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うろな町の不思議な人々 作者:稲葉孝太郎

第1章 コンビニデザート盗難事件

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第6話 聞き込み

 3人がコンビニのそばまで辿り着いたとき、池守の姿は既になかった。忙しそうに立ち回る女性店員に声をかけるのも憚られ、3人はしばし入口の前でたむろしてしまう。
 歯ぎしりする遠坂に、入江が声を掛けた。
「入らないのですか?」
「入りたいけど……どう切り出していいのか……」
「先ほど、最後の客が出て行きましたよ?」
「そういうことじゃなくて……」
 遠坂は入江の説得を諦め、解決策に頭を捻る。まさに難問だった。葦原との間に、明確な面識はないのだ。それともいっそのこと、コンビニで好きな人が働いていたので住所を教えてくださいと、開き直ってみようか。
 そんな妖し気な考えが揺らめき始めたとき、入江が口を開いた。
「ここで待っていてください」
 そう言い残して、入江はコンビニの自働ドアを潜った。涼し気な風が頬を撫でる中、汗ひとつ掻いていない入江は、そのままレジの前に立つ。
 子供のおつかいかと思いきや、少女が制服を着ていることに気が付き、先ほどの店員は少しばかり戸惑いを見せた。
「いらっしゃいませ……何か御用でしょうか……?」
 入江は店内に客がいないことを確認し、唐突に用件を切り出す。
「私の眼を見てください」
「はい?」
「私の眼を見てください」
 子供の悪戯かと、店員は首を捻った。だが、少女の異様な眼差しに、彼女はついついその瞳を覗き込んでしまう。その瞬間、入江の瞳孔が僅かに光を放った。
 それを直視した店員は、ゆらりと背筋を伸ばし、レジの前で直立不動の体勢を取る。
「私の声が聞こえますか?」
「……はい」
「では、ついて来てください」
 入江の命令に従い、店員はふらふらとレジを離れる。そのまま店の外へ連れ出され、驚く遠坂の前に立つと、生気のない目でその場に立ち止まった。
「さあ、質問を」
「……これはどういうことなの?」
「いわゆる催眠術です。時間がありません。10分以内でお願いします」
 いきなりの秘策に動揺を隠し切れない遠坂だったが、時間制限があることを告げられ、すぐに思考を捜査モードへと切り替える。
「……分かったわ。ここじゃ目立つから、そこの裏手に行きましょう」
 真夏の日差しと人目を避けて、3人+証人はコンビニの裏手に回った。左右を建物の壁に囲まれた狭い通路だ。何とも言えないゴミの臭いがする。
 遠坂は店員の名札をチェックし、彼女が早見(はやみ)という名であることを知る。
「えっと、早見さん……。今から私がする質問に、正直に答えてちょうだい」
「……はい」
「あなたは、葦原くんが首になった件を知ってるわね?」
 早見は、ロボットのように首を縦に振る。
「その理由も聞いてるかしら?」
「葦原くんが……いちごゼリーを盗んだと……聞きました……」
「いちごゼリー? ……それが盗まれた商品なのね?」
 遠坂の問い掛けに、早見は再び頷き返す。
「何個盗まれたか知ってる?」
「……20個くらい」
 20個。その数字に、遠坂は新たな証拠を得たような気がした。よほど手慣れた万引き犯でもない限り、客と店員の眼を避けて20個ものゼリーカップを持ち出すことはできないはずだ。そう考えたのである。
「そのゼリーが盗まれた時刻を知ってる?」
「……知りません」
 ダメか。これは店長に訊くしかあるまい。遠坂がそう考えた矢先、早見は唇を動かした。
「ただ……」
 そこで、早見は舌を止める。質問されていないと判断したのだろうか。
 融通の利かない能力だと思いつつ、遠坂は先を促した。
「ただ、何?」
「ただ……4時より後だと思います……」
 これは重要な情報だ。遠坂はさらに質問を重ねる。
「23日の午後4時以降ってことね?」
「はい……」
「どうしてそう言えるの?」
