第九話:スライムは海に行く
今日は海に来ていた。
港とは離れた場所を選んでいる。そちらのほうが海がきれいだとクリスに勧められたからだ。
ヴィリアーズ公爵の屋敷で、人形遣いの屋敷を借りることにしたと報告したときは、さすがのデニスも驚いていた。彼もマグレガーのことは知っている。
そして、オルフェたちの私物はしっかりと【収納】し終わっていた。今日はゆっくりと海で遊ぶのだ!
「やっと海にこれたね、スラちゃん」
「ぴゅい♪」
海は好きだ。
海を見ていると心が安らぐ。
「オルフェねえ、海ってこんなに綺麗だったんだ」
きらきらした目でニコラが海を眺めていた。
ニコラは研究バカだが、素直に感動できる純真さを持っている。
「待ってください、オルフェ様、ニコラ様!」
少し離れたところに止めてあった馬車から日傘をさし、白いサマードレスに身を包んだクリスが走ってきた。
見るからにお嬢様なクリスには白いサマードレスが良く似合っている。
「ごめん、ついはしゃいで飛び出しちゃった」
「いえ、私こそ、にぶくて。ごめんなさい」
ヴィリアーズ公爵の屋敷で、後から海に行くとクリスに話したところ、是非一緒にとクリスもついてきたのだ。
俺としては、水着姿の美少女が見られるので逆らう理由がない。
ただ一つ懸念がある。
「ぴゅふー」
「スラちゃん、そんな怖い声をあげてどうしたの?」
「ぴゅいっぴゅ!」
ただでさえ、オルフェとニコラがいるのに、ここにクリスまで加わろうものなら、害虫をより引き寄せてしまう。
始末しないと。
幸い、今はまだ害虫が近くにいない。武器を入手しておこう。
「あはは、さすがにわからないよ。ニコラ、クリス、さっそく泳ごうか」
「ん。準備は万端」
そう言うなり、オルフェとニコラは勢いよく衣服を脱いだ。
ちゃんと下には水着を着込んでいる。
オルフェは鮮やかな緑のセパレートタイプの水着だ。大き目の胸としなやかな肉体が眩しい。エルフという種族は脂肪をため込むのが苦手で、いつ見ても理想的なスタイルだ。
ニコラのほうは白いワンピースの露出が少ないタイプで非常に可愛らしく見える。胸が薄く身長は低いが幼女体系ではなく妖精のような可憐さがあった。
「ぴゅい!(可愛いよ)」
「ありがとう。スラちゃん」
「へえ、スラにも、そういうのわかるんだ」
「ぴゅいっぴゅ!」
素直に褒めよう。
二人の水着姿を見れる俺は幸せ者だ。
「オルフェ様、ニコラ様、こんなところで着替えるなんてはしたないです!」
「そうかな? 見せて恥ずかしいものは見せてないし。別にいいよね」
「同意。むしろ、これが一番効率的」
心情的にはクリス側に同意だが、言っても無駄なので諦めている。
「それより、クリスも着替えてきなよ」
「私たちは先に海に行く」
そう言うと、クリスも諦めたのか肩を落として馬車の中に消えていった。
きっと、あの中で着替えるのだろう。
◇
「あはっ、冷たいね」
「塩辛い、でも不快じゃない」
今は浅瀬で水をかけあって遊んでいる。
水着姿で戯れる二人は天使のようだ。
「オルフェ様、ニコラ様、お待たせしました」
そこにクリスがやってくる。
桜色のワンピース水着だが、オルフェのものよりも露出が多い。綺麗だ。
……彼女の母親に本当によく似ている。
興奮するよりも初恋の人の生き移しの少女の水着姿を見て複雑な気分になる。
「ぴゅふー」
そして俺はというと水面にぷかぷか浮かんでいた。
「不思議、スラちゃんの重さなら沈むと思ったのに」
「よく見て、スラの体が膨らんでる。たぶん、細胞に空気をたっぷり入れて、水よりも比重を軽くしてる」
「スラちゃんって、本当に器用だね」
「ぴゅい!」
