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牙 - kiva -  作者: takasho
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Chapter 2 episode: Watchdog of Underworld 2

「おい、あの扉はなんだ」

「は?」

 蓮の視線の先には、積み上げられたダンボール箱の後ろに確かに片開きの扉があった。

「え? 何? 何もないじゃない」

「はあ? 見えるだろ、ダンボールの陰に」

「陰って、後ろには壁しかないけど」

 その答えを聞いて、すぐに気づいた。

 ――幻術か。

 中身が空のダンボール箱を取っ払い、スペースを確保した。

「ちょっと! 片付けるほうの身にもなってみなさいよ!」

「いいから見てろ」

 美柚の非難もどこ吹く風で、蓮はおもむろにドアノブを掴んだ。

 その瞬間、わずかな破裂音とともに風が渦巻いた。

「どうだ?」

「……扉が現れた」

 ――やはり、そうか。

 この眼鏡は、霊的なものを問答無用で押さえつけるだけでなく、〝キャンセリング能力〟もあるようだ。

 装着者が霊的な存在を感知できないかわりに、術による幻などの影響も受けない。

 場合によっては、これは使えるかもしれない。

「あ、でも蓮」

「何があるんだ、奥に」

「開けないほうが――」

 なんの警戒もなくドアを開けると、圧倒的なまでの妖気が吹きつけてきた。

 それは妖気というより、もはや瘴気だった。

「何っ!?」

 しまった、眼鏡のせいでまったく感知できなかった。

 刀の入った剣袋を前に掲げて見やると、そこには有り得ない存在、ここにいてはいけないはずのものがいた。

 巨大な四つ足の体躯に複数の頭。そのそれぞれが大きく〈あぎと〉を開け、巨大な牙から強酸の液体をしたたらせている。

 ケルベロス、とその魔物は呼ばれていた。

「なんでこんなところに!?」

「蓮、これって……」

「お前は下がってろ!」

 相手が悪すぎる。まさか、ここでこんな魔物と出くわすとは。

「ちくしょう、よりによって結界の外とは」

 ケルベロスの背後には、なぜか強力な結界で守られた机がある。魔物を封じるには逆のことをするはずだった。

「違う、二重の結界だ」

 聞き慣れない声に、視線だけ一瞬後方に向けた。

 そこには、短い髪をきっちりとまとめたまじめそうな男子生徒がいた。

「その扉自体が結界だったんだ。それを君が破ってしまった。まったく、次から次へと問題を……」

「文句を言ってる場合か。来るぞ!」

 奥の狭い部屋からケルベロスが飛び出してきた。

 その巨体が扉の周辺をぶち壊し、すでに二つの部屋の半分以上を占めている。

「美柚!」

「は、はい」

「眼鏡を外してくれ、早く!」

「う、うん」

 美柚が両手でフレームを掴むと、あまりにあっさりと外れた。

 ――まったく、なんなんだ、いったい。

 一生この眼鏡とおさらばするために仕組みを明らかにしたかったが、今はそんなことをしている場合ではなかった。

 急いで刀を抜こうと柄に手をかけた瞬間、手元で光が弾けた。

あちぃ!」

 敵の攻撃か!? と思ったら、さっきの男子生徒だった。

「貴様、何をする!?」

「いや、武器に術をかけてやろうと……」

「俺の刀は霊器だ! いらんことをするな!」

 ――〈付与術士エンチャンター〉か。

 今は裏目に出たが、あとで使えるかもしれない。

 そんなことより、ケルベロスに対応することが先決だった。

 もたついている間に相手が迫ってきた。

「ちっ」

 真ん中の首が仕掛けてきた攻撃をかわすべく、横へ向けて跳んだ。

 不気味なほど巨大な牙の一撃はかわしたものの、喉の奥から発せられた黒い炎が袖の先を焦がした。

 ――準備不足だ。

 まさかこんな唐突に戦闘になるとは思わなかった。いくら怪しさ満載とはいえ、昼日中に魔物が徘徊する学校なんて有り得ない。

 だが、こちらとしてもこれまでとは状況が違う。

 すでに眼鏡はない。

 これで何不自由なく思いきり戦える。

 今度こそ、愛刀〝秀真〟を鞘から解放すると、両手で柄を握り、ケルベロスに向かって自分から襲いかかった。

 どこか鈍重な動きをする相手の隙を逃さず、赤い霊気をまとった刀を思いきり振り下ろす。

 ――捕らえた!

