Chapter 2 episode: Memories
男には不似合いなブレスレットが、右腕で輝いている。
これを見るたび、昔の思いが鮮烈なまでに甦る。
後悔、怒り、そして――哀しみ。
取り戻したくても、取り戻せるはずもない過去。
いっそすべてを忘れてしまえたら楽なのだろうが、そんなこと許されるはずもない。
自分が許さない。
それは、許容される範疇を遥かに超えていた。
――俺は、いつかかならず――
「先生――」
遠くで声がする。かすかに意識の平面に乗るかのように。
「鈴木先生」
はっとして顔を上げると、隣の席の夏目 戒がこちらを不思議そうに見つめていた。
「――あ、ああ、夏目先生ですか」
「すみません、集中なさっていたのに邪魔をしてしまったみたいで」
「いえ、ちょっと考え事をしてただけなんですよ」
鈴木 勝俊が無意識に右の手首を触っていることに、戒は目ざとく気づいた。
「それ、ブレスレットですか? けっこういい水晶使ってますね」
「ええ。昔、ある生徒がプレゼントしてくれまして」
「そんな高価な物を?」
「いえ、実はこれ、手作りなんですよ」
「じゃあ、なおさらすごい」
とても素人の作とは思えない。複数のクリスタルをつなぐ銀製のアクセサリも精巧で、冷たい印象を与えるクリスタルを曲線的にあしらうことで全体がやわらかい雰囲気でまとまっている。
「プロ並みのつくりですねぇ。じゃあ、デザインなどの分野に?」
「ああ、いえ、残念ながらその子はもう……」
気まずい沈黙。
『やれやれ、またやってしまったか』と、戒は頭をかいた。
「すみません、安易に立ち入りすぎました」
「いえいえ、僕もちょうど思い出していたところだったので。それで、何か?」
「ああ、用があるのは私ではなくてそちら」
と戒が指さす方向を向くと、ひとりの女子生徒が立っていた。
「ああ、佐々木か」
「先生、頼まれたことレポートにまとめておきました」
その声は硬く、切れ長の目はやや不満げだった。
「――わかった、部室に置いといてくれ」
軽く返事をして佐々木 響子は去っていった。
「文学部でしたか」
「ええ、数人しかいませんが」
「まじめな生徒が多くてうらやましい。うちの部なんか……」
とブツブツ文句を言いはじめた戒を相手にせず、もう一度自分の机のほうに向き直った。
――〈綾音〉。
勝俊はもう一度、ブレスレットに触れるのだった。