第4話
「…どう思う、毛利くん?」
目暮警部が小五郎に聞く。
「…これは、間違いなく蘭のことを狙った予告状ですね」
「そんな…、何であたしが…」
蘭がつぶやく。
「…それはわからん。しかし、中森警部に聞いたが怪盗紳士と言うのは狙った獲物は必ず盗み出す怪盗だ、と言っているからな、この予告状もわざわざ中森警部がこちらに回してくれたんだよ」
「となると蘭の周囲も…」
「しかしワシらとしてもやれることに限界があるからな。四六時中蘭君のことを見張っていることなんてとても出来んよ」
「それじゃあ…」
「だから毛利くん、君が頼りなんじゃよ。何とか蘭くんを守ってくれんか?」
「それはわかってますが…」
(…おっちゃんに任せられるのかよ。せいぜいいないよりはマシ、って程度じゃねえか)
コナンは思った。
「…まあ、とにかくこの予告状は今から科研に回すつもりだ。何か手掛かりがあればいいとは思っとるんだが…」
そういいながら目暮警部は捜査一課の部屋にかかっている時計を見る。
時計は既に午前0時を指そうとしていた。
「…もうこんな時刻か。毛利くん、送ってやろう」
*
それとほぼ同じ頃。
さすがに深夜0時近いと言うこともあってか、昼間はにぎやかなその通りも、既に閉店している店も多く、道路を走る車も人通りもまばらである。
その中にある交番。中では当直の若い警察官と中年の警察官の二人がいて、雑談を交わしていた。
と、そのとき、一人の少女が交番の中に駆け込んできた。
「…助けてください!」
少女は中に入ってくるなり、警官に哀願する。
「…ちょ、ちょっと、君は?」
二人の警官のうち、彼女に近いほうにいた、若い方の警察官が少女に聞く。
「だから助けてください!」
「一体どうしたんだ。とにかく落ち着いて!」
そういうとその若い警官は少女を椅子に座らせた。
「…君の名前は?」
「水野です。水野祐希です!」
「水野祐希、って…、もしかして、あの誘拐されていた?」
そう警官が聞くと、少女は大きく頷いた。
「…わかった。詳しい話は後で聞くから、君はここにいなさい!」
「とにかく本庁に連絡だ!」
中年の警察官が若い警察官に指示をする。
*
不意に捜査一課の電話のベルが鳴った。
「もしもし。…ああ、目暮だが」
目暮警部が電話を取る。
「…なんじゃと? わかった。すぐにそっちに行く」
そう言うと目暮警部は電話を切った。
「…どうしたんですか、警部殿?」
小五郎が目暮警部に聞く。
「…いま、交番のほうから連絡があって、行方不明になっとった女子高校生が先ほど保護されたそうだ」
「なんですと?」
「とにかく、今から彼女に話を聞いてみるよ」
「それじゃあ…」
「わかっておる。科研の結果は後で君たちにも教える。それと、君たちを送るように手の空いている警官に頼んでおくよ」
「しかし…」
「とにかく、怪盗紳士がどう出るかわからん限り、こちらも動きようが無いのでな。…心配しなくていい、中森警部にはワシのほうから話しておく。だから君も十分に蘭君の事を注意しておけ」
「…わかりました」
「行くぞ!」
そして目暮警部が捜査一課の部屋を出て行くとほぼ同じくして小五郎たちも捜査一課の部屋を出た。
*
一台のパトカーが交番の前に停車し、中から目暮警部たちが降りてきた。
「…君が水野祐希だな?」
目暮警部が聞く。
「はい」
そういえば確かに事件が起きたときに資料として手渡された写真の少女だったことは間違いないようである。
「それで一体今までどうしていたのかね?」
「その…、マンションに閉じ込められていたんです。鍵は外側かかけられていたうえ、他にも鍵をかけていたようで中からは開かなかったし…」
「それで?」
「でもなぜか今夜だけはかけ忘れたのか、一箇所だけだったんです。それで鍵を開けてここまで逃げ出してきたんです」
「そうか…、まあ、とにかく無事でよかったよ。とにかくまずは親御さんに連絡をしろ。後の話は本庁のほうで聞くからそちらに迎えに来てもらえ」
「了解しました」
そして二人の警官に見送られ彼らを乗せたパトカーはその場を去った。
*
そして警視庁に連れて行き、親が迎えに来るまでの間、目暮警部はもう少し事情を聞くことにした。
数日間閉じ込められていた、と言う割には思っていた以上には元気そうだった。
どうやら食べ物には困っていなかったようではある。
「…それで、君を誘拐した人物が誰なのか、わかるかね?」
目暮警部が聞く。
「それがその…」
