Chapter 1 episode: Comes back
聖堂にふだんの静寂が戻り、赤い輝きが消えた室内には淡い月光の光だけが射し込んでいた。
その中でひとり佇む蓮は、刀を鞘に戻して大きく息をついた。
「なんとかなった、が」
足元を見ると、女子高生がひとり、気を失って倒れている。
ヴァンパイアの眷属とはいえ、ここの関係者に無茶をするわけにもいかなかった。とりあえず失神させ、おとなしくさせた。
「蓮さん!」
さて、どうしたものかと思案しはじめたところへ、聞き慣れた声が聞こえてきた。
「京香か」
「すごい霊波を感じて――やはり蓮さんでしたか」
「ああ、やっと元に戻った」
薄く笑みを浮かべる蓮からはその態度に見合った覇気を感じ、それに慣れた京香さえもゾクゾクとさせる。
「いつもの蓮さんに歯向かうなんて、無謀なことをしたものですね」
「だが、それなりの力量はあった。それに――」
「何か?」
「いや、なんでもない」
京香に言うほどではないが、気になることはあった。
――やけに霊力が落ちていたのはなぜだ。
自分ではない、相手の女だ。最後の攻撃、相手に触れた際、明らかに最初よりも大幅に霊力が低下していた。
相手の武器、霊器はてっきり対象の霊力を吸い取るものかと思っていたのだが、ひょっとして敵味方関係なく霊力を奪うのか。
すでに壊してしまった以上、もはや確認しようもなかった。
――それに、あの霊力……
わずかに感じた本人とは異質な霊気。それは、すでに感じたことのあるものだった。
――厄介なことだらけだな、ここは。
「それより、金髪の女を見かけなかったか?」
「いえ、どうかしたのですか?」
「さっきまでここにいたんだけどな……」
「ここに?」
「この女に人質にとられていた。首筋に怪我を負ってるはずなんだが」
たとえ傷は浅くとも、状況が状況だ、大きな衝撃を受けたに違いない。もし肌に傷痕が残ったら、現場にいた者として申し訳なかった。
――ここにいないということは自分で逃げたんだろうが。
「まあいい。京香、雛子の居場所はわかるな?」
「ええ、もちろん」
「じゃあ、あいつにこの女の処理は任せる。伝えておいてくれ」
一方的に言うだけ言って、剣袋を拾い上げながら扉へ向かった。
「蓮さん、そちらは行き止まりですよ」
「……わかってる」
相変わらずですね、という笑いを含んだ声は無視して、反対方向へと進路を変更した。
「あ、蓮さん」
「俺はもう行く」
「蓮さん!」
「なんだ?」
ややうざったそうに振り返った瞬間、〔例の物〕がまるで定位置に収るかのようにすっと顔を両側から押さえた。
古くさい黒縁の眼鏡が、そこにあった。
「むぅ……!」
「だから言ったのに」
急激な脱力感に京香の声も聞こえず、情けなくも片膝をついた。
「大丈夫ですか?」
「か、肩を貸してくれ……これ以上、無様なことをしたくない……」
女性に助力を求めている時点でかなり無様なことなのだが、本人はそれを気にする余裕すらなく素直に京香の肩に腕を回した。
「――うん?」
「何か?」
「いや、急に悪寒が……」
「そんなに調子が悪いんですか?」
刺すような殺気のこもった視線を感じたのだが、気のせいだったか。
「それより、お前また太っ――」
「蓮さん」
「……すまん」
笑顔のままの京香が素敵だった。
夜は更けていく。これからが真の〝あやかし〟の時間だ。