ニコラの言う通りだ。
これぞ必殺スラ浮き輪。
二人の姿を十分に楽しんだので、目的の一つを果たそう。
くるっと一回転。口を水の中へ。
そして、全力で海の水を吸い込む。
「あれ、なんか渦ができてる」
「これ、ちょっと楽しい」
俺があまりに大量に吸い込んでいるので、水の流れができた。
「ぴきゅぴきゅ(ごくごく)」
海水にはさまざまな成分が含まれている。
水はもちろん、塩やマグネシウム、ごく微量ではあるが硫酸やホウ酸など。そういった便利かつ、猛毒になりえるものすら含まれているのだ。
含まれているのが微量でも、大量に摂取し【収納】する際に成分ごとにばらせば、相当量を体にストックできる。
さらに言えば、大容量の水を所持しているというのはそれだけで切り札になりえるのだ。
「ぴきゅ、ぴきゅ(ごくごく)」
今まで湖などでも、湖を枯らしてしまうぐらいに水を飲むことを考えたが、さすがに迷惑なのでやめた。
だが、海なら遠慮は必要ない。もしものときのために湖一分ぐらいの水を摂取したいところだ。
「ぴきゅ、ぴきゅ(ごくごく)」
【収納】できる量は無限でも、口の大きさに限界があり時間がかかりそうだ。
【腕力強化】、【剛力】などといった筋力を上昇させるスキルを極限まで使って、さらに海水を効率よく吸い上げられるように体を変形させた。極限まで海水を吸い込めるようにしている。
「オルフェねえ、スラは大丈夫なの?」
「うーん、【隷属刻印】から伝わる感情は、楽しんでる感じ。スラちゃんは頭がいいし、たぶん目的があってやってると思う」
「なら、ほっとく」
「それがいいね。クリス、反対側の入り江で貝を集めよ! 今日の晩御飯は砂浜でバーベキューだよ。獲れたての貝や魚を食べるんだ!」
「素敵。自分の手で獲った食べ物を味わうのって、ずっと憧れていました!」
「じゃあ、みんなで貝拾い競争だね。というわけで、スラちゃん。先に向こうに行ってるよ」
声はあげれないので、体を膨らませてOKと伝えた。
それを見たオルフェたちは笑って去っていった。
さて、ごくごくごくごく、海を飲みつくす勢いで海水を飲み続けた。
◇
「ぴゅふー(お腹いっぱい)」
俺は陸にあがり、オルフェたちのほうを目指す。
飲んだ、飲んだ。
あれから一時間ほどずっと海水を【収納】し続けた。
そのおかげで目的の量の水を貯え、貴重な塩、マグネシウム、硫酸やホウ酸などをたっぷりと補充できた。
これらは使い道がたっぷりある。
オルフェたちは、貝集めをしているはずだが……。
「ぴゅい!」
オルフェたちがいた。岩にへばりついた貝を取っていたのか、岩場の上にいる。
そして、にやにやと笑う四人の男たちに囲まれていた。オルフェとニコラには余裕があるが、クリスは怯えオルフェがかばっている様子だ。
俺は全力でスライム飛びをする。やはり害虫がやはりわいたか。海水に夢中で目を離した自分に苛立つ。
「いいかげんにして。私たちは一緒に遊ぶ気なんてないから」
オルフェが男を睨みつけて口を開いた。
音量は大きくないが、わずらわしさがその声には込められていた。
「そう言わずにさ、俺たちと一緒のほうが、ぜったい楽しいから! 美味しい店奢ってあげるよ。妹ちゃんも一緒でも文句言わないしさ」
「私たちだけで十分楽しいからいいよ。そろそろ怒るよ」
「怒ったらどうだって言うんだよ。むしろ、俺たちのほうが怒っちゃうよ? こんな人気のないところに女の子だけでいるなんて危ないよー。お兄さんみたいな怖い人にさらわれちゃうからさ。あははははは」
そう言って、男はオルフェに向かって手を伸ばした。
いい度胸だ。俺の前で娘に手を出すとは。
「ぴゅい!」
スラじゃんぷ!