 と、そこへ青い霊光の矢が飛び来った。

「!?」

 あわてて体をよじり、回避する。体の横を通り抜けていったそれは、ケルベロスの眉間に当たって弾けた。

「邪魔をするな!」

「邪魔をしてるのはそっちだろう! ケルベロスに直接攻撃をしようなんて、君はばかか!」

「ばかはお前だ! ケルベロス相手にあんな術が効くはずもないだろう!」

 互いに罵り合い、互いに反省の色もない。

 片や近接戦闘タイプ、片や遠距離支援タイプ。連係が肝心だというのに、二人にその意識はなく、それどころか明らかに足を引っぱり合っている。

 余計なことをしている間に、ケルベロスが迫ってきた。三つある首が交互に炎を吐いてくる。

 蓮は散漫になっていた意識を集中させると、まず側面へ向かって霊気の塊――〝霊弾〟を放った。

 それは狙いあやまたず、男子生徒――東賀 甲一の足元に着弾した。

「あっ、な、何をする!?」

 抗議の声は無視して、すぐさま敵へ向かって跳んだ。

 敵の眼前で秀真を迷わず一閃する。

 頭頂から首筋まで一気に切り裂き、着地したときにはもう中央の頭が真っ二つに別れようとしていた。

「!」

 しかしその直後、黒い靄が全体を包み込み、ケルベロスの頭部をすっかり覆い隠した。

 無闇に動くわけにもいかず警戒して見守っていると、やがて黒のベールが解け、再び姿を現した。

 まったく無傷の状態で。

「やっぱり、一撃じゃ倒せないか……」

 この手の魔物は完全に消し飛ばさないかぎり、ほぼ確実に再生してくる。単純な消耗戦に陥ったら、確実にこちらが不利だ。

「おい」

「不躾に呼ぶな」

「お前がおとりになれ。俺が仕留める」

「はあ? 僕は接近戦をやるタイプじゃない。君こそおとりになれ。そこの怪物とまとめて黒こげにしてやる」

「やれるものならやってみろ」

「ああ、じゃあ、やってやる」

「もう!」

 と、怒りの声を上げたのは、衝撃から立ち直った美柚だった。

「ケンカしてる場合じゃないでしょ! そこの奴が外に出ちゃう前になんとかしないと!」

『…………』

 もっともな意見に、二人ともぐうの音も出ない。

 そんな無駄なことをしているうちに、ケルベロスのそれぞれの頭から次なる攻撃が来た。

 上方から巨大な火の玉が無数に飛んでくる。ケルベロスの口から発せられた炎の塊が、三人を的確に捕らえようとした。

 蓮は難なくかわしたものの、問題は残る二人だった。

「なんでよけない!?」

 てっきり回避行動をとるかと思いきや、二人とも突っ立ったままだった。

 蓮は心中で罵りながら、壁を蹴ってそちらに急ぎ向かった。

 ――二つか!

 ひとつは美柚、もうひとつは明らかにいけ好かない感じの男に向かっている。

 ――間に合うか!?

 タイミングはギリギリだった。遠距離攻撃ならば十分間に合うが、それだと彼らまで巻き込む可能性がある。

 と、横に熱気。

「しまっ――!」

 真横から放たれた新たな火球にあおられ、そちらに対応するしかなくなった。

 刀を横薙ぎに払い、消すというより弾き飛ばした。

 だが、そのわずかな遅れが決定的だった。

 二つの火の玉が、もう、目前にまで迫っている。

 直前、美柚の前方に障壁が展開された。しかし、火の玉はあっさりとそれを突き破っていった。

 赤い光が弾けた。

 方々へ炎をまき散らし、けっして広くはない室内に熱気が渦巻く。

「――――」

 腕で顔を覆いながら目を開けると、半分予想どおりの、半分予想外の光景が眼前に展開されていた。

 美柚が自然体で突っ立っている。その後ろで、男が呆然とその背中を見やっていた。

「あっ、煤で汚れちゃった! もう~」

「…………」

 まったく動じていない様子で、白い服に付いた細かい灰を手で払っている。

 声をかける気になれず、蓮は甲一のほうに向き直った。

「女に守られるなんて何やってる」

「いや、術で防御しようとしたんだが、なぜか弱くて……」

 おのれの両手を見つめる甲一の目は、どこか呆然としていた。

 ――弱かった?

 よく見れば、彼の足元に例の黒縁眼鏡が落ちている。

 ――まさか、装着者以外の霊力まで弱めるというのか?

 でも、それなら、

 ――なぜ、美柚だけ大丈夫なんだ。

 気にはなったが、今は戦い以外のことに気を逸らしていい状況ではない。

 ケルベロスに向き直ると、隣で美柚がごそごそとやっていた。

「何をしてる」

「上着を脱ごうと……」

「そんなことしてる場合か」

「大丈夫、それだけじゃなくて――ああ、これこれ」

 右手で制服のポケットから取り出したのは、一組の手袋だった。明らかに硬質な素材でつくられ、指の部分に複雑な意匠が施されている。

「……なんだ、それは」

「さあ? とにかくおじいちゃんが持ってけって」

「老師が?」

 怪訝に思う蓮たちの目の前で、手袋をつけた美柚は両の拳を合わせてバチバチ言わせている

 それは、霊力が弾ける音だった。

「…………」

 少なくとも防御は、心配する必要はなさそうだった。

 問題は、ケルベロスをどう倒すかだ。

 ――時間がない。

 飛び散った炎が資料やらダンボールやらに燃え移り、火の勢いは止められそうにない。大騒ぎになるのは時間の問題だった。

 騒ぎになるだけだったらまだいい。もしケルベロスが外に飛び出したら、それこそ大惨事だ。

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