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14話【手作り餃子】

 ――昔々、大きな鮫が海水浴場に姿を現して人を襲う映画を観たことがある。


 鮫に襲われた人は苦悶の表情を浮かべ、叫び、海に引きずり込まれて海面が真っ赤に染まるのだ。

 子供心にその衝撃的な映像と音声に恐怖を覚えたものだが、今は世界が違うとはいえ、現実に超巨大な鮫が目の前に存在しており、海面が真っ赤に染まっている。


「じ、ジンさん、これで……もう最後っすかね」

「ああ……そうかもしれないな」


 船から落ちてしまったおれとネイリを襲おうとしたのか、メガロシャークと思われる巨大鮫が、特徴的な三角ヒレで水面を切りながら向かってきたのだ。

 だからといって、一面を赤く染めている血はネイリのものではなく、ましてや今のように冷静に状況を観察しているおれが喰い千切られたというわけでもない。


「なんというかもう、なんでもアリっすね」

「うん。力加減を間違ったら、いつかはネイリの頭もあんなことになるんじゃないかと心配してるよ。おれは」

「うぅ……でも、けっこう癖になるんすよ。アレ」


 ――さて、もうおわかりだろうが、海面を赤く染めているのはメガロシャーク自身の血である。


 メガロシャークが襲ってきたとき、『お先にどうぞっす』『いえいえ、そちらこそお先に』と我先に助かろうと海面でバタついていたネイリとおれは、海に飛び込んだイルルによって、ポイッと荷物を放るようにして船上へと投げ飛ばされた。


 そこからは、安心安全のイルルクオリティである。

 彼女が魚雷のような速度を出しながら、真っすぐにメガロシャークへと突っ込んでいったかと思えば、本当にボカンッという音を立てて――巨大鮫が弾け飛んだ。

 それはもう映画のラストシーンのように、頭部が木っ端微塵に吹き飛んだのだ。

 物理的に破壊したのか、何か魔法を使用したのかすら判然としないが、とにかくメガロシャークはこれ以上ないというほどに完全に絶命した。


 海面が赤く染まり、血の匂いにおびき寄せられたのだろう。

 さらに数匹のメガロシャークがやって来たわけだが……それら全てが今ではプカプカと海面に腹を向けて浮いている。

 群れのボスかもしれない一際大きな個体もいたが、そいつがイルルに飛びかかったのがつい先程。

 おそらくは最後の一匹であろうそいつが、がしりと頭部を掴まれ、頭を潰されたことに対して、ネイリがさっきのつぶやきを漏らしたわけだ。


 ばしゃり、と海から上がってきたイルルは、濡れた髪を拭きながらこう言った。


「これで漁場が荒らされることもあるまい。しかし、またずいぶんとたくさん襲ってきたものだ。ふむ……こいつらの肉も料理に使えないか?」


 どう……だろう。

 鮫といえば――やはりフカヒレだ。


 フカヒレといえば……フカヒレ餃子なんてのも、アリかもしれない。

 でも、フカヒレは一度乾燥させてから戻したものでないと食べるのに適さないんだっけか。


「とにかく、メガロシャークを退治したって伝えるためにも、こいつらはロープに結んで港に運んでいこう」


 ――何匹もの巨大鮫を引き連れて港へ戻ると、おれたちは驚きと歓喜の声で迎えられることになった。


 メガロシャークを退治するため、多くの人間が沖のほうへと出ていたそうだが、どうやらその影響で群れが浅い海へと流れてきたようだ。

 逃げてきた先でイルルと出会ったのは、やつらにとって不幸だったとしか言いようがない。


 頭が潰されているメガロシャークたちを見て、いったいどうやって退治したのか不思議がる声もあったが、魔法や魔導銃などの武器が存在する世の中である。あまり深く尋ねようとする者はいなかった。


「金貨などはいらん。そっちで分けろ。それよりもせっかく港にいるのだから、自慢の海産物を土産に持たせてくれればそれでいい」


 メガロシャークを退治した報奨金が出るようだったが、イルルはそれを断り、そんなことを口にした。


「こ、これをどうぞ!」

「いや、おれっちのとっておきを!」

「ああん♡ これも持っていって」


 日に焼けた漁師たちは、イルルの男前な発言に心を打たれたのか、献上するかのように我先にと食材を積み上げていくではないか。

 新鮮な魚介類や、海の旨味がぎゅっと詰まった乾物など、海の幸がてんこ盛りだ。

 乾物にはフカヒレも含まれており、これは以前に仕留めたメガロシャークのヒレから作ったものだそうだ。




 ――こうして全ての巨大鮫を港にいた漁師たちに引き渡し、おれたちは大量の海産物を持ってレイトルテへと帰還したのだった。

 持ち帰ったお土産を冷蔵庫の中へと詰め込み、一息ついてから、さっそく餃子作り開始である。


 餃子といえば、なんといってもまず皮である。

 餡を包む皮がなければ、ただの肉と野菜の団子になってしまう。


 作り方は意外と簡単で、小麦粉に塩を少々、そこへぬるま湯をちょっとずつ加えながらよ~くこねる。一緒に胡麻油なんかの油を入れておくと、生地が伸びやすいし、乾燥してカピカピになりにくいのだが……今回は羽ブタの脂身を溶かしたもの――ラードを少量加えておくことにした。


