ボクの蘭(おんな)に手を出すな
作:ともゆき



第2話


 結局蘭はあの日から時々英の元に出かけ、絵のモデルを続けることになった。
 そして蘭が絵のモデルを引き受けてからそろそろ2週間が過ぎようか、と言う頃だった。
 毛利探偵事務所の下に1本の電話がかかってきて、蘭が出る。
「はい、毛利探偵事務所…。あ、英さんですか?」
 その声に何かと蘭のほうを見る小五郎とコナン。
「…やれやれ、また電話かよ。最近よくかかってくるな」
 小五郎が半ばあきれたかのように言う。
「蘭ねーちゃんが言ってたけど、絵のほうもそろそろ完成が近いんだって。それで色々と細かな打ち合わせしてるんじゃないの?」
「そういえば英栄二は一枚の絵を仕上げるのが早い、っていう話だな。蘭が言ってたんだが、なんでもヤツは今、蘭の他にも何人かの女子高生のモデルを使って例の『スポーツシリーズ』を一度に何枚も描いているらしいな」
「そういえばそんな事言ってたね。剣道だか何かのモデルが同じ帝丹高校の生徒だ、って知って蘭ねーちゃん驚いていたらしいよ」
「…まあ、蘭がそれで納得しているんだからオレたちがどうこういってもしかたないんだがな…」

 そういった事を話している間に電話が終わったようだった。
「…何の話をしてたんだ?」
 小五郎が聞く。
「ん? 今度はいつ来られるか、って。画伯って今何枚も平行作業で進めているからモデル同士がかち合わないようにスケジュールを調整しているんだって」
 そう言えば確かに蘭自身が言っていたのだが、彼女がモデルに行ったとしても実際に英の元にいるのは1時間位だという。時々は他の絵のモデルになる少女とも顔を合わせることがあり、何人かの他校生とも知り合いになったという。蘭の話によると、どちらかというと「毛利小五郎の娘」というより「帝丹の空手部の主将」としての蘭を知っている子が多いらしい。
「…それにしてもそれだけの絵を仕上げる、って言うのはどういうことなんだろうな」
「近々個展を開く、って言ってたけど…」
「粗製乱造にならなければいいがな」
    *
 それから数日後。毛利探偵事務所に1通の手紙がやってきた。
 差出人は英栄二。内容によると再来週開かれる個展で「スポーツシリーズ」の中から完成した絵を何枚か展示する。蘭さんがモデルをやった作品も展示するからギャラリーに見に来て欲しい、と言う内容だった。
「…ああ、あの絵出来たんだ…」
 蘭が呟く。
「出来たのか?」
 小五郎が聞く。
「うん。私もデッサンの段階や色塗りの段階で何回か見せてもらったけれど、本当によく出来ていたわ。お父さんやコナン君にも見てもらいたいわ。きっと驚くわよ」
    *
 それからさらに2週間後。
「個展が開かれると言うならその、蘭がモデルと言う絵を見てみたい」と言った園子と探偵事務所の前で待ち合わせたコナンたち三人はその足で個展が開かれる、と言うギャラリーがあるビルに向かった。

「…確かこのあたりなんだけど…」
 蘭が地図を見ながら言う。
「あ、蘭ねーちゃん、あそこじゃない?」
 コナンが指を指した方向に何人も人が入っていくのが見えた。
 近くまで行ってみると「英栄二個展」と言う立て看板が立っていた。
 そして4人は中に入っていった。
    *
 その絵は一番目立つところにおいてあった。
「英栄二スポーツシリーズ第1弾」と銘打たれて展示されているその絵は何枚か並べて展示してあった。

「…あ、あったあった!」
 蘭の言葉にその絵を見るコナンたち3人。
「わあ…」
 思わずコナンも声を上げる。
『空手』とタイトルがつけられたそれは蘭が空手の型を取っている絵だったのだが、確かに絵の中の蘭は英がかなり蘭の特徴を掴んで描いており、絵の中の蘭が今にも動き出しそうな迫力さえ感じる。
「ほんとによく出来てるなあ…」
 小五郎が感心したように言う。と、園子が
「…そうね、ここまでよく出来てるとは思わなかったわ。出来ればこの絵を買ってあたしの部屋に飾っておきたいな」
「ちょ、ちょっと園子!」
 確かに鈴木財閥ならばここにある絵を全部買い取ることも不可能ではないだろうが、大体英本人がこの絵を売るかどうかすらわからないであろう。

