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 物凄く遅れてしまい、申し訳ありませんでした。バレンタインの番外編です。ただその分、ボリュームは過去最高クラスです。いや、五人分のバレンタイン且つアテナをメインに据えようとすると、どうしても……。とりあえず、かなり難産だったバレンタイン特別編、お楽しみください。

 あ、ちなみに十五禁です(笑)
第四期「精霊界へ。全ての真実」
番外編「聖戦再び」
アルカナ~切り札の騎士~



番外編「聖戦再び」



「遂に明日はバレンタインデー……」
 ザクザクと、厨房にチョコを刻む音が響く。
「今年こそは……!」
 チョコを刻むその後ろ姿に、並々ならぬ決意を秘めて、少女は猛る。なんかもー湯煎とかするまでもなくチョコが溶け始めそうなくらいのオーラを放ちながら。
「待っててください……今年こそ、今年こそは最高のバレンタインチョコを……!」
 ザクッ!!
 どう考えてもオーバー過ぎる気合と共に振り下ろされた包丁が、チョコを刻む。運命の日へのカウントダウンと共に。



「セツくんおはよう! ハッピーバレンタイン!」
「お、おうおはよう……ユーキちゃん」
 朝、目覚めて直ぐにユーキちゃんからチョコを手渡された。ユーキちゃんにしては珍しく速攻の構えに、思わず目を剥く。
「ありがとう。でも、どうしてこんな朝っぱらから?」
「あ、ごめんね~セツくん。……迷惑だった?」
「いや、そんなことはないけど」
 どちらにせよ、そろそろ準備して食堂へ行こうとしていたところだ。
「えへへ~わたしね、考えたんだ」
 ユーキちゃんが得意げに胸を張る。
「いつもわたし、ダークホースがどうのこうのって言われるでしょ?」
「ああ。最早共通認識となってきてるな」
 俺が当たり前のようにそう言うと、ユーキちゃんは若干「ぅ……」と呻いた後、改めて胸を張った。
「だ、だからね。どうしてそう呼ばれるようになったのか、考えてみたんだ~」
「その結果が、この速攻?」
「そう! ほら、いつもは出遅れて、皆が自爆or相討ちしたあとでしか動かないから、そんな風に言われるんだって気が付いたの!」
「……なるほど」
 確かに、それは言えてるかもしれん。特にさだめとかアテナとかアテナとか。
「つまり~、みんなが動く前に行動すれば、誰もわたしのことをダークホースなんて呼ばなくなるんじゃないかなって!」
「……ユーキちゃんがこんな速攻仕掛けてくるとは思わなかった。こいつぁとんだダークホースだぜ!」
「……いじわる」
 ユーキちゃん、涙目。
「いや、でも多分、そうなるぞ? まず周囲の共通認識として、ユーキちゃん=ダークホース的なイメージが根付いているから」
 いつもと違う行動したとしても、イメージが固定されてしまっているとそうなる。
「うぅ……」
「……まあいいや。チョコ、ありがとな。開けても良いか?」
「あ、うんもちろん。えへへ、実はあんまり甘いもの得意じゃないから、自信はないんだけど」
「大丈夫だろ。去年だって普通に美味かったし。え~と、トリュフチョコか?」
「あんまり難しいのは出来なかったから~」
 ユーキちゃんは謙遜するが、見た目も味も中々だ。よく言えば素朴。悪く言えば標準的な味が嬉しい。
「うん。いいじゃないか。残りは、今日の終わりにでも食べさせて貰うかな」
「終わり?」
「ああ……なんというか、ユーキちゃんのは安定して美味いから、色々と癒されるんだよ。だから、さ」
 間違いなく疲れる一日になるだろうから、胃薬代わりに。そう言うとユーキちゃんは苦笑する。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……みんなのチョコ、危ないものみたいに言っちゃだめだよ~」
「ああいや、そういうつもりじゃなかったんだが……けど、そうだな。折角くれるもの、悪く言うのは駄目だな」
「うん。それじゃあ、わたしはこれで寮に戻るね~。また学校で~」
「ああ。また後でな」
 ちゃんとチョコが渡せて、安心したのだろう。ユーキちゃんはホッとした表情で女子寮に戻って行った。
