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牙 - kiva -  作者: takasho
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Chapter 5 episode: Decision

 学校の部室棟は教室棟とはまるで雰囲気が異なり、同じく空間に存在するとは思えないことがある。

 そこにある文学部の部室はいつになく賑やかで、運動部とはまったく異なる、ある種独特の活気に満ちていた。

 参加率が高いことで知られる同部は、狭い部屋の中に三学年十六人が集まり、いろいろな議論を交わしたり、互いがつくった短編などを批評し合ったりしていた。

 そんな中、翔子と弥生は部屋にあった文庫本を片手に無駄話に花を咲かせていた。

「あーあ、美柚と蓮くんは二人してどっか行っちゃうし、私は同性とだらだらか」

「仕方ないよ、用事があるみたいだったし」

 本当は事情を知っていたが、今話せることではなかった。

 今日は、〝DIY部〟との掛け持ちで文学部にも所属している弥生に翔子が勝手についてきたのだった。

 マンガ研究会――いわゆる〝マン研〟に所属する翔子は、本来こことはまるで関係ないのだが、暇なときよく入り浸っていた。

「あー、あの二人の夫婦漫才見たかったのに」

「…………」

「あれ? 不愉快? 妬いてる?」

「し、知らない」

「弥生はかわいいなぁ」

 まるで猫にするように目の前の頬をふくらませた少女の頭をなでなでしていると、隣に誰かの気配があった。

「美柚がどうしたって?」

「あ、先生」

 そこにいたのは、文学部の担当教諭の鈴木 勝俊だった。

「美柚と華院くんが仲いいからって、弥生が妬いちゃって」

「や、妬いてません!」

「ああ、知ってる」

「せ、先生!」

「いや、秦野のことじゃない。華院と美柚は……ああ、いや、なんでもない」

「先生?」

 二人が一緒に住んでいることは言ってはまずいかと思い、やや不自然ではあったが口をつぐんだ。

「まあ、美柚は美人だからね。周りの男が放っておかないだろう」

「先生は美柚の従兄妹なのに、なんで普通の顔なんですか?」

「……あのね、本人がショックに思うようなことを面と向かって言わないように」

 そんな調子でどうでもいいことを話し込んでいると、誰かが扉を開けて中に入ってきた。

 眼鏡をかけているのにややきつい印象を受ける女子生徒、佐々木 響子だった。

 部屋に入るなり翔子の姿を認めると、あからさまに眉をひそめた。

「また勝手に入ってる」

「いいじゃん。そっちもマン研のマンガ、勝手に読んでいいから」

「私はマンガ読まない」

 きっぱりと言い切って翔子の隣を行き過ぎ、ぱらぱらと文芸雑誌をめくっていた勝俊の前で止まった。

「先生、手紙が届いてました」

「あ? ああ」

 響子が差し出したのは、なんの変哲もない薄茶色の簡素な封筒だった。

 それを横で見ていた弥生が小首を傾げた。

「アナログのメールなんて今どき珍しいですね」

「ラブレターとか!?」

「佐々木は、すぐそっちのほうに話を持っていくなぁ。ただの報告書だろ。IT化の進んでない日本の教育機関なんて、どこもこんなものだよ」

 手紙を右手で受け取ると、適当に封を破り、中のコピー紙の文面にざっと目を通した。

 表向き、勝俊の表情に変化はなかった。しかし、響子と弥生だけではわずかな変化に気がついた。

「ちょっと職員室に戻ってくる」

「先生?」

「今日はもう戻れないかもしれないから、後のことは頼む、秦野」

 そう一方的に言って、手紙を我知らず握りしめている勝俊はさっさと部屋を出ていった。

 部室棟の廊下は、いつになく静かだった。それが、なぜか勝俊のこころをいら立たせ、歩く速度をさらに速めさせた。

 校舎から離れ、周囲を背の高い樹木で囲われた人気のない一画に来ると、すぐさま携帯電話を取り出した。

 無機的なコール音が、いやに耳につく。それが六回鳴ってようやく相手が出た。

《電話で安易に連絡するなと言ったはずだ》

 不自然にくぐもった声が、不快感をあらわにして言った。

「あんなレターを普通に送りつけておいてよく言う」

《アナログのほうが安全だろう? 日本の郵便システムは優秀だからな》

「そんなことはどうでもいい」

 顔をしかめた勝俊が、声にわずかな怒りを載せて相手に迫った。

「あれはどういうことだ!? あんなこと……僕は聞いてない」

《どうもこうも、そのままだ。必要なことだからやらなければならない。『目的を達成するためなら、どんなことでもやる』と言ったのはお前じゃないか》

「…………」

 相手の挑発するような物言いにも反論できず、口をつぐむしかなかった。

《今さら怖じ気づいたのか? だとしたら、それはお前自身の問題だ。我々に責任転嫁するのはお門違いというものだろう。どうだ?》

「…………」

《お前は、我々のプランに納得がいかないのではない。自分自身で決心ができないだけだ》

 携帯電話を持っていないほうの手が、どうしようもなく震える。

 すべて、事実だった。

《前から言っているように、我々は提案するのみ。実際にどうするかは、お前が決めることだ。嫌ならやめればいい》

「……わかった」

 声を絞り出すように言って、勝俊は自分から電話を切った。

「こんな……こんなこと……」

「先生……」

 いつの間にか、背後に響子が立っていた。勝俊のあまりに痛々しい様子に、なんと声をかけていいかわからない。

「俺にどこまでも堕ちていけというのか……」

 勝俊のつぶやきは虚空に消え、空にある雲はなおいっそう暗さを増した。

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