Chapter 4 episode: Dangerous Classroom 2
喧噪は、廊下でも変わりがなかった。あちらこちらで生徒がグループをつくり、無駄話に花を咲かせている。
――ふんっ、暇人どもめ。
あからさまな嘲りを含んだ視線で周囲を見回してから、蓮は歩きだそうとした。
その行く手に、巨大な影が立ちはだかった。
「待て、華院 蓮」
「待たん」
「待てと言っている」
長い腕が伸びてきて、蓮の首根っこを見事に掴んだ。その途端、哀れな子狐は両腕をだらんとさせ、なすすべなく立ち往生した。
「なんだ、夏目 戒。俺は、貴様と違って忙しい」
「教師を貴様と呼ぶな。俺だって忙しい。だから、今すぐ地下の倉庫へ行って〝B-1-1-6〟と書かれた筒を持ってくるんだ」
「なんで俺がそんなことを。断る」
「堂々と拒絶するな。行かないと後悔するぞ」
「俺は、そんな言葉とは無縁だ」
「そうか」
「そうだ」
「そうかそうか」
「そうだ」
なぜかあっさりと蓮を解放した。
さっさと立ち去ろうとする蓮に、戒がわざとらしくつぶやいた。
「その眼鏡の力、弱めてやろうと思ったのに。残念だ」
「!?」
小声でぼそっと発せられたその一言に、蓮は過剰に反応した。
「どういうことだ」
「別にぃ?」
あからさまに嫌みな顔で、戒は口笛など吹いている。
教師とも思えない態度である。
例の黒縁眼鏡は、先の一件で壊れたにもかかわらず、自然修復した――と当初思っていたのだが、どうも雛子の一族の誰かが勝手に直してしまったらしい。
――余計なことを。
あの鼻持ちならない〝天狗〟のことを思い出すと、はらわたが煮えくり返る。
だが、この黒いブツをせめて弱められるのなら。
「…………」
蓮は迷った。
こんな怪しげな男の言うこと、そもそも信用などしたくないという正直な気持ちもある。
しかし、背に、腹は、変えられなかった。
「仕方あるまい。行ってきてやる」
「素直に『はい』と言えんのか」
「言えん」
「…………」
呆れる戒の前で、蓮は確認をとった。
「C-2-2-7だな」
「何を聞いていた。B-1-1-6だ」
「似たようなものだ」
「番号がひとつ違うだけで、効果は逆になるぞ」
「…………」
番号を胸に刻み、蓮は歩きだした。
「こら、どっちへ行く」
「倉庫だろう?」
「方向が逆だ」
「……わかってる!」
わかっていなかったことを自覚しながらも、ごまかすしかなかった。
さっさと先へと進み、周りに知り合いの顔がないことを確認してから、階段近くにある案内表を見た。
――地下三階か。
なんでたかが高校に地下の階が、しかも複数あるのか理解しがたいが、これで倉庫の位置はわかった。
――よし、今からすぐ――
「蓮」
「!?」
不意の声に、飛び上がらんばかりに驚いた。
背後には、きょとんとした顔の玲次がいた。
「どうした?」
「いや……」
「そうかそうか、また迷ったんだな」
「迷ってなんかない。ただ見てただけだ」
「俺が案内してやろうか」
人の話を聞いていない。
「いや、いい。俺はこれから、秘密の場所へ行くんだ」
「秘密の場所? 鈴木としけこむつもりか」
「なんでそうなる。俺は大事な物を取りにいくだけだ」
「わかった、二人の邪魔をするつもりはない。俺も忙しいし」
聞いてない。
蓮が再度説明する間もなく、玲次はさっさと行ってしまった。
「…………」
あいつは、昔からこういう奴だった。
ある意味、もっともわがまま。人の意見を聞かず、自分の信念のみに基づいて突っ走る。
――これが悪い方向に出なければいいが。
〔あのとき〕のあいつを思う。負の感情に支配され、暴走し、誰にも止められなかった狂戦士。
――玲次はきっと、まだ克服できていない。
あっという間に見えなくなった彼の姿を思い浮かべ、蓮はひとり思案するのだった。