「さて……今日も一日、頑張りますか」
 波乱の一日になりそうなことは、例によって予想済みなのだ。何でも来い。俺はそう気合を入れ直し、食堂へ向かうのだった。



 パサッ……。
「ん?」
 教室、机に座ると、俺の席から一通の便箋が零れ落ちた。
「おいセツ、それ……」
「ああ……」
 今日と言う日、ハートマークのシールとベタな便箋。どう考えてもアレなんだが……。
「どうした?」
 剣士がそう尋ねてくるのに構わず、俺は溜息を吐いて手紙を読む。
『御堂切さんへ。突然のお手紙、申し訳ありません。実は、折り入ってお話と、お渡ししたいものがあります。急な話ではありますが、本日放課後、アカデミア屋上までいらしていただけると嬉しいです』
 まあ、要約すればこんなところだ。
「どう見てもラブレターだな……」
 呆れたように剣士が俺をジト目で見ている。俺は溜息をもう一つ吐いて、それに応じる。
「……ああ、どうみてもさだめだ」
「は?」
「これ、さだめだよ。差出人」
 あっさりとそう言う俺に、剣士は暫し呆気に取られていたが、慌てて反論する。
「待て待て、なんであの妹がこんな回りくどいことを?」
「大方、新しいシチュエーションプレイの一環だろ。大分意識して筆跡とかも変えてあるけど、俺が見間違うもんか」
 一見さだめの字とは違う、普通の女子風の丸文字だが、俺にはわかる。
「実にあいつらしいことだが、文章のそこかしこから抑えきれぬ欲望のオーラ的なものを感じる……」
「……そんなもんを感じとれるお前もどうなんだ」
「あと多分、清純な後輩女子を演じようとしたんだろうな。演じ切れなかったっぽい文章の不自然さが如何にもアイツらしい」
 あれに清純は無理だ。なんて書けば清純っぽいのかわからなくてそれっぽい言葉を並べてみたって感じだ。
「ま、こんなことを書いてあるってことは、今日は放課後まで平和だよ」
 ひらひらと手紙を剣士の前で振って見せる。
「つくづくヘンな兄妹だよなお前らは……」
「自覚はしてるよ」
 苦笑しつつ、授業のために教室に入ってきた教師の方を向き直るのだった。



「さて……」
 昼休みである。さだめ(断定)から指示された時間までは、まだ時間があるものの、俺はそろそろ一波乱、というか、誰かやってきそうな予感に顔を上げた。
「…………」
「ぅおっ!?」
 顔を上げた瞬間、目の前にルインの顔。思わず仰け反る。
「る、ルイン……心臓に悪いからその登場の仕方はやめてくれ」
「ごめんなさい」
 ぺこっ、と素直に頭を下げるルイン。
「で、なんでまたあんな心臓に悪い登場を?」
「神出鬼没は私のアイデンティティ」
「……そういや前にもそんなこと言ってたっけか」
 もしかして、いつも唐突に現れるのはそれを意識してるのか?
「それは、単に私が無口だから」
「自分で言うか」
 それに、案外お前は雄弁だ。
「ところで、何の用だ?」
「……今日が何の日か、わからないとは言わせない」
「まあ、な。ルインも、チョコくれるってことでいいのか?」
「……えい」
 ドン、とルインが何処からともなく携帯ガスコンロを取り出し、机の上に置いた。
「……ガスコンロ?」
「……そい」
 ゴン、と更にその上に置かれる鍋。
「……鍋?」
 ルインの意図が見えず、困惑する俺。
「……てい」
 最後にトン、と脇に置かれたフルーツやビスケットを見て、漸くそれが何かわかった。
「チョコフォンデュか」
「御明察」
 幽かに、蓋の閉じられた鍋からも甘い香りが漂って来ていた。
「最近の私は家庭的」
「……それで、料理とバレンタインチョコを掛け合わせてきたってわけか」
 それはいい。実にすばらしい。若干昼食にするには甘ったるすぎる様な気もするが、そこはまあ許容範囲だろう。だが……。
「……ルイン、ここは教室だ」
「……それが?」
「……周りをご覧ください。生徒が沢山居ります」
「…………それが?」
「こんな中で、こんな手間暇かけたバレンタイン過ごしている男が居たら、周囲の人間は一体どう思うと思う?」
「あ~ん」