高く跳んで、男の顔の上に落ちる。
スラボディを柔らかくして男の顔が体の中に埋まる。
「げっ、なんだ、これ。ごぼごぼぼ、ごぼ」
男は半狂乱になって暴れて転げまわる。顔をスライムボディで覆っているので息ができないのだ。目や口や鼻に嫌がらせのように海水をお見舞いする。
男が酸欠で倒れたのを確認して、男から離れる。
「スラちゃん、助けに来てくれたんだね」
「ぴゅい!」
まあ、実際のところはオルフェが本気になればこの程度の男どもぐらいならどうとでもできる。
今は研究に熱心だが、幼いころはエルフの狩人として鍛え上げられていたし、エンライトの姉妹全員に最低限の護身術は身につけさせていた。
とはいえ、こんなゴミども相手にオルフェの手を汚させたくないので俺がやる。
「なんだこいつ! おまえ、よくもタクトを!」
残り三人の男のうち、一人が叫んだ。
全員色黒の若い男で見分けがつかない。
「ぺっ!」
面倒なので、塩を吐き出した。
俺のステータスはかなり上昇していて、ただ塩を吐き出すだけでもそれなりな勢いで飛ぶ。塩の弾丸だ。
「ぎゃああああああ、目がああああ、目があああああ」
男の目に塩が直撃して、焼かれるような痛みに男が転げまわる。
「カリムまで!? このっ! 糞スライムがあああああ!」
そう言って、別の男が石を握り込んで殴りかかってきた。
こいつらには脳みそがないのだろうか?
「ぴゅへ」
限界まで体を柔らかくし、薄く広がる。
すると、その男の手は俺をすり抜け、足場の岩を思い切り殴ってしまった。
素人が岩を全力で殴ろうものなら拳が無事にすまない。
「いてえええええ、いてえよ」
手を押えて、男がうずくまる。
最後の一人をにらみつける。
「ぴゅい?(まだ、やるのか)」
「ひっ、ひいいい、ごめ、ごめんなさい」
そいつは仲間を置いて逃げて行った。なんて友達甲斐がないやつだ。
男は足が速く、だいぶ小さくなってしまった。
仕方がないので、水を思いっきり口に貯める。
そして……。
「ぴゅいっぴゅー(スラ水流)」
新必殺技を使った。
なるべく口径を大きくして、貫通力を弱めた上での強力な水流。
三人の動けない男たちを吹き飛ばす。
綺麗に空を舞い、逃げた男の前に着地。
こうしておけば、きっと病院まで運んでくれるだろう。
「ぴゅーぴゅい(天罰)」
これで、オルフェたちを怖がらせた男たちは始末で来た。
大満足だ。
「スラちゃん、追い払ってくれてありがとう!」
「スラ、また器用になってる」
オルフェとニコラが俺を撫でてくれる。
「ぴゅいぴゅい」
頑張った甲斐があるというものだ。
そして、オルフェの後ろに隠れていたクリスが、俺の前まで来ると、しゃがんで目線を合わせてきた。
「ぴゅい?(なに)」
「スラさんって強くて素敵なんですね」
「ぴゅいぴゅ(それほどでも)」
「助けてくれたお礼です」
そう言って、クリスは俺のスライムボディに口づけをした。
柔らかく、少し暖かい感触。
「ぴゅふぅー」
だめだ、赤いスライムボディがさらに赤くなってしまう。
「あっ、クリス、スラちゃん喜んでるよ」
「それは良かったです」
「ふふっ、スラちゃん、もてもてだね」
「ぴゅい!」
年甲斐もなくはしゃいでしまった。
「じゃあ、クリスとニコラはこのまま貝拾いを続けて。私はメインディッシュをとるね」
「ん。任せて」
「はい、貝をたっぷり拾います!」
おっ、いよいよオルフェの釣りが見られるのか。
「スラちゃん、弓をお願い」
「ぴゅい!」
オルフェの愛用の弓と矢を【収納】から取り出す。
弓と矢を受け取ったオルフェは【土】の魔術を操り地面から柱を呼び出す。
その柱に紐を括り付け、反対側を矢の尻につないだ。
