Chapter 5 episode: Safe House 3
服についた汚れを払っている蓮は放っておいて、一同は今度こそ玄関から上にあがった。
「ああ、みんな。〝彼女〟についてって。私はあとから行くから」
「彼女って……人魂?」
「うん」
卒倒しそうになった美柚をめいが支え、空中をゆらゆらと揺れる人魂こと『はるひ』さんは、廊下を先へと進んでいった。
ぞろぞろと一同がそれに従う。その最後尾についた美柚は、後ろからぶつかってきた蓮を報復で蹴飛ばした。
まるで大名屋敷のような廊下をどんどんと奥へ進むと、やがて真っ白な障子戸で囲まれた居間に通された。
机さえないそこに皆が車座になっても、最初のうち誰も口を開こうとしなかった。場の空気が悪いのは、明らかに不機嫌な顔でいる蓮と洋太のせいであった。
「うん?」
ふと視線を感じ美柚が庭のほうを振り返ると、〈唐傘〉に一つ目のついた〝何か〟が、きれいな障子に半身を隠してじーっとこちらを見つめていた。
「見られてる……私、見られてる……」
「唐傘小僧くんね。彼、まだ若いから、美柚ちゃんに興味津々なんだよ」
めいが懇切丁寧に説明してくれるが、見たこともない存在に驚くより他ない。
「妖怪……ってことだよね?」
「うん、〝あやかし〟」
「あやかし……」
美柚は、隣にいる蓮の腕を引っぱった。
「ねえ、怖くないの?」
「なんで怖がる必要ある?」
「誰だって知らない人に会ったら怖がるでしょ」
「お前は俺を怖がらなかった」
「あんたは、最初から失礼だったからでしょ!」
今でも忘れない、あの一言。
『お前は、女らしくない女だ』
「思い出したら腹が立ってきた……!」
「痛っ! 何をする!?」
蓮の抗議も虚しく、二次攻撃、三次攻撃がつづいた。
白鳳高校ではいつもの光景ではあったが、姫埜木高校の面々は目を丸くする中、唯一、洋太だけがニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべていた。
「情けねーな、華院。女に殴られるなんて」
「洋太もめいの尻に敷かれてるけど」
「ンなことねぇ!」
佳奈に鋭く返され、さすがの洋太も鼻白んだ。
「はっ、本当に情けないのはお前のようだな」
ここぞとばかりに蓮が〝口撃〟するが、思わぬ方向から反撃を受けた。
「麗々先生が怖いくせいに」
「姉貴が怖いくせに」
余計なことを言う美柚と圭を睨んで黙らせた。
「……とにかく、唐傘の〝義経〟はいい奴だ。それで十分だ」
「そうなの?」
うなずいたのは、隣にいるめいだった。
「うん、ナイスガイだよ」
「ああ、たぶんここにいる中ではめいちゃんと同じくらいいい」
「どうだか」
と、向かいに座った圭の声に、洋太が首を傾げた。
「ねえ、私も含めてよ」
「カナは、わがままだからなー」
「私は?」
「ひなサンは――すばらしいっす!」
ひょっこり現れた雛子は圭の言葉に満足したのか、笑みを浮かべて蓮の横に腰を下ろした。
「さて、と」
皆の注目が集まるのを待ってから、口を開いた。
「今日は、みんなに聞いてもらいたいことがあって来てもらったの」
「聞いてもらいたいこと?」
と、蓮。
「そう。じゃあ東一くん、説明してあげて」
「か、会長……」
「あ、ごめん、甲一くん。わざとじゃないよ!?」
「ま、まあ、いいですけど」
『貴様など東一で十分だ』と言う蓮を睨んでから、〔甲一〕は言った。
「最近、変なことばかり立て続けに起きている。誰かさんが来てからだ」
「お前か」
「お前だ、華院 蓮! まったく、これだから自覚がない奴は……」
「甲一くん」
「あ、はい。問題児のことはともかく、どうも侵入者が多くて」
「侵入者?」
洋太の問いにうなずいた。
「定期的に部外者が学園内に入り込んでる」
「んなのは、前からだろ?」
「そうだけど、このところ増えすぎてるんだ。しかも、厄介ごとも起きてる」
「厄介ごと?」
「〈悪霊〉が暴れたり、生徒が操られたり――」
甲一は、ポケットから携帯電話を取り出した。
「ケルベロスが現れたり」
画面に映っていたのは、廃墟かと見まごうほどの惨状だった。
「部屋二つ分が使い物にならなくなった」
「ケルベロスの話は聞いてねーな」
洋太の隣に座る雛子が、甲一から携帯電話を受け取って皆に見せた。
「こんな状況だったから、情報を封じるしかなかった。ケルベロスが暴れたなんて知ったら、ハンターや術者でも動揺しちゃう」
「そんで、俺たちに何をしろと?」
「背後を調べてほしいの。私たちが先手を打つために」
ここまで相手が常に先に動き、こちらは対応が後手後手に回っている。
今はまだ大事に至っていないからいい。しかし、深刻な事態に陥るのは時間の問題に思われた。
「うちの連中に頼んでもいいんだけど、何をしでかすかわからなくて。頼めるのは洋太くんたちしかいないの。ね? お願い」
「まあ、ひなサンに頼まれたら、ノーとは言えねえな」
「ありがと」
その笑顔が、まぶしかった。
だが、皮肉げに笑ったのは、すぐ横にいる蓮と圭の二人であった。
「犬に何ができるかわからんが」
「鼻だけはいいけどな」
「テメエらは黙ってろ!」
「よく吠える犬だ」
「弱い犬ほどよく――」
と、圭の言葉を遮るようにして、本物の犬の鳴き声が庭から聞こえてきた。