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物理系乙女ゲームもどき

ヤンデレ乙女ゲーの世界で普通に生きています(*撃破)

作者: 変わり身

*この作品は「ヤンデレ乙女ゲーの世界で普通に生きています(*物理)」の設定を流用しています。

『一ノ瀬リコ』という人物を語るに辺り、まず最初に言っておきたい事。それは彼女が決して美少女では無いという事だ。



否、本来の『一ノ瀬梨子』――ゲームキャラクターのままであれば、美少女と呼ぶに相応しい容姿ではあった。

二次元のイラストだったからかもしれないが、くりっとした大きな瞳に、スッと通った鼻筋。桃色の頬に薄い唇、フワフワとした質の髪の毛も合わせ、まるで小動物のような愛らしさを持っていたのだ。


それに加えて性格の方も大変よろしく、優しさと強さを兼ね合わせ、しかし反対に脆さをも持ち合わせているという所謂守ってあげたくなるタイプ。

過酷な過去から来るトラウマや、迫り来る病んだイケメンに翻弄されつつも必死に向き合っていくその姿に心打たれたファンも多く、女性キャラクター、しかも主人公という劣勢要素がありながらも人気投票では並み居る攻略対象を押しのけ3位を獲得する程の人気ぶり。

各ルートのシナリオとの親和性も高く、「鳥籠の中の青」というゲームは彼女無しには語れないという意見も上がった程だ。


――そう、恋愛ゲームにとって当たり外れの多い『個性を持った主人公』達の中に置いて、『一ノ瀬梨子』とは限りなく当たりに近い存在だったのである。



(うひょー、何か背中がゾワッと来ました)



……それがどうした事だろう。この世界における彼女はその影も無く、只々ひっどい惨状を晒していた。


過去の虐待の影響か、それとも長年の野生生活の為か。本来であれば明るい光を湛え、キラキラと潤んでいた筈の瞳はまるでハンマーでのめされたかのように半眼の形に歪められ。瞳の光はくすみにくすんでドドメ色。

フワフワだった髪も熊毛のようにクセが強まり、顔の造形はほぼ同じといえど印象が全く違う物となっていた。


そして何より酷いのは、常に口元に浮かんでいる張り付いたような微笑である。

育ての親であるというツキノワグマの胸元を真似しているのかどうかは知らないが、いつもニヤニヤ毎日ニヤニヤ。そして口を開けばうひょーうひょーと来たもので、これがどうにも癪に障る事この上なく虚ろな半眼と合わせまるで煽られている錯覚を受けてしまうのだ。


性格もまぁアレな感じのアレであり、これでは美少女度も半減だ――何時だったかリコの友人(超不本意)である優乃がそう漏らした事もあったが、「半美少女という事は平均的という事ですね」と返されて諦めた。何かもう、諦めた。


中身が違うので当たり前と言ったら当たり前なのだが、主人公でありながら主人公で非ず、むしろヒロインの土台からも転げ落ちた野生児。

決して基は悪く無く、それどころか平均以上に整った容姿をしている筈なのに絶ッッ対にそう認識したくない。そんな雰囲気を撒き散らす少女――それが『一ノ瀬リコ』であった。







「……それなのに、何でそんなに執着すんのよ。あんたら」


「んん? 何か言ったか、雑草」



――ぼそり。口内で呟かれた声に耳聡く反応し、不遜な声が跳ね返る。


一瞬何の事か分からなかったが、今この場――放課後の風紀委員会室には私を含め二人しかいない。必然的に私=雑草の方程式が成り立ち、瞬時にこめかみの血管が盛り上がった。



「どうした、言いたい事があるならば言えよ。なぁ?」



私が不快になった事に気が付いたのか、更に人を小馬鹿にする声が飛ぶ。イラつきのまま手元の書類から視線を上げれば、そこには一人の男子生徒の姿があった。

イギリス人とのハーフらしい端正な顔立ちに、制服の上からでも分かる程に鍛え上げられた筋肉質な体つき。そして質の良い髪の一本一本が窓から差し込む夕陽を反射し、妖しい色の光を放つ。


