第109話 お店の手伝い
翌週の土曜は、れいんどろっぷすに久々、花ちゃんと花ちゃんの友達と遊びに行った。花ちゃんの友達は、やっぱりアイドルの追っかけをしている。私はあまり話したこともなかったけれど、きっと桃ちゃんも気が合うよと言われ、一緒に行くことになった。
お店に着くと、昼間は手伝っていないよと聖君は言っていたのに、しっかりと働いていた。
「あ!いらっしゃい」
ドアを開けると、すごく素敵な笑顔で出迎えてくれた。その笑顔を見て、花ちゃんの友達は、
「かっこいい。誰?ここでバイトしてる人?」
と、花ちゃんに聞いていた。
「桃ちゃんの彼氏だよ」
「え?!」
花ちゃんの友達は、目を丸くして驚いていた。
私たちは、カウンターの席しか空いていなくて、そこに案内された。
「いらっしゃいませ、何にしますか~?」
と、水を持ってきたのは、麦さんだ。
「あら、えっと、名前なんだったっけ?」
私を見て、聞いてきた。
「椎野桃子です」
「え?ごめん、声小さい。あ、そっか。桃子ちゃんか。声が小さいで思い出したわ」
グサグサ。なんて棘がある言い方なんだろうか。
カラン。ドアが開き、鈴が鳴った。
「いらっしゃいませ。すみません、今、カウンターの席がひとつ、空いてるだけで…。あら、また来たの?」
麦さんの声が、いきなり低くなった。
「客だよ?何、その態度」
あれ?桐太だ。
「桐太君」
「あ、桃子じゃん」
桐太はさっさと私の隣に座ってきた。
「あれ?花ちゃんもいるんだ。どうも久しぶり。果林、元気?」
花ちゃんは、顔をひきつらせ、黙っていた。
「なんで、桐太が来るの?」
「常連みたいだよ?」
「平気なの?桃ちゃん」
「うん」
あ、そっか。仲がいいの知らなかったっけ?
「知り合いなの?」
麦さんが桐太に聞いた。
「桃子?ああ、親友。な?」
「え?う、うん」
親友か~~。その響き、いいかも。
「親友?それ、どんな関係よ。聖君の彼女なんでしょ?」
「いいじゃん。俺と聖も親友で、親友の彼女も、俺にとって親友なんだよ」
「…、あなた、そもそも聖君の親友なの?そうは見えないけど」
「うざい女だな。さっさと水おいて、あっちに行けよ。注文は聖にするから呼んで」
「私が聞くわよ。聖君はキッチンで手伝ってるの」
「お前、役に立たないよな。女が普通はキッチンに入るだろ?」
「それ、決め付けてない?女は料理ぐらいできないとって」
「そりゃ、そうだよ。聖、料理上手だよ?聖以上に上手にならなきゃ、彼女として認められないね」
「え?何よ、それ」
わ。喧嘩しそうな勢いだ。
「お待たせしました」
聖君は、テーブル席にランチのセットを運んだあと、こっちに来て、
「桃子ちゃんと、花ちゃんと、えっと、友達?」
と聞いてきた。
「はい、私花ちゃんと今、クラスメイトで、芽久美っていいます」
と、花ちゃんの友達は、緊張してそう言った。メグちゃんと花ちゃんは呼んでいる。
「何にする?今日のランチセットでいいのかな」
「はい」
またメグちゃんは、思い切り緊張しながら返事をした。
「私もランチセットで。桃ちゃんも?」
「え?うん」
「じゃ、ランチセット3つね。あ、麦ちゃん、悪いけどあっちのテーブル席片付けて、食後のコーヒー持っていってくれる?あれ?桐太いたんだ」
聖君は麦ちゃんに指示を出し、ぐるりと店内を見て、やっと桐太の存在に気づいたらしい。
「ひで~。気づけよ、もっと早く」
「わりい、お前もランチセット?」
「うん」
「じゃ、4つね」
聖君は、キッチンに行き、お母さんにランチ4つと叫んでいた。
裏、忙しそうだな。手伝おうかな。パートさん、休みかな。それで聖君、手伝うことになったのかな。
「私、ちょっとキッチン、見てくるね」
私は花ちゃんと、メグちゃんにそう言うと、キッチンに行った。
キッチンでは、すごい速さで食器を洗っている聖君と、ハンバーグを焼いているお母さんがいた。
「手伝います」
私は、いつも掛かっているエプロンを取り、それをつけて、手を洗った。
「いいの?桃子ちゃん」
お母さんが聞いてきた。
「はい。何をしたらいいですか?」
「助かる!キャベツの千切りお願い」
「はい」
「それから、ニンジンも切らないと」
「はい」
私は、キャベツの千切りをして、ニンジンはグラッセを作るというので、切ってから角を落としていった。
聖君は、どんどんできたものをお皿に乗せ、トレイに乗せた。
「桃子ちゃん、悪い。ご飯よそっておいて。すぐに持っていくから」
「うん」
聖君は、トレイに二人分、それから手に一人分のお皿を持ち、
「お待たせしました」
と笑顔で、テーブル席に運びに行った。
