第二話:スライムは養女エルフの使い魔になる
あれから、もりもり道草を食べながら魔物を探したが二匹のフォレスト・ラットしか見つけられなかった。
美味しくいただいて、動きが俊敏になった気はするが新しいスキルは得られなかった。
同じ魔物をいくら食べてもスキルは増えない。
でも、強くなってフォレスト素材をため込めたからよしとしよう。
『道草をいっぱい食べたせいで回復ポーションの材料がそろってしまった』
俺は大賢者なので、ありとあらゆるポーションのレシピが頭に入っている。
【収納】で食べた薬草の成分をそれぞれ保存しているので、それをお腹のなかで加工し、調合していく。
口からピューっと液体を吐いて噴水を作ってみる。
……まさかスライムがたわむれに作っている噴水が、超一流の錬金術士しか作れない一級ポーションだとは誰も思うまい。
いつか、人間に変身できるようになれば、このポーションで路銀を稼ごう。
さて、そろそろ疲れたし屋敷に戻ろう。
愛しのマイベッドよ待っていてくれ。
◇
フォレスト・ラットの【気配感知】のおかげで家への侵入はかなり簡単だった。
娘たちの気配を避けてするするっとスライムの柔らかい体を活かして入り込む。
出るときとは違い、入るときには侵入者を検知するための結界がいろいろとあるのだけど、張った本人なので穴も知っている。
娘たちのいる屋敷にリスクを冒してまで帰って来るのには理由がいくつかある。
一つ、か弱いスライムで野良生活は怖い。いつなんどき、他の魔物や冒険者たちに狩られるかわかったものではない。強くなるまでは安全に眠れる拠点が必要だ。
二つ、遺言でこの部屋には誰も入るなと言っている。この部屋にいる間は娘たちに見つかることはない。
三つ、姉妹の中でも特に甘えん坊のエルフのオルフェとドワーフのニコラ、二人がちゃんと俺の死を受け入れて、先に進んでいるところをみないと、心配で心配でしょうがない。
明日もがんばって強くなろう。それから、できれば娘の顔をこっそりのぞこう。
そんなことを考えながら、愛しの棺桶に入ると、全身の力を抜いて液状になる。これが一番楽だ。なれないスライム生活の一日目はなかなか疲れた。
今日はゆっくりと体を休めて明日へ備えよう。
◇
たっぷり眠ってすっきりした俺は、スライムボディに力を入れて、棺桶から脱出。
今日も楽しい一日が始まるよ。
「これ、あなたがやったの?」
娘と目があった。
俺が【魔術】を与えた。三女のエルフ。【魔術】のエンライト、オルフェ・エンライト。
金色の艶やかな髪に、鮮やかな翡翠色の瞳、白磁のような白い肌、すらっとした肢体なのに、十四歳という年齢に見合わない立派な胸。
街で歩けば、誰も振り返る絶世の美少女。
そんなオルフェはスライムな俺と、ポーションを抜き取られて空っぽになった棚を交互にみている。
いつもは優しい笑みを浮かべているのに、口をへの字に曲げている。
あれ? おかしいな。遺言でこの部屋に入るなって言ってたのに。オルフェが俺の言いつけを破ったことなんて、ここ三年ぐらい一度もなかったはずだ。
「スライムさんがお父さんを食べちゃったの? それだけじゃなくて棚を荒らしたの?」
冷や汗が流れるような気がする。……スライムボディにはそんな機能はないが。
オルフェは怒ってる。
なにせ、父の死体を食い漁り、父の遺品を勝手に食べたスライムなのだ。
……まずい、ひたすらまずい。
このボディじゃ、こちらの気持ちを伝えられない。
かといって、オルフェから逃げられるわけがない。
俺が亡き今、たぶんこの子は、世界で三番目に強い魔術士。
ダメ元で、話しかけてみよう。
スライムボディに力を入れて変形、声帯を作って、こう気合で……。
「ピューイ」
可愛い音しかでない。
俺のスライム生がここで終わる!?
