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庸滅亡 作者:文叔

第三章 三族

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第三章 三族 2

 ズタス率いるコナレ族は、益から周囲に向けて勢力を広げ始めた。腰を据える場所ができただけにその動きは有機的になり、また目的も明確なため、彼らの勢力圏はまたたく間に広がってゆく。これには自分たちの領地を侵略されるがままの庸だけでなく、後からやってきた他の騎馬民族たちも焦った。
 彼らはコナレ族と違い、いつも通りの略奪のための用意しか整えずに長城内に侵入してきたのだ。侵略し、征服するためではない。だがコナレ族が庸の領土を浸食してゆく様子を見て、あわてて方針を変えた。しかしそれは長期的な展望があってのことではない。コナレ族の略奪品があまりにも質量ともにそろっているのを見て、同じことをしなければ取りっぱぐれると思ったからである。
「コナレ族ばかりにいい思いをさせてたまるか!」
 他の騎馬民族たちは、故地に残っている自分の部族に急ぎ南下してくるように指示し、彼らを待った。
 彼らもその間なにもしないわけではなく、略奪はおこなった。だがコナレ族に比べて規模は小さく、奪うものも貧弱である。かといってコナレ族へ戦いを仕掛け、彼らが庸から略奪してきたものをさらに奪い取ることもできない。彼らの方が数が圧倒的に多く、また精強でもあったからだ。


 そして彼らの大多数はまだ気づいていなかったが、コナレ族の略奪や侵略は闇雲におこなわれていたわけではなかった。長城内へ侵入してくる以前から、ズタスが長い年月をかけて練りに練った戦略に基づいて攻略しているのである。
 どこの城を奪えば効率よく兵を動かせるか。どこの土地を奪えば食糧に事欠かなくなるか。どことどこのみなとを奪取すれば水運を確保できるか。
 それらについて韓嘉かんかから助言を受けつつ、ズタスは考え続けていたのである。
 張堅による内通は確かに幸運ではあったが、ズタスはその幸運を最大限に活かすための準備も努力も怠っていなかったのだ。


 ズタスとその他大多数の部族の長との差は歴然だった。それだけに豊富な略奪品を持って帰陣するコナレ族を見て、「見ておれ、我らの部族がやってきたら、すぐにでも叩きつぶしておぬしらが奪ってきたものを手に入れてくれる」と、歯噛みしながら考える程度の部族長たちではズタスの視野は持てない。この後はじり貧となり、結局は近い将来、ズタスのコナレ族に吸収されてゆくだけの運命が待つのみであった。

 だが彼らのすべてがコナレ族に吸収されたわけではない。出遅れはしてもコナレ族に対抗できる勢力のある部族や、それを率いる優秀な族長もいた。コナレ族ではなくそれら優れた部族に吸収される弱小部族も多かったのである。その族長や指導者層たちには、ズタスのやっていることが見え、それだけに彼の恐ろしさを知り、彼に対抗する手段を考えつくことができたのだ。

