第5話:In the classroom-II
「…持ってきたぞ…何をしとる?」
オーガが着替えを持って戻って来たのはアークライトの処刑が始まって数分後の事だった。やけに遅かったな。何してたんだ?
「遅かったですね?」
「ああ、この時期はあまり制服の替えが無いからな。貰うのに少し時間がかかった」
ああ、3日後に入学式もあるからその関係で替えが少なかったのだろう。オーガも大変だなぁ。こいつらの所為でいらない手間がかかっている。
「でだ。こいつらは何をしている?」
床に倒れてピクピク痙攣しているギルと、それに対して容赦の無い蹴りを放っているアークライトを指差して聞いてきた。
「何って、いつものですが」
オーガとは去年から結構色々関わってきたから、これも当然知っている事の筈だが。
「はぁ…またか。お前らも懲りんな」
お前らって、まさか俺も入ってるのか?
「ま…とりあえずやめてもらわんとな。始業式に遅れる」
そう言って二人の間に入っていくオーガ。すごいな。あの状態の二人の間に入るなんて…俺には絶対無理だな。
「そこまでだ。アークライト、落ち着け」
「でも先生!こいつが」
「それでも今は止めろ。もうすぐ始業式が始まるからな。それが終われば好きにしてもいい」
そういってアークライトを宥める。しかし、始業式の後になれば好きにしてもいいなんて、教師の言葉じゃないよなぁ。
オーガの言葉に渋々暴行をやめるアークライト。しかし最後にまだ足りないとでも言うかのように一際強く蹴る。すごいな。あれだけやってもまだ足りないのか。
「ふぅ…今日のところはこれくらいで勘弁してあげるわ」
そう吐き捨てた後、オーガの方を向き、
「血を落したいんでトイレ行って来ていいですか?」
「ああ、行って来い。…ああ、そうだ。床の血も落したいからバケツに水を汲んできてくれ」
アークライトはその言葉に頷き、掃除用具入れの中からバケツを2つ取り出して教室を出て行った。
「す、凄かったですね…」
出て行ったのを見届けた後、姫野がそう言った。…ああ、去年から見慣れていてすっかり感覚が麻痺していたが、アレは確かに凄いな。常人が受けると冗談抜きで死にかねない。常人離れした頑丈さと回復能力を持っているギルだからこそ全部受け止められるんだろう。
「まあ確かに凄いが、何、一月もすれば慣れるだろ」
「一月で慣れる位頻繁に起きてるんですか……?」
顔を引きつらせながら聞いてくる。まああんなに激しいのは月に2、3度くらいだが、
「そうだな…月に30回くらいかな?」
「あの、それって毎日って事ですよね…?」
そうとも言う。
「まあ、慣れれば楽しいもんだよ。激しいのはさすがに引くけど」
「で、でも血とかたくさん出てましたよ!?止めた方がいいんじゃ…」
「いや〜、本人達も好きでやってるみたいだし、止めなくてもいいだろ。けど、確かに血が出るのは問題だな。後始末が面倒だ。」
血って落しづらいんだよな。
「好きで…これが”えすえむ”っていうのかな…?」
さて、隣で姫野がなんかぶつぶつ言ってるが、もうそろそろアークライトも帰ってくるだろうしギルを起こさないとな。
「おーい、おきろー」
声をかけながら軽く蹴りつける。…なかなか起きないな。もっと力を強めにしながら声も大きくする。
「起きろコラー」
「うぅん…あはは」
なんか笑ってやがる。
「おい、目ぇ覚めてんなら、さっさと起きた方がいいぞー」
「ふふっ、こいつぅ……」
…どうやら寝言らしい。気絶したんじゃなかったのか?しかし、やたらとムカツクな。この顔と声。すげぇ幸せそうな所が特に。
……しょうがないな。奥の手でいくか。
俺はしゃがみこんで、ギルの耳元に口を近づけ、言った。
「……ビバ納豆」
静かに一言だけ呼びかける。と、ギルは顔色を青白く染め、跳ね起きた。
「何処だ!?何処にあの悪魔が居る!?」
叫びながら周りをすごい勢いで見回す。
その様子を見て、姫野が俺に話しかけてきた。
「何を言ったんですか?」
「ん、ただ『ビバ納豆』って言っただけだ」
「びば…なっとう?」
オウム返しをする姫野。そうか、納豆知らないんだな。
「うあぁぁぁぁぁ!俺の前でその言葉を言うなぁぁぁ!?」
ギルが錯乱し、叫びながらこっちに飛び掛ってくる。それに驚いて硬直している姫野をトン、と押し、自分は片足を残したまま1歩横にずれる。俺達の間を通り抜けようとしたギルは俺の足に引っかかり、ガシャーン、と派手な音を立てながら机を巻き込みながら転倒した。
「うごふっ!」
「はぁ…おい倉橋、ちゃんと片付けろよ…お前が」
オーガがそんな事を言ってくる。何故に俺!?