――金城竜之進。この学校の生徒会長にして、日本でも有数の大財閥の御曹司。「鳥籠の中の青」の攻略対象の一人であり金持ちボンボン枠担当である。



「……別に。どうしてあんな野生児のリコがモテモテなのか考えてただけよ」


「あ? そりゃお前、あんな面白い女見た事ねぇからよ。何、嫉妬でもしてんのか?」


「はン」



ぷっひー。見当外れな言葉に思わず鼻から妙な息が漏れた。

その馬鹿にするような音色に金城は眉を寄せ、私と同じくイラついた様子を見せる。まぁ実際馬鹿にしているので実に正しい反応だ、ささくれた心がほんの少しだけ癒された。


放課後の学校、加えて夕陽の差し込む一室で向かい合う男女。言葉にすればロマンチックな状況であるが、今この場においてはギッスギスとした空気が漂っている。


それもその筈。ゲームの中では私――野上優乃は彼に想いを寄せていたらしいが、この世界では見ての通りの犬猿の仲なのだから。

種類は違えど「会」を纏める長同士それなりの交流はあるものの、こんな様子では甘酸っぱい展開など起こり得る筈も無し。理由は簡単。私は彼が嫌いで彼は私が嫌い。それだけである。



「あーマジで嫌いだわ、お前。雑草みてぇに十把一絡げの分際で偉ッそうに。何様のつもりだ」


「風紀委員長様よ。生徒会とは別系統だけど、立場的にはあんたと同格かしらねぇ」


「ハ、何が同格だよ教師の犬が。教頭の棒に当たって孕んじまえ」



聞きましたかこのシモい暴言、こういうお下劣な言葉を口に出すような所が私は大嫌いなのだ。


私が入学した当初、一年生の頃はまだ普通の関係だった筈なのに、半年前――リコが入学してきてからはこの有様だ。まるで何かのスイッチ(ヤンデレスイッチとでも名付けようか。笑えん)が入ったかのように攻撃的になってしまった。

恋心に目覚めたからなのかは定かでは無いが、何にしろ迷惑な事には変わりない。私が私である以上特におかしな行動はとっていなかった筈なのに、余程この乙ゲー世界はシナリオ管理をしっかりしているらしい。いや主人公がアレな時点で既に破綻してるけども。



「……っ、はぁ」



私は胸中に溜まる憤りや怒りを細長く吐き出し、手元の書類――リコのバトルによる教師からのお小言。死ね――を鞄に仕舞い、立ち上がった。

まだやるべき作業は残っていたが、金城が居る以上茶々を入れられ進むまい。後はもう持ち帰り残業としてしまおう。


この不快感漂う空間をさっさと抜け出すべく、会室の出入り口に早歩き。そうして最後に金城に怒りを込めた視線を差し向け、せめてもの意趣返しとして彼の肩に自分のそれをぶつける様に通り過ぎ――――



「――おっと、待てって」


「……、っ」



――がっし、と。すれ違いざまにぶつけようとした肩を掴まれ、たたらを踏んだ。



「……何? 帰るんだけど、私」



いつもならワザと受けてからこちらを馬鹿にするくらいの事はやる筈なのに。怪訝に思う私を他所に、金城は肩を掴んだまま口の端を歪める。



「知るかそんなもん。俺が何の用も無しにこんな場所来る訳ねぇだろ、聞け」


「用……? あんたが? 私に?」



似合わない言葉。そして金城の表情によく分からない不気味さを感じた私は身を捩り、拘束から逃げようとするが――奴の手は肩を握りこんだまま離さない。

それどころか抵抗に合わせて締め付けを強め、徐々に痛みが迫り上がってくる。



「何っ。ちょっと、まず離し……!」


「お前も知ってると思うが、俺はリコに執着している。さっきも言ったが、あんな面白れぇの初めてだったからな」



私の文句を無視し金城は語る。どうやら終わるまで離してくれないようだ、ふざけんな。



「最初は好奇心だった。だって俺を見て最初に言った言葉が『熊度20、金髪とイケメンフェイスで大幅減点ですね』だぜ? 初めて言われたよあんなん」


「あ……っそ、自分語りとか、他所でやれ……!」


「でまぁ、それからちっと気になったんで家の奴に調べさせたんだが……そしたら出るわ出るわアホなもんが次々と。んでゲテモノも偶には摘まんでみよっかなと思ったんだがさ」