 大きな団子のようにまとまってきたら、ボウルにラップ……ではなく蓋をして、一時間から二時間寝かせてやる。

 昔は家庭でも市販の皮を使っていたが、自分で作れるようになってからは、余程忙しいときでもない限り、こうやって作るようにしていた。

 それぐらい、餃子の皮は手作りがうまいのだ。


 さて……皮の生地を寝かせている間に、次はフカヒレの下準備だ。

 今までフカヒレを扱うことはほとんどなかったが、港で簡単に戻す方法を教えてもらった。


 まずは乾物のフカヒレを三十分ほど煮込み、火を止めてちょっとおいておけば柔らかくなるらしい。

 フカヒレを本格的に戻すには、一晩どころではなく数日かかると本で読んだ記憶もあるが、メガロシャークのヒレは短時間で食べ頃となるようだ。

 料理人としては、時短はとてもありがたい。


 というわけで、フカヒレを火にかければ次は餃子の餡作りである。

 まずは投入する野菜をみじん切りにしてやる。キャベツ、白菜、ニラ、青葱――厳密には別世界の異なる野菜かもしれないが、明らかにそうとしか思えない野菜たちだ。

 もちろん、味のほうも今までに店で使ってきたから保証付き。


 みじん切りにした野菜に塩を一摘み加え、もみこんでおく。

 こうすれば野菜から水分が抜け、餃子の餡としたときにベチョッとするのを阻止できる。

 それでも、白菜は多量に水を含んでいるから入れすぎないように注意しよう。


 さてさて、お次は解凍しておいたミノタンの肉と、羽ブタの肉を、包丁で叩いて挽き肉にしてからボウルに移す。

 そこへ塩と胡椒を加え、粘り気が出るまでこれまたよ~くこねる。

 こうしないと、食べたときの肉の食感がボソボソになってしまうのだ。

 よくこねたら、そこへ醤油、酒、ミリン、すりおろした生姜、ニンニク、胡麻油を少々、そして……昨晩、店で余ったコカトリスの鶏ガラスープを煮詰めたものを混ぜ合わせる。


 肉をこねた段階で味付けするのは、実はけっこう大事なことで、野菜を加えてからタレを入れてしまうと、塩気によって野菜から水分が出てベチョベチョになってしまうからだ。

 いくら塩揉みして水分を抜いているとはいっても、完全に水分を抜いてしまえば、野菜の旨味まで失ってしまうことになる。


 そうして味付けした肉に、適度に水分が抜けた野菜たちを軽く絞ってから投入して混ぜ合わせてやれば、餃子の餡の完成である。

 皮がなければ肉と野菜の団子などと言ってしまったが、これだけ焼いて食べてもぶっちゃけうまい。

 皮が足りずに具が余ってしまったとき、妹がこれをハンバーグのような形にして焼いていたのだが……食べてみると普通にうまかった。

 あとは皮に包めばいいのだが、餃子の皮はもうしばし寝かせる必要があるし、フカヒレも火を止めてしばし待たなければいけない。


「ああ、あれの処理がまだだったな」


 おれは、思い出したかのようにエレファントタイガーを冷蔵庫から取り出した。

 かなり立派な大海老で、ずしりっとした重みが感じられる。

 その分厚い殻は、普通の包丁では歯が……いや、刃が立たないように思われたが、竜の牙を加工した特製包丁の前では、まるで豆腐でも……いや、言い過ぎたか――まるでバターでも切るかのようだった。


 えぐみのある背ワタを取り除き、生で食べてもプリンプリンとしてうまそうな身を、餃子の餡に入れることのできる大きさにぶつ切りにしていく。


「これは、そのまま食べてもいいものなんすか?」


 ネイリが、もう我慢できないという顔で、大海老の白くプリンとした切り身をみつめていた。


「ああ、醤油をちょこっと付けて食べてみるといい」

「なるほど。生で食べても安全なのだな。どれ、わしも――」


 いや、イルルは生食が危ないものでも絶対に大丈夫だろ!

