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牙 - kiva -  作者: takasho
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Chapter 5 episode: Safe House 5

 煙のようなものが晴れると、そこには自身の前面に魔法陣を展開した甲一がいた。

「甲一くん……?」

 だが、少し様子がおかしい。

 前方に掲げた両腕が肩口まで、青白い氷にすっかり覆われていた。

「こいつ……やばいですよ……」

 顔をしかめ、その場に膝をついた。

「炎系の術じゃなかったみたいだね」

「見た目に騙されるほうが悪い」

「蓮くんだって気がつかなかったんでしょ」

「うるさい」

 余計なことを言う雛子を黙らせ、敵に注意を戻す。

 すでに五砲と思われる霊気の塊を部屋中に拡散させ、次の攻撃の準備を終えていた。

《これでお前たちを――何ッ!?》

「?」

 相手の言動がおかしいだけでなく、いきなり付近の霊気が消え失せた。

 まだそこにはいるようだが、動く気配はない。

《――ふん、どうもここには鼠が集まりやすいらしい》

「なんだと?」

《遊んでる場合ではなくなった。早めにけりを着ける》

「!」

 相手が高さのあるこの屋敷の天井近くまで上がった直後、いきなり苛烈なまでの攻撃が始まった。

 全方位に対し、不気味に輝く霊気の矢が音を立てて飛ぶ。

「なンだ、これくらい――」

 すべてをかわすか、消し飛ばしてみせる洋太たち。

 しかし、その数は圧倒的で、やがて確実に防御するのが難しくなってきた。

「おいおい……」

 明確なダメージを受けるほどではないが、けっして無視できないものがある。

 ――おかしい。

 ひとり冷静な圭は、違和感を覚えた。

 こんな攻撃をして相手になんの意味がある? 確かにこちらを足止めする効果はあるだろうが、それ以外にメリットがあるとは思えなかった。

 ――足止めする?

 まさか、と思った刹那、敵の気配がふっと消えた。

 ――しまった、術の矢はフェイクだったのか!