「悪い子にはお仕置きだよ」
オルフェがこちらに手を向けてくる。
魔力量がとんでもない。物理攻撃に強いスライボディだけど、魔法には弱い。あんなものを喰らったら死ぬどころか消滅だ。
「ぷゅー、ぴゅーい」
くそ、もとの体なら何の魔術を使っているか見抜けるし対抗魔術だって放てるのに。まだまだ【進化】が足りない。
オルフェの使っている術の構成を読むことすらできない。
オルフェの術が完成する。
「我紡ぐは主従の絆、【隷従刻印】」
オルフェがとんでもない魔力を放つ。
熱を感じる、体ではなく魂に。
【隷従刻印】。
簡単にいうと、魔物を使い魔にしてしまう使役の魔術。
魔力が対象より数段階上でないと成功しない魔術であり、通常の魔術士では使い物にならない。
だが、魔力の桁が二つ違うオルフェなら、上位の魔物すら従えることができるだろう。
そして、生まれたてのスライムの俺に抗うすべは存在しない。
魂にオルフェの刻印が刻まれる。
こうして、俺はあっさりと娘にテイムされてしまった。
「もう、いたずらしちゃダメだよ」
オルフェは笑って、ぎゅっと俺を抱きしめる。
オルフェの柔らかな胸の感触が伝わってくる。
温かい、柔らかい、気持ちいい。
なんだろう、この満ち足りた気持ちは。娘相手に母性を感じる。この感情をあえて言葉にするなら赤ん坊に戻ったような安心感……バブみ? とでも言えばいいのだろうか。
「おどかしてごめんね。スライムさんがお父さんの作った【無限に進化し続けるスライム】だって知ってるんだ。昨日、資料を見つけてね。棺桶に入れてた霊薬がスライムかもしれないと思って確認しに来たんだ。お父さんも、スライムさんを作りっぱなしで逝っちゃうだからひどいよね」
……おかしいな。
【無限に進化し続けるスライム】の研究は、見つからないように本気で隠ぺいしていた研究なんだが。
オルフェ、いったいおまえはどこまで調べた。資料の在処は並大抵の執念では見つからない隠し場所のはずだし、封印術式を三層ぐらい用意していた。さらに研究資料はすべて独自暗号で記して資料が見つかってもいいようにしておいた。
それなのに、なんで俺が死んでからたった一日で資料を見つけて、暗号解読までしてるんだ!?
娘の才能と技量に感嘆する。さすがは【魔術】のエンライト。その名は伊達ではないことか。
せめてもの救いは、魔物への魂の転写に関しては資料すら残してないことだ。
「お父さんも変わってるよね。自分の棺桶にスライムを入れて、食べさせちゃうなんて。どうせ死ぬなら、自分が作ったスライムの栄養になりたいってことかな?」
セーフ。
やっぱり、スライムに転生したことまでは気付かれていない。
「とりあえず、ちょっとスライムさんはほこりっぽいから一緒にお風呂に入ろ。お父さんが作ったんだから私の弟だね。ふふ、えっと、名前はスライムだからスラちゃん。これからよろしくね」
そう言うなり、俺を抱きしめてオルフェは風呂場に移動する。
やめるんだ。オルフェ、おまえはもう十四歳のはず。
二年前、急にお父さんと一緒のお風呂は恥ずかしいと言い出したじゃないか。
あのとき、お父さんはすごく悲しかったんだぞ。
「スラちゃん、お風呂、楽しみだね」
「ぴゅいー(やめろー)」
そうして、俺の心の叫びもとどかずお風呂場に連行された。
◇
オルフェと共に湯船に浸かる。
この屋敷には俺とオルフェの趣味で立派な湯船が用意されている。
地下水をくみ上げ、大賢者お手製の入浴剤がたっぷり入っている。
こういうくだらないものも、わりと作っていた。発明とは人を幸せにするためにあるというのが俺の持論だ。
相変わらず、俺はオルフェにぎゅっと抱きしめられてる。直接だと、余計に感触が伝わってくる。
「スラちゃん、気持ちいい?」
「ぴゅい」
これしか言えないので、適当に返事をしておく。
……成長したなあ。