水野祐希は何だか言いづらそうだった。
「…どうしたんだね?」
「その…、あたしを誘拐したのって、英画伯だったんです」
「何じゃと? 英画伯が?」
思わず大声を上げる目暮警部。
「はい」
「それにしてもなぜ、英画伯が…? とにかく、その君が誘拐されたときの状況を詳しく話してくれんかね?」
「いえ、部活の練習の帰りに、英画伯の乗っていた車が停まって話しかけてきたんです。あたし今、画伯の描かれている『スポーツシリーズ』のモデルをやっていたんです」
「…その話なら知っておるよ。『スポーツシリーズ』に関しては確か画伯は何人かの女子高校生にモデルを頼んでいたようだね」
「そういうこともあって、前々からいろいろと打ち合わせはしたので、今日もそのことについての話かな、って思ったんです」
「…それで?」
「そうしたら突然車に押し込められて…。そうしたら、マンションに連れて行かれて…。部屋の中に電話はないし、携帯電話も取り上げられて連絡を取りようにも取れなかったんですよ」
「それで画伯は?」
「…時々食べ物を置いていくとすぐにどこかにいなくなってしまうんです。さっきも言ったとおり、鍵をかけていってしまったし…」
「…高木くん」
目暮警部は一緒に事情を聞いている高木刑事を呼んだ。
「…なんでしょうか?」
「彼女が閉じ込められてマンションだが…」
「…ええ、調べてみると英栄二が自宅として使っているマンションとは違いますね。まあ、詳しいことは朝になったら管理人に聞いてみますが、もし彼女の言うとおり、英栄二が今回の誘拐事件の犯人だとしたら計画的な犯行の可能性がありますね」
「…ワシもそう思うよ。…ところで」
目暮警部が再び水野祐希のほうを向いた。
「何でしょうか?」
「…ところで君は毛利蘭、と言う子を知っているかね?」
「え、ええ。蘭さんならアトリエで何度も見かけました。確か帝丹の空手部の女の子ですよね? …彼女がどうかしたんですか?」
「…いや、なんでもない。ちょっと気になったから聞いてみただけじゃよ」
さすがに目暮警部も不安がらせてはいけないと思ったか、「例の件」については話すのはやめようと思ったのである。
「…警部、彼女のご両親が見えられました」
一人の警官が目暮警部の報告する。
「そうか。…じゃあ、君も早くご両親に元気な姿を見せて安心させてあげなさい」
「…はい」
「それと、股気味に話を聞くことがあるかもしれないが、そのときは協力をお願いするよ」
「はい。今回はどうもありがとうございました」
「いやいや、こちらこそ参考になったよ。…じゃ、高木くん頼むよ」
「はい」
そして高木刑事と警察官に付き添われて水野祐希は部屋を出て行った。
*
水野祐希が保護されてから数時間たち、そろそろ夜が明けようか、としていた頃だった。
一人の男がマンションの前までやってきた。
それを合図にしたかのように何人かの警官と刑事が取り囲んだ。
「な、何ですか、あなたたちは?」
「…英栄二だな」
その中の一人の男・高木刑事が英栄二に話しかける。
「…え、ええ」
「未成年者誘拐及び略取の容疑で逮捕する」
それを聞いた英栄二の顔が変わった。
「…先ほどマンションから逃げてきた女子高校生の証言が取れてね。あんたがその子を誘拐した、ということがわかったんだ。詳しい話は本庁で聞く」
「…そうですか、有難うございました」
毛利探偵事務所。目暮警部から連絡を受けた小五郎が電話を切る。
「…どうしたの、お父さん?」
「…英栄二が行方不明になっていた女子高校生を誘拐した容疑で逮捕されたそうだ。ヤツのマンションから行方不明になっていた女子高校生が持っていたのと同じカバンや携帯電話が見つかったことで、本人も自供してるとよ」
「なんですって? それじゃ…」
「ああ。おそらくあのギャラリーに貼ってあった怪盗紳士名義の紙もあいつが貼ったのだろう、と言うことだ。ただ…」
「ただ?」
「行方不明になった女子高校生を誘拐したことは認めているそうだが、例の『蘭を戴く』というあの予告状を出したことは否認しているそうだ」
「…それじゃあ」
「さあな。本当にヤツの仕業なのかどうなのか、調べてみないとわからんだろ」
*
そして翌日。
「新進作家・英栄二 女子高校生誘拐で逮捕」と言う記事が新聞をにぎわせた。
そしてその日をきっかけに、それまで謎とされていた英栄二の過去も次々と明らかになって行った。
