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スパルナの爪

作者:吉野水月
 
 轟音と悲鳴だけが濃い緑の覆い尽くす東南アジアのとある土地に響いた。
 男は目の前の風景が信じられなかった。
 絶対的なものと信じていた白人の軍隊が、翼に赤い円を描いた飛行機が急降下し、銃爆撃を加えられる度に吹き飛ばされていく。
 トラックは引きちぎられ炎上し、暴動を鎮圧した恐ろしい装甲車や豆戦車が煙を上げている。常に威圧し、召使でも扱うように自分達を扱ってきた白人兵士たちは、銃を放り出し泣き叫び、逃げ惑った。
 その奇跡のような飛行機は、家具商人の父親に注文した家具が気に入らないと唾を吐いた白人の軍人たちを空から殺戮し続けた。

 男は村の古老から伝えられた話を思い出した。スパルナという神の鳥が傲慢な支配者を爪で切り裂くためやってくると。

 男の土地を占領した軍隊は、同じ肌の色をしたアジア人だった。太陽の紋章を掲げた軍隊は白人の軍隊以上に歩武堂々と行進した。先頭には戦車を押したて、騎馬隊、歩兵がまるで機械のように続く。
 上空には白人を殺した飛行機が編隊を組み、地上を圧するように飛んでいた。

 男は思った。背が低い蟹股の俺たちにそっくりなアイツらに出来て俺たちに出来ない理由があるか。
しがない学生から独立の闘士が誕生した瞬間だった。

 男は日本軍の補助警察隊に入隊した。訓練は男が受けたことのないほど厳しく、また侮辱的だった。この土地では人前で男が顔を他人に触られるということは、とてつもなく面子を失うことであり、頬を張るなどもっての他だった。日本人は現地の風習などお構いなしだった。
 だが、男は耐えた。
 日本人から兵器の扱い方を覚えれば、憎い白人に復讐できる。そしていずれ日本人も追い出してやると。

 男は同志を集め補助警察内に自身の組織を作り上げていった。日本軍人を後ろ盾に従う者を集め、従わない者は暴力とスパイ容疑で密告し排除した。日本軍にとって使い勝手のよい男は出世した。

 ある日、男は奇跡を生んだ飛行機を間近で見るチャンスに恵まれた。
「この飛行機は我が大日本帝国の99式襲撃機だ」
 日本陸軍のパイロットは熱心に飛行機を見ている男に話しかけた。日本語はまだ片言しかわからなかった。首を傾げる男にパイロットは笑って99と地面に書いた。
 男は仰天した。99とは男の土地で全ての支配者、究極を現す秘密の数字だった。男はパイロットの純然たる好意で99式襲撃機の後部座席に乗せてもらった。
 だが、男はそうは思わなかった。
 土地の神がこの俺を選んだのだ。
 素晴らしい運動性能を持つ99式襲撃機は、街を緑の田畑を丘の上を、おどろく漁船をかすめて自由自在に飛んだ。曲芸飛行までやってのけた。まさに神の鳥だ。地上に降り立ち、男は感涙に咽んだ。
 パイロットは単純素朴な原住民が我が日本の飛行機に乗せてもらって感激している、我ながらいい宣撫をしたものだ、と満足した。ちょうど新聞社がきており、現地の日本語新聞も書き立てた。
 99式襲撃機を背にパイロットと共に写真に写った男は己の運命を確信した。俺こそが神の鳥に選ばれし民族の解放者だ、と。

 男は街の顔役になり、現地人の代表として振舞った。反対する者は容赦なかった。日本軍には卑屈で命令通りに徴発を実行し日本の将軍たちにますます引き立てられた。
 しかし、次第に戦況が悪化すると日本軍に対する畏怖の念は薄れ、戦後のことを考えるようになった。 男は自分の作っていた組織が少しずつ横流しした日本軍の兵器や物資を使い、捕虜のアメリカ兵パイロット及び組織ごとある日突然、姿を消した。