「叔父上、これはちょっとどうしようもありませんな」
 ズタスも一目置く大族・スンク族長バジュとともにコナレ族の陣地を偵察に来ていたタクグスは、なかあきれ気味に天をあおいだ。タクグスはこの年二十六歳。やや細身ながら若く精悍せいかんであり、族長であり叔父でもあるバジュの片腕として有能さを示していた。
「そうだな、ここを襲撃しても返り討ちにうのが目に見える」
 叔父の方はズタスより年上の五十代半ば。ただし白んだ髪とひげ以外は頑強であり、目は鋭さと重厚さをかもし出している。今もその目の色は変わりなく、悔しさをにじませながらも現実を見る冷静さは失っていない。コナレ族の陣営地は防御も考慮されており、奇襲を仕掛けられてもすぐに立て直し、逆撃できるよう組織立っている。
 そしてなにより数が多い。連れてきたスンク族の全軍よりはるかに多数である。純粋な兵数では大差ないかもしれない。しかしコナレ族は族員すべてを連れて来ているのだ。そして非戦闘員であっても騎馬民族の戦闘力は馬鹿にならない。これではこちらが大怪我おおけがを負うのは目に見えている。
「さりとてこのままここをコナレ族に押さえられては、我らの闊歩かっぽする余地がなくなる。どうにかやつらを壊滅かいめつさせる方法はないものか…」
 馬上で腕を組んで考える叔父に、甥はさらりと提案した。
「ここはもうあきらめましょう。初動で遅れた以上、この場にこだわっていては得る物より失う物が大きくなりすぎます」
「しかしここは央華大陸北部の交通の要地だ。ここを押さえられなければ我らの獲物は貧弱なものにならざるをえんぞ」
 スンク族も大族である。連れてきた軍を食わせるだけでも難事であるのに、豊富な略奪品も兵たちには分配せねばならぬ。そうでなければ彼らはいつ離散するか知れたものではないのだ。
 これはスンク族が特別というわけではなく、騎馬民族全体の性行せいこうと言えた。コナレ族とて例外ではない。彼らにとっては現実的な物品の多寡たかが忠誠の基準なのだ。これは確かに文明的とはいえないかもしれないが、彼らの生まれ育ってきた環境を考えれば無理もない。格好をつけたおためごかしにこだわっていては、あっという間に野垂れ死にしてしまうのが彼らの住む土地なのである。生き方も考え方も、なにもかもが実際的になるのは自然なことであった。

 それだけにバジュとしてはなるべく多くの略奪品を手に入れる必要があるのだが、この要地をコナレ族に抑えられていてはなにもかもがままならない。そんな叔父に甥は提案を続ける。
「西へ参りましょう」
「西?」
 タクグスの言うことにバジュは意外そうに目を見張った。
「はい。確かにここは央華北部では最も栄えた場所ではありますが、西にも充分に大都市はございます。そして央華北部全土は現在ほぼ無防備状態。そちらへ攻撃を仕掛けても抵抗される心配はほとんどございません。刈り放題奪い放題かと」
 言われてバジュも気がついた。たしかにここえきは北部の首都と言っていい街ではあるが、西部にもいくつも街はある。益ほどではないにしても略奪品はいくらでもあるだろう。長城が活きている時はその街にすら手出しはできなかったのだ。それを思えばこれほどの好機もない。
「そしてできれば西部を橋頭堡きょうとうほとして庸とコナレに対峙したい。私はそのように考えております、叔父上。一つ一つの街は益に及ばずとも、いくつかの街を陥とし、それらを糾合きゅうごうすれば充分コナレにも庸にも対抗できるかと」
「なるほど、確かにそうだ。その方がよかろう」
 誇りは高くとも騎馬民族であるバジュは実際家である。いつまでも過ぎたことにこだわっていては命に関わる人生を歩んできたのだ。その思想が特に優れているからこそ、バジュは大族の長を努められている。甥の案に理を見れば、それを受け入れるのにためらいはない。そんな叔父の表情を見たタクグスは付け加えた。
「ならば急ぎましょう。我らと同じことを考える族や、西方に直接乗り込んでくる族がいないとも限りませぬ。長城はいま、全線に渡って機能していないのですから」
「確かにそうだ。よし、急ぎ本隊へ帰り、西へ向けて進軍する」
 力強くうなずいたバジュは、タクグスの返事を待たずに馬腹を蹴る。叔父が疾走しっそうしはじめたのを見たタクグスも馬首をひるがえし、振り向いてコナレ族の陣営地をもう一度見た。
「一年後か二年後、もう一度おぬしらにあいまみえる。その時はこの地も我らのものだ。そのこと忘れるなよ」
 つぶやくように宣言すると、タクグスは叔父の後を追って愛馬を疾走させはじめた。
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