ダメだこいつ聞きやがらねぇ。


ともあれギリギリと続く痛みに耐えつつ話を聞けば、どうもコイツはリコのナンパに失敗したようだった。

まぁ予想通りといえば予想通りであるが、しかし今まで女に不自由しなかった金城にとっては衝撃的で、逆に火が点いてしまったらしい。


……ゲームでは梨子が金城の粗野な雰囲気の中に暴力系ヤンデレ幼馴染の雷紋の影を見て避けてしまった事がフラグとなった訳だが、図らずも同じ結果となったようだ。乙女ゲームの世界はスイーツ脳、これ豆ね。



「……っく、この……!」



そうしてその後も如何に策を弄してリコを落とそうとしたかが熱心に語られたのだが、正直死ぬほどどうでも良い。

むしろ熱が入るごとに彼の目がどんどんおかしくなっていくのが恐ろしく感じ、逃げ出そうと必死に踏ん張るが手が外れない。



「……それでさ、考えたんだよ。どうしてリコが俺に靡かないのかってさ。……何でだと思う?」


「し、る、かッ! いい加減離せ!!」



血流が妨げられているのか肩は痺れて感覚が無く、右腕もあまり動かなくなってきた。

話を聞く集中力も散らされる。半ば涙目になった私は無理やりにでも拘束を外すべく、思いっきり金城を突き飛ばそうとして――――



「――それはな。周りに雑草が生えてるからだ」


「……え――ッぐ」



どん、と。背中に衝撃が走り、一瞬息が詰まる。

どうやら壁に押し付けられたようだ。肩甲骨の辺りにじんわりとした痛みが走り、更に視界が涙で滲む。もうちょっと肉を付けてたら良かった――というのは現実逃避ですかそうですか。



「お前が居るから、雑草が付きまとってるから、そこばかりリコは気にする。気に入らねぇよ、我慢ならねぇよ。なァおい……!」


「が……は……!」



――彼の眼は、怒りとも憤りともつかない色で染まっていた。

感じるのは、私に対する負の感情。肩を握りしめられたまま肘と壁で喉を挟まれ、骨と一緒に気道が潰された。チカチカと視界が明滅し、意識が彼方に飛びかける。


どうやらヤンデレ的超理論跳躍術で明後日の方向に結論が着地したらしい。

おそらくリコと私がよく一緒にいる事から仲良しが云々と邪推されてしまったようだが、とんだ濡れ衣である。リコとは風紀委員長という立場上仕方なく交流してしまっただけであり、そこに友情など介在していないのだ――と、そう声に出そうとするが息が通らず声も出ない。



「用ってのはな、これだ。リコに近づくなよ雑草、解放しろよ雑草、根を張るなよ雑草、縛り付けるなよ雑草。消えろよ雑草、失せろよ雑草、邪魔するなよ雑草。返事はどうした雑草、返事は、返事、返事ィ!!」



だから声出ねぇっつってんだろスカタン!


どんどん様子がおかしくなっていく金城の唾が飛び、眼鏡のレンズに幾つかの水滴が張り付く。まずい。これは本格的にまずい。ヤンデレは須らくリコに行くだろうから大丈夫だろうと油断していた、恋に狂う男どものバイタリティを甘く見ていた。

コイツがヤケに突っかかってくる事には警戒していたが、スタンガンを含めた自衛手段は床に転がっている鞄に入ったままだ。詰んどるがな!



「……あ、――っは」



どうする、どうする、どうする――――?


懐に収められた「何か」を取り出そうとする金城に一層の危機感を覚え、少しずつ薄れゆく意識の中で私は助かる方法を探した。

何か武器になるようなものは無いか、抵抗する手段は無いのか。血管の浮き出る眼球を蠢かせ、必死に辺りを探る。


手元――無い。

足元――無い。

扉――ノブまで遠い。

天井――電灯だけ。

机――無い。

窓――リコが張り付いている。

床――鞄は遠い。

箪笥――手が届かない。



――――何も、何も出来ない。



(ダメだ、もう、頭――――)



……絞め落とされる以外の選択肢が何一つ無いこの現状。

焦りと共に諦観が脳裏を埋め尽くし、酸素が足りずに眼球が裏返る。そして暗幕を下ろすように、視界が上方から真っ黒に染まって行き――――



(…………)



うん?





「ふんがおー!」





――ぱっきゃろーん!