私はライスを3つ、お皿に入れ、戻ってきた聖君に渡した。
麦さんは、コーヒーを運び、それから戻ってきた。
「あなた、何で手伝ってるの?客でしょ?」
私に向かってそう言ってきたが、
「桃子ちゃん、キュウリ切って~~。それからトマトも」
とお母さんから頼まれ、私はそれを黙って、切り出した。
「サラダ、盛り付けてドレッシングかけてくれる?」
「はい」
私は4つのサラダボールに、サラダを盛り付け、ドレッシングをかけた。
「そのサラダは、カウンターに運んでね、麦ちゃん」
聖君が、キッチンに戻り、そう麦さんに頼んだ。
「桃子ちゃん、もういいよ。席で待ってて。ランチセット、運ぶから」
「でも、まだ…」
お母さん、忙しそうだ。
「桃子ちゃん、お願い。食べ終わったらまた、手伝ってくれる?」
お母さんは私に、そう言ってきた。
「多分、お茶の時間のスコーンなんかを、焼かないとならなくなるから」
「はい、手伝います」
私は、エプロンを取り、いったんカウンターの席に戻った。
聖君と、麦さんがランチセットを運んできた。
「お待たせしました」
聖君がすごい笑顔で、メグちゃんの前にお皿を置くと、メグちゃんは顔を真っ赤にさせていた。
「いただきます」
みんなで食べだした。
「美味しい」
花ちゃんとメグちゃんは、喜んでいた。
「桃子、手伝ってたんだろ?キッチン」
「野菜切っただけだよ」
「でも、さすがだよな」
桐太はちらりと、麦さんの方を見ながら、そう言った。それをどうやら、麦さんは気づいたらしい。桐太の方を見て、にらんでいた。
「こえ~。あの穀物女、こええよ」
「聞こえるよ」
私は、桐太に耳打ちした。
ランチのお客さんが帰り、花ちゃんとメグちゃんは、食後にデザートのアイスを食べ、それから携帯で、店内や店の前で写真を撮っていた。
「あの」
メグちゃんは私に向かって、もじもじしながら、
「桃ちゃんの彼の写真は、撮ったら駄目かな」
と聞いてきた。
「え?ど、どうかな。聖君に聞かないとわからないけど」
私はびっくりして、そう答えると、メグちゃんが、
「ぜひ、撮りたい。ブログに載せたい」
と言い出した。
「そ、それは多分、聖君、駄目って言うと思うよ」
「え?なんで?」
「店の写真なら、きっと大丈夫だと思うけど」
「写真嫌いなの?」
「うん。撮られるのはあまり、好きじゃないかも」
「あんなにかっこいいのに!アイドルでもやっていけるよ。そういうのに応募したらいいのに」
「あ、そういうのも嫌いみたいだから」
「もったいない!」
メグちゃんは、興奮してそう言った。でも横から、
「聖君は、自分がもてるのが、嫌みたいだよ。なにしろ、女嫌いだから」
と花ちゃんが、メグちゃんの興奮を抑えてくれた。
「女嫌い?でも、さっきの笑顔」
「あれは、営業用」
と私が言うと、
「いつもは違うの?」
とメグちゃんは驚いた。
「もっとそっけないよ。あいつ、女にはクールだから」
突然話に、桐太は割り込んで、でもすぐに、
「ごっそさん。聖!ここに金置いていくから。またな」
と、カウンターにランチ代を置き、
「じゃ、桃子も、またな!あ、帰る前に俺の働いてる店にも寄れよな」
と私に言い、お店を出て行った。
食器を片付けに麦さんが来て、
「あ~あ。あの人もう来なかったらいいのに」
とつぶやいた。
桐太のことだよね?相当、嫌いなのかな。
「麦ちゃん、お疲れ様。もうランチのお客もひけたし、今日はいいわよ。コーヒーでも飲んで、ゆっくりしてく?」
聖君のお母さんが、キッチンから顔を出し、麦さんにそう言った。
「はい、じゃ、いただきます」
麦さんは、エプロンを外し、カウンターに座った。
「聖も、昼まだでしょう?食べたら?」
「あ~~、うん。今、カウンターに持っていって食べる。麦ちゃんも、なんか食べる?」
「私はいいよ。店くる前に食べたから、コーヒーだけで」
麦さんがキッチンにいる聖君に向かって、そう大きな声で返事をした。
大きな声が出るんだな。私はちょっと驚いていた。
聖君は自分の分のランチと、コーヒーを二つ持ってきた。
「じゃ、私たちは帰ります」
花ちゃんとメグちゃんは、お店の中を一通り写真に収め、お金を払い、帰っていった。
帰るときも、メグちゃんの目は、聖君に釘付けで、ハートになっていた。ああ、すっかり聖君の笑顔に、まいっちゃったんだな、こりゃ。
「桃子ちゃんも、コーヒー飲む?」
聖君のお母さんに聞かれたが、
「いえ、私は、手伝います」
と私は遠慮した。
「じゃあね、スコーンが足りなくなりそうだから、焼くのを手伝ってくれる?」
お母さんは優しく微笑ながら、そう言った。
「はい」