以前、園子がコナンたちに言っていた「英栄二がパリ留学中の2年間に何をやっていたのか」と言うのも全てではないが、いくつかの新事実が明らかになってきたのだ。
まず、英栄二はやはりパリにいた2年間、現地でのある密売組織と付き合いがあったらしいことがわかった。
そのパリの組織は英栄二の絵画の才能に目をつけ、将来的には贋作を描いてそれを売買するために、彼にいろいろな画家の絵を模写させて、将来的には贋作画家に仕立て上げようとしていたが、その組織はパリ市警の手によって関係者が次々と逮捕されてしまったため、行き場を失った英栄二は帰国して、新進画家としてデビューする道を選んだそうである。
また、パリでも婦女暴行容疑などいくつかの問題を起こし、警察に逮捕されたこともあったようだが、結局証拠不十分で釈放になったことがある、と言うこともわかったのだ。
*
英栄二が逮捕された翌日。蘭と園子が並んで道を歩いていた。
「…それにしても英画伯が誘拐をしていたなんて…」
園子が言う。
「…あたしだってそんなこと想像しなかったわよ。でも結局園子が言ったとおりの人だったようね」
「あたしも最初その噂を聞いたときはまさか、と思ったけどね。でも結局、火のないところに煙は立たない、っていうことか…」
「…でもどうしてあんなことしたんだろうね」
「…あんなこと、って?」
「ほら、怪盗紳士の…」
「ああ、それね。…おそらく、画伯は全ての罪を怪盗紳士に擦りつけるつもりだったのかもね。おじさんやコナン君が教えてくれたじゃない。怪盗紳士、って絵と一緒にモチーフまで盗む、って。おそらく画伯もその話をどこかで聞いたのよ」
「それであの子を誘拐したのね」
「そういうことね」
「…でも気になるな…」
「…あんたを戴くって言う予告状のこと?」
「うん」
「心配ない、って。きっと画伯がやったことよ。今は否認しているけれど、そのうちに自分がやった、って白状する、って」
「…だといいんだけれど…」
蘭は何かまだ心のどこかで引っかかるものを感じていたのだった。
*
「…園子ねーちゃんそんな事言ってたんだ」
毛利探偵事務所。
「うん。あの予告状も園子の言うとおり、画伯の仕業だったらいいんだけど…」
「…いや、事件はまだ終わっていないよ」
コナンがいう。
「終わっていない、って…。どうしてそう思うの?」
「…だって英画伯は被害者の女子高生を誘拐したことは認めたけれど、この間来た予告状については『出した覚えはない』って認めていないんでしょ?」
「…それはそうだけど…」
「それに英画伯の住んでいるマンションやアトリエを探しても、その誘拐した女子高校生の荷物は見つかったけれど、それ以外のものは見つかっていない、って言うんでしょ?」
「…うん…」
「それに一度に二人も誘拐なんかしたら真っ先に自分が疑われる、って思うんじゃないかな?」
「…うん、確かにそうよね…」
そのとき、小五郎の机の上の電話の呼び出し音がなった。
「…はい、毛利探偵事務所。…あ、目暮警部」
そう、電話の相手は目暮警部からだったのだ。
「はい、はい。…なんですと? はい、はい。わかりました」
そして小五郎は電話を切った。
「どうしたの?」
蘭が聞く。
「目暮警部からの連絡で、英栄二が自分で作った、と言う怪盗紳士の予告状とこの間送られてきた予告状が違うものらしい、と言うことがわかったんだと」
「何ですって?」
「ああ。念のために科研で調べてみたら、英栄二が自分で作った予告状と、その後の『蘭を戴く』と言う内容の予告状ではどうも違う部分が出てきたらしいんだ」
「…違う部分、って…?」
「いや、指紋とかは検出されなかったし、詳しいことまではわからなったようだが、使っている紙などに違いが見つかったそうだ」
「…それじゃあ」
「ああ、まだ断定は出来んが、どうやら違う人物が今回の予告状を送りつけてきたらしいな」
(…やっぱりな。今回の事件、なんか英栄二の単独犯行とは思えなかったんだが、どうやら思っていた通りのようだな)
小五郎の話を聞いて、コナンはそう思った。
(…とにかくまだ事件は終わっていねーんだ。ある意味、これからが本当の始まりなのかもしれないな)
コナンは握る手に力をこめる。
(…怪盗紳士。絶対に蘭をオメーの好きになんかさせねえぞ。どんなことがあろうと。オレが絶対に蘭を守ってやる)
(第5話に続く)
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