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牙 - kiva -  作者: takasho
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Chapter 2 episode: Crime and Punishment

「なんで俺がこんなことを……」

「文句言わない。だいたい、蓮が派手にやらかしたんでしょ」

「やらなければやられていた。奴が外に出ていたら、それこそ大問題だ」

「言い訳ばっかり」

「正当な言い訳だ。女のいい加減な言動とは違う」

「は? どういう意味!?」

「キミタチ」

 言い合いをつづける二人に、怒りをわずかに含んだ冷静な声がかけられた。

「口を動かす前に手を動かしてくれ。このままじゃ一向に片付かない」

『…………』

 自身はなぜかねじり鉢巻きをしてひとり奮闘する甲一が、厳しく告げた。

 片付けという名の事後処理はなかなか進まなかった。それというのも、仲の悪い二人が延々と口げんかをつづけているせいだった。

「まったく。自分が悪いという自覚はないのか」

「ない」

「こいつ……」

「ああしなければ、俺たちだけじゃない、この学校の生徒が大変なことになっていた」

「――――」

「何か他に策はあったか? 代案なき批判は無意味だ、愚か者」

 最後の一言にカチンと来るものの、事実なので何も言い返せない。

「というわけで、俺はもう行く」

「待テ」

 颯爽と逃げ去ろうとする蓮の肩をがっちり掴んだのは、背後に忍び寄った美柚だった。

 すでに濡れた服を脱ぎ捨て、ジャージに着替えていた。

「なんだ、黒髪妖怪」

「黙れ、暴走男。あっちの変なのはほっといていいの?」

「変なの?」

 美柚の繊手が指さしている先には、隠されていた部屋の出入り口があった。

「そういえば――」

 〔結界は二重になっていた〕。

 ケルベロスが思いきり壊した扉を踏み越えていくと、隣の部屋には今も確かに結界が残っていた。

「こっちのほうが強力か」

 同意したのは、意外にも甲一だった。

「最初にあったものの比じゃない。これは、よほどの霊力をぶつけるか、(解呪かいじゅ)が得意な術士じゃないと解けないぞ」

「解く必要があるかどうかはわからんがな」

 霊気の波動がほとばしる強い結界の中央には、ありきたりな教室の机がひとつだけある。

 明らかに不自然ではあるが、今あえて確認する理由はない。

「なんだろ」

 と、おもむろに手を伸ばしたのは美柚だった。

「ばか! よせ!」

 手が弾かれ、体ごと吹き飛ばされる〈心象イメージ〉がさっと頭をよぎる。

 しかし、それは現実にはならなかった。

 炭酸の蓋を開けたときのような気の抜けた音ともに、そこに確かにあったはずの強力な霊気は一気に消え失せた。

 ――消失した!?

 今のは解呪したのでも、霊力で消し飛ばしたのでもない。どう考えても、結界それ自体を単純に消失させたようにしか見えなかった。

「お前……」

「なんにもないじゃない。――あ、さっき『ばか』って言った」

「ばかにばかと言って何が悪い」

「ふーん」

 なぜか言い返してこないことに怪訝な表情になりながらも、蓮は結界に守られていたであろう簡素な机に向き直った。

 ――周りのほこりの状態からして、けっこう時間がたっている。

 一方、机はきれいなまま。どうやら、あの結界はあらゆる存在を拒む完全型の結界だったらしい。

「中になんかある」

 足を止めた蓮の横で、美柚は机の中をさばくっている。

「お前は、なんでそう無警戒なんだ」

「む、無警戒なんて……! 私、けっこう身持ちは堅いよ! 尻軽女じゃないんだからね!」

「は?」

 なぜか不機嫌になった美柚の右手には、鉛筆が握られていた。

「? ストラップか?」

 ひもの先端には、短い鉛筆に穴を空けてそこにリングを通している。

「なんだ、本物の鉛筆じゃないか」

 まだブツブツ言っている美柚からそれを引ったくると、芯の部分が手のひらに当たってそこが黒ずんだ。

 蓮がそれを眼前にぶら下げたのを見て、甲一が首を傾げた。

「これ、どこかで見たような……」

「どこだ? すぐ思い出せ」

「ちょっと待て」

「急げ。早くしろ」

「うるさいな!」

「記憶力の悪い奴」

「こいつ……」

 とてつもなく殴りたい衝動に駆られたが、そこは生徒会役員であることを思い出し、ぐっとこらえた。

 甲一を相手にせず、美柚に代わり机の中をさばくっていた蓮が嘆息しつつ立ち上がった。

「他に何もないか。骨折り損だ」

「君はトレジャー・ハンターか」

「〝〈賞金稼ぎ(バウンティ・ハンター)〉〟だ。一緒にするな」

「ふんっ、同族狩りが専門か」

「――なんだと?」

「違うのか?」

「貴様……」

 やり返された蓮が甲一に詰め寄り、一気に険悪になった二人の間にあまりにも無邪気な声がかけられた。

「ねえ、これいらないの? じゃあ、私がもらっとく」

「……鉛筆の芯で黒くなるぞ」

「って、先に言いなよ! ――あれ? 大丈夫だけど」

「何?」

「表面に薄い膜がある」

「じゃあ、なんで俺の手に……」

 手のひらには、確かに黒い線が残っている。

「フンッ、まあいい。お前にはそれがお似合いだ」

「…………」

 刹那、美柚のハイキックが空気を切り裂いた。

「そう何度もくらうか!」

 予測していた蓮がすぐにしゃがみ込み、ものの見事にかわしてみせた。

 しかし、想定外なのはそこからだった。

 美柚の右脚が空中でピタリと止まり、立ち位置を瞬間的に切り換え、今度は左脚のローキックが飛んできた。

 ――これまでか。

 眼鏡をかけた自身の状態をようやく把握しはじめた蓮は、すべてをあきらめた。

 下半身を壮絶な衝撃が襲い、哀れな子ぎつねは机まで派手に吹き飛んだ。机を巻き込みながら木偶人形のごとく転げ回り、壁にぶつかって反転してからボロ雑巾のごとく動かなくなった。

 満足げに決めポーズをとる美柚の後ろで、甲一は嘆息した。

「君たちは仲がいいんだな」

「どこが!?」

「付き合ってるのか?」

「お前は論点がおかしい!」

 がばっと跳ね起きた蓮は思いきり糾弾するものの、一方の美柚はなぜか否定せずに恥じらっている。

 肩をすくめた甲一は、あの鉛筆からわずかに霊力を感じたことをあえて言わないでいた。

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