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庸滅亡 作者:文叔

第二章 宮廷

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第二章 宮廷 5

 コナレ族の進撃はほとんど一直線だったが、蛇行だこうすることも多かった。一応は帝都である寧安ねいあんを目指しているのだが、彼らにとっては過程の方が大事なのである。
 目に付いたむらはすべて侵す。奪えるものはすべて奪い、使えそうな者以外、人はすべて殺す。
 騎馬民族には基本的に技能がなかった。遊牧や馬術などでは右に出る者はなかったが、それ以外のこととなると央華人に遠く及ばない。それは定住民族と移動民族との違いが大きい。常に移動している者と、同じ場所で腰を据えて生活する者とでは、身に付けられる技術に違いが現れるのは当然である。だがどちらがより多種多様な技術を手に入れられるかといえば、これは定住民族に軍配が上がらざるを得なかった。

 移動民族は定住民族を「せせこましい世界でみみっちく生きている卑小な存在」と見下していたが(逆に定住民族は移動民族を「根無し草であり動物と変わらぬ野蛮な存在」として見下していた)、彼らが持つ建築、鋳造ちゅうぞう、陶器制作など、自分たちが持っていない諸々の技術は有用と感じていた。文化的な側面からというより、武器の制作等即物的な面からであったが。
 それゆえこの侵攻時も激しい略奪がおこなわれてはいたが、人的資源の確保――ありていに言えば人さらい、誘拐――にも比重が置かれていた。それはズタスの命令であり、現段階ではひそかな、しかしやがて開陳される彼の大望が見え隠れする行為でもあった。


 だが、だからといってコナレ族の侵略と略奪と殺人とが生ぬるかったわけではない。それどころかおそらく央華史上でも類を見ないほどの苛烈さと執拗さであったろう。
 長城が築かれる以前、北からの侵入は比較的容易だった。だがそれだけに、北に近づくほど央華人はその土地に住もうとはしなかった。騎馬民族の領域に近ければ近いほど襲われやすくなるのだから当然である。また住んでいるにしても少数で、略奪する物などほとんど持っていないのが常だった。
 そのため多くの獲物を得ようとするならば、騎馬民族たちは央華大陸のより深くへ侵入しなければならない。いかに強力な彼らとてそれは危険が大きかった。騎馬民族の軍隊に比して弱小とはいえ地の利は央華の軍にあり、彼らにとっても無視できない不安要素だったのだ。
 また距離が伸びればその分補給の労や困難も増す。略奪が目的であるため補給など必要ないかもしれないが、それも常に思うような成果が上げられるとは限らない。そうなれば飢えが軍隊を襲い、戦いどころではなくなってしまう。
 加えて央華の奥深くへ侵入するほどに土地や風土も変わり、北ではかからない病に兵たちが苦しむこともある。
 そもそも騎馬民族の戦法は「風のように侵略し、風のように去る」が基本である。だが敵地へ深く入れば入るほど、その戦い方は困難になるのだ。

 が、長城が築かれ、央華の民にとって北方の相当な範囲の土地が安全になった。それは彼らの定住をうながし、より大きな耕作地帯と経済圏を生み出すことともなり、央華帝国のさらなる繁栄をもたらす要素にもなったのだ。
 しかしその恩恵は、長城が破られればすべて裏目に出るということである。騎馬民族にとっては長城さえ越えられれば、自分たちの領域のすぐ近く、ほとんど目の前に豊潤な美果がっているようなものだ。摘み放題、もぎ放題の果樹園であった。
 だがそれも騎馬民族の心象風景でしかない。現実にあるのは果実をもぐような平和な光景ではない。
 流れるのは果蜜ではなく人血であり、焼かれるのは樹木ではなく家屋である。騎馬民族たちは長城が築かれてから抑え込まれていた数百年分の欲望を爆発させるように、庸人と、庸人たちが築いてきた物を、刈って刈って刈りまくっていった。


