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庸滅亡 作者:文叔

第三章 三族

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第三章 三族 3

 スンク族はコナレ族に匹敵するほどの大族であったが、彼らより小さな族といえども、欲望や野心まで同じように小さなわけではない。その大望や大欲ゆえに、機会さえあれば大利を得たいと考えていた族も多い。その機会が今であると知り、誰よりも敏速で適切な行動を取った族もある。ギョラン族がそれであった。
 ギョラン族はコナレ族やスンク族に比べると規模はやや小さく、彼らの三分の二程度である。常に彼らに圧迫され、しかし屈することなく自主と自立を保っていたが、それも苦しくなってきていた。他の二族、特にコナレ族の拡大力が抑えがたいものになってきていたのだ。
「このままでは我が族は押し潰されて吸収されるしかない。どうすればよいのか」
 ギョラン族の族長はスッヅという。年齢は六十一歳。この時代からすれば充分に老人であり、実力主義の騎馬民族では引退しているのが普通の年齢である。だが彼は文字通り「実力」で族長の地位を守り続けている。彼に息子がいないわけではなかったが、長子から三子までが独立したところで、彼の跡を継ぐべき末子が突然病死してしまった。息子の死を哀しむ親の情がスッヅを満たしたが、それと同時に族長としての責任感はより強く彼を突き動かした。末子の息子、スッヅにとっては孫にあたる男子を新たな後継者とし、彼が成年に達するまで自分が族を守ってゆく。その意志のもと、あと十年、十歳未満の孫・オドーが遜色そんしょくなく部族を率いてゆけるようになるまで老体である自分を忘れ、自身にむちを入れて生きながらえることを決意したのだ。

 老人とはいえスッヅの体は頑強で、並の男であれば若者や壮年ですらかなわない。また年輪からくる威圧感と眼光は、多少の精神力を持つ相手もひるませずにはおかなかった。敵が凡庸ぼんようであるのなら、彼一人で十年族を持ちこたえることは可能であっただろう。だがこの時代の彼の敵は、凡庸には程遠い野心と力を持つ男であったことが不幸だった。
 スッヅの思考は充分に柔らかく、知も経験も鋭いものがあったが、残念ながらそれは騎馬民族の域をでるものではなく、ズタスの広さには及ばなかった。そしてその差がギョラン族の勢力をコナレ族に削られる原因となる。そのことを薄々ながら察していたスッヅは、屈辱に歯噛みする思いであった。

 だが、スッヅもまた凡庸ではなかった。並の男、というより老人であるならばこのような事態に陥ったとき、思考に硬直を起こして逆上し、現状をさらに悪いものにしてしまうところだったが、スッヅは違った。自分が劣っていることを認めてもそれを老いのせいにはせず、そこから自らをかえりみ、一からすべての考えをあらためる覚悟でのぞんだのだ。
 具体的にはコナレ族を観察し、自分たちにない彼らの良い点を吸収しようとしたのである。
「口惜しくはあるがズタスは優秀だ。しかし見ておれ、オドーの代には我らがおぬしらを打ち負かし、平原の覇者となってやる。そのためにならば、わしは捨て駒になっても構わん」
 族長としての責任感と自負、そして孫への愛情と希望が、彼が自ら築いてきた誇りにしがみつく愚を犯させなかった。人は老いたから成長が止まるのではない。成長する意志を止めたときに老いるのである。スッヅは自覚なくその愚を避け、部下のため、孫のために己を改革し、部族を作りなおしていった。


 部族の改革は、反対者も多数出たが、スッヅの命をしたような迫力に押さえつけられ、強引でありつつも順調に進んだ。
 だがそれでもコナレ族には追いつけない。コナレ族はスッヅ=ギョラン族にとって師ともいえる族になったわけだが、それだけに自己改革の推進力は彼らを上回る。追っても追っても追いつけず、それどころかさらに離される現状に、さすがにスッヅの意志も折れそうになってきた。
 が、ここでコナレ族が長城を越えて庸内に侵入したとの報が入る。長城を越えたことは衝撃とはいえ、それでも騎馬民族のほとんどは、コナレ族の目的は略奪だけでありすぐにでも故地である北の平原に帰ってくるだろうと考えていた。彼らが急いでコナレ族の後を追ったのは、自分たちにとっても略奪の好機と見たからであり、コナレに獲物のいいところをすべて奪われてしまうわけにはいかなかったからである。
 だがここで、スッヅだけは天啓のようにズタスの真意を悟る。それができたのはコナレ族をつぶさに観察してきたためであり、老年になってなお思考と心を柔軟にする努力を怠ってこなかったからである。
 絶望へしかつながらないと思えた努力が、スッヅに起死回生への一手を打たせた。
「東だ! 我らは東へ直進せよ!」
 他の部族がコナレ族を追って真っ直ぐ南下するのを尻目に、スッヅは東南へ向けて集めた兵を疾駆させた。
 コナレ族、ズタスは一時の略奪を企図しているわけではない。恒常的こうじょうてきな央華大陸支配を構想しているのだ。そのことにスッヅは気づいた。そしてこの時点でズタスの意図に気づけていたのは、騎馬民族の中では(庸の中でも)彼だけであった。
 ズタスは庸内へ侵入させた兵を帰すことはない。それは庸を混乱させ、他の騎馬民族も巻き込まずにはおかないであろう。コナレ族の後を追っただけでは彼らの後塵を拝するだけで、略奪品にしろ領土にしろ、コナレ族が奪わなかった出涸でがらしのような物しか手に入らない。それではギョラン族の現状を覆すどころかより衰退する流れにしかならない。
 ゆえにコナレ族が手をつけていない場所を攻め取る。ギョラン族の根拠地は、北の平原の東寄りだったこともあり、スッヅはその方向へ流れて長城へ迫った。コナレ族の侵攻箇所から離れてはいるが、それでも長城を守備する兵全員に動揺はあるだろうし、うまくゆけば彼らもコナレ族撃退のために中央部へ駆り出されているかもしれない。それならばさほどの準備をしていない自分たちでも長城を打ち破って越えることができる。
「できなくともやる。ここが我が族の生死の分かれ目だ」
 スッヅは悲壮な覚悟を持って愛馬を走らせ、その族長の想念を感じたか、ギョラン族の兵たちも猛然と彼に続く。そしてその勢いのまま、東を守る長城に突撃した。
 長城に守備兵は残っていたが、スッヅの予想通りコナレ族撃退のために中央部に徴集ちょうしゅうされ、通常の半分程度しか残っていなかった。加えてこの場に残された守備兵には、長城が破られたことへの動揺はあっても自分たちのいる場所が戦場になるという意識が薄く、また残された兵はコナレ族へ向かった兵に比べて質が悪く、死に物狂いで襲ってくるギョラン族の猛攻に耐えきれなかった。

 それでも不得手な攻城戦である。ギョラン族も少なくない損害を出したが、彼らはついに守備隊を破り、長城を越え、庸領内へ侵入することに成功した。
「さあ、さらに突撃だ! 目指すはかくぞ!」
 傷だらけの自軍に、スッヅはさらなる叱咤しったを浴びせる。郭は庸の東北域で最も栄えた街であり、中心都市といってよかった。そこを抑えられればこの地域を手中に納められる。その後はコナレ族や庸、そしてその他の勢力たちとの兼ね合いだが、とにかく「力」を得れば状況を作れる。
 スッヅは乾坤一擲けんこんいってきのこの勝負に賭けていた。猛然と郭へ向けて突進を開始する。途中の邑々(むらむら)が焼き払われ、略奪され続けたのは、コナレ族たちが侵入してきた地域と同じであった。
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