 数週間後、男は対日ゲリラ組織を結成したことを宣言し、日本軍に対して攻撃を開始した。もうすぐ日本の敗北でこの戦争が終わるということを捕虜のアメリカのパイロット十数人から聞いていたのだった。
 男の目論見どおり、戦争は二ヶ月で終わった。進駐してきたアメリカ軍に対しては慇懃であり、パイロットたちを手厚くもてなして返還したため、アメリカ軍の受けはよかった。

 男は巧妙に組織を使い日本軍の武器を集め、また日本軍の残党も取り入れていった。自分を殴った日本人を手下にできるのは気分が良かった。
 かつての宗主国が戻ってきたその時、民族解放軍を名乗り決起した。一度、日本軍に敗北した植民地軍などもはや現地の人々は恐れてもおらず、各地で蜂起が続いた。元日本軍人の指導もあり、また付け焼き刃とはいえ男の指揮で民族解放軍は植民地軍を包囲殲滅していった。
 男は常勝の将軍と言われ、戦時中の変節行為は問題にされなくなった。
 港湾都市に植民地軍を押し込めると男の奇跡的な手腕が発揮された。
 日本人のパイロットの駆る、共食い整備でなんとか稼動させた99式襲撃機で、住民や敵軍に呼びかけた上で植民地総督邸を爆撃させた。
 総督邸は崩れ去った。植民地支配の象徴が崩れた瞬間だった。植民地軍は戦意を喪失した。敵は航空戦力まである、と。
 アメリカの仲介で和平、植民地軍の撤退に持ち込んだ。恩を売っておいた甲斐があったとほくそ笑んだ。男の国は、ついに独立を果たしたのだった。全民族が男に熱狂した。男は偉大なる共和国の父、念願通り民族の解放者となった。

 独立後、最初に始めたのは暴力と恐喝で旧宗主国の白人から財産を巻き上げ、追い出すことだった。アメリカは堕落した欧州小国の植民地人を嫌悪していたので、何も手を出さかった。現地人を奴隷のように使いプランテーションでふんぞり返っているだけの地主は、同じ白人の中でもさすがに評判が悪くなっていた。
 全人民の支持を受けて、すんなりうまくいった。さらに反対派を粛清する。
 その後、国家体制の確立、経済を立て直すことに集中した。アメリカの支援、外資の導入により当初はうまく進んだ。首都は再開発され、工場が立ち並ぶ。軍隊は日本軍のやり方で鍛え上げられ、兵器も旧日本軍の残した兵器の寄せ集めからアメリカ製へとかわっていった。

 少し国が安定すると男は気にかかっていたことに取り組んだ。99式襲撃機は2機だけ、男の広大な邸内に飾られていた。
 もう旧式になってしまったが、あの99を是非、空軍に導入したかった。一線機ではないなら、練習機でもいい。
 早速日本に買い付けにやらせたが、敗戦国の日本では飛行機が作れないという。
 日本はもう駄目になったのだ。男は落胆した。あの99が作れないとは。軍隊こそ国家であり、国家こそ軍隊である。日本はそれを教えてくれたのに。
 男はこっそりと99式襲撃機の設計図を買い取らせた。会社に頼んだわけではなく、かつての技術者が私蔵していた図面、神田神保町の古本屋に流出した図面を大金を積んで入手したのだった。また泣く泣く守り神のように保存していた1機を分解させた。
 しかし、いくら旧式機といえど飛行機を国産するなど独立したての国では至難の業だった。

 結局、これと似たものを作ってくれ、ということで南米の航空機会社に発注した。発注先の会社は首をひねった。安くてもっと良い練習機がいくらでもあるのに……ともかくも99式襲撃機の不完全なコピーは完成した。当然、瑞星エンジンなどコピーすることもできないし、必要もないので、エンジンはP&WR-1830を搭載することを前提に99式襲撃機もどきは設計された。また練習機なのに爆弾架も装備し、いざという時は軽攻撃機として使用できるようにした。
 国民には国産機と発表した。国庫の十分の一を費やした独立したての国には不似合いな国産練習機だったが、男は満足した。
 99はお守りのようなものだった。神の鳥の名をとり、スパルナ99と命名した。スパルナ99は建国パレードで編隊を組んで飛び回り、人々をいたく感動させた。もっとも躍り上がったのは男だったが。これで共和国も安泰だ、男は確信した。

