第十話:スライムは人間に近づく
宿で一晩を過ごした。
エレシアを救うため、明け方には目を覚まし出発する。
「おはよう。ニコラちゃん」
「オルフェねえ、おはよう」
眠い目をこすりながら、二人が起きる。
そして、素早く着替え。彼女たちは私服ではなく、戦闘用の礼装を着こんでいる。
相変わらず、俺の眼の前だというのに二人はまったく躊躇しない。
スライムでも俺が男だということを忘れているのだろうか。
「朝ごはんは歩きながら食べよう。昨日エレシアちゃんのために作ったケーキがあるよ」
「ん。急ごう」
オルフェは弓を背負い、ニコラはナイフといくつかの工具を装備していた。
俺は俺でお腹の中に【収納】しているものを整理している。
二人は、小走りになり山のほうを目指す。
エレシアが襲撃されたポイントと襲撃犯が逃げていった方角を書いた紙は手元にある。騎士が命がけで持ち運んだ情報は女将がもってきたクエストの依頼書にすべて書いてある。
走りながらニコラが口を開いた。
「オルフェねえ。布団でぐっすり眠って気付いたことがある」
「なに、ニコラちゃん」
「旅用の毛布じゃなくてふかふかの布団を買おう。ゴーレム馬車なら重量にだいぶ余裕がある。寝心地のいい寝具は大事」
「それ、私も思ってた。今回の報奨金が手に入ったら買おう」
「ん。あと、置く場所に困ればスラのお腹に入れればいいし」
「ぴゅい!(任せとけ)」
寝不足は、成長の妨げとなる。
二人はまだ十四歳だ。健やかに育ってもらいたい。特にニコラには。
お父さんとしても賛成なので、飛び跳ねて賛成アピールをしておく。
◇
山の中に入っていった。
俺は【気配感知】スキルを発動しながら、慎重に周囲を観察していた。
よく観察すれば、魔物の足跡、マーキング、ふんなど、その形跡を見つけられる。
やはり、おかしい。
かなり大型の魔物の爪痕が木に刻まれている。……本来ならもっと森の奥に縄張りをもっている魔物だ。
より、警戒を強めないと。
山道を進む二人の足取りはしっかりしている。
【魔術】、【錬金】のエンライトであり、研究の虫である二人は運動不足気味だが、ニコラのドーピング・クッキングのおかげで体力と身体能力はちゃんとあるのだ。
あのまずいご飯はちゃんと役に立っている。
「ぴゅい!」
かなり、遠いが【気配感知】で魔物の気配を捕らえた。
大型の二足歩行の魔物。体形から推測するとクマの魔物だ。
オルフェの腕の中で体をゆすると、オルフェが俺の意図に気づき、俺の視線の先を凝視する。
スイッチが入っている。エルフの狩人の目だ。
「ニコラ、止まって」
オルフェがニコラの前に手を出して動きを止める。
そして、俺を地面に置くとたんたんと軽やかに木の幹を蹴り、たった二歩で木の枝に止まり美しい動作で弓を引き絞る。
「こんな強力な魔物がこんな人里の近くに? あのクラスの魔物相手だと普通の弓だと威力が足りないか。なら……【氷槍疾風】」
そうつぶやくと矢の穂先が巨大化した。いや、矢が氷を纏って槍となったのだ。
氷の槍を弓で放つ。槍が放たれると同時に爆風が吹き荒れた。風の爆発で氷の槍が急加速した。
その槍は音速を越えて、視界から消える。
遠くで破裂音がした。おそらく、目標を砕いたのだ。
「さすが、オルフェねえ」
「これぐらいは朝飯前だね」
木から降りてきたオルフェと共に倒した魔物のもとへ向かう。
オルフェが倒したのは、ハリネズミのように無数の針を纏うクマ型の魔物。
ニードル・ベア。
気性が荒く、全身を針で纏っているおかげでなかなか手が出せないし剣で切りかかろうが皮膚まで届かない厄介な魔物。その上、針は魔力で硬化することができ、その状態での体当たりの威力は想像を絶する。
だが、その魔物も【魔術】のエンライトたるオルフェの前では雑魚にすぎない。
針のない眉間をピンポイントで狙い撃つ遠距離射撃。
さらに、この子は何気なく詠唱破棄した上で氷の魔術と風の魔術を同時に使ったが、詠唱破棄かつ、平行詠唱をしている。どちらも超高等技術で一流の魔術士しか使えないし、ましてやその高等技術を同時になんて真似ができるのはほんの一握り。
