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  神の子 作者:香取幸助
第1章5話:秘密
鳥栖弘氏と会った翌日、俺は、川崎溝口みぞのくち西口商店街の小さなアーケードの中を歩いていた。

腕時計を見る。夜10時を過ぎている。


さらに細いわき道を入る。人二人がようやくすれ違えるほどの細い路地の中ほどにその店はある。

トタン壁の古びたアパートやとうに店じまいして空き家状態の店舗の間。


「BON」


たたずまいは周りの建物と変わらないほど古い。軒先に出ている蛍光灯が切れかけ点滅している看板が、かろうじて営業中である事をアピールしていた。


手押しのドアを開ける。カランと音がする。


「いらっしゃい」



入り口向かって右側のカウンターの中の老人がにこやかに笑いながら迎える。


と同時に入り口正面一番奥まったカウンター席、いつもの席に紺のスーツを着た大柄な男を見つけた。


「よう、大賀」


「よう」


白髪の混じり始めた短髪。真っ黒に日焼けした顔と一重の鋭い目つき、肩幅が広くがっちりした体躯。

地味なスーツを着てなければ“その筋”の人に間違われてもしょうがない。


警視庁捜査1課時代の同僚、大賀龍雄だ。


コットンスーツと長髪、無精ひげの軟派ファッションの俺とは正反対の超硬派ぶりだ。



カウンターしかないこの店に通いだして俺達はもう25年になる。



そう、法律的に酒が飲み始められる年からここに通ってる事になる。


「角の水割り。ダブルで」



ここでは角は本来置いてない。いわば裏メニューだ。



これが、常連の特権。



熱いお絞りで顔と手を拭きながら



「ひさしぶりだな。元気だったか・・」



「お前の方こそどうなんだ。名探偵。」




相変わらずの軽口野郎だ。




「まずは、お疲れ」



出てきた水割りを大賀のグラスに合わせる。大賀はいつものハイボールだ。



大賀と俺は警察入り前からの腐れ縁だ。


東京の同じ公立高校を卒業。


警察採用試験に同期合格して警察学校同期卒業。それぞれ別の地方の派出所勤務から始まった。



警察官になった時からお互いに刑事に憧れていた。



そしてお互い刑事になってからは、本庁捜査一課の刑事になる事を目標にしていた。



別の地方に勤務しながら、お互いの存在を励みにして頑張っていた。



ちょうど30歳になった時。俺はあるコロシに本庁捜査一課の応援として所轄から参加した。


その時、2係の係長であった岩倉刑事、“岩さん(がんさん)”の目に留まり、ヤマの解決とともに1課への異動が決まった。


自分で言うのも何だが大抜擢だった。


刑事は人事命令によって異動する。しかし、本庁の捜査1課だけは別だ。すべてスカウトによって全国から優秀な刑事が集められる。


捜査1課には350人以上の刑事が所属しているが、その全てが俺達と同じような経緯で配属されている。


だからこそ捜査1課は全刑事の憧れなのだ。俺の異動が大抜擢と言われたのだ。


俺の1課入りの1年後、大賀が異動してきた時はさすがに驚いたし、まるで餓鬼の様にお互い喜んだものだ。



杯が2杯・3杯と進む。俺も大賀もいける口だ。



二人とも独身な事もあり女関係の話で一通り盛り上がる。こいつとは昔から盛り上がる話題の中身が本質的に変わらない。



「ほぉ〜、レイちゃんっていうのはそんなに美人か」


例の関内のキャバ嬢だ。


「まあ〜な・・。抜群だ。とにかくモロ好み!!」


がはは、とお互い馬鹿笑い。



ふと、時計を見る。11時30分を回っている。



(これ以上、酔うとやばいな・・)