「お前が原因だろうが」
「何も言ってないんですが」
「顔に書いてある」
なんてこったい!
渋々机を元のように並べていると、
「手伝います」
「俺も手伝おう」
姫野と、ようやく正気に戻り、制服を着たギルが手伝いを申し出てきた。ギルは当然として、姫野まで手伝う事は無いのに。
「すまんな」
「いえ、私のせいでもありますし」
「感謝しろよ」
「黙れ」
二人が手伝ってくれたので早く済んだ。と、ようやく帰ってきたか。
「遅かったな」
「HR始まる前のがなかなか落ちなくてね。ちょっと時間かかっちゃった」
俺らが来た時のか。時間が経っていた分頑固だったのだろう。
「それと、バケツ持ってきたから、掃除しましょう」
「ああ」
「えー」
「あ、手伝います」
……ちなみに今のは上からアークライト、俺、ギル、姫野の順だ。
「何?あんた死にたいの?」
「そうらしいな。アークライト、一思いに殺ってやれ」
「苦しめて殺りたいけど、時間無いし、しょうがないわね」
「いやあの、ジョウダンデスヨ?」
「問答…無用!」
また処刑が始まったが、今度はすぐにオーガが止めるだろう。しかし、あいつらも懲りないな…
「じゃ、俺達で掃除しとくか」
「…ホントに好きでやってるんだ……」
何か言ったようだが聞き取れなかった。なんだろう?
「どした?」
「あ、いえ!なんでもないです。じゃ、掃除しましょうか」
「ああ、そうだな」
雑巾を取って、床にこびりついた血をごしごし拭き取る。…なかなか取れないな。
「…なかなか取れませんね」
どうやら姫野も同じ事を思ったらしい。……そうだな。時間も無いし、やるか。
「先生」
丁度二人の仲裁をしていたオーガに声をかける。
「ん?どうした?」
「あまり時間もないので、魔術を使用してもいいですか?」
この学校、魔術を教えているのだが、授業中と課外活動以外には校内での魔術の使用は先生の許可をとらないといけない。
攻撃魔術などの危険な魔術を教えている為、校内での使用が制限されているのだ。
もし許可無く使用した場合は重いペナルティがつく。使った魔術の度合いにもよるが、最下級の魔術でも数日間の謹慎が与えられる。
オーガは時計を見てしばし考える。今9時50分くらいだ。始業式の始まりは10時で、移動を含めると時間の余裕は殆ど無い。
「いいだろう。ただし」
「中級以上は使うな、でしょう。何回も聞いて覚えましたよ」
アークライトとギルに付き合っていると魔術を使用しないといけない事態は多々あり、その時の経験で校則での魔術使用の条件は全て覚えた。
「ああ。頼む」
「はい。…姫野、下がって」
「あ、はい」
姫野を下がらせ、刀に手をかける。
魔術とは、大陸暦以前の人類が編み出した技術だ。旧時代には【魔法】というものがあったのだが、魔法は一部の者にしか使えず、その他の者は使用出来なかったらしい。
そこで魔法が使えない者達が編み出した、魔法に近く、しかし魔法とは違い誰でも使用できる技術が魔術である。
魔術は【術式端末】という物を用いて発動される。旧時代のデバイスはデバイス自体に術式が組み込まれ、魔力を通すだけで魔術が発動していた――現在ではそういったデバイスは魔剣と呼ばれている――のだが、現在ではデバイスには魔力回路と魔力増幅炉のみが組み込まれ、術式は魔術師が自ら【演算】し、組み立てる。これは、旧時代が滅びると共に、魔術式を物体に刻み込む技術が失われたからである。ちなみに、デバイスが無くても魔術は使用出来るが、ヒトは総じて保有する魔力量が少なく、高位の魔術を使う事は出来ない。
デバイスは基本的に武器の形状をしている。ヒトの魔力回路は粘膜――体内が1番多くあるのだが、魔術を使用する際に必要となる【起動鍵語】を唱える為に口は使えず、その為2番目に魔力回路が多い掌で持つためである。
「【掃い清めよ】」
トリガーは術者が最もイメージしやすい言葉で紡がれ、それ故に同じ魔術でも一人一人違うトリガーを用いる。個人の性格が反映されるのでトリガーもまた個人によって全く違うものになる。尤も、求める効果は同じなのでそこまでひどくは違わないだろうが。
―――清浄なる流れ
魔術が発動し、床の汚れを包むように水が現れる。その水は数秒間経った後、汚れと共に消え去った。
それを見届けると俺は刀から手を離し、息をついた。
「ま、こんなもんか」
「よし。じゃあ体育館に行くぞ!」
オーガの言葉が教室に響き渡った。
|