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  神の子 作者:香取幸助
第2章1話:惨劇
警視庁捜査一課の元同僚、皇礼次郎と朝まで痛飲したその日の夜、大賀龍雄は自室のベットでいびきをかいて熟睡していた。


新宿区神楽坂の1LDKの賃貸マンション。机とTVとベット以外はほとんど何も無いがらんとした部屋だ。


いつもこの家に戻るのは寝る為だけ。家具を増やす必要性がほとんど無い。


床に乱雑に散らかっている「週間○○」や「アサヒ○○」などの数冊のゴシップ誌が独身の男のわずかながらの生活感を漂わせていた。






携帯が鳴った。





しばらく反応が無かったが、やがてごそごそと片手だけ布団から出して探る。ベット脇の机の上で昔の固定電話の様な着信音を鳴らす携帯電話を捕まえて着信元の電話番号を見る。


「岩倉俊夫」大賀の捜査1課の上司だ。


「もしもし」



慌てて電話に出る。



「おお、悪いな非番の所。また例の殺しだ。」



ベットから飛び起きる。


「・・・・・・!!」



「現場は渋谷区・・・」



住所を書き留めて電話を切る。



紺のスーツに白ワイシャツ、いつものスタイルに着替え部屋を出た。


現場は渋谷区円山町の「シャレード」というラブホテルの一室。大賀が現場に到着した時には、パトカーが数台ホテル前に停車し、刑事や鑑識がせわしなく出入りしていた。


黄色い立ち入り禁止のテープが貼られ警官が立つ横を、警察手帳を見せながらホテルの玄関口を入る。玄関口右手のフロント前に立っている制服警官に部屋番号を確認すると、エレベータに乗る。


男女が2組ほど乗ればいっぱいになってしまう小さなエレベーター。




現場は4階の401号室。エレベーターホールへ出ると、フロア見取り図がある。一番右奥の非常階段に一番近い部屋だ。


廊下を挟んだ両側に部屋がある。壁や扉は淡いベージュで統一されているが、廊下は薄暗く、一部のライトが切れ掛かって点滅している。


401号室の部屋の扉は開けられ、鑑識課員が指紋採取の作業を行っている。




「ごくろうさん」




そう言うと大賀はこれから目に入れる現場の様子を思って、気を引き締めながら部屋に近ずく。




見るよりも前に嗅覚がそれを知らせる。









むせ返るような血のにおい。













部屋に入る。思わず眉をしかめる。










部屋は惨劇の間と化していた。









赤黒い部屋であった。










そしてその赤は元々の部屋の色でなく、紛れもなく人間の血の色であった。部屋のライトを受け、所々がぬらぬらと輝き、また所々が凝固し始め赤黒く変色している。








犯人は被害者を殺害後、その血液を天井・壁・床・家具と部屋中に塗りたくっていた。血の赤のあいだから元々の壁の色であるベージュがわずかに見えている。




そして部屋の真ん中、血で染まったベットに横たわるひときわ赤黒いモノ・・・、被害者だ。全身が血で真っ赤に染まり、腹部が切り裂かれている。




大賀をもってしても目を背けたくなるほどの光景。部屋の入り口に立ち尽くしていると、肩口を後ろからポンとたたかれた。


「早かったな」



岩倉俊夫である。大賀の上司であるが、周りから“岩さん”(がんさん)と呼ばれ、大賀自身も敬意を込めてそう呼ぶ捜査一課のベテラン刑事だ。



白の半そでオープンシャツに紺のチノパンツ。その目は禿げ上がった頭とは不釣合いな鋭い眼光を放っている。


小柄であるが、柔道の有段者として今も道場での練習を欠かさず、肩は盛り上がり、二の腕は丸太のようだ。




「ああ・・、岩さん。お疲れ様です。」




大賀が振り向きながら言うと




「野郎、どこまで続ける気だ。」




岩倉ははき捨てるように言う。




ホテルのフロア全体に充満する血液の匂いから逃れるように大賀と岩倉は部屋から離れ、エレベーターホールで向かい合った。



「同じですね・・。」



「ああ、今調査中だが間違いない。」



「7人目ですか・・。」



「化けモンめ、なめやがって!!」


岩倉はすでに50も半ばを超えている。しかしながら捜査に掛ける執念は10以上も若い大賀ですら舌を巻くほどの熱さだ。


「同じって事は今回も食ってるんですか・・?」



「ああ・・、肝臓をな。今回も取られてる。」



汚いものを吐き出すような顔で言う。



過去6人ともに殺害現場はほぼ同様の状況であった。



壁・床一面に被害者の血が塗られ、腹部が裂かれ肝臓が抜き取られる。


そして、これはこの事件の関係者間のみに知られた事実であるが、犯人は被害者の肝臓を取り出し、その場で食べている。


被害者の肝臓の肉片が発見され、そこから犯人のものと思われる歯形が発見された事があった。



もはや狂気という域ではない。


もはや人間の仕業ではない。



大賀は考えるだけで胃液が上がってきそうであった。




ふとエレベーターが開き、中から警官が飛び出してきた。ホール前にいる二人を見て叫ぶように言う



「ホシの映像が見つかりました!!」



「なに!!」



「ホテルの防犯ビデオに過去の目撃証言と一致する男の映像が写っています。今、1階のフロントで再生中で・・・」








言うより先に大賀と岩倉は階段を下っていた。


エレベーターを待つのももどかしく全力で階段を駆け下りてフロントの管理人質に飛び込む。



部屋の隅に刑事数人が集まり、再生されたモニターの画像を見ている。



そのうちの一人、若い刑事が後ろを振り返り(どうぞ)というしぐさと共に大賀にスペースを開けた。



刑事達が食い入る様にモニターの画像に見入っている。大賀は開いたスペースに入り込む。


画像はホテル玄関正面上部から撮影されたもののようだ。静止画像になっている。



(こいつが・・・)



岩倉がずいぶん遅れて息を切らせて入ってきた。



それまでモニターの所に固まっていた連中が、岩倉に場所を譲る。



大賀と岩倉二人は画面に顔が付くくらい近ずけて凝視する。


画面には、被害者の女性と、白っぽい丸首のセーターを着たやせた若い男が並んで写っている。ホテルの玄関を腕を組んで入ってくる所だ。

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