弓に矢を番えて目をつぶる。
【水】の魔術を使い、海の中を探っているようだ。
彼女は集中力を高め、きりきりと弓を引き絞る。
そして……。
「見えた!」
矢が放たれた。
矢が風で加速していく。そして、水面に矢が飛び込んだ。
しばらく待つとぷかぷかと魚が浮いてきた。一メートルを超える大物だ。
相変わらずすさまじい腕だ。三百メートルほど先にいる水中の魚を狙い撃つなんて。
「やった! 大物が釣れたよ。美味しそうなスズルキだね! 洗いにすると美味しいんだ! 衣をつけて揚げても最高だよ!」
スズルキは大型の白身魚で、高級魚とされている。獲れたてはいっそううまい。
オルフェが【土】魔術を使った。
すると、紐を巻き付けた柱が高速回転し始めた。当然それにより紐の余長が柱に高速で巻きつけられ、紐が手繰り寄せられ、あっというまに矢と魚を回収してしまう。
これがオルフェの釣りだ。
水の中を探索し、風の加護で矢を加速させて射貫き、最後は土の魔術で糸を手繰る。
オルフェにしかできない反則的な手法だ。
「相変わらず、オルフェねえの釣りの腕はすごい」
「エルフだからね」
「それ、あんまり関係ない」
エルフたちの名誉のために言うが、こんな釣りをするのはオルフェぐらいである。
「オルフェ様、素敵です」
なぜか、クリスがうっとりとした目で見ている。
だめだ。この子のことがよくわからない。
「じゃあ、もう一匹いくよ! 一匹で私たち三人じゃ食べきれないぐらいあるけど、スラちゃんはいっぱい食べるから二匹欲しいんだ」
これは夕食には期待できそうだ。
いつのまにか貝を拾うのを止めて、オルフェに見惚れているクリスと共に、オルフェの釣りを見学する。
ふと、クリスの背中が視界に入った。
そこには……。
「ぴゅい!?(ありえない)」
まさか、デニスは娘を?
そんなことはありえない。俺の知るあいつなら絶対にそんな道を選ばない。
そもそも、もし本当にそうだとしたら、なぜクリスが俺たちに近づくことを許した。そんなことをすれば俺が気付いてしまうこと、気付けば止めることぐらいやつならわかっていたはず。
混乱する。
「スラさん、どうかされましたか?」
「ぴゅいっぴゅ!(なんでもないよ)」
とりあえず、落ち着こう。
なんにせよ。まずはデニスに話を聞こう。
そして、その答え次第なら……殴ってでも止める。
それが親友としての役割であり。
かつて恋した女の忘れ形見を守りたいという俺のわがままだから。
「よし、二匹目! じゃあ、砂浜に戻ってバーベキューだよ! 美味しいご馳走を作るから期待していてね」
オルフェは屈託のない笑みを浮かべる。
夕食を楽しみにしつつ、俺はデニスと話し合うことを決意していた。
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種族:スライム・カタストロフ
レベル:24
邪神位階:卵
名前:マリン・エンライト
スキル:吸収 収納 気配感知 使い魔 飛翔Ⅰ 角突撃 言語Ⅰ→言語Ⅱ 千本針 嗅覚強化 腕力強化 邪神のオーラ 硬化 消化強化Ⅱ 暴食 分裂 ??? 風刃 風の加護 剛力 精密操作
所持品:強酸ポーション 各種薬草成分 進化の輝石 大賢者の遺産 各種下級魔物素材 各種中級魔物素材 邪教神官の遺品 ベルゼブブ素材 人形遣いの遺産 海水(new!)
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筋力B 耐久B 敏捷B+ 魔力C+ 幸運C 特殊EX
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