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庸滅亡 作者:文叔

第一章 長城突破

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第一章 長城突破 2

 庸帝国は建国から百四十四年が過ぎている。広い央華大陸を統治し、隆盛を極め、時に戦乱や内紛はあれど、おおむね平和と安穏を享受していた。
 が、人にも国にも他のどんなものにも寿命はある。国家のそれは「個国差」はあれど、なぜか二百年を境に前後五十年程度の間に来ることが多いかもしれない。
 どんな帝国も建国時は清廉である。そして当時の状況にとって有効な統治方法を造り出す。さらにその方法を機構化することに成功すれば、その帝国は百年を越える長命を得ることが出来るのだ。
 だが時が流れれば、時代も人も少しずつ変わってくる。それは本人すら気づかぬほどゆっくりと、少しずつ変容してゆくため、表面はなにも変わっていないように見える。これまで成功を収めてきた統治機構が機能し続けているように見える。
 しかし徐々に歯車はきしみ、新しい時代に合わなくなり、多少の改造や修理ではどうしようもなくなってくる。根本的に、始めから造り直さなければどうしようもないところまで来てしまうのである。
 それが王朝交代の世、乱世である。中には自らの肉体に、出血も痛みも恐れず大手術をおこない、時代に合致したまったく新しい肉体(統治機構)を創り出して生き残る王朝もあるが、そのような存在は例外だった。ほとんどの王朝は自らの肉体の衰えを認めることが出来ず、ゆえに必死の延命措置にも関わらず死に至る。
 それは、庸も例外ではなかった。


 突入したズタスたちは、しばらく無人の兵舎を進んだ。それほど外には人がいなかったのだ。雪崩れ込んだ勢いのまま、剣を振るって庸兵をなぎ倒してやろうと考えていたコナレ族は拍子抜けし、しばらく走ったあと馬を止めて降り、少し警戒しながら兵舎をのぞく。と、そこには酒壺をかかえ、泥酔する庸兵たちの姿がある。一人ではなく何人も。他の兵舎も加えれば何十人も。
 これにはコナレ族も毒気を抜かれるほどだったが、一人を刺せば血に酔う。酔ってしまう。これまでの鬱憤も込めてコナレ族は反撃もままならない庸兵を惨殺しはじめた。
 ただ殺されてゆくだけの庸兵の姿に、自身は馬上にまたがったままズタスはため息をつく気分だった。
「張堅は庸の腐敗の責任は宦官の専横ゆえだと言っていたが、決してそれだけではないな…」


 庸帝国は宦官の勢力が強い国柄だった。その理由は建国時にさかのぼるのだが、詳述は後にまわす。とにかく建国に多大な貢献をした宦官がいたということである。
 宦官とは去勢した男のことで、彼らは皇帝の家庭である後宮の雑務を取り仕切るために存在した。後宮に存在することが許された男は皇帝ただ一人。しかし女だけではどうしてもこなせない仕事も多々ある。そのために彼らは必要であったのだ。
 だが皇帝に近く、また「家庭内」で常に顔を合わせるのである。宦官が皇帝や後宮の女たちに影響を与える余地は大きかった。
 宦官は本来、央華では不浄の者として蔑視される存在であり、官職に就くことも出来なかった。だが庸に限っては建国の事情から、例外のように彼らにも官途への道が開かれていたのだ。
 それでいて皇帝の実質的な「家臣」になりやすい立場であることにも変わりはなかった。公私とも玉座に近い存在であるとすれば、これは国政に影響が出ない方が不自然であるといえた。
 中には高潔で有能な宦官もいた。だが大部分は私欲のために皇帝を利用し、そのぶん民に迷惑をかけるような輩が多かった。

 もちろんそのような状況を憂えて宦官を一掃しようと画策する皇族、士大夫(貴族)もいなかったわけではない。それどころかそれぞれの時代に幾人も現れるのが常であった。
 だが宦官は自分たちが子孫を遺せないことを知っているがゆえに、現在の栄華を死守しようとする執念は、国を取り戻そうとする士大夫達の意志にまさった。宦官はあらゆる手段を講じて彼らに敵対する者たちを徹底的に排除してきた。時に彼らが窮地に陥ることもあったが、それでも粘質の精神力は簡単に負けることを許さず、最後には必ず逆転して、国内での地歩をますます固めていった。

 そんな時代が百五十年近く続き、宦官の勢力は、ついに何者にも覆せない領域にまで達していた。
「何者」に例外はなく、皇帝ですら彼らを抑えることができなくなってきていたのだ。

 しかし、宦官たちはやりすぎた。皇族や士大夫など、彼らの敵を追いつめすぎてしまったのだ。袋小路に追い込まれ、上下左右にも道がないと知った敗者は、そこから抜け出し、さらに逆転を狙うため、思いもかけない行動に出てしまうことが多々ある。それが後にどんなに巨大な災厄になるかわからずに。あるいはわかっていても、現状をどうにかするためあえて目をつぶって。
 まさか士大夫の一人である張堅が、北方の遊牧騎馬民族の力を借りて自分たちを追い落とそうとしているなど、宦官たちには考えつくこともできなかった。なぜならそのような行為は、宦官からまつりごとの実権を取り戻すどころか、多くは亡国への片道切符にしかならないからだ。
 そのことを宦官たちは過去の歴史から学んでいた。張堅も知っていた。だが張堅は「祖国 いとし」と「宦官憎し」とに目がくらみ、後に起こる惨状をあえて無視したのだ。あるいはそのような結末を回避する自信があったのかもしれないが、結果は歴史の多数例と同様であった。
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