Chapter 5 episode: Guys, Start Your Engines
昼休み、天のやわらかい光を浴びながら、二人の男がだらしなく寝そべっていた。
ほとんど微動だにせず、ただポカンと天上をゆっくりと動くわずかな雲を眺めている。ほとんど寝ているような状態だった。
そこへ歩み寄る細い影があった。その表情、足取りからは、わずかに怒りの波動が発せられている。
「やっぱりここにいた」
「めいか~」
「『めいか~』じゃない。堂々とサボって」
怒気をさらにふくらませ、上履きが床を叩く音が大きくなっていく。
「それ以上近づくと見えるぞ」
「いいよ、今日は下スパッツだし」
「最近の女は男のロマンをわかってねーな」
握りっぱなしだった携帯電話を手に、むくりと起き上がった。
「例のアレだろ? 合同合宿の――」
「そう、みんなで準備してるんだから、ちゃんと手伝わないと。もう、浩樹くんまで一緒になってサボるなんて思わなかった」
非難の目を向けられ、大柄な男は申し訳ないとばかりに頭をかいた。
「そういやあ、美柚チャンの様子どうだって?」
「ごまかさない」
「悪かったって。んで、どうなんだ?」
「うーん……」
少し困った様子で、めいは腕を組んだ。
「ヒナ先輩から連絡があったんだけど、相変わらずだって。おかしいところはないんだけど、あの日の夕方のことは思い出せないって」
「ふーん……。コーキーは何か見つけたのかよ」
隣の大男は、首を横に振った。少なくとも日本では最高クラスといわれる加賀一族のネットワークでも、今のところ先のことで引っかかる情報はまるでなかった。
「自分たちで探るしかねーか」
「その前に」
と、めい。
「合宿の準備、手伝わないと」
「ンなこと言ってる状況じゃねーだろ」
「……今回は確かに」
まだ確証が得られたわけではないが、この町の周辺で不穏な動きがあることは事実だ。
それも複数。早く突き止めなければ、何かとんでもないことにつながりそうな気配もあった。
「美柚チャンはともかく、他のことはどうなんだ、コーキー?」
求められた浩樹が、ポケットから取り出した用紙を無言のまま手渡した。
「これくらいだったら、メールで送ればいいだろ」
「ネット経由のものは全部傍受されやすいんだよ。ね?」
めいの指摘に、浩樹がこくりとうなずいた。
「こういう紙だって盗まれるかもしれねえじゃねーか」
「自分が確保してるかぎり大丈夫でしょ」
「コピーされるかもしんねえ」
「コピーされる前に取られて読まれたらアウトでしょ」
「そりゃそうか」
ざっと目を通した洋太の表情が、あからさまに曇った。
「――なんだよ、こりゃ。動いてる奴が多すぎて、かえって絞りきれねーぞ」
この神楽坂市で不審な行動をとっている存在が無数にいて、どれがどの目的で動いているかなど見当すらつかない。
嘆息しながら、ぞんざいに資料をめいに渡した。
丁寧にページをめくる手が、一連の情報の日付を見て止まった。
「でも、ほとんどのこと……蓮くんが帰ってきてから起きてる」
「アイツは、昔から疫病神だ」
「そういうこと言わないの。でも、やっぱり関係してるのかな……?」
「そもそもアイツ、なんで帰ってきたんだ? いきなり日本を飛び出したかと思ったら、妙なタイミングで現れやがって」
「危険だから、じゃないの?」
「――――」
「私、昔聞いたことがある。『自分は常に狙われているから、強くならなければならない』って」
まだ子供なのに、どこか悲しげな目をしていたのが鮮明に記憶に残っている。それほどまでに、あのときの様子は衝撃的だった。
「華院のことなんかどうだっていいンだよ。狙われたのは美柚チャンだ」
「そうだけど」
「すぐに動かねーとな。よし、行くぞ」
「行くって、どこへ?」
「コーキーのことだ、本当はいくつか目星あるんだろ?」
「でも、確証はない」
「そんなモン、これから摑めばいいんだよ」
完全に立ち上がり、制服のズボンの砂を払った。
「あ。そういやあ、カナは?」
「……仮装大会の衣装づくり、がんばってる」
「……呼んでこい」
放っておいたら永遠に自分がコスプレをするための準備をしているだろう。誰かが強引にでも止めるしかなかった。
「じゃあ、先に行ってて。カナのことだから時間がかかると思うから」
「わかったよ」
あとでケータイで連絡を取り合うことにして、いったん分かれた。
「さぁて、行くとするか」
不敵な笑みを浮かべ、洋太と浩樹の二人はゆっくりと歩き始めた。
市街地へ向かって。