 この間、庸も指をくわえて傍観ぼうかんしていたわけではない。宮廷はこの非常事態において、なお内輪揉めを繰り返す愚行を続けていたが、長城付近にる軍隊は違った。彼らはこのような時には許されている、現場の判断による迎撃態勢に入っている。守備隊のいくつかはズタスたちに壊滅させられたが、長い長城すべての守備隊が全滅させられたわけではない。それどころかズタスたちが叩き潰したのは、それらのほんの一部でしかなかった。
 また近隣の城塞は常に予備兵力が集結できるよう組織化されており、そこへも兵たちは次々に集まっている。いくら庸が平和にんでいるといっても、央華に生きる帝国と民衆にとって北への恐怖と警戒は、遺伝子にまで刻み込まれた本能のようなものである。
 それは特に、北方で暮らし、騎馬民族をより近くに接する者たちに顕著であった。
「急げよ! すでに北狄ほくてきはくの街へすら近づきつつあるとの報告もあった。一刻の猶予ゆうよもならんぞ!」
 この近辺で最も大きな城塞じょうさい、「北の首都」といっていいえきの城主・卓晨たくしんが、続々と集まってくる兵たちを編成しながら、彼らに現状を伝えつつ戦意を鼓舞こぶする。柏とは益よりさらに北にある、北から見て最初の城塞である。
 柏もすでに庸兵がこもり、周囲の民間人を収容し、コナレ軍を迎え討つ態勢を整えていたが、城から出ての会戦を敢行かんこうしようと考えてはいなかった。あくまで籠城ろうじょうし援軍を待つ姿勢である。それも当然で、柏の兵は五千しかおらず、三万のコナレ軍と正面からぶつかって戦うなど不可能であった。

 だが籠城戦ならこの戦力でも充分勝機はある。庸軍にとっての籠城戦は、コナレ軍にとっての攻城戦である。攻城戦を不得手とするのが騎馬民族であり、央華の軍は歴史的に彼らに対してこの戦法を取るのが常套じょうとうであった。そして城塞の攻略に手間取るコナレ族を釘付けにして、やってきた援軍とともに挟み撃ちにする。いかに精強なコナレ軍とはいえ、この状況になれば勝ちを得るのは難しい。
 そのことを庸軍はよく理解しており、卓晨もわかっている。
「我らの勝利は確実だ。北狄を食い止めている同胞を、汝らの勇気をもって一刻も早く救い出してやろうぞ!」
 卓晨の声に、益へ集結した兵たちは喚声かんせいで答える。志気は高く、戦術は確立されていて、勝利は確実であるようだった。
 だが騎馬民族が城攻めを苦手とすることは当のズタスたちもよく知っていた。そしてそのための対策も、すでに考えていた。
 庸軍はその可能性を、迎撃の要素に入れていなかった。


 ズタスは柏を全軍で囲んだ。城といっても単純に「城」が単体であるわけではない。城壁に囲まれた内部には街があり、民間人もいる。大陸の「城」はこのような形が多い。
 だが柏はさほど大きな城ではなかった。まして城内にいる兵はコナレ軍の六分の一でしかない。城攻めが不得手な騎馬民族といえど陥落させるのは不可能ではないはずだった。
 であるのに三万のコナレ軍は柏を攻略することができなかった。いや、手は出してしるしそれは激しいものでもある。戦死者もいる。
 だが見る者が見ればわかる。コナレ軍は本気で柏を落とそうとしてはいなかった。ズタスにその意思がなかったのである。それがコナレ族の攻城に微妙な手心を加えていた。
 だが攻められる柏の兵たちにはコナレ軍は充分本気であると感じられたし、卓晨の指揮する援軍もそのことを疑わなかった。
いやしい奴らめ。余すところなくすべてをしゃぶりつくさなければ気がすまんか。城壁があるところを避けてさっさと不毛の故郷へ馬首を返せば、まだ生きて帰れる可能性があったものを」
 編成を終えた援軍五万をもって益を出立しゅったつした卓晨は、コナレ族をそう嘲笑ちょうしょうした。彼には北方の蛮族が、蛮族らしい意地汚さで柏を略奪するために躍起になっているようにしか見えなかったのである。それは卓晨の偏見だけでなくズタスがそう見せていたためでもあり、この時点でコナレ軍と庸軍の最初の本格的会戦はコナレ主導で始まっていたと言っていい。
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