族を殲滅せんめつ、あるいは長城の北へ撃退した後、そのまま余勢よせいって東へ転じ、コナレ族を撃つ。コナレ族が最も数が多く精強な軍であるが、(スンク族に苦戦せず戦力を維持できれば)敵の兵数は七分の一である。加えてスンク族に勝利し自信を得た庸軍であればコナレ族を押し切ることも可能であろう。
 そうしてコナレ族にスンク族と同じ運命をたどらせた後、最後に残るギョラン族も押し潰す。戦略というには大雑把であるかもしれないが、大軍に細かなことを求めては返ってマイナスになる。呂石は数で押し切ると決めた以上、それを前面に出して押し通すつもりであった。騎馬民族に劣るところが多い自軍の、唯一と言っていい有利な部分でとにかく攻める。
 決して間違っていなかった。だが呂石の戦略は、各個撃破が可能な、彼ら三族が分裂したままであることが前提であった。


 呂石は騎馬民族をよく知っていた。知っていたがゆえに他族との共闘にあまり積極的でないことも知っている。強大な敵に対して一時的に手を結ぶことはあるし、庸の大軍に彼らがそうする可能性もあると考えてもいたが、仮に三族が共闘するにしても、連携は万全になりえないだろうとの予想もしていた。
 なんといっても彼らにとってここは敵地である。地の利はなく、連携どころか連絡にも事欠くことは必定なのだ。
「ゆえに速攻だ。北狄どもに共闘の隙を与えてはならぬ」
 その考えもあって呂石は、可能な限りの行軍速度で北上する。
 状況のほとんどは呂石の予想通りであった。だが一つだけ、三族の族長や上層部の能力が、彼の予想能力を上回ったことだけが誤算であった。
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