Chapter 3 episode: Victims 2
「ああ、何もかも腹立たしい。俺はもういく」
何様のつもりか、ずかずかと大股で扉のほうへ向かっていった。
と、踏み出した左脚の前に誰かの長い足。
三度転びそうになった蓮であったが――
「させるか!」
必死になってこらえ、ふらつきながらも教室の出入り口へ向かう。
立て直しは成功したかに思われた。しかし、その出入り口に細い人影――
「きゃっ」
かわいらしい悲鳴とともに、からみ合って倒れ伏し、蓮は今度こそ動かなくなった。
――もういい。きっと俺の人生はずっとこんな感じなんだ。
なかば自暴自棄に陥りながらも、蓮は体の下のやわらかい感触にこころが和んだ。
「ちょっと、あんた、何やってんのよ!?」
「何……?」
美柚の怒りの声に半身を起こすと、手の下にさらにやわっこい弾力感。
そして、鼻腔をくすぐる甘い香り。
右手の下には、けっして大きくはないが、確かに感じるマシュマロホイップクリーム。
――弥生より少し大きいか。
「声に出して言うなッ!」
右のミドルキックにしゃがみガードが通用するはずもなく、蓮は四度目の衝撃に身を委ねた。遠巻きに見ていた弥生も、さすがに怒っている。
「アイーシャ、大丈夫!?」
「あ、うん。ちょっとびっくりしたけど」
美柚の手を借りて、アイーシャと呼ばれた女子生徒は立ち上がった。
「華院、てめえ美柚ちゃんや秦野だけじゃなくアイーシャまで……!」
「武志團じゃなくても怒るぞ」
「アイーシャ?」
圭の言葉は無視したが、聞き慣れない名に顔を起こすと、〝ザ・ビースト~女性版~〟の前には、ショートボブの金髪少女が立っていた。
「む、貴様は――」
「あ、あなたは――」
見つめ合う二人。
その微妙な緊張感に耐えられなくなったのは、美柚のほうだった。
「もう、なんなのよ!」
「なんでもない。それより、アイーシャとかいったな」
「は、はい」
「あとで話がある。体育館裏へひとりで来い。いいな?」
『いいわけあるかっ!』
全員から突っ込まれ、さすがの蓮もしゅんとなった。
「アイーシャ、この変態のことは気にしなくていいからね」
「う、うん。でも、さっきはごめんなさい。よそ見してて」
「そうだ、お前が悪い」
『逆だろっ!』
また全員から一斉に糾弾されたものの、蓮はしょげることはなかった。
「先に謝ったのはそいつだ。そいつが悪いということだ」
「小学生レベルの言い分……」
「しかし、海外だといつもこんな感じだぞ」
『…………』
海外、恐るべし。
「それより、思い出した。誰だ!? またこの俺を引っかけた愚か者は!?」
「私だ」
女性のハスキーボイスの源には、麗々御大がいらっしゃった。
「……………………」
「どうも転校早々、学校の器物を損壊した愚か者がいるらしい。華院、知らないか」
「知らん」
「堂々と……」
「そうか。ならば、お前に犯人探しを命じる」
「!?」
「明日までに犯人を捕獲できなければ、貴様に責任をとってもらう」
「さすが先生」
全員が納得する沙汰だった。
「くっ……!」
いたたまれなくなって逃げ出そうとする蓮を、麗々が呼び止めた。
「待て。どこへ行く」
「俺はもうサボる」
「教師の前で堂々と言うな。いいからとっとと席に着け。授業の時間だ」
その一声に、それぞれが渋々ながら自身の席へ戻っていく。
逃走する手段を思いつかず、さすがの蓮も逆らうことはなかった。
しょんぼりした様子で前を通り過ぎようとする蓮に、麗々が小声で問うた。
「お前、さっきなんの術をかけた?」
「さあな」
殴りかかる前、確かになんらかの術が発動していた。
「妙な術だったら――」
「そう思うなら、お前が解けばいい」
麗々が相手でも、蓮は蓮だった。
「――まったく」
嘆息しつつ、麗々も教壇へ向かった。
そんな一連のことを武志團のはずの誠也だけが、壁にもたれかかって遠くから見つめていた。