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牙 - kiva -  作者: takasho
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Chapter 5 episode: Come Back? 1

 朝の教室は半分気怠げな不思議な活気に満ち、特有の喧噪が教室の白い壁から跳ね返ってくる。

 これから楽しい一日が始まるというのに、蓮のいる一画だけは暗雲が立ちこめていた。

「〈ちか〉れた……」

「おい、蓮が『ちかれた』って言ったぞ」

 隣に来ていた圭が、蓮の頭をぐしゃぐしゃとやりながら呆れた声を上げた。

 しかしその圭もまた、疲れがないわけではまったくなかった。美柚の姿が消えて以来、これまで徹夜で彼女の行方を探っていた。

 にもかかわらず、手がかりはゼロ。がんばってもがんばっても何も成果がないというのが一番、応える。

「レンボーイ、おつかれボーイ」

「なんとでも言え……」

 今ばかりは、光の言葉にも何も感じない。それほどまでに、蓮は心身ともに疲労困憊の極致にあった。

 ――全部、俺のせいだ。

 後悔の念が、まず胸をよぎる。

 眼鏡の影響があるとはいえ、もう少しだけ自分が注意していたら、少なくともみすみす目の前でさらわれるようなことにはならなかった。

 ――だが、

 一方で、無事であることは間違いないという確信もあった。自分でもふしぎだが、なぜかその思いだけは昨日の夕方からずっと揺らがなかった。

「……はぁ……」

「蓮のため息を聞くとうれしくなるな~」

「……お前は最低だ」

 再び頭をぐしゃぐしゃにされても、蓮に反抗する気力は残されていなかった。

 圭の席を占領する光を含めた三人がグダグダな会話を交わしていると、そこへ歩み寄る影があった。

「どうした、蓮」

「……玲次か……」

「レンボーイ、落ち込みボーイ」

「そういえば、鈴木の姿がないな」

「目が悪いくせにわかるのか?」

「スタイルでわかる」

「なるほど」

 失礼といえば失礼な物言いである。

「蓮は愛妻を置いて、自分だけ来たのか」

「アイサー……」

「お前も冗談を言うようになったんだな」

「前からだろ」

「前田からだ」

「こらっ」

 思わぬところで声が上がった。

 皆が顔だけそちらに向けると、教室の出入り口でなぜか息の上がった前田 大樹が膝に手をついていた。

 眠そうな蓮の姿を認めると、凄まじい勢いでダッシュし、そんな髪がぼさぼさの男の胸ぐらを摑んだ。

「てめえ、さっき聞いたぞ! 美柚ちゃんをさらいやがって!」

 ざわっ。

 大樹の一言に教室の空気が一変し、男女ともにあからさまな蔑視の目を加害者であることは間違いない蓮へと向けた。

「人聞きの悪いことを言うな。力関係でいったら、俺がさらわれるほうだ」

「確かに……じゃなくて! どういうことだよ!?」

 いきり立つ大樹の問いに答えたのは、圭だった。

「まあ、後で話してやんよ」

「くっ……こいつが犯人であることは決まりきってるのに!」

 証拠がないもどかしさを感じながら、今ばかりは被疑者を放すしかなかった。

「ああ、美柚ちゃん……最低野郎の毒牙にかかるなんて……」

「私がどうかしたの?」

「ああ、美柚ちゃん。実は、また華院のばかが――って、ええ!?」

 隣にひょっこり現れたスレンダーな姿に、大樹は目をむいた。

「あれ!? え? どうして……?」

「どうしてって?」

 かわいらしく小首を傾げてなどいる。

 訳がわからず黙り込んでしまった大樹は放っておいて、少しだけ立ち直った蓮が不審げな目を向けた。

「今までどこへ行っていた、放蕩娘」

「黙れ、放蕩息子。明け方に戻っておじいちゃんに聞いたら、あんた帰ってないって――」

