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歪んだ私の復讐劇

作者: 紫音

 



「ブス」「クズ」「のろま」「ゴミ臭い」「汚い」

 泣けば泣くほど、顔は歪み醜くなる。隠すようにしゃがんでも、頭を掴まれ醜いと笑われた。制服のスカートの長い裾を靴で踏まれて、紺色のスカートが土の汚れで茶色くくすむ。汚いスカートを踏んだ靴が汚れたと言って、汚れた靴を私の青銀色の髪で綺麗にしろと命令された。嫌だと首を振っても、複数に顔を押さえられ靴を顔で踏まれた。

 耳に響く甲高い吐き気がする笑い声が、私を囲んだ生徒たちから聞こえてくる。私が、一言『お目汚しを失礼いたしました。申し訳ありません』と言えば終わるこれは、『奴隷の躾』と言うらしい。でも口を魔法で閉じられていれば声も上げることが出来ない。


この王立デイア魔法学園は年齢により、初等部、高等部、大学部と別れている。

私が通う初等部は8歳から12歳の王都に住まいがあり通える生徒のみで形成されている。権威ある王立デイア魔法学園に通えるように、貴族の子息は王都のタウンハウスで子供を生活させて学園に通わせるのが一般的だ。


 初等部は5クラスあり家柄と成績により分けられる。そしてクラス分けにより、順位が決められ厳格な学園の階級社会が出来上がっていた。


 私のお父様は一代で富を築いた庶民だ。田舎出身のお父様は子供を権威ある王立テイア魔法学園に入れることに強い憧れがあった。私の魔力は少ないと判断されていたので、魔法学園に入学することは難しいと言われていた。それを、お父様が多額の寄付金を学園に送り入学の許可を得たのだ。


 貴族の子息たちからすれば、成金の私がこの学園に居ることが気に入らないらしい。入学と同時に、どんな成績を収めても階級社会の最下位、『奴隷』に位置されていた。

 8歳から始まったこの苦痛は、10歳の今まで続いている。学園を辞めてしまいたい。でも、私がこの学園の制服を着て学園へ行くたびにお父様や、母は嬉しそうに、「いっていらっしゃい」と言う。

 この学園の実情を両親に話すことが出来ない。辛くても、耐えるしかない。私が、いじめられているなんて、家では利発な娘をやっている私が、学園で奴隷扱いされているなんて、知られたくない。



 踏まれ続ける顔の足が、どけられた。ざわつき始めた周りの声に、どうしたのだろうと、恐る恐る顔を上げる。廊下の向こうから、一人の生徒が他の生徒たちを引き連れ6人ぐらいで歩いてきていた。

 先頭で胸を張り、堂々と歩くのは明るい髪の多いこの国で目立つ漆黒の髪の少年。この学年の主席のイルヤナ・ロバス・ホーダスだ。由緒正しい侯爵の出身の彼は、この学年の暴君だ。10歳にして、多くの生徒たちを服従させることに慣れている。

 冷淡な藍色の眼で、他の生徒に羽交い絞めにされている私を見て、汚いものを見つけてしまって後悔するように顔を歪めた。

「ホーダス様。失礼しました」

 腕を掴んでいた生徒が足で私の頭を踏みつけて、床に額が密着する。

「奴隷が、ホーダス様を見るな。ホーダス様が穢れる」

 踏みつけられている頭が痛い。止めてと声を上げたくても、魔法で封じられた口は開くことが出来ない。


「汚らわしい、奴隷だな。顔がぐちゃぐちゃで人間じゃないみたいだ」

 ホーダス様から聞こえた声に、周りの人たちが笑い声を上げた。

「ホーダス様、靴が汚れていますね。ここに良い、靴磨きがありますよ。ほら。こんなふうに」

 私の頭をぐりぐりと、踏みつける。私の髪が汚れていく。動くことの出来な私は、歯を軋ませ屈辱を耐える。

「面白いな。俺も」

 足がどけられ、私の頭を別の足が踏みつける。力のこもった足の重みに、顔が床に押し付けられて、涙の水溜りにつぶれた自分の瞳が映った。

「ホーダス様、もっときれいにしますよ」

誰かが、私の長い髪を掴んでホーダス様の靴を磨く。周りの生徒が私を嘲笑う。


 もう。辛くて。もう、耐えられなかった。


 私はその日初めて、学園内で気を失い、翌日学園を休んだ。一度、学園を休むと行くのが怖くなる。あれ以上酷いことをされたらどうしよう。また、暴言を吐かれるのに、学園なんて行きたくない。体調が戻ったら学園へ行きなさい、と言ってくる両親にまだ、具合が悪いと仮病を使った。