「話聞けよ!? なんでよりにもよってあ~んとかし始めますか!? ほら周囲! 殺意のオーラが半端なくなってきてるから! 特になんか、ユーキちゃん辺りのオーラがシャレになってないから!」
「だいじょ~ぶだよセツくん。わたし、皆みたいにセツくんを傷めつけたり暴走したりしないから~」
「余計に怖い! その理性的な笑顔から感じるドス黒いオーラが物凄く怖い!」
「あ~ん」
「マイペースだよなお前はホントに! 神出鬼没よりよっぽどそのマイペースさの方がアイデンティティだよ!」
「じゃあ……ん~(ビスケットを銜えて差し出す)」
「ビスケットでポッキーゲームは無理がある! というか、あ~んより更にヤバい!」
「じゃあ……はい」
 ルインは指をチョコにつけて、此方に差し出してくる。
「……舐めて?」
「無理だよ! 少なくとも今ここでそれやったら俺問答無用で縛り首だよ!」
「……火傷した」
「そりゃ熱したチョコに指つければ火傷もするよ!」
「……舐めて?」
「結局そこに行きつくのな! ケ○ル! ケア○使えよ! 使えるじゃんお前回復魔法!」
「……○アルじゃなくて、ホ○ミ」
「そこは良いよ別に! この際F○かドラ○エかの違いは些細だよ! そして俺は○F派だ!」
「それが一番些細だろ……」
 剣士がげんなりとツッコミを入れてくれたが、とりあえず今は無視だ。
「……教室だからダメ。なら……別室へ」
「行かねえよ!? この流れでは行けねえよ! この流れで人気のないところへ移動したらあからさま過ぎるだろ!」
 教室は、別室行って何する気だテメエ的な空気に満ち満ちている。あ~ん、口移し、指舐めと来て人気のないところ行ったらどうなるのか、想像出来ない程高校生無知じゃない。
「もうちょっとこう……空気読もうか。ルイン」
「大丈夫」
 何がだ。
「読んだ上で、やっている」
「余計悪いわ! そのアジテーターっぷりも十二分にお前のアイデンティティだよ! 俺を殺す気か!?」
「……私は破滅の女神」
「わかってるよ! その定型句、流石にもう想定内だよ!」
 明らかに生きて帰れなさそうな空気になって来ている教室の空気に戦々恐々としつつ、ルインとの昼休みは過ぎて行った。



「ふぅ……」
 放課後である。正直昼休みのルインの一件で、凄まじく精神力を削られたが、少なくともこの後に三人程残っているのだ。そう考えると、若干絶望的な気持ちになる。とりあえず、ユーキちゃんのチョコを食べて体力回復。
「……行くか」
 さだめに指定された時間である。既に大分気力が尽きかけているが、行かないわけにもいかない。重い足を引きずりながら、屋上への扉を開く。
「ずっと、お慕い申し上げてございました……」
「いきなりだが、口調が滅茶苦茶ださだめ。もうちょっと勉強してから出直してこい」
「いきなりダメ出しされた!?」
 髪を下ろして、少しだけいつもと雰囲気変えてみました的なさだめに冷ややかな目で突っ込む。
「ほら、チョコくれるんだろ。寄こせ」
「冷やか! しかも超めんどくさそう!」
「昼休みのルインで大分疲れててな」
「おのれルイン!」
 すっかりキャラ作りする気はなくなったようでいつものさだめに戻る。まあ、やっぱさだめはこうじゃなくちゃな。
「っていうか、お兄ちゃんノリ悪い! もうちょっとノッてくれても良いじゃん!」
「……あのさ、バレンタインチョコってのはノリでギャグチックに手渡すもんなのか?」
「む、それを言われると……」
「大体だな。お前の髪を下ろした姿なんて見慣れてるし、あんまりいつもと違う雰囲気は出せてなかったぞ」
「くっ、一緒に居た時間が長いことの弊害が……」
「まあそういうわけで、くれるならさっさと寄こせ」
「でもその反応はあんまりじゃないかなぁ!?」
 む、そう言われて見ればそうかもしれん。仮にもバレンタインチョコだ。
「だが、お前の作った食物は危険だしなぁ……」
 必ずと言っていい程媚薬だか筋弛緩剤だか睡眠薬だか混入されているわけで。
「今回はそんなことないから大丈夫! 今までのさだめは闇さだめ。今年のさだめは普通のさだめだから!」
「まあ、それもそうか……」
 それでも、一抹の不安は残るが。
