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庸滅亡 作者:文叔

第三章 三族

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第三章 三族 6

 こうしてコナレ族とスンク族の会談は実現する運びとなったが、この件にズタスもバジュもタクグスも、ギョラン族のスッヅを誘うことはなかった。とはいえ、自分たちが会うことを隠しもしなかった。それどころか積極的に噂は流したのだ。これだけでスッヅとしては一人置き去りにされる危険を悟らざるを得ない。
 そして噂はギョラン族がいる東方だけでなく、庸がいる南方へも流した。これにより庸軍がそれぞれの部族への各個撃破が難しくなると感じてくれれば、それだけで相手への圧力になる。くみしにくしと見て北上をあきらめてくれれば一番だが、国土回復の戦いである以上、これはありえない。彼らが迷って動きを鈍らせてくれればそれだけで充分である。その分自分たちは迎撃の準備を整えることができるのだから。
 あるいはコナレとスンクの同盟を阻止するために急ぎ北上してくるかもしれないが、そこはかけであった。


 そして今この段階で最も迷っているのはスッヅである。この老族長も騎馬民族なのだ。バジュ同様、他者へ頭を下げるのをいさぎよしとする性格ではなかった。
 しかし彼は、この時期には様々なことを諦観ていかんできるようになっていた。
「わしはズタスにはかなわぬ」
 その自覚がある。器量においても視野の広さにおいても、野心の大きさにおいても志の高さにおいても。これは自分が老いて力が落ちたからというわけではない。若い頃のスッヅでさえ、庸を侵略し、征服してしまおうとまでは考えなかった。せいぜい誰もし得ぬほど大量に略奪してやろうという程度が関の山で、基礎的な部分は他の騎馬民族と変わらない。
 ズタスの野心は、すでに央華大陸と北方の平原に住む人々全員の知るところとなっていた。攻められる庸側だけでなく、同じ騎馬民族の大部分にとってすら驚愕するしかない、コナレ族長の大志である。
 そして彼の行動に驚いた人間は、その驚愕ゆえ彼に届かないことを自動的に証明していた。
 スッヅも大多数の一人である。その現実がある以上、スッヅは深刻な敗北感を覚えずにいられなかった。弓や剣の戦いに負ける以上の敗北感である。彼はズタスに素直に臣従しんじゅうすべきかとすら考えた。戦いに負けた者は勝った者に従う。それが弱肉強食の世界に生きる者の掟なのだ。
 が、スッヅはそうはしなかった。彼には逆転の希望もあったのだ。
「見ておれズタス。オドーが力をつけたあかつきには、貴様など追い落としてくれる」
 スッヅが見つめる先には、彼の跡を継いで族長となるべき孫・オドーの姿があった。彼はいまだ十歳未満でしかない。だが「これは」という資質が見え隠れしはじめているのだ。
 騎馬民族らしい勇ましさと、多数の人間を統率する器量。個人の勇猛と、部族全体の力を発揮させる指導力が、幼い孫には内包されている。これは祖父の欲目ではない。老いたとはいえスッヅは大族の長であり、自身と身内を冷厳に見る眼力は衰えていなかった。
「オドーが成長し、わしの代わりにギョラン族を率いて平原も央華も征服する。そのいしずえを作るためならば、わしは喜んで捨て石になってやるわ。恥をかく程度、どうということもない」
 人間は未来に希望があれば現在の絶望には耐えられる。スッヅはズタスとバジュのもとへ自ら出向き、会談に加わることを決めた。彼らではなく、庸とはかってコナレとスンクを挟撃することも考えたが、それでは結局庸の領内で孤立し、滅亡させられてしまう。スッヅの現実把握能力も衰えてはいなかった。


 三族の長は、それぞれ多少の兵を引き連れただけで北河のほとりにある賀広がこうというみなとに集まった。そこはコナレ族の支配地ではあったが、東西からバジュとスッヅが集まるには中央であるコナレ族のいる土地にやって来ざるを得ない。また現状ではコナレ族が最大勢力を誇っているのも事実であり、バジュやスッヅにしてみれば、悔しくはあってもズタスの勢力圏内で会談を行わざるを得なかった。三族のどの勢力圏にも属さない場所でとなれば、それは庸の勢力圏となり、いくらなんでも危険が過ぎる。
 彼らは互いによる暗殺の危険も考えないではなかったが、これもまた現状においてなかなかありえないと踏んでいた。もし互いの誰かが誰かを殺したとして、それぞれの族が黙っているわけがない。ただちに報復に出て相争い、その混乱の中を北上する庸軍に攻撃されるだけである。その程度のことがわからない彼らではなかった。
 そして「その程度のことがわかる」という意味で、彼らは互いの理性と能力を信頼していた。でなければそもそも協定を結ぶ価値もない。最終的に雌雄しゆうを決することになるとしても、今は――能力的には――信頼のおける味方候補であった。