 ベッドから出ることも出来なく、毛布をかぶって1日過ごした。外に出て学園の生徒に会えば、ゴミと蔑まされる。怖い。この毛布が学園の生徒から私を守ってくれる。

 

 学園を休んで一週間が経った。初めは学園へ行くように言っていた両親が、二日目から何も言わずに、ベッドにご飯を持ってきた。仕事でいつも帰りの遅いお父様は、三日目から早く帰って来て、私のベッドの傍で夕飯を家族そろって食べた。その後、絵本を読んだり、お父様の得意な楽器を奏で、母は歌で元気づけてくれた。

 

 一週間目の夜、お父様が違う土地で事業を起こすことになった。一家でお引越しするぞ、と言ってきた。私が王立デイア魔法学園に行くことをあんなに望んでいたのに、違う土地に引っ越しすれば学園の規則から外れて、退学になる。

「いいの?」

 あ、間違えた。どうしてと聞かなければいけないのに、いいの? なんて言ったら私が学園に行きたくないと思っている事が知られてしまう。

「この国の王都は荒稼ぎさせてもらったから、別の国で、もっと稼ぐんだ。転校したくないだろうけど、お父さんたちについて来てくれるかな?」

「うん。行く! 私、お父様とお母様についていく!」

 ベッドの端に座って私の頭をなでていたお父様に抱き着く。

 もう、あんな思いをしなくていいんだ。都合よくお父様が違う土地へ行こうと言ってくれて私は幸せだった。


 屋敷の売却先が決定し、引っ越しの準備が着々と進んでいる。お母様が、学園へ行くよりお引越しのお手伝いをしてほしいと、お願いをしてきたので、あれ以来、学園には行っていない。


 別の国へ引っ越しする日がやって来た。

「マジョリア、隣国へ行く前に、私が預かることになった子供を紹介しよう」

 お父様が馬車に乗り込む時に隅から、子供を手招きして紹介した。見覚えのある漆黒の髪に、人を見下した藍色の眼。お引越し用に新調した緑色ワンピースを握りしめる。

「イルヤナ・ロバス・ホーダス君だ。お家がちょっとした理由で、大変な事になってね。イルヤナ君を我が家で引き取ることにしたんだよ」

 お父様が微笑んで言う。さあ、挨拶を、と促されて、ホーダス様が私を睨んだ。

「イルヤナ・ロバス・ホーダスです。これから、宜しくお願い致します。……お嬢様」

「お、お嬢、さま?」

 ホーダス様に、お嬢様と呼ばれる日が来るなんて思いもしなかった。

「我が家で生活してもらうが、彼はマジョリアの従僕みたいなものだからね。仲良く、するんだよ」

「よろしくお願い致します」

 一瞬ホーダス様が、苦痛を浮かべてすぐに頭を下げた。

「で、でも、ホーダス様はお貴族様で、従僕の仕事などしなくてもいいのでは?」

「ホーダス家は侯爵だけど、姉婿がホーダス家を継ぐことになったんだよ。貴族の生まれでも、領地を継がなければ爵位はない。領地は継げない、気位ばかり高く、商才も働く能力もない。そういう人はどうなるかわかるかい?」

 お父様はホーダス様を軽く見てから私に聞いた。

「どうなるの?」

「自滅するんだよ。イルヤナのお父様のようにね」

 ホーダス様が憎しみの籠った目でお父様を睨んだが、お父様は微笑んで仲良くねともう一度言った。

 今更ながらに気が付いた。お父様が、学園で何が起きていたか知り、私のために転校でき状況を作ってくれたのだ。さらに、私があの時気を失った原因のホーダス様の家をお父様は自滅へ追いやり、ホーダス様と言う人質を取った。それも、従者と言う上級使用人の立場ではなく、従僕という下級使用人にしたのだ。




