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庸滅亡 作者:文叔

第三章 三族

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第三章 三族 5

 ズタスはしばらく待った。庸軍はすでに北上の準備を始めている。ゆえにそれほど時間はなかったが、できれば自分からではなく相手から申し出がある方が望ましい。そしてそれは充分に期待できた。
「でなければ興醒きょうざめでもあるからな」
 ズタスに限らず騎馬民族は待つより動く方が性に合っている。速攻こそが彼らの本領であり本懐ほんかいなのだ。それだけにズタスも苛立いらだちを覚えないではなかったが、その時間は短くて済んだ。やはりより追いつめられているのは、自分たちより彼らの方なのだから。
「来たか」
 待っていたものがやってきたことにホッと笑みをこぼし、ズタスはスンク族の使者を迎え入れた。
おさはズタスどのとの会談を求めております」
 使者は単刀直入に自分たちの族長であるバジュの希望を告げた。
 会談の目的は聞くまでもない。庸軍に対する共闘である。このまま庸軍をそれぞれの族軍で迎撃するのはあまりに厳しい。庸内にすでに相当確かな根拠地を得たコナレ族でさえそうであるのだから、まだ足場すら固めきれていないスンクではなおのことであった。


「なぜわしらがズタスに頭を下げねばならん。共に戦うというのであれば、向こうから来るまで待てばよいではないか」
 当初、タクグスがコナレ族との共闘のために使者を送るようバジュに頼んだとき、叔父は甥の頼みを真っ向から拒絶した。騎馬民族の性向は、やはり直情型が多いのだ。それを多少なりとも抑え、広い視野を持つ者が族長となりうるのだが、それでも持って生まれた性向はなかなか変わらない。ズタスでさえその傾向はあるのだから、タクグスのように柔軟で、一歩間違えば軟弱と取られかねない思考や性向を持つ者は騎馬民族ではめずらしく、またそれだけに貴重であった。
 彼はこのまま単独で庸軍と戦う不利を叔父に説いた。
「叔父上、庸軍の規模はまだはっきりわかっておりませぬが、我らよりはるかに多いのは必定。いかに弱体の庸軍とはいえ、数で押されれば不利はまぬがれませぬ。ましてここは敵地。我らは一応はこの地を手に入れることはできましたが、いまだ完全に掌握しょうあくできたとは言えませぬ。この地に数多く残る庸人が、庸軍の攻撃とともに反旗をひるがえせば、我らには北へ引き返すしか道はありませぬ」
 庸の地を領有したとはいえそこに住む人間を皆殺しにしては、なんのための支配か意味をなさなくなる。人間を支配してこそ、支配は支配の名に値するようになるのだ。スンク族にしろコナレ族にしろ、電撃的な攻撃により庸の地を攻め、民を服従させはしたが、それが表面的なものでしかないことは自覚している。自分たちの軍事力にかげりが見えれば、それだけで容易に重石おもしがはずれ、庸人たちは叛乱を起こすであろう(彼らにしてみれば叛乱ではなく正当な解放運動だろうが)。
 そして今の状態で庸軍の攻撃を受ければ、確実にそうなる。

「ゆえにまずは庸軍を確実に撃退する必要があります。それをした後、あらためてこの地を根拠地として固め、コナレ族に戦いを挑みましょう」
 タクグスの言うようなことを他の者が口にすれば、騎馬民族の間では「口先ばかりの臆病者」という蔑視べっしを受ける可能性が強い。事実、つい弱気になって後ろ向きなことを口にしたがために叛乱を起こされ、暗殺された族長もいるほどである。
 だがタクグスは不思議と他人の心に負の感情を芽生えさせないものを持っていた。央華の民であれば「徳」という言葉で表したかもしれないが、とにかくタクグスの言うことなら、気性の荒い騎馬民族の男でも素直に聞くのである。またタクグスにはこれまでの武勲もあった。力と徳が備わった者が口にすることなら、他者は聞く耳を持つものだ。
 それはバジュも例外ではなく、彼は聡明そうめいなこの甥に敬意すら持っていた。それでもたださなければならないことは多々ある。
「しかしこの機にズタスが攻めてきたらどうする。庸軍とコナレとに挟撃されれば、さすがに我らといえど厳しいぞ」
「いえ、それはございますまい。仮にズタスが庸軍を無視して我らを攻撃してくれば、コナレ族の方が横腹を庸軍にえぐられることになります。そのような愚行をあの男が犯すはずもありません。またズタスは庸軍を自分たちだけで受け止めるのは得策ではないと気づいてもいるはずです。あるいはコナレ族だけでも庸軍を迎え撃つことはできるかもしれませぬが、そのためには全軍を庸軍に向ける必要があります。が、それでは今度は我らに横腹をえぐられます」
 コナレ族の現状を明確にしつつ、タクグスは続ける。
「また仮に庸軍が三方に分かれて我らを各個に撃破しようとした場合、正直、我がスンク族は持ちこたえられませぬ。東方に割拠するギョランも同じく持ちますまい。それほど庸軍と我らの数は違いすぎます。あるいはコナレ族は持ちこたえられるやもしれませぬが、とすればコナレ族は庸軍に南、東、西を包囲されることになります。そうなってはいかにコナレ族といえど、これ以上の進撃は難しくなりましょう。それどころか庸軍に押し出され、北へ帰った我らが長城の北に陣を敷けば、四方を囲まれることになります。こうなっては庸への進撃どころか滅亡の危機でしかありませぬ。ゆえにとにかくまずは、全力をもって庸軍の撃退。それは我らもズタスも変わりませぬ」
「なるほど…しかしやはりズタスからの使者を待つ方が…」
 理を持って説かれると、バジュにも事情は飲み込める。だがやはり感情として他者に、しかも本来であればほぼ同等の力を持つ――上位ではない――相手に物を頼むのは抵抗があるのだ。そのような叔父の気質を知っているタクグスは笑って提案した。

「では叔父上、私の一存でズタスに共闘を申し出たという形にするのはいかがでしょう。叔父上の預かり知らぬところで甥が勝手に事を起こしたということで」
「なに?」
 甥の言うことに意表を突かれ、軽く目を見開いて驚くバジュに、タクグスは続ける。
「臆病者の甥が叔父の許可も得ずにコナレ族へ使者を送るのです。当然私は叔父上に叱責しっせきされ罰も受けますが、たとえ部下が勝手にやったこととはいえスンク族の名においておこなったことに責任を取るのが族長の責務。そのような形でズタスと会談をおこない、共闘を獲得なさいませ。さすれば叔父上の誇りは傷つきますまい」
 笑って言うが、それはタクグス自身の誇りが傷つけられる提案である。彼にとってはスンク族存亡の危機であれば、己の面子にこだわる意志は薄いということなのだろう。
 だがそんな甥にバジュは自身の狭量きょうりょうを見た。彼は小さく笑うと甥の提案を指先で弾くように軽く却下する。
「わしの誇りがその程度で傷つくと思うか。どうせ最後にはズタスもコナレも我が膝下に入るのだ。今こちらから共闘を求める程度、どうということはない」
 いささかみっともなさを自覚しながらも、バジュは本心からそう宣言した。表情に陰りはなく、叔父が真実そう口にしているのを悟ると、タクグスはうれしげに頭を下げた。彼は実際に提案通りにしても構わないと考えてはいたが、叔父の器量を信頼してもいたのだ。少しのきっかけさえあれば、叔父の器量はズタスにも劣らない。それを確認できたがゆえに、タクグスは新たな信頼とともに叔父に低頭したのである。
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