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牙 - kiva -  作者: takasho
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Chapter 5 episode: Safe House 2

「あー、来た来た」

 笑顔になった雛子の視線の先には、えんじ色の制服をまとった四人が内門をくぐるところだった。

 しかし、薄茶色の髪をした男だけが、なぜかじたばたともがいている。

 圭が首を傾げた。

「なんであいつ、結界で引っかかってんだ?」

「ふんっ、日頃の行いが悪いんだ」

『お前が言うな』という台詞とともに頭を小突かれた蓮であったが、反省の色はまるでない。

 一同が見つめる中、〝魔法少女〟の術によって結界に穴を空け、ようやくこちらへ近づいてきた。

 ポニーテイルのセーラー服姿をした女の子の浮かべる笑みに、圭がこころをときめかせた。

「おー、めいチャン」

「あ、駄目、圭くん」

 ハグしようとする圭を手で制し、しなやかな所作でするりとよけた。

「テメエ、圭ィ……」

 隣にいた洋太が激昂したことは言うまでもない。

「んだよ、〝ポチ〟には関係ねえだろ」

「ムカツクんだよ」

「それは嫉妬か? 男のやきもちは見苦しいぞ」

「うるせえ!」

 そこに割って入ったのは、意外にも雛子だった。

「圭くん、浮気しちゃ駄目だよ。〔彼女いるでしょ〕」

「……それは」

 違う、と否定したいところだったが、女性陣の視線が突き刺さり、何も言えなかった。

「はっ、本当の浮気男は圭だったな」

 ここぞとばかりに皮肉を言う蓮を、美柚が小突いた。

 しかし、不快感をあらわにしたのは圭ではなく、両手をポケットに突っ込んだ洋太のほうだった。

「ちっ、華院までいやがるとは……」

「…………」

「ンだよ、なんか言えよ」

「俺は、〝犬語〟が話せん」

「俺は犬じゃねえ!」

 鎖で縛られた状態で胸ぐらを摑まれ、まったく抵抗できないものの、その不遜な表情になんら変わりはなかった。

「ごめんね、桃ノ木。こいつばかで」

「いや、こいつがばかなのは前から知ってるが――って美柚チャン!? どうしてここに」

 洋太の態度が一変した。急ぎc美柚の手をとり、あたかも忠誠を誓う騎士のごとくひざまづいた。

「なんてこった、今日はツキすぎてる! 星占いめ、完全に外れたな、何が『出会いなし』だ」

「お前、星占い見てんのか」

 圭のツッコミもどこ吹く風、洋太はさらに美柚に迫った。

「美柚チャン、これから俺と――」

「おい、あんまり近づくな」

「ンだよ、華院。テメエには関係ねーだろ」

「妬いてるの?」

 と、なぜか目を輝かせている雛子。

「はっ、忠告してやってるんだ。その位置だと凶暴女の膝蹴り一発で――ぐふっ」

 言葉とは裏腹に、肘鉄一発で見事にダウンした。

 ほとんど誰も膝をついて震えている男のことは気にせず、むしろ未だ美柚の手を握りつづける洋太に非難の目を向けた。

「浮気野郎はそっちだろ」

「っていうか、男なんてみんなそうだよね」

 圭に対する佳奈の言葉は、男性陣には鋭すぎた。

「ところで」

 雛子の視線は、洋太よりも美柚のほうに向いていた。

「美柚ちゃんも桃ノ木くんたちと知り合いだったんだね」

「うん、めいと桃ノ木とは中学まで一緒だったんで」

「そうなんだ、だったらちょうどよかった」

「でも、蓮も知り合いだったなんて……」

「俺は知らん。こんな奴ら」

「蓮も、前はここに住んでたの」

「違う。俺はこんな町知らない」

「こんな町言うな」

 相変わらずの二人はともかく、全員揃ったのを見て雛子が皆を促した。

「じゃあ、話があるから中に入って。うちはうちだから、〔いろんなのが出てくる〕かもしれないけど、気にしないでね」

「はい?」

 美柚だけが得心のいかない顔で、小首をかしげた。

 雛子を先頭に、屋敷に向かって進んでいく。美柚の鈴木家もすごいが、ここ九宝家はそれをさらに上回る規模があった。

 正面に見えるのが母屋だろうが、その両側にある離れの建物も長さは五〇メートル以上もある。

 すべて平屋だが、まるで大寺院や昔の寝殿造りを思わせるたたずまいであった。

 他より一段低い位置にある玄関は、両開きの大きな物だ。こうした状況に慣れていない面々は、徐々に緊張感を覚えはじめた。

 木製の引き戸が、音もなくすうっと横に開いていく。

