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庸滅亡 作者:文叔

第二章 宮廷

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第二章 宮廷 4

 そして現在。宦官かんがんに支配された宮廷である。
「やめよ、味方同士でいがみあっている時ではあるまい」
 不毛な彼らのいさかいを止める声があった。皇帝ではない。
 この時この場に皇帝も臨席してはいる。だが庸帝国第八代の皇帝・陳徹ちんてつは宦官派が立てた皇帝であり、完全な傀儡かいらいであった。それは彼の名が宦官政権の始祖ともいえる馮徹ふうてつと同じ名をつけられたことからもわかる。彼は生まれた時から宦官の傀儡になる運命を押し付けられたのだ。今年四十二歳の皇帝は自分の名を嫌っていたが、今さらどうすることもできなかった。

 陳徹は即位してすでに十八年になる。青年期に傀儡人生が始まり、実年に達してもそれは変わらない。最初の頃はともかく、いまだに親政しんせい(皇帝がみずからまつりごとをおこなうこと)を許さぬ宦官に対して彼もいくばくかの不満があるのだが、それこそ幼少の頃から心身に染み込まされた宦官への服従と恐怖とに、その不満は霧散する日々であったのだ。


 では誰がこの場を納めたかといえば、これも当然ながら宦官であった。現在宦官派の長であり、つまり庸帝国の実質的な支配者である「一花」、王潔おうけつという老年の宦官である。
 王健と同じ姓だが血縁や子孫というわけではない。同じ宦官としてはむしろ馮徹の不可思議な不気味さのみを受け継いだようである。
 その威圧感は周囲の者を圧倒し、今の庸の朝廷はつまるところ妖怪じみた彼の顔色をうかがう場でしかない。
 が、政の見識は王健はもちろん馮徹にも遠く及ばない。それは張堅がこのような暴挙をおこなうと予想できなかったことからも証明されるが、自分の無能さを隠し、他者にそのことを悟らせないため、責任を負うのは常に彼以外の者であった。
 この時も王潔の威圧感は士大夫派のみならず彼の配下である宦官派の恐怖を誘い、平伏させる。士大夫派にしてみれば王潔の「味方同士」という物言いには大変強い違和感と反発を覚えるのだが、騎馬民族に対しては確かにそうであった。だが士大夫派からすれば、北狄ほくてき以上に憎らしいのは宦官派であるというのも正直な心情である。


「とにかく北狄が我らが領土へ侵入したというのは確報であろう。それがどれだけの規模なのか、そしてどこの部族なのかということを確かめねばなるまい。同時に援軍を北へ送らねばならぬ。援軍の規模は敵軍の数を把握してから確定せねばなるまいが、それでも可及的速かきゅうてきすみやかに、そろえられるだけの数はそろえねばならぬ。そのような対応でよろしいでしょうか、陛下」
 宦官派と士大夫派との論争、というよりなじり合いを止めた王潔は一応の方針を示し、それを臨席する皇帝に進言する。方針の内容自体に誤りはなく常識的なものであるだけに、皇帝も首を横に振る理由はなかったのだが、そもそも彼には王潔に拒む権利がなかった。王潔ら宦官になにか発言を求められるたびにそのことを思い知らされ、不機嫌さと無力感がおりとなって皇帝の心に沈んでゆくが、彼はそれをおもてに出すことはなかった。それが彼が帝位にあるため、そして生きてゆくための最も大切な処世術であった。もし王潔らに逆らえば、彼は玉座から引きずりおろされるだけでなく、下手をすれば命すら危なくなる。宦官の視点からすれば、彼らに反感を持つ者が廃立はいりつされた皇帝をようして反旗をひるがえさないとも限らない。宦官にはそのような危険を芽から摘み取る必要があるのだ。また「我らに逆らえばこうであるぞ」と、次に「彼らが立てた」皇帝への脅しと見せしめの意味もある。
 恐怖による脅迫と圧迫。これが宦官たちの基本姿勢であった。