 と、その時だった。
「…確かにどれもこれもよく出来ているわね」
 と、近くで絵を眺めていた一人の女が小五郎たちに話しかけてきた。
「あ、そ、そうですね」
 と、その女性は蘭の顔と、壁に飾られた絵を見ると、
「…? あなたもしかしたら…」
「え、ええ? この絵のモデルを頼まれたんです」
「…そう、あなたがこの絵のモデルだったの」
「…失礼ですが、どちら様ですか?」
 小五郎が話しかける。
「あ、ごめんなさいね。私は醍醐真紀。職業は…、まあ美術評論家、って所かしら。あいにく名刺は切らしちゃってるの。ごめんなさい」
「評論家ですか…」
 小五郎が言う。と、その女は小五郎のほうを見ると、
「…失礼ですが、お父様ですか?」
「あ、私こそ失礼。私はこの子の父親で毛利小五郎と申します」
「毛利…小五郎?」
 醍醐真紀、と名乗った女の表情が一瞬曇ったように思えた。
「どうかなさいましたか?」
「い…いえ、なんでもないです。それよりも蘭さん、と言いましたっけ」
「え、ええ」
「あなたみたいな女の子が空手をやっているとはねえ。驚いたわ。実はね、私もこの絵、気に入っているのよ。私は絵、っていうのは確かに画家の腕によるところもあるけれど、こういう人物画、って言うのはモデルも重要な要素だと思うのよ」
「…い、いや、それほどでも」
「まあ、とにかくあなたのようなモデルに巡り会えて英画伯も幸せでしょうね」
 そういうと醍醐真紀は腕時計を見る。
「…あ、いけない。用を思い出したわ。それじゃ」

「…よかったわね、蘭。美術評論家にほめてもらって」
「だからそれほどでもない、って。あれは英画伯があたしのことを美化して描いているだけよ」
 そして蘭たちが別の絵を見ようとしたときだった。
「コナン君、どうしたの?」
「え? あ、な、なんでもないよ」
 コナンは醍醐真紀、と名乗った女に何か引っかかるものを感じていたのだった。
 何故か、と言われてもよくわからなかったが、何か彼女の目が普通でないものを感じていたのだ。
(…オレの思い過ごしだといいんだけど…)
    *
 その翌日のことだった。
 毛利探偵事務所に一本の電話が入ってきた。
「…はい、目暮警部殿。…はい、はい。…なんですとお? わかりました。すぐそちらに向かいます」
 そして電話を切る。
「どうしたの、お父さん?」
 蘭が小五郎に聞く。
「…今目暮警部から連絡があって、英栄二がギャラリーに展示してある絵が一枚盗まれたらしいんだ」
「何ですって?」
「それで、蘭に来てほしいそうなんだ」
「私に?」
「ああ。詳しいことはギャラリーで話すと言っている」
    *
 ギャラリーの前に来るとすでに警察のパトカーが何台も止まっていた。
 その中に目暮警部の姿を見つけた小五郎は、
「目暮警部、事件とは一体なんでありますか?」
「いや、詳しいことは後で話すが、その前に中森警部が君に用があるといっているよ」
「中森警部が?」
 中森、といったら捜査二課の刑事であり、怪盗キッド関連の事件で何度か顔を合わせたことがあるが何でまたその中森警部が自分に用があるのか?
「あ、毛利さん、こちらです!」
 ギャラリーの中から中森銀三警部が顔を出した。

「一体どうしたんですか?」
「…これを見てください」
 中森警部が指を指す。
「…これは…」
 そこにいた一同が絶句した。
 確かに昨日まで『スポーツシリーズ』と銘打たれて展示してあった絵の中の一枚が忽然と消えうせていたのだ。
「今朝ギャラリーにやってきた英画伯から連絡があって、昨夜ギャラリーを閉めた際には確かにあった絵が無くなっていたそうです」
「…ということは」
「おそらく盗まれたのでありましょう。それでちょっと気になることがありまして」
「気になること?」
「英画伯によると絵が展示してあった場所に、このカードが代わりに貼ってあったそうですよ」
 そういうと中森警部は一枚のカードを小五郎に差し出した。それには、

「英栄二画伯の『スポーツシリーズ』の内、1枚確かに頂きました 怪盗紳士」

 と書かれてあった。
「…怪盗紳士?」
「…捜査二課が怪盗キッドや大江戸小僧とともに追っている怪盗の一人じゃよ」
 傍らで小五郎たちの会話を聞いていた目暮警部の声がした。
「…そういえば名前は聞いたことがありますな。やつもまた神出鬼没の怪盗の一人なんでしょ?」
 小五郎が言う。
「ああ。怪盗キッドが宝石専門に盗むのと同様に怪盗紳士も主に絵画を専門に盗んでいるそうじゃが…、実はそれに関連してちょっと気になることがあってな」
「気になること?」
「蘭君、ちょっといいか?」
「え? 私に、ですか?」
いきなり目暮警部に話しかけられた蘭は戸惑ったようだ。
「ああ、君に聞きたいことがあるんだ」