 相手が移動したわずかな痕跡。それをたどって追いかけようと圭が一歩を踏み出した直後のことだった。

「!?」

 足元にマントラを示す〈梵字ぼんじ〉が現れ、圧倒的な閃光とともに大爆発を起こし、周囲に轟音を響かせる。

「圭!」

「圭くん!」

 蓮と雛子が名前を呼ぶものの、光と煙が収ったそこにはもはや誰もいなかった。

 ――相手は予想以上に強い、か。

 多少、力量を測りまちがえていた。あえてこの中に飛び込んでくるだけの、実力に裏打ちされた自信があったということだ。

 ――これはやばそうだ。

 実質的な被害が出る前に早く手を打たなければ。圭はあれくらいでくたばるような玉じゃないあが、他の連中がやられてからでは遅い。

 意を決した蓮は〝本気モード〟になるべく、隣にいるはずの女のほうを向いた。

「おい、美柚。早く俺の眼鏡を外して――」

 が、その姿は〔そこになかった〕。

 周囲を見回しても、どこにもいない。

「やられた……! 美柚がさらわれた!」

 そう、声を絞り出すように叫ぶしかなかった。

 蓮の声に激昂したのは、めいをかばうようにして立っている洋太だった。

「華院、このバカヤロウッ! テメエが横にいながら何やってやがる!」

「今の俺は力が抑えつけられてるんだ。細かい霊気の動きなんてわかるはずもない」

 そんなことは言い訳にもならないことを自身で重々承知しながらも、しかし、他に説明のしようがなかった。

「もう、めんどくせえッ! ヤるぞ、華院!」

「わかってる」

 目の前の奴が美柚を拉致したことは確実。ならば、さっさと倒して助け出せばいい。

 攻撃に転じるべく身構えた二人を止めたのは、意外な声だった。

「動かないで」

 今までとは明確に異なる声音で、雛子が告げた。

 その耽美な顔からは表情が消え、すでに大量の霊気が体の周囲で下から上へと舞い上がっている。

「もう、おいたは許さない――術ごと相手を消し飛ばす」

 霊力が際限なくふくれ上がり、それにつれて暗闇を圧する光が四方八方へと飛ぶ。

 目に見えずとも、敷かれた畳が激しく揺れるのがわかる。

 やがて旋風が巻き起こり、何人かは立っていられないほどにまで風力が増していく。

 危険なまでの光が弾けたのは、敵の気配があからさまに動きだしたときのことだった。

 周囲にこれまでとは異なる光が射し込み、部屋を支配していた暗闇をあっけないほどあっさりと圧していく。

「お嬢っ、何ごとか!?」

 初めに聞こえてきたのは、先の天狗の声だった。

 と同時に、敵の霊気が完全に消え、雛子の爆発的に増幅した霊力も急速にしぼんでいった。

 気がつけば周囲の状況は元に戻り、庭に面した縁側の廊下に家の〝あやかし〟たちがずらりと勢揃いしていた。

 少し乱れた服をさり気なく直しながら、雛子がどこか不満げな目を向けた。

「――彦佐、余計なことを」

「勘弁してくれ、お嬢。ここでそんな術を使ったら、わしらのねぐらまで吹き飛んでしまう」

「それもそっか」

 いつもの調子に戻って、ペロリと舌を出した。

「おい、天狗」

 ぞんざいな口調で言ったのは、やはり蓮。

「なんじゃ、狐」

「美柚を――髪の長い、白い制服の女を見なかったか?」

「『見なかったか』だと? 少なくとも、わしらが駆けつけたときには部屋が闇に覆われていて、誰もそこから出てこんかったわい」

「じゃあ、やっぱり――」

 顔をしかめる蓮の後方から、誰かが駆け寄ってくる音が聞こえてきた。

 見れば、戦いの中で消された圭であった。

「どうなった!?」

「どうなったも何も……美柚がやられた」

「何っ!? 俺は、ちょっとやばかったから転移の術で自分を飛ばしたんだけど」

「同じだ。たぶん、美柚は狙ってどこかへ転移させられた」

 後悔を表情に映す蓮とは裏腹に、右手の〈変化へんげ〉を解いた洋太は怒りをその目に宿していた。

「華院、どう考えてもテメエの責任じゃねえか。隣にいながらかっさらわれるなんて、考えらんねえ」

「…………」

 今の状態では細かい霊気を感知できない、などと言ったところで現実は変わらない。

 美柚が得体の知れない敵にさらわれた。それが、すべてだった。

 場がしんと静まり返る中、冷静なのはやはり雛子だった。

「洋太くんも、蓮ちゃんも余計なことを話してる場合じゃないよ。みんなも落ち込んでる暇があったら、すぐ美柚ちゃんを捜す。まずは八房、あなたが気配と匂いを探って」

 承知したとばかりに、犬の八房は雛子のほうに顔を向けると、外へ駆け出していった。

「家のみんなも手伝って。転移の術を使ったからには、全方位を徹底的に調べるしかない。だけど、そんなに遠くには飛ばされてないと思う」

 同意したのは圭だった。

「ああ、空間を無視して飛ばす距離には限界があるから、たぶん今ならまだ近くのはずだ」

「相手に先に連れてかれる前に見つけ出さないと。甲一くんも、生徒会を使ってすぐに動いて」

「わかりました」

 有事の際に頼りになるまじめな甲一は、うなずくと同時に姿が消えた。

「浩樹くんは、加賀一族のネットワークを使ってすぐに探って。代金はうちが支払うから」

「金は、いらない」

 大柄な浩樹が珍しく声を発し、木製と思われる不思議な携帯電話を取り出してボソボソと何ごとか話しはじめた。

 みんなが一斉に動きだす中、蓮はひとり、突っ立ったままうつむいていた。

「どうしたの、蓮ちゃん。これくらいで落ち込むなんて、らしくないじゃない」

「いや……」

 ――なんだ、この気持ちは。

 強烈な後悔。

 今のところ美柚がさらわれたというだけだ。敵が彼女を害するつもりなら、戦いのときに初めから狙っていただろう。

 そうではなく連れ去ったということは、まだ利用価値があるからそうしたということ。

 ならば、まだ希望は残っている。

 ――そのはずなのに。

 全身をこれもかと襲う虚脱感。これは、まったく眼鏡のせいではなかった。

 未だ動こうとしない蓮に、顎に指を当て、眉をひそめる雛子であった。

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