 それから、隣国へ引っ越しをした。隣国の学園へホーダス様と通う事になった。私はホーダス様が目の前に居るだけで、頭を踏まれた事を思い出してしまい、怖かった。私の従僕と言うけれど、ずっと少し離れた場所に立ち私を見ている。自分の勉強をして私にかまわないでと、お願いをしても、お父様から、命令されているようで、私の傍を離れなかった。

息が詰まる。

 ある時、ホーダス様から逃げるため学園の帰り道に全力疾走で逃げて、屋敷に戻るまでのつかの間の自由を楽しんだ。色々なお店に立ち寄って遊んで帰った私を待っていたのは、手を鞭で叩かれたホーダス様だった。

 執事から、私から目を離したことに怒られたらしい。私も両親から怒られたけれど、ホーダス様の赤く血がにじんでいる腫れあがった手を見て、衝撃だった。


 私から目を離すと、ホーダス様は怒られ、折檻を受ける。


 今、私は、ホーダス様よりも、地位が、高い。彼は、私の、従僕、なのだ。



 それからというもの、私は大人しくした。頭がよく、顔の良いホーダス様は他の学園へ行っても人気者だった。私が、他の生徒に嫉妬され、物を壊されたりすると、ホーダス様が付いていてなぜ防げなかったと、執事から彼は怒られた。


 ホーダス様は怒られるたび、私から目を離さない様にさらに傍にいるようになった。私は、『私のせいでごめんなさい』と、形だけの謝罪をして、心の中で笑った。

 私の頭を踏んで笑っていたホーダス様を、私の一挙一動で自由に出来る。こんな楽しいことはない。一緒に居ると息が詰まってつらかったのが嘘のように、私は、ホーダス様と一緒に居ることを愉しんだ。


 怒られて赤く腫れた手を私が、ごめんなさいと謝罪しながら包帯を巻いて治療する。ホーダス様は「気にしないでください」と小さく答えるだけで、口応えも、文句も言わなかった。


 言えるはずないと、わかっている。だからあえて、謝ることで、その言葉を引き出して、心で笑う。





 12歳になった時、私はお父様にもう一度、王立デイア魔法学園へ行きたいと頼んだ。初等部は王都に住む人しか通えない学園だが、12歳から18歳までは完全寮生活で5つある寮に住むことになる。

 お父様は反対をしたけれど、ホーダス様も一緒だからと説得すると、もう一度通う事を許してくれた。


 王立デイア魔法学園の庶民が多く入る第五ルーカス寮へ入った。もちろんホーダス様も私と同じ寮の男子寮に入った。ホーダス様の事を覚えていた、生徒もいたけれど、今はかつて階級社会の底辺奴隷だった私の従僕をしていると知ると、距離を置いていた。

 それでもホーダス様は持ち前の頭の良さで、Sクラスにクラス分けされ私はまたFクラスという最下位のクラスになった。

 初等部とは違い階級社会の底辺、奴隷がやることが明確に決まっていた。暴力やいじめは存在していない。今の最上級生の生徒会長が、無駄な暴力やいじめが嫌いな誠実な人らしい。Fクラスは他のクラスの雑用係のような物で、同じ学園の生徒と言うより、使用人の立場だった。食堂は最後にしか使用できないし、朝早く登校して他のクラスの人たちが登校してくるお出迎えをやる。

 Fクラスの生徒はFクラスからの脱却をめざし勉強を必死でやる人や、奴隷でいいと諦めている人に分かれていた。私はもちろん、後者に属している。

 Sクラスの人たちはFクラスの人は存在していないように、目を合わせようとしない。学園でホーダス様が話しかけてくることはない。学園へ来てから、寮以外は私から解放されてきっと喜んでいるのだろう。


 家が落ちこぼれても、ホーダス様は顔も頭もいいため人気があった。だからFクラスの奴隷の私が、Sクラスのホーダス様の従僕をしているという事が、彼を傾倒している生徒からは許せないらしい。