またエプロンをつけ、キッチンに向かった。カウンターから、麦さんのおっきな笑い声が聞こえてきた。振り向くと、聖君のほうに顔を向け、親しげに座りながら、大笑いをしていた。
聖君はと言うと、一緒に笑いながら、ご飯を食べていた。
う…。なんかその光景が、やけに似合ってて、胸が痛む。
後ろ髪を引かれながら、キッチンに入り、私はスコーンを作るのを手伝った。
10分もたたないうちに、聖君がキッチンに来て、
「母さん、お昼食べて。俺と桃子ちゃんとで、あとはやるから」
と自分の食べた食器を洗い出した。
「そう?じゃ、お願いしようかしら」
お母さんはそう言うと、ご飯をよそって、サラダと、ニンジンのグラッセや、マッシュポテトをお皿に乗せ、カウンターに持っていった。
「ハンバーグはいいのかな?」
私が聞くと、
「ああ、いいの、いいの。母さん昼は、あまり腹にもたれないのを食べてるから」
「そうなの?」
「あまり食いすぎると、料理する気、なくなるんだって。それに、味見とかしてるから、けっこうお腹すかないみたいだよ」
なんか分かる気もするな、それ。
「さて、スコーン焼こうか」
「うん」
聖君は、やっぱり手際がいい。ほんと、器用だよね。
「桃子ちゃん、手伝ってくれて、まじ助かる」
「ほんと?」
「うん」
「時々、来ようか?週末」
「え?まじで?いいの?」
「うん。だって、こういうのも、これからの勉強になるし」
「そっか。それ、母さんもめちゃ、喜ぶかも」
「パートさんは?」
「あ、風邪だよ。夏風邪って、けっこう長引くんだよね」
「そうなんだ」
「足は?もう本当に大丈夫なの?桃子ちゃん」
「うん、もう全然」
走ったりは、できないかもしれないんだけどね。
「ご馳走様。私、これで帰るね、聖君」
「あ、麦ちゃん、お疲れ様。今日、ランチもご馳走できなかったし、ごめんね」
「いいよ。今度、おごってくれるんでしょ?」
「え?あ、そっか。どこがいい?」
「そうだな。江ノ島の海を見ながらのご飯がいいな」
「わかった。来週ね?」
「うん、じゃあ、またね」
「お疲れ様」
聖君は、店のドアまで見送りに行き、麦さんは出て行った。
「おごるって?」
「ああ、店の手伝い、してくれてたから、一回おごるって約束しちゃったんだよね」
「食事、二人で?」
「いや、菊田さんも呼ぶつもりでいるけど。菊田さんも明日も手伝いに来てくれるし」
ほ…。今、本当にほっとした、私。
「さて、夜の分の仕込みも、今のうちにしないと」
お母さんが食べ終わり、お皿を洗いながらそう言った。
「そうだね、じゃ、俺、そっちをやっちゃうから、スコーンは母さんと、桃子ちゃんとでやって」
「あら、いいのよ、桃子ちゃんと、聖でやって。仲睦ましい、いい感じだったし」
「え?」
聖君は、お母さんの言ったことに、ものすごく反応して、真っ赤になった。
それを隠そうと、お母さんの方は向かず、私の方を向き、ものすごく照れくさそうな顔をした。
聖君って、お母さんには、赤くなったり照れたところを、見られたくないのかな。そういうところが、シャイだよね。
スコーンも焼けて、私はお母さんにカフェオレを入れてもらい、焼きたてのスコーンをもらって、食べた。
「美味しいっ」
カウンターで、喜んで食べていると、聖君もコーヒーを片手に、スコーンも持ってきて、隣に座り、食べだした。
「うめ!」
目を細めて、本当に美味しそうに食べる。
「桃子ちゃんと作ったスコーン、めちゃうまいよ」
「うん。美味しいね」
「へへ」
聖君は、ちょっとにやけた。
「どうしたの?」
「いや、なんだか、こういうの、これからもずっとしていくのかなって思ったら、嬉しくなって」
「こういうのって?」
「桃子ちゃんと、店の手伝いするの…」
あ、そっか。この前言ってた、卒業したらって話のことかな。
「ねえ、母さんがさ」
「うん」
「夏、うちに泊まりで、バイトに来ないかって、言ってた」
「え?」
「もちろん、バイトだって学校にばれたら大変だろうから、手伝いにってことだけど、でも、お金を渡す代わりに、何か、プレゼントするなり、それ相応なものを桃子ちゃんにはあげるからって、母さん言ってたんだ」
「でも、いいの?」
「桃子ちゃんさえ、よければ。考えておいてくれる?」
「うん」
わ~~。もし本当に実現できたら、嬉しい。
実は夏休みの間も、麦さんが手伝いに来て、聖君と仲良くなっちゃわないかなって思ってたんだ。さっきの二人で笑ってる光景、見てて辛かったもん。
私が手伝えば、麦さんは手伝いに来ないよね?
だけど、夏休みは、そんなうきうきわくわくの休みにはならず、大変な夏になるってこと、そのときの私はまだ、知る由もなかった。