 国がそれなりに富を蓄積しはじめると、あちこちから不満が噴出した。男は国家臨時評議会議長の座を手放さず、親戚をはじめとする一族での寡頭制支配を固めていった。かつての仲間だった者の中で自分に異を唱え、議会制民主主義を推進しようとする者たちを粛清し、従い媚びへつらう者を軍幹部や大臣にして支配を磐石とした。
 開発独裁型の強引なやり方はある程度まで経済を成長させたが、ピークを過ぎる次第に国を疲弊させていった。しかし、男はおかまいなしに自分の正しいと思ったことを進めた。
 自らはやはり軍人であると位置づけたかったのか、国家臨時評議会を解散、大統領も首相も名乗らず、お手盛りの昇進、自分で作った金ピカの勲章をぶら下げ元帥を名乗った。 
 贅を尽くした豪華な官邸を失笑なことに首相官邸ではなく元帥府と呼ばせて、アジア解放者、アジア元帥という称号を振り回した。
 当初は、共産党を壊滅させアメリカに気に入られたが、アメリカ資本の接収をやり、次第にソ連や共産チャイナに接近するようになった。共産党は禁止だが経済は官僚独裁の統制計画経済、軍隊は共産圏の兵器で武装するようになった。

 こうしたやり方が東南アジア政策をすすめるアメリカのカンに触ったのか、アメリカは軍を支援しクーデターを起こさせた。元帥の思っているほど軍は忠臣ではなかった。海軍が港湾を占拠し、陸軍が首都の要所を制圧した。

 装甲リムジンが高速道路を走っていた。周囲には親衛隊の護衛車両が展開している。男は窓の外に流れていく高層ビル群が立ち並ぶ首都の風景を睨みつけた。

 俺がこの国を独立させた。俺が愚かな人民どもを救ってやった。白人の奴隷から解放してやった。軍隊も俺が作った。俺があいつらを将軍にしてやった。大臣にしてやった。全て俺がやった。俺の仕事だ。俺の国なんだ。なのに、なぜ、あいつらは俺を追い出して、殺そうとする? あの恩知らずのアメリカの犬どもが。そうだ、空軍だ。まだ空軍がいる。俺の作った空軍だ。俺に忠誠を誓うだろう。

 男は凶暴な笑みを浮かべた。まだ巻き返しができる。南部には俺の支持者がまだいるんだ。南部の空軍基地に全戦力を集める。首都を爆撃してやる。新しくソ連から買ったバジャー爆撃機がある。あれで火の海にしてやる。毛沢東もフルシチョフも俺を支持するだろう。金日成とは親友だ。アメリカ帝国主義の陰謀を打ち砕くのだ。俺は第三世界じゃ人気があるんだ。

 正面の窓に目をやる。虻ほどの飛行機が接近してくる。3機いる。練習機のスパルナ99だった。

 偉大なるアジア元帥である俺を援護しにきたのだ。殊勝なことである。もう安心だ。99こそ全ての支配者の数字だ。あのスパルナを作ったのも俺だ。まだ俺は負けていない。今度こそ、叛徒を根絶やしにして勝利を……

 スパルナ99は軽快な機動性を見せ付けるように翼をひらめかせ、降下した。
 そして翼下から50kg爆弾を投下した。先頭の護衛車両が爆発に突っ込む。被害はない。しかし、急停止した護衛車両に追突し挟まれ、リムジンは身動きが取れなくなった。
 そこに後続のスパルナ99が50kg爆弾をさらに投下した。かつての99式襲撃機同様の見事な爆撃だった。50kg爆弾はリムジンの天井を破った。高速道路から黒煙があがる。

 爆撃を終えた3機のスパルナ99は上空に円を描いて飛び続けた。誰かをあざ笑っているかのようだった。
戦後すぐの神保町の古書店にはとんでもないものが流出していたそうです。

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