 たまに呼び出されて怒られたり、意地悪をされたり、物をぶつけられたり、罵倒されたりした。でも私は、それを愉しんだ。

 私がこの学園に来る条件に、お父様は私に侍女を付けた。彼女は農民の出身で頭がいいが、お金がなく進学をあきらめていた。そこをお父様が私の侍女であることを条件に学園に通わせている。彼女は私の学園での生活をお父様に一週間に一度、報告する義務がある。その報告書に私が、ホーダス様に傾倒している生徒から疎まれていると書かれるのだ。

 そして、私が生徒から過激な行動をとられていると知りながら、ホーダス様が阻止していないことを知ると、彼は私の実家に呼び出しをされる。行くだけで三日掛かる隣国へ呼び出され、叱られ、罰を受ける。帰ってくると、見えるところに傷がなくても、隠れたところを折檻されたと分かるぐらい、顔を青ざめよたよたと足元がおぼつかなくなる。

 そして私はその姿を見て、「私が不甲斐ないせいでごめんなさい」と謝罪する。ホーダス様はいつものように「お気になさらないでください」と返すのだ。


 無機質な目で私を見て、気にするなと言うその言葉を聞くたびに、私は心で笑った。


 


 14歳になると、ホーダス様に好きな人が出来た。同じルーカス寮のアリアという少女でくりくりとした大きな目の少女だ。庶民出身で初めは私と同じFクラスにいたが、試験のごとにクラスをあげて行き現在Aクラスだ。何事にも努力を惜しまない根性のある明るい性格で、庶民出身者が多いルーカス寮でも人気者だ。

 誰にでも訳隔たりなく明るさを振りまく、太陽のようなアリアに恋する男子は多いけれど、あのホーダス様が庶民の子を好きになるとは思わなかった。成り上がりとしてSクラスの貴族の女子から冷たく当てられている時に、助けに入りSクラスの女子たちを怒り黙らせていた。Aクラスでも成り上がりとしてクラスから無視をされ続け辛い思いをして、寮の隅でこっそり泣いているのを慰めていたりもした。

 アリアも優しいホーダス様に好意を寄せているようだ。ホーダス様が彼女だけに優しいと言う事に気が付いていないようで、イルヤナは優しいよね、と周りに話していた。


 私の傍にいる時には硬い表情でほぼ表情が変わらないのに対し、アリアの前だけ優しげに微笑むのだ。二人の姿を見ていると、胸の奥から笑いがこみ上げてくる。私の前では、何一つ弱みを見せないホーダス様の、弱みが一つできた。




 ある日私は、ホーダス様を普段誰も来ないこの裏庭の花壇のある場所に呼び出した。


「ホーダス様。一つ確認をしておきたいことがあります」

 内心面倒くさいと思っているのだろうけれど、顔はいつにもまして無表情で私と目を合わせないように少し視線をずらしている。

「どのような事でしょうか」

「ねぇ、アリアの事が好きなの?」

 今まで少しずれていた藍色の目が、私の黒い目を見た。動揺するように視線が軽く動く。

「ルーカス寮で有名な話になっていますよ。一応、あなたを預かっている家の娘として確認をしておきたいのです」

「……なにか、不都合な事がありますか?」

 見つめてくるホーダス様に優しげに微笑む。

「いいえ、なにもありません。ただ、確認を取りたいだけです。好きか、嫌いか、はっきり教えていただきたいだけです」

「…………」

 ホーダス様は眉間に皺を作り私が何を考えているのか、疑っている様子だ。私の出かたを見ている。かさりと、風で木が揺れる。

「ねぇ、好き? それも、嫌い?」

「……好きです」

「ほんとう? 嬉しいわ! ありがとう!」

 私は大げさに声を張り上げて大げさに喜んで見せた。ホーダス様に見せたことのないような笑顔で笑うと、彼はハトが豆鉄砲を食らったように驚いた顔をした。


 パキと、小枝が折れる音がした。

 そちらを見ると、アリアが驚いた顔で口を馬鹿みたいに開けて、目を見開いている。

「あ、その、ご、ごめんなさい……。わ、わたし……」

「アリア!?」

 見る見る顔を青ざめていくアリアに、ホーダス様は今の告白が聞かれたのかと思い顔を赤くし始めた。

「聞いたのか?」

「その、よ、よかったね。ふ、二人はお似合いだよ……!」

 アリアは最後には目に涙をためて、引きつった笑い顔を作りその場から走って逃げた。明らかに誤解している最後の言葉に、ホーダス様はアリアが聞いたのは最後だけなのだと気が付き、弁解しようとアリアを引き留めに走った。