「ところで・・・全く別の話だ。」



急に真顔になった俺を見て、大賀も赤ら顔を引き締める。


「・・・・なんだい?急に・・」


俺は大賀に顔を近ずけ目を覗き込むように聞く。



「“zero"って知ってるか?」



いきなり本題に入る。



「ゼロ・・」



大賀は一瞬視線をはずしカウンターの中の老マスターの方を見る。


いつも通りだ。客の会話に無関心にコップを磨いている。



「なんで、お前が・・」



俺にはこの反応で十分だった。



「今、俺が引き受けてる依頼が、この“zero"に関わる事なんだ。一ヶ月前、ここに入信したまま音信不通になってる人を探してる。」



そう言って、言葉を区切った。



しばらく沈黙の後、大賀が切り出す。





「・・わかった。何が知りたい?」




「悪いな、いつも・・」




俺も元捜査1課の刑事だ。情報漏えいがどのような事かは十分に分かっている。




勿論、4半世紀以上になる付き合いからの信頼があった。



捜査一課時代、コンビを組んだ。時には、ひとつ間違えば、という死と隣り合わせの極限状況も共に経験をした。


そんな時、お互いがどのような行動を取る人間かを分かっている。



「こいつは死んでも俺を裏切らない」




そう思える絆が俺達にはある。



「鳥栖弘を覚えてるか?俺が誤射してしまった・・」



「鳥栖一弥か・・」



「そうだ、その一弥の父親だ。その弘が今の俺の依頼者なんだ。そしてその一弥の弟の力弥が“zero"に入信して姿を消してしまった、というわけだ・・。」



「その力弥を探してくれ・・と」



「まあ、そういう事だ。例によって警察は相手にしてくれなかったらしいがな。」




「・・・・」




大賀は何も答えない。そして意を決したように口を開く。




「皇。これは今更、俺とお前の間で言うことではないが、これから俺が話すことはカク秘(極秘事項)だ・・。わかるな・・。」


俺は(何を今更・・)と言おうとして言葉を飲み込んだ。



「皇、お前は今、警察官ではない。いわば、いち民間人だ。その立場で、あの宗教に近ずくな。」




「・・・・」

















「あの宗教“zero"はあまりに危険だ・・」














真夏の夜。冷房の効いた場末のバー。














俺は背中に冷たい汗が一筋流れるのを感じながら大賀の目を凝視していた。


「今俺は、あるコロシを追ってる。最初のヤマが起こったのは3年前だ。状況証拠が全て同一犯であることを示している。」



「連続殺人か・・?」



「今までで6人。3年前が1人、去年が2人、今年にに入って半年で3人だ。どんどんペースが上がってる・・。」



そう言うと、大賀はカウンター上のハイボールを一口含んだ。



「半年で3人・・・」



俺はそうつぶやいた後、ふと思う




(まてよ・・聞いた事がある・・?)




「ホトケは全部若い女ばかりだ。一時テレビでも騒いでいたから、聞いた事ないか?」




ひとつのヤマを思い出した。





「内臓が抜き取られてるアレか・・?」





大賀はだまって頷く。






マル害(被害者)は若い美人の女性ばかり。ラブホテルの一室で腹部を切り裂かれ、内臓の一部を摘出され殺害される、という連続殺人事件。





俺はカウンターの上のつぶれたマイルドセブンを取って火をつける。




大賀は黙っている。俺の質問を待っている。





「それがzeroとどういう関係があるんだ・・?」




「ホトケに共通するのは20代の一人暮らしの女という事、そしてzeroの信者だと言うこと、この2点だ・・。」


「なに?全員が?」



「正確には信者というより、zeroの下部組織ライフラインの従業員達だ」



「ライフライン」とは様々な業態の飲食業、サービス業を運営している営利法人だ。



まだ設立後数年であるが、若い経営者の下、マスコミ露出も積極的で、同業他社のM&Aをテコに急成長している。傘下の店舗数は50数店舗、従業員数500名、年商100億円超で店頭公開間近と聞いている。




「あのライフラインがzeroの下部組織だと・・。」




「関係が明るみにされれば、一発で税務署の査察モンだ。気付いてる者はほとんどいない。だが、公開されているzeroの信者数500人がイコール、ライフラインの従業員数というのは間違いない。」



「ま、ホトケは自分達がzeroの信者としてカウントされてるなんて事はほとんど自覚がないだろうが・・。」



大賀はグラスを手に取りながら




「鳥栖力弥の捜索願いが出てる事は百も承知だ。所轄にも動くなと指示してる。どんな名目であれ警察がzeroに接近して警戒されるのを避ける為だ。」




そう言ってハイボールを一気に飲み干した。





「・・・・・・・」





俺はそんな大賀の様子をじっと眺めていた。




(何の警告だ・・??肝心の理由ははぐらかしたままじゃねえか・・・)



「それだけじゃあ、元捜査一課の刑事に危険だから接近するな、と言う理由にはならんだろう・・」



俺は、ややプライドを傷つけられた思いだ。



「このコロシは手口の凶悪さも勿論だが、背後に何かとてつもない大きなものが控えている気がする・・・・。お前も元刑事なら必ず分かるはずだ。そういうヤマは扱いを間違えると火傷では済まん事を・・。」



大賀は俺の目を見る。(わかってくれ)と言っている目だ・・。












(ここまでだな・・。こいつが今言えるのは・・)



そう感じた俺は



「大賀、わかった・・・。参考になったよ。とにかく早く見つけるさ。」




「おお、その方がいい・・・。」









翌日非番の大賀と毎日非番“のような”俺は明け方まで痛飲した。


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