「そんなことより、はいこれ。今年のバレンタインチョコ」
「おう、サンキュ……って、なんで二つあるんだ?」
「片方はさだめスペシャル」
「丁重にお返しいたします」
「大丈夫だって。ヘンなの入ってるわけじゃないから」
「本当か……?」
 正直、さだめを信頼していても信用はしていないわけで。
「本当だってば。ただ単に、さだめ好みの味付けにしてるだけ」
「ということは、相当ビターなんだな」
 さだめは苦いもの好きである。さだめ好みと言うことは、それが反映されているのだろう。
「うん。カカオ比率を高めてみた」
「ってお前、まさかカカオから作ったのかこれ」
「まあね。こっちはお兄ちゃん用。粉乳も使ってホワイトチョコ」
 サラリとそんなことを言うさだめ。
「ったく、相変わらず、真面目にやれば何でもできる奴だな」
「でも、お兄ちゃんだってそれくらい出来るでしょ?」
「出来ん」
「え?」
「俺はお菓子作りの技術は人並みなんだ。そりゃ、やり方教われば出来るだろうが、少なくとも現時点では出来ないよ」
「そうなんだ。意外」
「お前、俺を何でもできる完璧超人か何かだと思ってないか?」
「違ったっけ?」
「違う」
 まったくどいつもこいつも……。
「俺は、何処にでもいる一般人だ」
「それは嘘だね」
「…………」
 言い切られた。
「お兄ちゃんが一般人なら、この世の全ての人間が落ちこぼれだよ」
「それは言い過ぎだろういくらなんでも」
「強ち言い過ぎでもないと思うけど……」
 小声で何かしら呟いたさだめに構わず、とりあえずチョコを一粒取り出して食べる。何か混ざってたりはしなかったので、コイツも成長したってことだろう。
「ふむ……美味いな」
「あ、そっちは……」
 さだめスペシャルの方だ。確かに苦い。苦いが……。
「ただ苦いだけじゃないな。ちゃんと味のバランスは取れてる。口どけも良いし、完成度高いな。相当手間暇かかってるのもわかる」
「まあね。これでもさだめ、やる時はやるし、手は抜かない主義だから」
「普段からそうしてくれ。ぜひとも」
「でも、それはそれでお兄ちゃん寂しいでしょ?」
「……否定はしないな」
 確かに、普段のコイツは滅茶苦茶だが、愉快であることもまた確かなわけで。
「……ま、とりあえずチョコはありがとな。美味かったよ」
「ホワイトデー、楽しみにしとくね!」
「ホワイトから派生する白いモノはやらんから、そのつもりで」
「超先回られた!?」
 収拾つかなくなるので、とりあえずボケは封殺しておいて、俺は屋上を後にした。



「あの……っセツ様!」
「お?」
 アカデミアの校舎を出た辺りで、ガチガチに緊張して裏返った声が俺を呼び止めた。
「希冴姫」
 セツ様、という呼び方からわかってはいたが、そこに居たのは希冴姫。
「どうした。ガチガチだぞ」
「そ、それはそのっ、このようなことは初めてですので……その、心の準備が、と言いますか……」
 希冴姫の顔は真っ赤で、今にもオーバーヒートしそうだった。
「そ、それに……」
「ん?」
 希冴姫が唐突に下を向き、落ち込んだように肩を落とす。
「……結局、手作りは出来ませんでしたもの」
 そう言って、希冴姫はその手にある包装されたチョコレートを俺に手渡す。
「なんだ、そんなことか」
「そ、そんなことって……わたくしにとっては、そんなことでは済まされないことなのですわ! 皆さん手作りのチョコを……なのに、わたくしだけ」
「ジャックに師事したはいいが、結局満足のいくものは出来なかったってことか」
「……はい」
 肩を落とし、すっかり落ち込んだようにしょんぼりする希冴姫。
「今の今までジャックに手伝って貰ったのですけれど、遂にジャックが……」
 そこまで言って眼を伏せる希冴姫。おい、ジャックがどうした。頼むから最後まで言ってくれ。
「……なら、それでいいさ」
「え?」
「……要するに、希冴姫は頑張ったんだろう? 単に結果がついてこなかっただけで。それに、上手くいかなかったからこそ、不本意ながらも失敗作じゃなく既製品を持ってきたわけだ」
「はい……」