 そこを入った先には、一本の幅の広い廊下がずっと奥までつづき、襖のすべて取り除かれた畳敷きの部屋が広がっている。奥のほうは暗くてよく見えないほどであった。

「誰もいない……」

 内部に暗さをたたえた和風の建物には慣れているはずの美柚でさえ、なまじ広大な空間なだけに人の気配がしないことにわずかな不気味さを感じた。

 しかし、蓮が正面をすっと指さした。

「そこにいる?」

「え?」

「透明人間」

「!?」

 蓮がそう言ったとたん前方で足音が響き、それはすぐに遠ざかっていった。

 雛子が不作法を叱るものの、相手に止まる気配はまるでなかった。

「ごめんね、彼、人見知りで」

「そ、そういう問題ですか……?」

 美柚にとっては透明人間の存在よりも 他の誰も驚いていないことのほうがよほどショックだった。

 こちらの気も知らないで、他の面々は玄関から屋敷へ上がろうとした。

 突然の〝殺気〟を感じたのはそのときだった。

 美柚を含め、全員がさっとよけて中央の空間を空けた。

 そこには、蓮ただひとり。

「!」

 すぐさま拘束していた鎖を引きちぎり、とっさに刀を掲げて相手の攻撃を受け流してみせた。

 だが、相手の攻撃はそれだけでは終わらない。今度は無数の鳥の羽根が飛来し、石畳の上に突き刺さる。

 蓮は後方へ大きく跳躍し、追ってくる羽根をすべてかわしてみせた――はずだった。

 中途半端に空いていた扉に左の足が引っかかり、思わぬ衝撃に受け身をとることもできず、地面の上を盛大に転げ回った。

 あまりにも見事な転倒っぷりに、圭も洋太もみんなも、ある種の感動を覚えた。

「蓮、大丈夫か~?」

「見事にコケたな」

「……違う、回転しながらよけただけだ」

「そこまで強がるか」

 圭の視線の先で、むっくりと起き上がった蓮が睨んだ相手は〔その上〕だった。

 そこにいた存在は、腕に刺さったはずの羽根が弾かれているのを見て、低くうなった。

「むぅ、やはり霊糸の衣か」

「天狗め……いきなり攻撃しやがって」

 天井に〔立っていた〕のは、赤い顔、長い鼻、そして足には歯の高い下駄。

 見るからに、伝説の天狗そのものだった。

「フッ、弱くなったな、狐め」

「俺は確実に強くなってる。だから、極限まで力を抑えたこの状況でも、貴様の攻撃をよけられた」

「ぷっ、強がりを。その衣の作り手に助けられたな。そうでなければ、今頃お前は黄泉への階段を降りておるわ」

「はっ、地獄へ片足突っ込んでる奴が何を言う。死に損ないめ」

「言うたな、〈小童こわっぱ〉」

「黙れ、老いぼれ」

 再び互いが構えた。

 しかし、間に割って入る影があった。

「そこまで」

 雛子だ。

「なぜ止める、お嬢。華院家の輩がここの敷居をまたぐこと、まかりならん」

「俺だって来たくて来たわけじゃない」

「蓮ちゃんはお客さんよ。昔から馴染みじゃない」

「そう、昔からこいつの傍若無人っぷりには手を焼かされたわい。なまじ腕が立つから、生意気に生意気を重ねておったわ」

「貴様にだけは言われたくない」

「ちょっと蓮ちゃんは黙ってて。ね? 今日はいいでしょ?」

「いくらお嬢の頼みとはいえ、こればっかりは譲れぬ」

「どうしても?」

「うむ」

「じゃあ、ここで泣いちゃう」

 早くも目が潤んでいる。

 ――女って怖い。

 と思った男性陣であった。

「まっ、待たれよ! お嬢がそこまで言うなら致し方ない」

『もしお嬢を泣かせたとあったら他の連中が……』などとブツブツ言いながら、渋々天狗の〈彦佐ひこざ〉は引き下がった。

「命拾いしたな、狐。次はないと思え」

「それは俺の台詞だ、天狗。次はその無駄に長い鼻、へし折ってやる」

「ぷっ。じゃあわしは、お前の天狗の鼻をへし折ってやるわい」

「?」

 蓮には意味がわからなかったが、なぜか美柚とめいが赤くなった。

「首を洗って待っておれ、華院一族。わしらはいつでも貴様らを狙っておるぞ」

「わかった、母上に伝えておく」

「ま、待てッ! あの方の怒りに触れたら、我らは今度こそ――」

 急にあわてた様子になったものの、そのまますぅっと姿は消えていった。

 あとには、何も残らない。

 最初に口を開いたのは、目を丸くした美柚だった。

「今の、驚いていいんだよね……?」

「落ち着いて、美柚」

 めいは、指先の震えている美柚の手をやさしく包み込んだ。

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