施錠されていた窓が強引に開かれ、外れた鍵が甲高い音を立てて吹き飛んだ。勢いよく窓枠を滑ったガラスがその側面に衝突し、蜘蛛の巣模様のヒビを散らす。あんた後で弁償な。



「なッ……!?」



金城もそれに驚いたらしく、掴んでいた手を外して振り返る。

当然それに伴い私も解放され、床に座り込んで大きく咳き込んだ。気道が一気に開通した事で空気の塊が押し通り、酸素と一緒に吐き気も昇る。ああ、舌の根本に酸っぱい香りが。



「げほっ……なんなのよ、もぅ……!」



金城の事もそうであるが、今は窓からの侵入者の話。


何でここに来たのかとか、ここは校舎の三階であるとか、金属製の鍵が容易く吹き飛んだ事であるとか。言いたい事は山ほどある。

しかし同時にまともな答えは返って来ないと分かり切っている訳で。私は喉まで出かかった悪態を吐き気と共に飲み込み、涙に滲む視界を持ち上げた。



「…………」



――そこに居たのは現状の原因を作り出した主人公にして、私が今もっとも怒りをぶつけたい相手、一之瀬リコ。

珍しく口をへの字に歪める彼女は熊手の形に拳を固め、両の足と腕を開いたファイティングポーズ(?)を取っていた。どうせならもうちょっと可憐な様相にすればいいのにと思わないでもなかったが、まぁ言ってもしょうがあるまい。



「……ふひー」



私はイラつきとも安堵とも付かない溜息を吐き出し、こてんと壁に頭を預けた。言いたい事は一先ず置いて、全てが終わった後にしよう。

とりあえずリコが来た以上、これから起こる出来事とその結末は決まったようなものだ。動く気力もまだ無いし、ここで大人しく背景になって体を休めておく事にする。



……被害、窓だけで済めば良いなぁ。そう願わずにはいられなかったが、土台無理な話だろう。

また教師からの小言が増えるだろう事を確信し、先程とは違う質の塩水で視界が歪んだ。畜生。







『Let's Do Battle!』



――脳内で外国人男性(最近彼をウィニーと名付けた)の声が響いた瞬間、コマンドを入れてダッシュステップ。床を力の限り蹴り飛ばし、回り込みと共に6Fの無敵判定が発生した。


私の目線の先に居るのは、先程優乃に狼藉を働いていたと思しき……きん、きん何とかくんだ。

幼少期を山で過ごし、中学時代を孤立して過ごした私にようやっと出来た人間型の友人に何という事をしてくれる。もう怒り爆発である、ドラインである。



「何が――おごぉッ!?」



そうしてそのまま彼の足元に出現した私は、下から跳ね上げる様にD攻撃――かち上げ膝をその脇腹へと叩き込み、大柄な体を天井へと吹き飛ばす。

気持ち的にはそのまま熊追三撃からのコンボに繋げたい所だが、今はそんな場合ではない。近くに倒れていた優乃へと近づき、その安否を確かめる。



「大丈夫ですか、優乃。優乃」


「あー……まぁ、ね。酸欠で結構な脳細胞が死んだかもだけど」



壁に体を預けぐったりとする彼女は、その様子に反し結構余裕がありそうだった。軽く検分し流血等が無い事を確認し、安堵に一息。ほっと胸を撫で下ろす。



「……で、何であんたここに居んの」


「え? あぁはい、今日一緒に帰りたいなぁと思って校門で待ち伏せしていたのですが、幾ら待っても来なかったので様子を見に」


「待ち……いや、いいや。そんでどうやって登ってきたの」


「いや普通にこう、こう」



優乃の疑問に答え一旦離れて空中二段ジャンプを見せれば、彼女は疲れたように掠れた息を吐き出し俯いた。

やっぱりどこか具合が悪いのかと思い焦ったけれど、特に何を訴える訳でも無く。全てを諦めた表情で静かに人差し指を上げ、散らばった机の中で呻いているきん何とかくんを指し示す。



「……アレ、あんたが好きなんだって」


「はい」


「……で、あんたと仲良くしてる(超不本意)私が邪魔なんだって」


「はい」


「…………」


「…………」



……両者無言、気まずい沈黙が辺りを漂う。


いや、まぁ。分かる、分かりますよ。誰の所為だとかそういう話な訳でしょう? 分かってますとも。ええ、ええ。

でもちょっと待ってやって下さいよ。何かさも私の所為だと言わんばかりの視線だけれど、それは飛び火という物でしょう。優乃をやったのはきん何とかくんであり、私はそんなに関係な、