「待ちなさい。誰が、下がっていいといいましたか。私の会話が終わっていないというのに、従僕のホーダス様が、主人の言葉を聞かずに行くというのですか」

 私は走り出したホーダス様に向けて、冷やかに言葉を発した。


「まさか、わざと?」

「何のことです。私は、ただ、ホーダス様がアリアの事を好きだと認めてくれたことが嬉しく、声をあげただけです」

 微笑み言うと、ホーダス様は私を憎しみの籠った目で睨みつけた。今まで従僕になってから睨まれることはなかった。その冷たい目を見て、微笑みが深くなる。

「ご用件は?」

 苛立ったホーダス様に私は、小銭の入った財布を渡す。

「それで、ムニーの店のキャンディを買ってきてほしいのです。明日が、ミイの誕生日だと言う事をすっかり忘れてしまいプレゼントを買い忘れたので、代わりにお願いします」

「ムニーの店は、隣町でどんなに急いでも行くのに4時間はかかります。今から学園内から出て買い物に行けば、閉門時間に間に合いません」

 王都をぐるりと一周している門は8時に閉じられる。往復8時間の道のりではどんなに走っても閉門時間に間に合わない。

「そうね。だから隣町で一泊出来るだけのお金も一緒に入っています。私の大切な侍女の誕生日に彼女の大好物のキャンディをあげたいの。寮長には私から外出許可を取ってあります。さぁ、早く買いに行ってください」

「……いってまいります」

「いっていらっしゃい」

 憎々しげに財布を潰して言うホーダス様に微笑んで見送った。


 私にホーダス様が告白したと勘違いしているアリアが、幼馴染の一学年上のジョウに慰められていた。ジョウもアリアを好きな一人だ。寮の談話室で、ホットミルクを持ちながら暖炉の前で寄り添うように座っている。

 私は慰められているアイアの下へ、クッキーを持っていく。寮でもクラス分けによる階級社会は存在しており、洗濯物や掃除はもちろん他クラスの世話係もFクラスの人が行う。このクッキーはホットミルクを飲んでいる、Aクラス二人へのお茶菓子だ。

「ジョウ先輩、アリアこちらをどうぞ」

「マジョルア……」

 アリアが驚いた顔をしてそれから苦い顔をしてから、作った笑みで私が差し出したクッキーを受け取った。

「……ありがとう」

「ありがとう、マジョリア、クッキーは置いてもう行っていいよ」

 ジョウが私をアリアから遠ざけようと、向こうへ行けと視線で訴えてくる。

「はい。ねぇ、アリアごめんなさい。その、今日のあれを見て気を悪くしたのかなと」

「そ、そんなことないよ! よ、よかったね」

「ありがとう。私も嬉しいの」

 泣きそうな顔をして言うアリアに、私は微笑んで言い、睨んでくるジョウに軽く頭を下げてその場から離れた。



 アリアは完全に私の言葉を勘違いして、ホーダス様と私が付き合う事になったと思い、彼を避けるようになった。彼が誤解を解こうと必死になっているのを見るのはとても愉快だった。

 一か月もかけて誤解を解いたホーダス様はアリアと愛を深めたようで、前よりも親しげにしていた。ジョウは二人の姿を見て分かりやすいぐらい落ち込んでいた。







 翌朝いつものように、Fクラス生として早く起き校舎へ向かった。その先に、いつも朝が遅いSクラスの女子が三人私を待ち構えていた。ホーダス様に好意を寄せている三人組は私にいつも厳しく当たってくる人たちだ。目を合わせてから、頭を下げる。

「おはようございます」

「あなた、ホーダス様とあの薄汚いアリアを別れさせなさい」

「そうよ。貴女はホーダス様の主人なのだから、そのくらい出来るでしょう!」

 私は頭を下げながら笑ってしまう。今までホーダス様を解放しろとか、彼に近づくなと喚いていたのに、こう言う時だけ私が彼の主人であることを利用しようとしている。


「お断りいたします」

 頭を下げたまま私はハッキリと断りを入れる。彼女たちにとって、侯爵家から見放されたホーダス様でも貴族は貴族。姉婿から爵位を譲渡されれば彼が侯爵家を継ぐことになると思っているようだ。