俺が知っているのは十二歳のときまで。たった二年でここまで成長するとは。
押し当てられている胸は手のひらにぴったりなぐらいはある。
巨乳というわけではないが、十四歳にしてすでに並みより少し上。
エルフは十六歳までは人間と同じように成長し、そこからの成長速度は十分の一ほどに落ちる。
つまり、オルフェはまだ成長の余地を二年残している。
将来が楽しみだ。
それにしても、オルフェが元気でよかった。泣き崩れてないか心配だったが、これなら安心だ。
ニコラのほうも様子を見て、二人が大丈夫なら、やがて【進化】し魔術を行使できるようになりしだい【隷属刻印】を解いて、旅に出よう。
もとは俺が生み出した魔術、解くことも可能なのだ。
「スラちゃん、お父さんの匂いがする」
オルフェが顔をスライムボディにうずめる。
力を入れてちょっと固めになる。じゃないとオルフェの顔が沈み込んでしまいかねない。
ああ駄目だ。力が抜ける。お風呂の温かさと幸せな柔らかさが力を奪う。
そろそろ限界だ。
そう思ったとき、冷たい感触があった。
「ぴゅい?」
「スラちゃん、ごめん。ちょっと強く抱きしめるね」
オルフェはその言葉のとおり、ぎゅっとスライムボディを抱きしめる。
俺を濡らしたのはオルフェの涙。
……この子は大丈夫ではなかったのだ。必死に明るく振る舞っていただけで。
姉妹の中でもひときわ俺に懐いていた子だ。
葬式や、俺の研究資料の整理にてんやわんやで悲しむ暇すらなく、今になって涙が込み上げてきたのだろう。
「ありがとう。スラちゃんのおかげで、ちょっと元気が出た」
「ぴゅい」
オルフェはスライムボディから顔を離す。
そして、笑ってみせた。涙のあとが残っている。その強くて弱い笑顔を見て、胸が締め付けられる。
「明日はお外にいこうか。スラちゃん、普通のスライムと違って、いくらでも強くなるスライムだもんね。がんばって強くなろう。スラちゃんが弱いままだと、他の魔物にさらわれちゃわないか心配なんだ」
「ぴゅい!」
返事をしておく。
俺の心は揺れていた。
……俺は、魔術回路の疑似生成が完了すれば、さっさと【隷属刻印】を解いて旅立つつもりだった。
だけど、俺を抱きしめて涙を流すオルフェを見て気が変わった。
もう少しだけ、オルフェの傍にいよう。
正体を隠して、彼女が立ち直るまで使い魔として見守るんだ。
それに、もう一つ重要なことに気付いてしまった。
子供、子供だと思っていたオルフェは立派に成長していた。彼女は子供ではなく立派なレディだ。
美少女だし、家事も一流、魔術の権威でもある。なにより優しく、最高の笑顔を見せてくれる。
こんな子に害虫(男)がよってこないはずはない。
父親として悪い虫は潰さないと。
「スラちゃん、綺麗になったね」
「ぴゅい♪」
この身は不老不死、生き急ぐ必要はない。
しばらく、オルフェの使い魔、スライムのスラちゃんとしてスライム生を楽しんでみよう。
オルフェが湯船から立ち上がり、俺を抱き上げた。
スライムボディに柔らかい胸が押し当てられる。
……あくまで父親としてオルフェを見守るのだ。けっして、この抱かれ心地の良さに心を奪われたわけではない。そのことは俺の名誉のために言っておこう。
スライム転生した大賢者は養女のエルフに抱きしめられています。
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種族:フォビドゥン・スライム
レベル:3
名前:マリン・エンライト
スキル:吸収 収納 気配感知 使い魔
所持品:強酸ポーション 回復ポーション 各種薬草成分 フォレスト・ラット素材
ステータス:
筋力G 耐久G 敏捷F 魔力F 幸運F 特殊EX
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