「おじいちゃん?」

 近づいてきた翔子が、耳ざとく聞いていた。

「あ、あの――とにかく! 私は、ヒナ先輩のところで寝させてもらってただけ」

「……は?」

「私、疲れてるのかなぁ。急に眠くなったみたいで」

「貴様、昨日の夕方のこと憶えてないのか?」

「貴様言うな。天狗のところまでは憶えてるんだけど……」

 その言葉に過剰なまでに反応したのは、翔子だった。

「天狗!? なんで美柚が天狗の鼻に興味を!?」

「ち、違っ! そうじゃなくて本物の――あっ、変な意味じゃなくて!」

 顔を赤くして全否定する美柚を、翔子がにやにやと人の悪い笑みを浮かべて眺めている。

「まったく……」

 嘆息しつつ、蓮は自分の席から離れた。

「待てよ、蓮」

「待たない、圭」

「どうせヒナさんのところへ行くんだろ。俺も行く」

「ちっ」

 あからさまに舌打ちした蓮であったが、それ以上は特に何も言わなかった。

 ほっとした思いと疑念が交錯する中、教室の扉のほうへ向かうと、意外な人物が立ちはだかった。

 背の高い、鋭い目つきの男子生徒、鷹野 誠也だった。

「お前がかかわると、いつもろくなことにならないな」

「何?」

 誠也の言葉には初めから険があった。

「今回の一件、彼女にもしものことがあったら、どうするつもりだった?」

「……貴様には関係ない」

「真横にいた女子も守れないとはお笑いぐさだ」

 無視して隣を通り過ぎようとした蓮の足が止まった。

 ――こいつ、

「なぜ、あのときのことを知っている?」

「彼女にかかわるなと言ったはずだ。お前は――周りを不幸にする人間だ」

 きっぱりと言い切り、さっさと蓮から離れていった。

「…………」

 あえて何も言い返さなかった蓮は、それでも当然ながら確実に不機嫌になって誠也とは逆の方向へ足を踏み出した。

 直後、いきなり衝撃があった。

「あ〈いた〉っ」

「ごめんなさい!」

 かわいらしい声が聞こえてきた。

 わざとらしく肩をさすりながらそちらを見やると、胸の前でノートやら教科書やらを抱えた金髪のアイーシャがいた。

「……お前か」

「あ、あの」

「俺は忙しい。話なら後にしてくれ」

「あ、でも、眼鏡が」

「眼鏡?」

 霊感だけでなく、基本的に感覚全般が狂っている蓮は自分で気がついていなかった。

 自身の目の周りをさすって初めてわかる。

 例の危険な黒いブツはなく、それはアイーシャの繊細な指先につままれていた。

 なぜか手に包帯を巻いているが、そんなことよりも〔ブツが自分が離れている〕ということのみが、今は重要だった。

「…………その眼鏡、お前にやる」

「え? いいの?」

「ああ、大事にしてやってくれ」

 ――今しかない。

 そう思った蓮は、一方的に言い放ち、廊下に出て猛然と走り出した。

 周りから奇異の目を向けられようが、教師から叱責されようが関係ない。

 ――これぞ天恵。

 よくよく考えてみれば、眼鏡を外せる人間がいるのなら、ずっとその人物に持っていてもらえばいいのだ。

 全身に本来の力が戻ってくる。急速に霊力が上昇し、体の内側からあふれていくのを感じる。

 調子に乗って、ついつい常人では有り得ないスピードで走ってしまう。本来なら自重すべきことなのだろうが、今ばかりはこの体の解放感を堪能したかった。

 校舎の階段を駆け上がるのももどかしく、窓の外へ出て一気に屋上まで跳躍した。

 霊感の網を張り巡らし、周りでは誰も見ていないことはすでに確認している。今は、そんなことだってたやすくできた。

 思うように体が動く快感に身を委ねながら、きれいに掃除された校舎の屋上に音もなく着地した。

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