「誰に生意気な口を聞いているの!?」

 下げていた頭を女子が持っていた教科書で殴られた。かなりの衝撃に私は地面に倒れた。廊下の冷たい床に顔が密着し星がちりばめられたように、視界がキラキラとしている。


「私たちが、やるように命令しているのだから、あなたが言う言葉は『はい』以外ありえないのよ!」

 倒れている私に、教科書が投げつけられる。痛みを耐えて私は首を横に振る。

「お断りいたします。使用人の私的な事に私は口を出したくはありません」

 誰かから命令されて、ホーダス様を陥れるなどしたくない。やるならば、私が計画し彼を痛めつける。それに、あの二人に『別れろ』など直接的に言う事は、安直でつまらない。やるならもっと、二人の仲がこじれるように、お互いで傷つけ合わせるぐらいでなければならない。

「この愚図!」

「やりたくなるように、私がしてさしあげるわ」

 魔法陣が私の周りに現れた。古代文字で浮かび上がるこの黒色の魔方陣は、攻撃系のものだ。古代文字を読むと、物理攻撃系の魔法で、無固形のスライムを呼び出し対象にぶつけるものだった。

 魔法は、魔法陣を描き終えてから呪文を唱えることにより発動される。

「生意気なあなたが悪いのよ!」

 呪文を唱えようと、魔力を言葉に込め始めた。出現されるであろう、スライムに私は身構えた。

 


「止めなさい!」


 廊下の向こうから杖を構えて、Sクラスの三人を威嚇するように睨んでいるアリアが居た。

「マジョリアから離れて。私は、貴女たちより魔法攻撃の試験は得意なのは知っているでしょう?」

 アリアは前回の全クラスの対抗戦で個人の女子部門で優勝していた。この三人も、アリアに圧倒的な差を付けられ負けていた。三人はその時の怪我を思い出したようで、悔しそうにアリアを睨みつけた。

「庶民の癖に! Sクラスの私たちに楯突くというの!?」

「ええ、私は目の前の障害は突破する派なの。庶民でも貴族の貴女たちより優秀で、Aクラスの私が、Sクラスの貴女方三人相手に勝つことが出来ると示して見せるわ。そして、寄付金の額でSクラスに居ることが出来る貴女たちとの差を見せつけてあげる!」

 ばちっと威嚇するようにアリアの杖が光と音を出した。その音にSクラス三人は小さく悲鳴を上げて、悔しそうに鼻を鳴らして、「覚えていなさい!」と言って去って行った。


「マジョリア、大丈夫?」

 未だに廊下に倒れている私に、アリアは手を差し伸べてきた。

「怪我はない?」

「大丈夫よ、助けてくれてありがとう」

 アリアは私が怪我をしていないのを確認してほっと肩の力を抜いていた。

「よかった。怪我がなくて」

 私が怪我をすると、ホーダス様は家に呼び出され、折檻を受けてしまうから、私を気にしているのだろうか。頭によぎった考えに、内心で苦い思いをする。

アリアの善意を素直に解釈出来ない私は、だいぶ心が歪んでしまったようだ。

「Fクラス相手だからと、暴力や魔法を使う人は大嫌いよ!」

 アリアが鼻息荒く、息巻く。

「私、この学園で学ぶことが出来て本当にうれしかったけれど、この異常な階級社会だけは受け入れられないの! だから、私、卒業までにSクラスに上り詰めて、Fクラスの待遇改善をしたいの。元Fクラスとして、絶対やり遂げる!」

 彼女は昔からこの階級社会に疑問を持ち学園に立ち向かっていた。庶民出身のFクラスでAクラスまで上り詰めたアリアなら、本当にやり遂げるかもしれない。

 

