表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
50/110

第四十八話 転入生?

 ガラガラ


 六月下旬。

 朝から空はどんよりとした雲に覆われ、風に運ばれてきた湿気った空気が漂う教室。

 突如その教室に入ってきた女の子にクラスメイト全員の視線が集まる。


 トテトテ


 彼女は無言で教壇まで歩き、姿をその影に隠した。

 いや、隠しきれてはいない。

 なぜなら教壇の上から頭と揺れる黒い二本の触角がはみ出ていたからだ。

 これだけ言うと黒いあれに聞こえるが、もちろん違う。


 そんなことを考えていると、教壇から小さな舌打ちが聞こえた。


 そして教壇の影から彼女が再び現れる。

 彼女は不機嫌そうに釣り上げた眼尻で、黒縁の眼鏡の向こうからクラス全体を見渡すと小さくため息を付いた。


「本日よりこのクラスの担任になることになりました。水島 瞳です。これからよろしくお願いいたします」


 もしかして:左遷?


 なんてこと思っていると考えが伝わったのか、水島さんは俺の方を睨め(ねめ)つけてきた。

 だが、特に何も言わずに挨拶を続ける。


「神事省から出向で参りました。これから約三年間、聖骸緑櫻高校にて教鞭を取る予定です」


 なんで神事省から?

 あれ、本当に教師なの?

 誰かの妹とかがいたずらしてるんじゃ?


 なんて言葉が小さく教室内を飛び交う。


 三年間、つまり俺が卒業するまでの監視ということだろうか。

 まさかな。


「一応専門はダンジョン関係です。今後ダンジョン学は私が教えることになります」


 何か質問はありますか?

 と水島さん、いや、水島先生は続けた。


「あの、はい」


 綾小路が恐る恐ると言った様子で手を挙げる。

 この微妙な空気の中でも動ける彼女の胆力はなかなかのものだな。

 なんてどうでもいいことを考えてしまう。


「えーっと、君は?」

「綾小路 穂乃果です」

「そう、綾小路さん、それでは質問をどうぞ」

「はい、あの……」


 如月先生はどうしたんですか?


 そう綾小路は困惑した顔で水島先生へと問いかけた。


 うん、いきなりだったもんね。

 昨日まで如月先生が普通に教壇に登っていたのに。

 今日になって急に担任が変わりましたと言われても意味がわからないよな。

 人によっては今学期のみの付き合いになるかも云々言っておいて、全員と今学期終わる前にお別れだ。


 その質問に対し、水島先生は俺の方を一瞥すると綾小路の方を向き直り苦笑いを返した。


「如月先生は、結婚することになりました」

「は? 結婚ですか?」


 全く何も聞いていなかったのですが、急すぎませんか?

 と返す綾小路に水島先生が苦笑いのまま理由を説明する。

 その口元はピクピクと痙攣しており、何か言いたくても言えない事情を押さえ込んでいるようだった。


「ええ。結婚です。イケメンの、エリートでっ、実家は富豪なとってもステキな方とね!」

「な、なるほど」


 最後の方はひねり出すような声で告げる水島先生の迫力に押され、綾小路はそれ以上質問を続けることが出来ず席に座った。

 嫉妬の炎に燃える瞳がクラス全体を見渡す。

 何が彼女をそこまで追い詰めているというのだろうか?


 もしかして:歳?


 見た目十歳、中身三十歳。

 こういうのをロリBBAというのだろうか。


「ともかく、皆さん。急に担任の先生が居なくなったのは悲しいでしょうが、彼女のしあ、しあわ、幸せを願いましょう」


 俺は血の涙を流す水島先生の幻覚を見た。

 恐らく他のクラスメイトも同様だろう。

 ふと見ると水島先生はいつの間にか拳を握りしめていた。


 私だって、私だってと呟きが聞こえてくる。

 だがクラスメイトの思いは一つだ。


『聞かなかったことにしよう』


 君子危うくに近づかずというわけだ。

 うんうん。


 キーンコーンカーンコーン。


 ショートホームルームの終了を知らせるチャイムが鳴る。

 五分後には一時間目の授業が開始される。


「それではショートホームルームはこれまで。次の授業の準備をしておいて」


 そう言い残して水島先生は急ぎ足で去っていった。


 なお、次の授業はダンジョン学である。



 十分後、教室の扉が勢い良く開き水島先生が教室へ飛び込んできた。

 そしてその勢いのまま、教室の端の席の俺の所までダッシュで来ると俺の机をその小さな手でバンッと叩いた。


「何で止めてくれないの!?」


 すみません、呆気にとられて動くのが遅れたんです。

 そして止めようと思ったときには既に水島先生の姿は廊下になかったんですよ。


 そう俺は小さく返す。


「ぐぬぬぬ……」


 机を叩いた手が痛かったようで、手を擦りながら水島先生は唸り声を上げ、俺を睨みつけてくる。

 俺は悪くないと思うのだが。

 理不尽な人だ。


「あと、目立ってるので、その」

「くっ。……、放課後職員室に来なさい」

「は、はい」


 そう小さく言うも、もう手遅れな予感。

 周りからはこちらをみて噂するクラスメイトの声が聞こえて来ていた。



「ごめんなさいね。急な話でカリキュラムとかまだ把握してないのよ」


 少し落ち着きを取り戻した水島先生は壇上で、いや教壇の横に立ち謝罪の言葉を述べた。


 まぁ仕方がないことではあるか。

 俺達が検査を受けた二日後、今から数えると五日前に急遽出向になることが決まったらしいからな。


 というか、そんな急な人事よく通せたな。

 如月先生の結婚然り、世の中には一般人には理解できない世界があるようだ。


「えーっと、教科書はどこまで進んでるの?」


 一番前の席に座る武田に、水島先生は授業の進捗を確認し始める。

 ……、引き継ぎの時間すらなかったのか。


「え、えっと、確かここまでです」


 武田がしどろもどろになりながら教科書を開いてページを教える。

 若干手つきが怪しいのは授業中ちょくちょく寝ていてあまり覚えていないからだろう。


 なるほどね。

 と一言置いて、水島先生は続けた。


「教科書も大事だけどまずは現実を知ったほうが良いと思うわ」

「それはどういう意味ですか?」


 武田が質問を投げかけると、水島先生は不敵な笑みを浮かべたまま付いて来なさいと言って教室の出入り口へと向かう。

 俺達は少し遅れてその後を追ったのだった。

お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価、感想等いただけると励みになります。

あと↓のランキングをポチってもらえるとうれしいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