「収めろ」


「はい」



優乃のドスの利いた声に従い、場の収集を付ける為に今再びのファイティングポーズ。よろめきつつも立ち上がるきん何とかくんへと向き直る。


自分の菊門は自分で拭けと、まぁつまりはそういう事だ。私としてもこのまま彼を放置したくはないし、都合がいいといえば都合がいい。決して怖かった訳じゃないやい。

見れば彼の体力ゲージはまだ緑色だし、それなりに耐久値は高めらしい。これはフルコンボ行けるかなーと指関節もやる気に満ち満ちバッキンバッキン鳴り響く。



「く……流石、リコだな。凄まじい膝だぜ……!」


「そりゃどうも。もっと凄い事していいですか」



脇腹を抑えつつも唇を釣り上げるきん何とかくんにそっけなく言い放つ。熊度20はやっぱりタイプではないのだ。

そんな私の冷たい言葉に彼は愉快そうに笑みを漏らし――懐に手を入れた。何だろう、何か武器でも出すつもりだろうか。



「――そこの雑草、さっき言った事覚えてるかァ? リコの事調べさせたってやつ」


「……? それが、何よ」


「あれなぁ――こういう事なんだわ」



そう言って突然のストーカー発言に総毛立つ私を見ながら取り出されたそれは――――黒く、小さな何かだった。

最初は良く分からなかったけれど、しばらく眺めるうちに徐々に理解が及んでいく。


――あれは、銃だ。


おそらくは金に物を言わせて取り寄せたのだろう。人の握り拳に隠れるサイズの小さな銃。それがきん何とかくんの手に握られ、構えられていた。



「あんた、なんで……」


「実弾じゃねぇ、麻酔銃の一種さ。リコは飛び道具が嫌いだって話じゃねぇか、なら育ての熊を撃ったっていう麻酔銃は一番の天敵になるだろ? 有用に使わなきゃなぁ」


「……なんで、そんな普通に受け入れてんの……?」



そのげっそりした優乃の呟きは誰にも聞こえず、風に散って消えていく。

きん何とかくんは麻酔銃を何も言う事の出来ない私に向け、勝ち誇ったように満面の笑みを浮かべた。


――ああ、成程。へぇ、そう。



「…………」


「ハッハ、じゃあ大人しく口説かれてくれ。そして身も心も俺のものに――――」


「――その情報、間違ってますよ」



ぴしゃり、と。きん何とかくんの言葉を遮り、強く言葉を叩き付ける。突然の事に彼は怪訝そうに目を眇め、銃口を揺らした。


……ふむ、どうやら私は騙されていたようだ。きん何とかくんの筋肉質な肉体を見てパワータイプかと思っていたが、銃使いの遠距離キャラクターだったとは思わなんだ。

これまで遭遇してきた敵キャラの誰よりも硬かった為誤解していた。これは申し訳ない事しきりである。



「あん?」


「確かに私は飛び道具が嫌いです。撃っては小パン、撃っては小パン、そして近づけばサマーソルト。如何に伝統芸能だと言えど、相対する者にとってはあれ程厄介な物もありませんから」


「……何言ってんだ? おい、これが見えねぇのか」


「特に私は飛び道具が無くリーチも短い近接特化系キャラですからね。あの手の戦法は最早天敵と言ってもよかった」



一歩一歩、静かに、言い聞かせるように言葉を紡ぎ。ゆっくりときん何とかくんに向かって行く。

そこに怯えは無い。躊躇は無い。見据えるものはただ一つ。



「……ああ、そう。良く分かんねぇが、分かった。舐めてるのか、お前」


「それに比べれば遠距離キャラはまだ優しい。性能的にあえて隙が作られていますし、全般的に近接対空技に乏しい場合が多い。そして今では――――」


「――もういいや、眠れよ。俺のキスで起こしてやるから」



――パン! という破裂音と共に、銃口から麻酔弾が吐き出された。


細長い円筒状の形に、前面に突き出た注射針。それは人間用に改造されているらしく、幼い日に見た物より数段小さな物だった。

空を切り裂く銃弾は常人であれば観察する事など不可能な速度で飛んでいるが、格闘ゲームのキャラクターたる私にとってはお茶の子さいさいへのカッパ。線条痕まで鮮明に視認出来ている。



そうして私はそのフレームをしっかりと見極めて。掲げた手の甲に当たるその瞬間。心のレバーを背中側に思い切り倒す――!



