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森にて
作:石子


テルは森の中を歩いていた。
小鳥のさえずり、木々の間を吹き抜けていく心地よい風。それらを楽しみながらゆっくりと進んでいく。
特に目的があるわけではない。
テルは今までにも何度かこの森を訪れたことがあり、お気に入りの場所なのだ。
もうしばらく行くと急に森がひらけ、あまり大きくはないが湖が目の前にあらわれる。それもここがお気に入りの散歩道である理由のひとつだった。
この辺りには滅多に人が来ない。時折リスやウサギなどの小動物を見かけるくらい。

この茂みを抜けると湖だ。
テルはわくわくしながら足を踏み出した。
……が、ふと違和感を感じてその足を止める。
湖が見える。かなり広く開けた場所になっているのだが、そこに動くものが見えた。
小動物などではない。
ひとまず木のかげに身を隠して様子を窺うことにした。
そこを歩いていたのは……明らかにこの地球の住人ではなかった。
テルは驚いて声も出なかったが、それでも相手をしばらく観察していた。
肌は無機質な質感で青白い色をしている。大きな二つの目は顔の半分くらいを覆うようにしてついている。そして控えめに口がついているが、鼻にあたるものはついていないようだった。
ドキドキしながら更に注意して辺りを見回すと、湖の向こう側に銀色に光る丸い形の宇宙船のようなものが見て取れる。
あれに乗って来たのだろうか。
あの宇宙船の構造はわからないが、大きさからいうと一人か二人乗りくらいだろうし、今湖のほとりにいるのは一人だけだ。
大勢で乗り込んできたわけではないようだ、と思ってテルは少し安心した。
もちろん、だからといって危険な相手でないとは判断できない。
その宇宙人は特になにをするわけでもなく、テルと同じく辺りを散策しているという感じだ。
見ていると、水を容器にいれたり植物を採取したりしているようだ。
地球の調査かなにかだろうか……?

テルはつい油断して体を前に乗り出してしまった。
バランスを崩して足元の茂みがガサガサと揺れる。
……しまった!
思った時にはもう遅かった。
物音を聞いた宇宙人がこちらに気付き、テルの方を見ている。
テルは恐怖感が湧き上がってきた。相手は何が目的でここにいるのかもわからないし、どんな能力があるかも未知数なのだ。
もし好戦的な種族だったら、どうしよう。
色々な気持ちが入り混じり、その場から一歩も動けなかった。
一方、その宇宙人は珍しいものを眺めるかのようにテルの方を見ていたが、警戒しながらもこちらに少しずつ近づいてくる。
テルは逃げることもできず、ただその場でオロオロとしていた。
言葉が通じるかどうかもわからないし……。
テルがちょうどそう思った時だった。
「こんにちは」
と声が聞こえてきた。
驚いて宇宙人の方を改めて見つめる。口を動かしている様子はなかった。
するともう一度、
「こんにちは」
と聞こえた。いや。今度ははっきり分かった。頭の中に言葉が直接響いてきたのだ。
きっとこの宇宙人の能力なのだろう。
答え方がわからずに黙っていると、また続けて声が響いた。
「あなたはここで何してるの? 頭の中で言いたいことを強く思えば私にも伝わるわ」
その言葉が穏やかな印象だったので、少し恐怖心がやわらいだ。
「僕は散歩をしてるだけだよ。たまにここに来るんだ。きみは誰なの? なにをしているの?」
すぐに答えはあった。
「私はとても遠くの星から来たの。この地球を乗っ取るためにいろいろな調査をしているのよ」
「……え?」
テルは聞き間違いであることを願ったが、あまりにもはっきりと聞こえたので、打ち消すこともできない。
乗っ取るため、とはっきり聞こえた。
サラっと言われたので聞き逃しそうになったが、なんて不気味な言葉なんだろう。
穏やかに思った口調さえ、表情の読み取れない相手の顔を見ていると恐怖を助長するかのようだ。
そんなことを堂々と言ってもよいのだろうか。
僕を生かしておくつもりがないからそんなことを教えてくれるのかもしれない……。
不安な気持ちだけが伝わったのか、宇宙人はくすくすと笑った。笑い声が頭に響いてきたので笑っているようだと判断できただけだが。
「大丈夫よ。あなたに危害を加えるつもりはないわ。乗っ取るって言っても攻撃をしたり地球の人に辛い思いをさせるわけじゃないの」
危害を加えるつもりはない……?
本当だろうか?
「でもどうして僕にそんなこと教えてくれるの?もし誰かに知れたらきみの星の人は困るんじゃないの?」
「あなたが誰かに言ったとしても何の支障もないもの。もし阻止しようとしても手遅れだし」
宇宙人はきっぱりと言い切った。
「手遅れってどういうこと?」
「ふふ。ほぼ計画は完了しているの。だから今さら何かあったところで困ることはないのよ」
少し自慢げなニュアンスだった。
だが、テルにはどうも理解できない。乗っ取りがほとんど完了しているということだろうが、気付かないうちに地球が他の星からの襲撃を受けたわけはないし、特に変化を感じることもなかった。
不思議そうな顔で宇宙人を見つめ返す。
その思考を読み取ったのか、宇宙人は言葉を続けた。
「徐々にね、私の星の住人たちを地球に移住させていたのよ。地球人になりすまして生活をしているわ。その数がもともとの地球人の半数以上になっているの。地球上の主要な人物の多くも私達の仲間よ」
「どうしてそんなことを?」
「この星はこんなに自然が多くてきれいなのに、自分たちでそれを守っていけないんだもの。かわいそうだから代わりに私達がこの自然を守ってあげようと思って。それにここはちょうどいい保養地にもなるしね」
その言葉にテルは納得した。
ここ何年かで、地球規模で急激に自然保護に力をいれているのは周知の事実だ。もちろん今までもそういう試みはずっと続いていたが、地球の文明ではまだ実現しないと思われていた高度な技術が環境の維持に使われ始めたというのを、テルも聞いたことがある。
つまり、テルが気に入っているこの森もこの澄んだ空気も遠い星からやってきた宇宙人たちのおかげということだ。
そう思うと、この宇宙人に対しての恐怖感はきれいになくなった。
それどころか、他の惑星のために尽力するなんてとても親切な星の住人だと思えてきた。
「そうだったのか。全然知らなかったよ。それにしても地球人はそのことに全く気付いていないんだろう?のんきなやつらだね」
そう言いながら、テルは顔の真ん中に一つだけついている目をしばたいた。
目の前の宇宙人は目が二つついている種族なので、テルはそのことにもなかなか慣れなかったのだ。
そういえば地球人も目が二つついていたなぁ。
……などと思いながら。
「そうね。でも気付かれないほうが色々やりやすいわ。ところで、あなたはどこの星から来たの?」
「僕は火星から来たんだよ。でももうそろそろ戻らないと。宇宙船も森の向こうにとめたままだし」
「あらそう。今日は会えてよかったわ。また来てね」
「ありがとう。最初はびっくりしたけど、僕も楽しかったよ。また来るから、会えるといいね」
テルは別れを告げ、自分の宇宙船に向かって来た道を戻っていく。

きっと、地球はもっと美しい自然のあふれた星になるだろう。














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