「それで構わぬ。万事よいように」
 だから皇帝はこう答える。主語をはぶき、誰にとってよいようになのかを曖昧にすることが彼にとってせめてもの反抗であった。
 王潔もそのことに気づいている節はあったが、皇帝のそのような幼稚な反抗程度は見逃してやるつもりであった。度が過ぎた時に灸をすえてやればよく、それでも言うことを聞かねば皇帝の首をすげ替えればよいのだ。
 王潔は庸帝国の永続を疑っておらず、庸ある限り宦官の天下が続くと信じ切っていた。馮徹ならば宦官の天下は定まった未来ではなく、定まった未来へ自らが続かせるものだと知っているのだが、彼より劣る王潔ではその認識まで持ってはいけなかった。
 ゆえに騎馬民族に対するこの対処は、常識的ではあったがそれだけに甘かった。今起こりつつあるのは、庸帝国どころか二千年以上をけみした央華の歴史でも初めて起こる事態だったのである。


 東西に分かれ、雁門がんもんなど近くある長城の守備隊を、奇襲と、純粋な力の差によって次々と壊滅させていたズタスは、本隊三万が到着したとの報告を受け、最初に攻略した鶏門けいもんに先鋒隊を集結させる。そこには騎兵を中心とした彼の精鋭たちがそろっており、ズタスの庸侵略の高揚感をさらに強めさせた。
「汝らに問う。我らは今日まで庸に勝つことができなかった。それは我らが庸より弱かったからか!?」
 全軍を前にしてズタスは兵たちにく。農耕民族であろうと騎馬民族であろうと兵を鼓舞する演説は必要である。質実剛健を旨とする騎馬民族ではあまりに口が達者な者は軽蔑されるが、伝えたいことを伝えられない者は指導者にはなれない。ズタスも演説は得手ではなかったが、彼の言葉には実力によって勝ち取った実績による説得力があった。
 長城を「内側から」指差し、ズタスは続ける。
「そうではない。我らは庸に勝てなかったが負けはしなかった。いや、そもそも戦うことすらできなかった。庸人は卑怯にも、あのような壁の背後に隠れて我らから逃げ回っていたからだ」
 ゆえにこの演説も、単純ではあるが兵たちの心に響かせることができた。
 それは兵たちが彼の演説の内容と同じ感情を持っていたからでもある。ズタスはそのことを知っていたが、彼らにおもねっているわけではない。彼自身も兵と同じ情を抱いていたに過ぎなかった。
「だが我らはこうして長城の内側に入ることができた。しかも無傷でだ。これは常に正しく真っ直ぐに生きてきた我らに神がお与えくださった恩寵以外の何物でもない。神もおっしゃっているのだ。庸を汝らの物にせよ、卑しき庸人から央華の美果を奪い取れ、と!」
 兵たちが槍や剣を天に突き上げて歓声を揚げる。庸の民からすれば身勝手極まる絶対受け入れるわけにはいかない理屈だったが、コナレ族にとっては正当すぎる理由であった。自分たちより弱い相手が、自分たちより豊かな生活をしている。力こそが正義であり、略奪が生活の糧である彼らにとって、庸人の生き方は、軟弱であり卑怯でもあるのだ。その不正、不当を正すことができる。彼らの喜びは略奪の欲望だけでなく、抑圧された精神の発露でもあった。
 兵たちのそれらを見て取ったズタスは、おのれも剣を振り上げた。
「さあ行け、勇敢なるコナレの戦士たちよ! もう耐えることはない。奪え! 殺せ! 焼き尽くせ! 我らの正義を卑劣なる庸人たちに叩きつけろ!」
 族長の、演説の形を取った扇動に、兵たちの歓声はますます高く、大きくなる。引き絞った弓につがえられた矢のように、おのれを抑えるに限界を見せる兵に煽られて、彼らの乗馬もいななき、蹄で地を掻く。
 その彼らの最後の理性を断ち切るように、ズタスは剣を振り降ろし、弓から矢を放った。
「突撃!」
 歓声は喚声に変わり、三万の騎兵は人馬の形をした火山弾となって、南へ爆走を始めた。
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