――――バシィンッ!



「……!」



……何かが炸裂したような甲高い音と共に、私の体が一瞬だけ青く発光。周囲に燐光を撒き散らす。


それと同時に手の甲に触れた麻酔弾が粉々に砕け、跡形もなく消え去った。

弾が当たった筈の私の体には傷の一つも、麻酔が撃ち込まれた違和も無い。新品のつるつるお肌のまんまである。



「……現在では、こんな技もあるのですよ。ね」



とりあえず格好付けてみたが、どうやら成功したようだ。タイミングばっちりだった事に心の中でひっそり安堵しつつ、何事も無かったかのように歩を進め続ける。



「……は? あ、え――……っく、の!」



パン、パン。命中した筈なのに何の影響も見受けられない事に焦ったのか、きん何とかくんは更に二発の銃弾を発射する。

当然私もそれに応対し、先程と同じく完全無欠に防ぎ切った。



――攻撃の当たる直前に心のレバーをガード方向に倒す事で、被ダメージを完全にゼロにする。私はこの技術をハートブロックと呼んでいた。



心のレバーを使うからハートでブロック。性能的にはそのまんまの名前でもよかったのだけれど、実際にレバーを使用する訳では無いのでこの呼び名。

どうだ。熊父さんが撃たれた時には未熟だった故に使えなかった技であったが、今では完全に物にしたぞ。もうそろそろ救出の行動を起こす日も近いのではなかろうか。



「は、は……」



だがまぁ、まずはきん何とかくんの事だ。


ようやく彼のすぐ傍まで辿り着き、その巨体を見上げる。すると彼は銃の効かない私に恐れを成したのか、リロードも忘れ弾切れの麻酔銃をカチカチ撃ち続けたまま乾いた笑いを漏らしていた。

血の気が引いた顔面は青く染まり、脂汗をダラダラと流し。私の優れた嗅覚に汗くさい匂いが牙を剥く。あまりの脂臭さに鼻が曲がりそう。



――なので、一発かち上げ膝。



「せいやぁッ!!」


「お、ぐぅおッ!?」



ごす、と。彼の腹部に膝がめり込み、本日二度目の空中旅行へご案内。

今度はすぐさま跳躍し彼を追いかけ、熊追三撃へと移行。拳、爪、打――とびあがりくんの時とは違ってその後もラッシュは続けていくが、体力ゲージの減り方にはまだ余裕があった。


無意識の内に口端が上がり、込み上げる嬉しさが胸を灼く。



「――やっ、さァーッ!!」


「ごはッ!!」



熊追三撃 → 三角型くま → 爪撃 → ベアショック → 踵落としとコンボを決めれば、彼の体は流星の如く床に激突。

机を巻き込み大きくバウンドし、ゆったりと中空に身を投げ出し隙を晒す。見様によっては無重力状態のように見えなくもない。



――うひょー、いけるッ!



加えて連続ブロック、そして今までのコンボにより技ゲージも全本回収済み。かつてこれ程までに「整った環境」があっただろうか。否、無い。


私は生まれて初めてのフルコンボ完全達成に大歓喜。ギラギラと瞳を光らせ、足で床を叩き踏ん張り姿勢。

そうして三本の技ゲージを全て消費し、画面を一気に暗転させた――!




「――――超・大・熊・猫・殺しィッ!!」




――その一撃には、音が無い。


音速を超えるかの勢いで突き込まれた熊鉄拳がきん何とかくんの体を貫き、背中の先に衝撃波を発生させる。

しかし当事者たる彼は何も悲鳴を上げず、まるで縫い止められたかのように空中から動かない。その様子は、彼の周囲だけ時間が止まっているようにも感じさせた。


机は飛散し、風が舞い。箪笥の中身が散らばって。されど無音の時が過ぎる事一秒、二秒、三秒、四秒、そして五秒が過ぎた折――――パキリ、と。拳の先で小さく乾いた音が鳴る。



「――――ッ!!」



――瞬間、彼の時間が追いついて。その体が勢い良く射出され、開いた窓を突き抜け大空へと飛び立った。

悲鳴を上げる暇も無く、本当に、唐突に。ただ白い煙をたなびかせ空の彼方に消えていくのだ。例えるならば逆隕石、地から天へと伸び上がる一筋の希望。宇宙へ飛び立つ肉ロケット。