「Fクラスに対する偏見や差別が無くなれば、この学園も素晴らしい学園なのにね」

 授業内容は素晴らしいと思う。この学園は国に貢献できる優秀な生徒を生み出すことを目的に建てられている。だから先生方は、Fクラスにも知識はしっかりと叩きこむ。田舎の役人などはFクラス出身者が多いらしい。貴族が行きたがらない地方にも、屈辱に耐えながら学園生活をした生徒は、嫌がることなく行くのだ。

「マジョリアもそう思うでしょ。私ね、お手洗いに突き落とされ、糞尿まみれになった時、決意したの」

 アリアはFクラス時代に受けた過激な嫌がらせも、今ではいい経験だと笑い飛ばす。

「アリアなら出来そうね。私も、そのうち協力するわ」

「ありがとう。マジョリアも協力してくれると助かるよ。一緒に頑張ろうね」

 アリアは愛らしい大きな目にFクラスの待遇改善の夢を掲げて輝いていた。





 アリアが、何者かによって学園の屋上から落下するという事件が起きた。私は偶然に裏庭の掃除をしていたので、アリアが屋上から落ちてきたところを目の前で目撃した。とっさに私が使った魔法により、アリアは死にはしなかった。でも、今まだ意識を失ったまま、保健室で寝ている。

 医師の見立てでは、怪我はしていないので、安静にしていれば今日中に目覚めるだろうとのことだった。

 アリアを保健室に連れて行ったのは私で、彼女を助けたのは私なのに、アリアが屋上から落ちたと聞きつけてきたホーダス様は私を見るなり、胸倉を掴んで怒鳴った。

「お前が、アリアを、こんな事態に遭わせたのか!?」

 こんな事態と言うのは、私が彼女を助けたお蔭で怪我一つなくベッドの上で寝ていることを指していないことはわかっている。屋上から落ちるように仕向けた犯人なのだろうと疑っているのだ


「えぇ。私が、アリアをこうしたの」

 私が彼女を助けた事は言わずに、ホーダス様が勘違いするように微笑んで言う。

「俺を、苦しめるのは許せるが、アリアに手を出すことは許せない!」

 ホーダス様の魔力が溢れて、当たりに異様な漆黒の霧を生み出していた。漆黒の霧はホーダス様の髪の色と同じものだ。彼の怒りが具現化したように怒気をはらんだ漆黒の霧が私の体を包んでゆく。

「止めなさい!」

 ホーダス様の怒りを止めに入ろうとしたAクラスの担任をも漆黒の霧は包み込み、先生の動きを封じていた。


「俺は、初等部の頃、お前にした事を悪いことだとは、思わなかった。それがこの学園の規則だ! それがこの国の根幹だ! だから、父が旦那様に陥れられ、俺の立場が従僕という屈辱的なものに変わった時でも、脱落したものが悪いと、強い者に負けた者が悪いと、抵抗せず現実を受け入れた。お前が俺にする、偽善に満ちた治療も受け入れた。この階級社会は、上の立場の者が絶対で下の者は従うのが当然だ。上の者が何をしても許される社会だ! 初等部の頃の俺がした事は何も悪いことだとは思わなかった!」

 暴力や言葉の暴力は当たり前、抵抗できない様に魔法を使い、習いたての魔法の実験台に使われる。それが、当然な事で受け入れられない方がおかしいとそういうのか。

 面白すぎて笑みが強くなる。

「だが、アリアと出会い、俺は、……俺の考えは間違っていると気が付いた。階級社会の疑問を俺に投げかけ、考えさせてくれた。過去の俺は最低で、やってはいけないことをしていたのだと反省した。だが何で関係のないアリアを傷つけた? なぜ、俺だけ、こんな仕打ちをする。あの時お前で遊んでいたのは俺だけじゃないだろ!」

 反省したといいながら、自分以外も私を苛めて遊んでいただろうと、ホーダス様は自分だけが辛い思いをしているのはおかしいと、無様な事を叫ぶ。

 腹の底から、湧き出てくるこの、笑いを私は抑えることが出来なかった。


「あははははははっ!」

 ホーダス様に胸倉を掴まれた状態で、私は彼を見ながら高らかに笑い声を上げた。

「何がおかしい!」

 掴んでいる胸倉にさらに力を籠め、苛立ちを募らせたようだ。

「そうね、私は一度もホーダス様に偽善をしたつもりはありません。私が貴方に偽物であろうと『善』の付く感情など思うわけがないでしょう。有るのは、ただ単純に憎悪です」

 ホーダス様の美しい顔が険しくなる。

「そうでしょう? 頭を踏まれ笑われて、生まれる感情に『善』が付くはずないでしょう。貴方が、私に逆らえないと知った時から貴方をどう痛めつけられるか、考えて動いているのよ。執事に殴られて、叩かれても、上の立場だから当然だと思っていたなんて、ホーダス様は本当に面白い方ですね」