「ならそれは、お前の優しさだよ。例え一人だけ手作りチョコじゃなくなったとしても、俺の体調を気遣うことを選択した、お前のな」
「セツ様……」
「ありがとう希冴姫。このチョコ、ありがたく食べさせて貰うよ」
「……はい!」
「あ、それと結局ジャックはどうなったんだ?」
「……それでは、わたくしはこれで!」
「おおい!? 眼を逸らすな背を向けるな小走りに去って行くな! ジャック、ジャーック!?」



「え~と、ユーキちゃんにルイン、さだめに希冴姫……」
 残るは、アテナか。ん? そういえば……。
「セツく~ん」
「? ああ、ユーキちゃんか。どうした」
「えと、特に用事はないんだけど、見かけたから~……だめ?」
「いや、ダメなんてことはないが……」
「そっか、良かった。それで、セツくん、それ皆の?」
「ああ。こっちがさだめ、これが希冴姫の」
「……あれ? アテナちゃんは?」
「それが、まだなんだ。っていうか、よく考えたら、今日俺アテナと顔を合わせてもいないんだよ」
「え……そういえば、授業もいなかったね。おかしいな~。アテナちゃんがこんな日に病欠なんてするとは思えないんだけど……」
「だよな……なんかあったのか……?」
 そう考えると、凄く不安になった。ユーキちゃんと二人、暫しその場で考え込む。
「……セツくん、見に行ってあげて」
「え、でも女子寮だろ? 男の俺が行くのは……」
「それは、セツくんなら今更なんじゃあ……」
 ……確かに。最近は行くことが減ってたから忘れてたが。
「そうだな。それじゃ、見に行ってみるよ。ごめんなユーキちゃん」
「ううん。わたしのことはいいから、アテナちゃんの所に行ってあげて~。わたしは、もうちゃんと渡せたから……」
「……ありがとう」
 アテナは恋敵の筈なのに、自然にそう気遣ってくれるユーキちゃんにもう一度お礼を言って、俺は女子寮に向かって走り出した。



「おーい、アテナー? いないのかー?」
 とりあえず女子寮のアテナの部屋に来てみたが、ノックしても返事がない。
「仕方ない。こういうときは……」
 ザ・ピッキング!
「よし、開いた」
 所要時間約二秒。そこそこ満足出来るスピードだ。
「入るぞー」
 一応、改めて声を掛けてからドアを開ける。
「ん……いないな」
 アテナの部屋は整然としていて、人の気配は感じられない。以前に入った時と然程違いもない。
「けど……まさかアイツ」
 一切の乱れがないベッドのシーツ。寒々しい部屋。まさかアテナの奴、昨夜部屋に戻ってないのか?
「だとしたら……」
 調理室か? 少なくとも、ユーキちゃんの話を聞く限り、バレンタインの準備はしていた筈だ。
「アテナ……!」
 慌てて部屋を飛び出し、女子寮の調理室に向かう。調理室に居れば良い。それならいいが……もし、何かあったら。
「アテナ!」
 調理室に着くなり、俺は扉を蹴破るようにして開けた。
「ぅ……セツ?」
 電気の点いていない、暗い室内に、果たしてアテナはそこに居た。そのことに安堵しつつも、俺は様子のおかしいアテナに近寄ろうとする。
「セツ……来ないで、ください」
「アテナ……?」
 アテナの目は虚ろで、眼の下には隈も出来ていた。一体何があったのか、調理室中に飛び散ったチョコの残骸や、アテナの体中にも飛び散ったホワイトチョコなどもあって、かなり悲惨な状態だ。というか、見た感じ凌辱エンド後のCGっぽくて凄く嫌だ。
「私、私……」
「どうしたんだアテナ。なんか、凄く悲惨なことになってるが……」
 そう言うと、アテナは眼にジワっと涙をにじませる。
「う、うぅ……ごめんなさい。ごめんなさい、セツ……」
「お、おい……ホントにどうしたんだよ」
 なんだかとてつもなく悲壮感を滲ませているアテナに、思わず俺も声が震える。
「私……」
「なんだ?」
「私、今年こそ、今年こそはって、バレンタイン……」
「あ、ああ……」
「でも、どうしても上手く行かなくて……普通のチョコしか出来なくて……」
「いや……それでいいんだが」
 何やら、雲行きが怪しくなってきた。
「ルインさんは、おしゃれなチョコフォンデュとかするみたいでしたし、さだめさんなんか、カカオから本格的な手作りチョコで……私の、私のチョコなんて……とっても、普通で……」