『――――PERFECT!』



そうして完全勝利を告げるウィニーの声が聞こえると同時、きん何とかくんの体は画面外へと到達したのか撃墜判定。『バシュゴォォォン!』と大きな光の柱を立ち昇らせる。

蓄積ダメージは300パーセント以上。サドンデスも真っ青の超必殺技であった。素晴らしい。


「……ゲーム変わってるじゃん」背後で呟かれた優乃の声も今の私には聞こえない。度の超えた幸せが胸中を満たし、これ以上無い程の満足感に包まれていたのだ。



「――うひょー、こりゃあ何という……!」



快感、そして気持ちよさであろうか。私はきん何とかくんをぶっ飛ばした姿勢のまま、ムフーと鼻から息を吐く。

全てが終わった風紀委員会室は竜巻が通った後の如く酷い有様を見せていたが、今はそんなのどうでもよろしい。とにかくこの感慨に浸っていたかった。このままでいさせて欲しかった。



――夕陽も殆ど落ちかけ、夜の帳が下りる中。私と優乃はどちらも動かない(動けない)まま、暫くの間窓から吹き込む風を感じていたのだった。







「あー、しんどかった」


「いやはや手こずりました手こずりました」



完全にとっぷりと日が沈み、代わりに煌びやかなネオンが輝く街の中。一通りの風紀委員会室の片づけを終えた私はてくてく歩く。

周囲には帰宅途中のサラリーマンやいかがわしい店の客引きなどがひしめき合い、夜特有の混沌を生み出している。何時もはもう少し早めに帰宅するため、この空気は結構新鮮に感じる。



(うーん、にしても遅くなってしまいましたなぁ)



ぽつり。声には出さずに呟いた。


如何に私が体力オバケであろうとも、あの惨状を見られるまでに戻すには結構な労力を要してしまった。

まぁ主犯は私の為文句を言わずにやるしかなかった訳なのだが、あれはきつかった。優乃も手伝ってくれたおかげで七時前には何とかする事が出来たのは僥倖という他無い、きん何とかくんの事も合わせ、更に頭が上がらなくなってしまった。



「……で、もうそろそろ降ろしてくれても良いんだけど。恥ずかしいし」


「いえ、せめて家まではこのまま送らせて頂ます。ハイ」



そうして申し訳なさを感じていると、頭の上から声が降る。


そう、実を言えば私は今優乃を背中に背負っていた。理由は勿論、きん何とかくんによる狼藉の影響だ。


私のような格闘ゲームのキャラならば少しくらいのダメージなどへでも無いが、彼女は正真正銘の非戦闘キャラである。と、思う。

暴力は元より、悪意をぶつけられたりその後の片づけを手伝わせたり、少々ふらついてしまう程には無理をさせてしまったようだし、ならばその原因を齎したものとしてせめて家に着くまではおぶって行くのが筋であろう。うむ。


まぁそんな訳で若干目立ちつつも帰宅の途に就いていたのであるが――――



「…………」


「…………」



……何かどうにも気まずい雰囲気。

罪悪感とか色々な物をない交ぜにしたような空気が取り巻き、どうにもちょっと落ち着かない。



「……でも、凄いわね。あの金城をぶっ倒すなんてさ」



そうやってむにゃむにゃしているさ中、再びの声が降った。



「はい?」


「だってアイツって結構な強者だったのよ? 肉体も頭も登場人物トップクラスで、エリート坊ちゃんみたいな感じで」


「はぁ。まぁ確かにあの硬さには結構びっくりしましたが……」



しかし、あれで強者は無いだろう。昔住んでいた山の奥には私が敵わない奴らも沢山居た事だし、本当の強者はきっとああいう奴らの事を言うのだ。

熊しかり、ゴリラしかり、ニホンオオカミしかり、石門の中から出てきた宇宙的な奴らしかり……。



「……え? そんなのが居る山がうちの県にあんの……?」



ともあれ。


そうこう言い合っている内に良い感じに空気も解れ、優乃の家の程近く。

もうそろそろ彼女の家が見えてくるだろう場所で――私の足が、ぴたりと止まった。



「……? 何、どしたの」


「いえ……」



……私らしくもなく、数刻言い淀む。


考えるのは、私がこのまま優乃と友人関係にあり続けて良いのかどうかだ。

分かっていた事だが、格闘ゲームの主人公たる私は多くの敵を呼び寄せるようだから。この先付き合って行っても迷惑しかかけないのではなかろうか。


本当ならばキッパリと縁を切るのが彼女のためになり、向こうもそれを望んでいるのかもしれないが……高校生になってようやく出来た、草や動物、宇宙的で無い初めての人間友達である。そう簡単に諦めたくは無かった。