「お前……。そんなに俺が憎いのか」

「貴方だけが憎いわけではない。あの時、私の腕を掴んでいた人も、髪を踏みつけた人も、周りでその光景を笑っていた人も憎いわ。でもお父様が私に与えてくれた、ホーダス様がやりやすかっただけ。それに、私にやり返すことの出来ない貴方が傍にいたから、受けた事と同じことをやり返すという事が浮かんだわ」

 ホーダス様が私を掴んでいる手にさらに力がこもる。紺色の制服があと少し力を入れられたら、破れてしまうのではないだろうかと言うほど、制服が引っ張られて歪んでいる。

 怒りの感情がさらに高ぶり、漆黒の霧が胸元まで上がってくる。

「だから、俺を苦しめるために、アリアを傷つけたのか!」

 ホーダス様を中心に突風が巻き起こり、私の制服のスカートが風により巻き上がり、保健室の窓が激しい音を立てて割れ、ベッドのシーツが捲り上がり吹き飛んだ。

 風が次第に、刃に変わり私の体を切り裂いていく。激痛で顔が歪む。掴まれたままで抵抗できない私に、風の刃が首元を切り裂いた。噴き出した血が、ホーダス様の美しい顔にかかる。

 冷酷な顔で私を睨みつけるホーダス様の顔が赤く染まる。悪魔のように美しいその顔を、私の血で染めたと思うと、笑みがこぼれた。

「な、何、何をしているの!?」

 アリアの焦った声が聞こえた。血が抜けていく私は意識がもうろうとしていて、彼女にまで気が回らない。

 未だに胸元を掴んだままのホーダス様の手に私は手を添えた。

「ホーダス様一人に、仕返ししているのが不満だと言うのなら、私を痛めつけた人全員に、同じ思いをさせられるように、私、これから頑張りたいと思うわ。でも、まずは貴方から……」

 誰かが、叫んだ声が聞こえた気がしたが、私の意識はそこで途切れた。


 私は次に目を開けた時に王立病院にいた。ホーダス様の暴走を、アリアが魔法を使い止めてくれたという。倒れた私に治療を施してくれたのも彼女だ。

 アリアを突き落とした犯人は、あのSクラス女子の三人組の息のかかった生徒だった。ジョウが犯人を見つけ出し、懲らしめたらしい。


 ホーダス様は、私を殺そうとしたと自供したので、今牢屋の中に居る。

 下級使用人が主人を殺そうとしたという事件だから、普通は処刑されることになる。でも、私はお父様に掛け合い、懲役で済むように頼んだ。お父様の賄賂のおかげで、裁判を操り処刑は免れた。

 お父様には、本当に死ぬかもしれなかったんだぞ、と怒られた。保健室には、高価で一振りで傷を癒す治療薬が有るのを知っている。魔法の私闘で死人を出したとなれば、学園の責任問題に発生する。だから、あの場でどんな傷を負っても、心臓や頭を潰されない限り、傷は癒えると分かっていた。そして、心臓や頭を狙う魔法を使われたら、私も魔法で抵抗しようと思っていた。

 ホーダス様を煽りに煽り、攻撃するように仕向けたのは、彼を処刑させるためではない。彼に永遠の苦しみを与えるため。死ぬなんて許さない。


 お父様は学園を辞めるように説得して来たけれど、私は学園へ戻ると決意していた。

 私を痛めつけた人全員に、同じ苦しみを味あわせる。この二年、Fクラスにいながら、私を甚振り続けた人たちの弱みを少しずつ集めてきた。初等部の時、やり返すという事など考えもしなかったけれど、ホーダス様が私に復讐の転機をくれた。



 歪んだ私の復讐劇を、必ず、やり遂げて見せよう。


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