「いや……ユーキちゃんのチョコも割りかし普通だったが」
 そして、その普通さが非常に嬉しかったんだが。
「ユーキさんは……それがパーソナリティとして確立してるからいいんです。でも、私は……私は、普通のチョコなんかじゃ何のインパクトも……」
「あのなアテナ……」
 インパクトとか、そんなんいらんっちゅーのに……。
「それで、私負けられないって……でも、結局私……」
 この有様……か。
「はぁ……」
 俺は溜息を一つ吐いて、アテナに近づく。アテナはすっかり落ち込んでしまっているらしく、がっくりと座り込んだまま顔もあげない。
「アテナはホント、空回るよなぁ」
「ぅ……」
 自覚はあったのか、小さく呻く。
「去年のバレンタインもそうだったし、普段もさ」
「……」
「その理由、教えてやろうか?」
「…………ぇ?」
 俺の思いがけない言葉に、アテナは驚いたように顔を上げる。その頬に付いたチョコをはがして食べる。
「あ……」
「うん。美味いじゃないか」
 ユーキちゃんと同じく、普通に良く出来たチョコレート。でも、ユーキちゃんのそれとは違う、アテナらしい、一生懸命で優しい味だ。
「お前はな。周りを気にし過ぎなんだよ」
 ポンポン、と頭を軽く撫でる。
「アテナは、さだめと似てる」
「さだめさん、と……?」
「まぁ、パッと見正反対なんだけどな」
 光の天使族使いのアテナ。闇の悪魔族使いのさだめ。性格とかも、丸きり正反対に見える二人だが、俺は、きっと二人はそっくりなんだと思っている。
「思い込んだら一直線。一図で、暴走しがちで、負けず嫌いで、デュエルでは容赦なくて、結構、我も強い」
 本質的なところは、この二人は殆ど同一だ。
「でも、アテナは少し、さだめと比べて周りを気にし過ぎるな」
 もちろん、それが悪いことだとは言わない。さだめみたいに、周囲を完全無視して暴走されるのも困ると言えば困る。
「だけどさ、アテナはさだめと似てるのに……自分に自信がないんだろうな」
 そこだけが、さだめとは違うところ。あいつは、何だかんだ言って自分の行動に迷いがないし、意味不明なまでの自信に溢れてる。けど、アテナはそれがない。
「周りと比べて自分はどうとか、そういうことを気にし過ぎだ。いいじゃないか。他の奴らなんてどうでも」
「で、でも……」
「いいから」
 俺はアテナを抱きしめる。こんなことしかできないのがもどかしいし、これから言う言葉がキザっぽくて恥ずかしく、顔が赤くなるのを見られなくないから。
「お前は、俺だけ見てろ」
「ぁ……」
 耳元で囁く。
「今日は、バレンタインだ。女の子が、勇気を出して男に想いを告げる日だ。なら……他の人のことなんて気にせずに、まっすぐ、俺にだけ向かって来いよ」
 まったく……俺は何様だ? どれだけ自信過剰なナルシストだよと思わなくもないが、仕方ない。アテナに、このまま潰れて欲しくない。
「普通のチョコでもいいじゃないか。それに、想いが篭っていれば、例え手作りじゃなくったって特別だ。俺は……そこに込められた想いくらい、汲み取ってやる自信はあるぞ?」
「セ、ツ……」
「だから、アテんぷっ!?」
 唇に、熱い感覚。喉に流れ込んでいく、とろりとした甘さ。
「あ、アテナお前…んっ!?」
 間髪いれずに、また流しこまれるチョコレート。
「……ちょこれーと、型にはめて、冷やしたりする時間はない、ですから……」
 チョコ以上にとろんとした眼をしているアテナが、陶然とした面持ちで言葉を続ける。
「わたし、思った通りにします……。この熱くて、とろけて、溢れてしまいそうなくらいのモノ……型になんてはめません。そのまま、貴方に……」
「ちょ……!」
 いつの間にか、体勢が逆転し、殆どアテナにのしかかられるように抱きつかれている。
「こんなに、熱いのに……冷やしたチョコなんて、ダメです。熱いまま……とろとろで、溢れそうな……セツ」
「あ、あてな……」
 そ、そうそうこういうところ! こういうところもさだめに似てるんだよ! この、なんというか、押し倒されそうな感じが!