 ……というツッコミが喉の寸前まで出かかったが、なんとか留める。

 やはり彼女も女性であることだし――いや、でも、羽ブタを生のまま……というか一頭をそのまま丸かじりしていたような……うっ、記憶が……。


「うわ、うま! なんすかこれは!? ネイリは初めて食べたっすけど、海老ってこんなにうまいものなんすか?」


 少女のあまりの興奮ぶりに、おれも自然と一切れをつまみ、醤油にちょんと浸してから口の中へ。

 ……うおぅ。

 なんだ、これは。


 弾力のある身は、噛み切ろうとした歯を押し戻すかのようにプリンプリンだ。

 甘みのある身はしばらく舌の上で転がしておきたくなるほどで、芳醇な磯の香りがすぅっと鼻に抜けていく。

 嫌な臭みなど、一欠片もない。


「これは……わしが釣ったのだから、ひょっとするとわしのものか?」


 味見をしたイルルからは、本気ではないだろうがトンデモ発言が飛び出すほどだ。


「別にいいけど、それだとイルルは餃子はいらないってことになる……かな?」

「嘘に決まっておるだろう。本気にするな。悪かった」


 おお、イルルが素直に謝るのは珍しい……というか、初めてではなかろうか。

 大海老の切り身を油で炒めて旨味を閉じ込め、フカヒレのほうはもう柔らかくなっていたので、醤油、生姜、葱を加えた出汁でもうちょっとだけ煮込む。

 フカヒレ自体には味がないため、こうして薄く味を付けておけば、餃子の餡と一緒にしたときに物足りないということもないはずだ。餡から出る肉汁や野菜のエキスを吸って、フカヒレはさらなる進化を遂げるだろう。


「ふむ……このフカヒレというのは、うまいのか?」

「これって、もとはあのメガロシャークのヒレ部分っすよね。ガクブルっす」

「まあ、フカヒレに味はないんだけど、そのぶん味がしみこみやすいのさ。だから色んな料理に使われるんだけど……」


 高級食材なので、そう頻繁にはお目にかからないが。


「食感はねっとりとしたゼラチン質で、コラーゲンがたっぷりなんだよ」

「「コラーゲン?」」


 二人が同時に聞き返してきた。


「うん。お肌がツルツルになるとかで女性には喜ばれるんだけど、料理で口にしてもお腹で分解されちゃうらしくて、正直どこまで効果があるのかは謎――って、ちょっとちょっと!」


 お肌がツルツル――のあたりで、鍋の中でグツグツ煮込まれているフカヒレへと手を伸ばそうとした二人の腕を、おれは急いで止めた。


「「ちっ」」


 おおぅ……舌打ちされた。

 やはり、どこの世界でも女性のお肌ケアは大切なことのようだ。

 危うく餃子の餡となる前に無くなってしまうところだった。


 それでは、いよいよ餃子の皮に餡を詰めていく作業である。

 寝かせておいた皮の生地を千切って、小さな団子状にし、すりこぎで伸ばして円形の皮にしていく。


「この皮の真ん中に餡をのせて……水をこんなふうに円の縁に塗って、と」


 ひだができるように、包み込むときに皮に折り目をつけてギュッと閉じれば完成だ。


「よぉーし、こんなふうにどんどん包んでいってくれ。今日作るのは自分らで食べる用だから、ちょっと具がはみ出しても問題なし。じゃんじゃんいこう」

「やっぱり、ジンさんは料理してるときが一番楽しそうっすね」


 そう言いながら、ネイリはたどたどしい手つきで、皮に餃子の餡を包み込んでいく。

 半ば予想していたものの、その期待を裏切らずに限界まで具を詰め込んだせいで、皮から豪快に中身がはみ出していた。


「それ、ネイリのな」

「べ、別にいいっすよ? こんなに具だくさんの餃子が食べれて、ネイリは幸せ者っすよ」


 まったく、反論まで妹と似ているのだから、実に面白い。


「ジン。わしには、もう少し大きめの皮を頼む」


 おっと、そう来ましたか。

 たしかに皮を大きくすれば具も多めに包めるし、手作りの皮だからこそできる芸当ではあるが……。


「それだと、大きい餃子だけ火の通りが悪くなるんじゃないか?」

 あまり巨大にすれば、中心まで火が入らない。


「ぬぅ……なら、もう少し、もう少しだけ大きくしてくれ」


 なんというか、こういうのが餃子作りの楽しいところだ。

 それぞれが、自分好みの餃子を作ろうとする。


「ジンさんジンさん、こっちにある海老入りの具も詰めていいっすか?」

「ああ、好きに包んでくれ」

「う~~、この香ばしい匂いがたまらないっす!」

「なるほど、これがフカヒレというわけか。この粘りのあるもっちりとした食感、噛んだときのプチプチとした歯応えがなんとも――」


 あ、食べてるね。

 これ、間違いなくがっつり味見しちゃってるね。


「おおぃ! それは餃子の餡と一緒に包むんだから、全部食べたらダメだぞ」

「むぐもぐ……なんのことだ?」

 やだ。口を動かしながら堂々と犯行を否定されたのって、初めて。

 とまあ、こうしてバタバタしながらも、大量の餃子が完成したわけである。


 羽ブタとミノタンの肉を練り込んだ、特製肉餃子。

 エレファントタイガーなる大海老を餡に混ぜ合わせた、特製海老餃子。

 ちょっと怖いメガロシャークのフカヒレをふんだんに使用した、特製フカヒレ餃子。


 ――いざ、実食である。

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