加えて、並みの魔術士では一属性しか使えないが、この子は【水】【風】を使って見せた。
魔術を志すものがオルフェを見れば、この一撃だけであまりの力の差に自信を失い崩れ落ちるだろう。
「オルフェねえ、なんで氷を使ったの? 一番得意なのは【炎】なのに」
「こう、木々が多いと山火事が怖いからね」
そして、オルフェはエルフでありながら【炎】の魔術を一番得意としているし、さっき見せた【風】と【水】に加えて【土】まで使える、四大属性使い。
四属性すべてを操れる魔術士は、俺の知る限り三人しかいない。
「そういえば、そうだった。でも、きっとなんとかなる」
「やっぱり火力がないのは不安だよ。あっ、そうだ。スラちゃん、これ食べる?」
オルフェはニードル・ベアを指さす。
じゅるり、スライムボディが新たな力を求めている。これは確実に新たなスキルを得られるだろう。
「ぴゅい!」
「スラちゃんは食いしん坊だね。でも、時間がないから急いでね」
もちろんいただく。
オルフェが俺を拾い上げて魔物のところまで運んでくれる。
さっそくいただこう。ぱくぱくもぐもぐ。ん、固いし臭いけどなかなかくせになる味だ。
悪くない。
おう、体が頑丈になった気がする。そしてスキルも得た。
「ぴゅいっ!」
早速得たスキルを使ってみる。【千本針】
スライムボディが変形し、まるでウニのようにトゲだらけになり硬化する。
「うわあ、スラちゃんが栗みたいになっちゃった」
「あれは抱きしめられない」
今回の技はわりと微妙だ。
さっさと、【千本針】を解除。
所詮、スライムボディだ。魔力を纏い硬化しているとはいえ限度がある。
『だが、人間に一歩近づいた』
残念スキルでも得られたものは大きい。”体の硬さを変える感覚”を手に入れた。
練習すれば、今までよりずっと硬さを柔軟に操れるようになるかもしれない。
ちょっといろいろ試してみる。おおう。思ったお通り硬さの変更がやりやすい。できた! オルフェの胸の感触……いや、ちょっとまだ硬い。うん、修行の道は長い。
色、変形、硬さ、質感。これらすべてを自由自在に操れるようになったとき、人間の姿を真似られるようになるのだ。はやく人間になりたい。
「スラちゃん、行こうか。エレシアが待ってる」
「ぴゅい」
オルフェに抱き上げられる。
そして、さらなる奥へと俺たちは向かった。
『……これは、そうとうまずいな。やつら、エレシアを利用して何をやってる?』
瘴気を感知できないオルフェとニコラは気付いていないが、奥に進むにつれてどんどん瘴気が強くなっている。それもありえないほど。
……かつての大惨事を思い出す。
それは、風守の一族という、邪神の封印を守って来たエルフの一族を襲った悲劇。
俺とオルフェが出会った事件だ。
この大賢者の力をもってしてもオルフェ一人しか助けられず、そのオルフェにも重荷を背負わせてしまった。
あのときと同じことが起きているのかもしれない。
『さっき、食べたニードル・ベア。何かから逃げていた様子だった。山の奥はここよりずっとひどいだろう。一日でこれほどの変化を生むのは常識的な方法では不可能だ」
まさか、これほどとは想像していなかった。
これは早めに手を打たないとまずいだろう。
先を急がないと。
エレシア、無事でいてくれ。
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種族:フォビドゥン・スライム
レベル:7
名前:マリン・エンライト
スキル:吸収 収納 気配感知 使い魔 飛翔Ⅰ 角突撃 言語Ⅰ 千本針
所持品:強酸ポーション 各種薬草成分 進化の輝石 大賢者の遺産 フォレスト・ラット素材 ピジオット素材 ホーン・バンビー素材 デンクル・ラット素材 ニードル・ベア素材
ステータス:
筋力F 耐久F+ 敏捷E 魔力F+ 幸運F+ 特殊EX
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