「って、若干酒臭いぞ!? まさか、これ……んむっ」
 アテナに絡みつかれながら、俺は横目でキッチンに置かれた瓶のラベルを見る。
 “ブランデー”
 やっぱり! チョコにブランデーはまあ、それほどおかしなことじゃないが! “特別なチョコ”を求道する内、ボンボンに辿りついたのもわからない話じゃないが!
「セツ……」
「ま、待った! 待ったアテナ! 酔ってるだろ!? お前、物凄く酔ってるだろ!」
「酔ってなんて……それに、んっ……そうだとしても、関係ないです……」
「い、いやいやいや! 関係ないこた……んっ!?」
 や、ヤバい……流石に、くらくらしてきた。い、色んな意味で……。
「セツ、私……」
 喰われる!? そう、本気で身の危険を感じた瞬間だった。
 ゴンっ!
「ぶっ!?」
 アテナの後頭部から鈍い音が響き、そのままずるずると崩れ落ちた。
「あ、アテナ……?」
「……きゅぅ」
 すっかり眼を回しているようだ。しかし、今のは……。
「……流石に、ここまでとは思わなかった」
「る、ルイン!?」
 神出鬼没がアイデンティティの女神が、アテナの背後で杖を構えて立っていた。珍しく、その口元は引き攣り、額に青筋を浮かべている。
「お、お前なんでここに……」
「ここは、女子寮だよ……お兄ぃ~ちゃぁ~ん……!」
 調理室の電気がパッと点き、入口には眼を血走らせた(超危険域)さだめの姿。
「セツくん……流石に、これはちょっと……」
 その後ろでは、ユーキちゃんも顔を引き攣らせて拳を握っていた。
「こ、このエロ小娘……! ひ、人気のない調理室でなんと破廉恥な……!」
 希冴姫も、今にも抜刀しかねない形相で震えている。
「え、えっと……皆さん、お揃いで……?」
 久しく感じていなかった程に濃密な死の気配に、流石の俺も泣きそうです。
「あ、危なかったですわ……嫌な予感に従ったのは正解でしたわ……」
「うん……女の勘って、結構バカにできないね~……」
「濡れ場寸前」
「このエロ天使、時折さだめ以上に発情期なんだから……!」
 これは……さっきまでとは別の意味でヤバい。俺かアテナか、どちらかが死ぬ……っ!
「さて……」
「セツ様?」
「はいっ!」
「わたし、今日結構我慢したよ~……?」
「さだめも……ちょっと冷たい反応でも我慢したんだけどなぁ……?」
 アテナ……やっぱり、前言撤回だ。
「代償は……高くつく」
 もう少し……他人は気にしようか。
「さ~てと……」
 じゃないと、どうやら……。
「何してもらおっかな~?」
 俺が、ヤバい……!
 安らかに眠るアテナの横顔を見ながら、俺はこの処刑場から如何にして逃れるか、それだけを必死で思考するのだった。
 こんにちは。
 というわけで、十五禁です。ラスト辺りが、もうかなり十五禁です。少なくとも悠的には、既にあっぷあっぷです。
 基本的には、最後のセツの言葉が書きたくて書きました。アテナとさだめが似てるってこととかも、結構書きたかったところです。ちなみに、一番書き易かったところはルイン。あのあたりだけはするする書けました。
 このバレンタイン、前回書いたように、一度クラッシュした上、改めて書こうとすると全然書けなくて、仕方なくもう一度全消ししてから書き直したと言う、物凄く難産だった番外編になります。遅れたのはそれが原因……すいません。それだけじゃないです。ゲームしてました。それもあるけど、ゲームが一番の原因です。レディアントマイソロジー、やってました。プレセアの加入タイミングのあまりの遅さに、必死こいてやってました。すいませんでした。
 それと、今週は卒業式やら引っ越しやらと、若干忙しい週になりそうです。遅れた分の更新を頑張りたいですが、どうなることやら……。
 それでは、悠でした!


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