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庸滅亡 作者:文叔

第三章 三族

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第三章 三族 1

 コナレ以外の騎馬民族南下の報は寧安ねいあんの宮廷人にとっては青天の霹靂でも、ズタスにとっては予測された事態であり覚悟の上でもあった。
 彼としては本来この事態を避けるために、まずはすべての騎馬民族を一つにまとめてから長城内へ南下したかったのである。しかしそれはかなわなかった。それゆえズタスは一時、庸への侵攻をあきらめていたのだ。だがそこへ張堅ちょうけんの手引きがあった。ズタスは迷った。あまりの好機の到来に飛びつきたい衝動に駆られたが、今庸へ侵攻しても他の部族もコナレ族に追随ついずいし、庸内へなだれ込んでくることは必定であった。その結果が激しい勢力争いであることも既定きていの未来と言っていい。
 庸の宮廷や軍隊だけでなく、他の民族とも同時に戦わなければならない。しかもそれがどのような戦いになるか、まったく予測できない。
 だがズタスの野心は逡巡しゅんじゅんを上回る大きさであり、その自信はためらいを振り払わせた。
「どのような混乱が起ころうと必ず乗り越えてみせよう。そしてわしがすべてに勝ち、コナレ族が央華を征服するのだ」
 自身の野心と自負とに背中を強く押させ、彼は一歩を踏み出した。それは地獄のような戦いへ止まることのできない一歩であったが、彼はその業火を恐れてはいなかった。


 ズタスが北方守備のための庸軍を壊滅かいめつさせてしまったため、庸の北部は無政府状態に陥り、長城は防衛機能を失った。長城はいかに堅固であってもそれだけではただの石や土のかたまりである。長城を活かして守る者がいてこそ鉄壁を誇れるのだ。長城は圧倒的に長く、すべての守備隊が壊滅させられたわけではない。だが残っていたとしても他の部隊との連携も取れず孤立した状態では、意気揚がり南下する騎馬民族たちを抑えることはできなかった。騎馬民族は無防備になった宝の山へ向け、よだれを垂らしながら長城を越えてゆく。


 最初、コナレ族が長城を越えて庸内へ侵入したと聞いたとき、他の騎馬民族たちは「虚報か過大になった誤報であろう」とあまり本気にしなかった。ズタスだけでなく彼らにとってもそれほど長城は難攻不落だったのだ。
 だが徐々にそれが事実であるとの報が伝わり、しかもコナレ族が長城を越えたのみならず北河以北を攻略し始めたと知ると、「こうしてはいられん!」と彼らもあわてて侵入の準備を始めた。このままではコナレ族に宝を独り占めにされてしまう。庸の豊潤な果実を欲しているのは彼らとて同じなのだ。
 それにしてもなぜコナレ族はこうもあっさり長城を越えられたのか。今さらながらそのことを疑問に思い始めた他部族だが、コナレが庸に内通者を得たこと、しかも内通者の方からコナレへ接近してきたからだと知ったときには、馬を南へ走らせながら天に向かってえざるを得なかった。
「なぜそやつは我らのもとへ来なかったのだ!」
 まったくコナレ族は幸運だった。幸運なだけだった。もしその内通者が自分たちのところへ来ていれば、誰よりも早く庸へ侵入し、好き放題できたであろうに。
 現に今、自分たちはコナレ族に大きく遅れてしまっている。どれだけの美果がすでにコナレ族の手に落ちてしまっていることか。いずれそれらもコナレ族から力ずくで奪ってやろうと考えてはいるが、コナレは有数の大族である。戦ったとて勝ち目は薄い。それだけに彼らはコナレ族の幸運を、歯ぎしりしながらうらやむしかなかったのである。


 だがコナレ族は決して幸運なだけではなかった。庸に対して比較的近い場所を根拠地としていたのは幸運だったかもしれない。しかし張堅ちょうけんがコナレ族を手引きする相手に選んだのは、彼らが強大であったからだ。
 強大でなければ宦官かんがんおびやかせるはずがないと張堅は考え、それは確かに事実であった。その強大さが宦官のみならず庸すべてを脅かしはじめていることは張堅の考えが甘かっただけのことだが、コナレ族をこれだけ強大にしたのはズタスの意志と能力と器量とによるところが大きい。ズタスがおさになる以前のコナレ族は、強勢ではあっても強大とは言い切れなかった。ありふれた中規模の族の一つでしかなかったのだ。
 それがこれほどの大族へ育ったのは、いずれ北方の騎馬民族を統一し、南下して央華大陸を征服してやろうというズタスの野心ゆえであったが、それがかなわない望みだと薄々感じ始めたところへ張堅の申し出である。
 信心深くはあっても現実的なズタスですら、なにか天命のようなものを感じずにはいられなかったが、とにかく座していただけで幸運が舞い込んだわけではないのだ。
 それを他部族の大部分は気づかず、己の不運とズタスの幸運を恨むばかりであったが、中には彼がただの幸運児でないことを察する者もいた。そのように切れる者、あるいはさとい者は、コナレ族に互するほどの勢力を持つ大族の長や指導者層に多く、彼らこそが当面ズタスが戦うべき真の敵であった。
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