えんがちょを切り出すか否か。ものすごーく迷う所である。うむむ。



「……ふん」


「、あいたー」



うんうん悩んでいると、私の頭頂部にチョップが落ちた。

見上げてみれば優乃が何処か面倒臭そうな物を見る視線を向けており、馬を走らせる時のように踵で太ももを叩いている。どうやら進めという事らしい。



「何立ち止まってんの。さっさと帰らしてよ、また明日も忙しいんだから」


「明日?」


「そ。今日の件の聴取とか、金城の事とか。あと窓の修理とか色々」


「……大変だぁ」



歩みを再開させつつ聞いてみれば、出るわ出るわやる事がこんもりもっこりたんまりと。


それは聞いているだけでも思わずウンザリする程で、そこに私が加わるかと思うと気分がどんより落ち込んでくる。大変だー大変だ―と即興で歌を口ずさんだ。

すると「そうよ大変なのよ、主にあんたの所為でね」と付け加えられた訳だが、ええ痛いほど分かっておりますとも。ぐすん。


そうしてちょちょぎれる涙を振り子の玩具の様にカッツンカッツン言わせていると――――ぽつり、優乃が疲れたように呟いた。



「――だから、早く収める為にも私からバックレないで頂戴よ。明日に限らずこれから先も、何回面倒事を起こしてもさ」



……………………。


ふむ。ふむ。ふふ。



「っ……え、何その笑い方。初めて見るんだけど」


「いえいえ。まぁ、言われたらしょうがないなぁと。ねぇ?」


「いや、意味分かんないんだけど。ちょっと、無視しないでよこら!」



バシーン、バシーン。何度も振り下ろされるチョップをハートブロックで弾きながら、先程は打って変わった足取りで道を行く。


まぁ、ねぇ。聞いての通りの事だから。しょうがない、しょうがないよね。そう自分に言い訳しつつ、鼻歌を歌いつつ空を見上げる。

空に広がる星々は皆キラキラと輝いていて、今の私にはとても美しく映った。よくよく目を凝らせば、サムズアップしたきん何とかくんの姿さえも浮かぶようだ。



『俺のおかげだって事、忘れんじゃねぇぞ――――』



何となくそう言っている気がして、私は敬意を表し中指を突き立てた。間違えて挑発ボタンを押してしまった気もするが、まぁどっちでもいいか。

そうして何をやっているのかと疑問の声を上げる優乃に首を振り、彼女の家の呼び鈴を鳴らし――ふと、気づく。



――さて、扉の奥から聞こえる母親の物らしき声にどう答えよう。数刻もしない内に訪れる難問に備え、私は量の少ない脳みそを大回転させた――――。





「金城竜之進」


翌日何事も無く、色んな記憶をなくして登校してきたらしいよ。



「ハートブロック」


所謂「直前ガード」、削りダメージを無効化してくれるとっても難しいテクニック。世の中にはこれを十数回連続で成功させる凄い人がいる。



「その他各種格ゲーネタ」


ぼかしたりしてるけど大丈夫かな。まぁいっか。



「ウィニー」


最近サンダースとも間違えられたらしいよ。


前話での多くの感想、ありがとうございマッスルー。

とりあえず長く続けるのもアレなので、今回でこの作品はおしまい。少しでも楽しんでいただけたのなら幸いです。

また何か書くかもしれないので、その時は感想批評よろしくお願いしますー。

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― 新着の感想 ―
金城に殺意しかわかない 普通のお嬢さんを男が殴ったら、下手したら死ぬやろ。アホか
[一言] ブロッキングwww それは生身の人の技じゃねえwww 相手からすれば遠距離攻撃はノーダメ 近距離は言わずもがな これどう足掻いても詰んでるし正真正銘地獄だなー
[一言] リコが強キャラすぎるwww 続きがあれば是非読みたいです
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