 賀広はコナレの勢力圏とはいえ、根拠地であるえきからはかなり離れている。安全は確保されているとはいえ、このような場所を選ぶあたりにズタスの気遣いも感じられ、バジュやスッヅから見ればコナレ族の協定への意思が本物であるとの確認要素の一つとなった。
「久しいな、コナレ族のおさ
 会談はバジュによって口火が切られた。三人とも、連れてきた兵は百長(百メートル)ほど離れた場所に待機させ、この場にいるのは彼ら族長だけである。三人とも馬上にあり、降りる様子はなかった。彼らは騎馬の民であり、族内の会議もしばしば馬上でおこなわれる。それは彼らの誇りの表明であり、異民族の土地に立つ今はなおのこと、彼らは自らの誇りを貴重に思うのだ。

 バジュに対しズタスもうなずく。
「六年ぶりだな、スンク族の長よ。ゲン族の身の振り方についての調停以来か」
 ゲンとはスンク族に属する一族であり、当時コナレ族との間にいざこざがあったのだ。血気盛んで力に対する信奉しんぽう度は央華の民以上の騎馬民族であったが、常に戦いのみで事を決してきたわけではない。彼らとて無駄に血が流れるのはけられれば避けたかった。
 ゆえにこの時のいざこざはそれぞれの族長の間で話がつき、大きな争乱につながらずに済んだのだ。
「スッヅおうも久しぶりだ。壮健そうけんのようでなにより」
 ズタスはスッヅへも声をかけた。央華の民ほどではないにしても、騎馬民族とて年経た者への敬意は欠かさない。ただし「弱き者」にまで衰えた老人に対しては、本当に形だけしか礼は払わない。彼ら騎馬民族にとって、やはり力ある者こそが正義であり上位者なのだ。
 スッヅはまだそこまで老いていない。それどころから自分たちと同等の力を保持している。衰えるはずの力が衰えず、老いてなお盛んな者は、騎馬民族内においてはより敬意を払われるに値するのだ。
 それだけにスッヅもズタスには鷹揚おうように対した。
「壮健も壮健よ。なんならおぬしの娘を一人くれ。子を産ませておぬしに孫の顔を拝ませてやるぞ」
 あながち冗談とは取れないことを笑いながら言うスッヅに苦笑を返してから、ズタスは表情をあらためた。
「さて、今日ここに集まったのは雑談を交わすためではないが… 否か、だくか?」
 ズタスはそれだけを尋ねた。話題に入るどころの話ではなく、いきなり本題であり、本題の内容すら告げなかった。その必要もなかったからだ。彼らの性向に婉曲えんきょくや修飾の文字は薄かった。
 ゆえにバジュとスッヅも短く答えるのみであった。
「諾」
「諾」
 これで三族の共闘はった。共闘といってもこの機に乗じて互いが互いを攻めないというだけのものであり、三人とも連携れんけいなど一言も口にしない。それぞれの族が攻め上がってくる庸軍を弧軍で撃破すべし、というだけである。
 これは誉めた話ではないかもしれないが、互いが連携して迎撃するとなれば、指揮系統をはっきりさせる必要がある。つまり誰かが誰かの指揮下に入るということで、これは彼らの自負心が許さなかった。気持ちの部分を置いても、指揮をる族が他の族を危険な場所へ追いやり、より大きな被害を与える可能性もあるのだ。彼らは互いを、そこまでは信用していなかった。

 ズタスは腰に下げる皮袋に詰まった酒を一口飲むと、それをバジュに放る。受け取ったバジュも一口飲む。さらに酒はスッヅの手に渡り、彼も一口飲むと、ズタスに投げ返す。
 これが調印の代わりであった。
 皮袋に詰まった酒はヴォル酒といい、北方で作られた濁り酒である。神事において使われる酒で、神が宿るとされていた。これを飲みながら誓約に背く者は、現世において騎馬の民から追放され、死後において神から見放され永劫に不毛の荒野をさまようとされている。
 これで協定は完全に成った。彼らはもう一度互いを見、ニヤリと笑うと馬首をめぐらし、自分たちの兵の元へ帰っていった。
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