 そしてその足で一同は警視庁に向かった。
 警視庁の応接室。コナンを挟んで両隣に蘭と小五郎が座り、向かい側に目暮警部が座っていた。
「蘭君。君は英栄二の、あの絵のモデルになっていたようだね」
「…はい、確かに1ヶ月くらい前にそういう話があってお引き受けしたんです。それから英画伯のところに時々出かけてモデルになってたんですが…」
「それで何かおかしなことはなかったかね?」
「おかしなことと言われても…。これと言ったことはなかったし、ちゃんとモデル料も貰いましたよ」
「それならばいいんだが…。確か英栄二は今『スポーツシリーズ』と銘打った連作を書いていて昨日から個展を開いていたそうだが。いや、ワシも先ほどそのギャラリーに行ったついでに君がモデルになった、という絵を拝見してきたよ。ワシは絵のことはよくわからんが、そのワシが見ても、君の特徴をよく掴んでおってよく出来た絵だった、と思うぞ」
「それで、どうかしたんですか?」
「その『スポーツシリーズ』というのは君の他にも何人かの女の子がモデルになっておるそうじゃな」
「ええ。画伯のアトリエで何人かのこと知り合いになったし、まだ未発表の絵も何枚かあるはずですよ」
「そうか…。いや、実はな、その中のモデルの女の子がひとり行方不明になっているそうだ」
「何ですって?」
「…どういうことですか?」
 小五郎も聞く。
「いや、今日、ご両親から捜索願が出たんだが…。行方不明になっているのは米花高校に通っている女生徒で水野祐希、という女の子だそうだ」
「水野…? もしかしたら…」
「心当たりがあるのか?」
「いえ、2、3回顔を合わせただけですけど…。確かバスケットボールのモデルをやっていた女の子だったと思うんですが…」
「…そのとおりだ。彼女は米花高のバスケット部に所属しておって、昨日、バスケット部の休日練習があって、校門前で他の部員と別れた所までは証言が取れたんだが、その後の足取りがまったく掴めていないそうだ。ご両親が昨日一晩探したが見つからなくて今朝になって捜索願を出したんだが…」
「となると、事故か事件に巻き込まれ可能性があるとでも?」
 小五郎が聞く。
「まだ断定は出来ないがな。一応警察としても両方の線で捜査しておるよ」
「それで、警部。その気になることというのは?」
「偶然かどうかわからぬが、その盗まれた絵というのが、彼女がモデルをやっていたバスケットボールの絵だったのだよ」
「…なんですとお?」
「いや、もちろん彼女の行方不明になっておる件と、今回の絵画盗難事件が偶然なのか、それとも何か意図的なものがあるのかどうかまだわからんが、とりあえず中森警部とは協力していって何とか事件が早く解決するようにするつもりだ」

(…うーん…)
 そんな彼らの会話を聞きながらコナンはさっきからずっと事件について考え続けていた。
(うーん…、絵画の盗難事件とその絵のモデルとなった女子高生の行方不明事件。一見関係なさそうな事件なんだけどなんか偶然だとは思えないんだよなあ…)
 確かに行方不明になった女子高生がモデルとなった絵が盗まれる、と言うのは偶然にしては出来過ぎてはいないだろうか?
(それにしても、怪盗紳士か。どこかで聞いたことがあるんだよなあ…)
 よくは覚えていないがコナンは何か怪盗紳士、と言うのに聞き覚えがあったのだった。
(…ふうっ。後で調べてみるか)
    *
 そしてその日の夕方。
「…あれ、お父さん。コナン君どこいったのか知らない?」
 蘭が小五郎に聞く。
「ん? 何でも阿笠博士の家に行ってくる、晩飯までには戻ってくるから心配するな、と言ってたぞ」
「ふうん…」

 コナン=新一がもともと住んでいた家は、阿笠博士の家の隣にある。
 コナンはその中のいる一室でさっきから調べ物をしていた。
 コナンになってからこの家の管理は阿笠博士に頼んでいるが、時々こうして自分の家に戻っては父親である工藤優作が残した膨大な量の犯罪に関する資料から目的の情報を探し出すことをしていたのだった。
「怪盗紳士、怪盗紳士…と」
 何冊めかのファイルを見ていたときだった。
「…これは…」
 彼が探していた情報がそこには書いてあった。
「…やっぱりな。思ったとおりだ」

(第3話に続く)






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