 早見は、しばし口を噤んだ。思考が停止してしまったのだろうか。
 遠坂が肩に触れようとしたところで、入江が口を挟んだ。
「催眠中は思考力が低下しています。処理が終わるまで待ってください」
 遠坂は腕を引っ込め、早見の計算が終わるのを待った。
 1分ほどして、ようやく彼女は口を動かし始める。
「このコンビニでは……夕方4時に仕入れがあります……。その後すぐに……棚に並べるのですが……あの日は私と……白川(しらかわ)くんが担当でした……。白川くんが奥の棚を担当して……私が……雑誌を担当しました……。そのときは、ゼリーが……ちゃんとあったと思います……」
 遠坂の脳裏に、いくつもの質問が閃く。
 それを瞬時に整理して、彼女はひとつひとつ検証を始めた。
「そのとき、いちごゼリーも並べたのね?」
「……そうだと……思います」
「思います? あなたは見てないの?」
「先ほども言ったように……担当は私ではなく……白川くんでした……」
 早見の曖昧な証言に、遠坂は言い知れぬ不安を抱いた。
「ということは、ゼリーを並べるところは見てないのね?」
「見て……いません……」
 時系列を再現できたと思っていた遠坂は、がくりと肩を落とした。
 するとそこへ、今度は吉美津が割り込んでくる。
「失礼致します……。早見さん、先ほどあなたは、ゼリーが棚にあったように思うと仰いましたね? それは、どういう意味ですか?」
「どういう……意味……? 質問の意味が……分かりません……」
「あなたは、白川くんの作業を見ていなかったわけでしょう? それならばどうして、肝心のゼリーが棚にあったと信じたのですか?」
 早見は、数瞬沈黙した。冗長な説明だったが、まだ理解しかねているのだろうか。
 少年がもう一度言い直そうとしたとき、彼女は口を開いた。
「品出しの後で……私は……床の掃除をしました……。そのときは……棚の商品が……全部あったと……思います……」
「商品が全部あったというのは、どういう意味ですか?」
「棚に隙間が……ありません……でした……」
 吉美津はその回答に満足しなかったのか、口元を軽く歪めて後ろに引き下がった。
 どうやら3人は、現場から遠い証人を選んでしまったようだ。
 遠坂がさらに質問を継ごうとしたとき、ふと早見の眼に生気が戻る。
「あれ……私はここで何を……」
「早見さん! ここで何やってるの!?」
 大通りの方から、少年の快活な声が飛んできた。
 4人が一斉に振り返ると、そこには夏の日差しに照らされた若い男の姿がある。遠坂は、彼の顔に見覚えがあった。葦原といつもシフトを組んでいた少年だ。
霧島(きりしま)さん!?」
「霧島さん!?じゃないよ! お客さん待たせちゃダメでしょ!」
「す、すみません……で、でも何でこんなところにいるのか……」
 記憶がないのだろう。辺りをキョロキョロする早見。あからさまに怪し気な人物が3人もいるというのに、彼らすら眼中にないといった様子だ。
「はいはい、話は後で聞くから、早くレジに戻って」
「了解です!」
 早見は裏手から飛び出し、曲がり角に消えた。それを追うように歩き出した霧島も、ちらりと遠坂たちを盗み見てから、同じく姿を消した。
 後に残された3人は、ぼんやりとそれを見送った後、お互いの顔を見合わせる。
「……どうしましょうか?」
 教師が教え子に質問するという状況に、遠坂も苦笑せざるをえない。
「とりあえず、営業の邪魔をするのはよろしくないかと……」
 まさに正論だった。
 遠坂は吉美津の冷静なアイデアに同意し、ひとつ溜め息を吐く。
「また……夜来ましょう……」
 こうして、日中の捜査は幕を閉じた。

 ◇
  ◇
   ◇

 深夜12時。夜闇に包まれたうろな町は、昼間とはまた別の顔を見せている。ネオンライトが眩い大通りの片隅で、遠坂たちはコンビニの客がはけるのを待つ。
 人通りは既にまばらだ。遠坂は、明るい店内を凝視する。
「……!」
 最後の客が出て行った。雑誌コーナーで延々と立ち読みをしていた大学生風の男だ。
 遠坂たちはすぐに自働ドアへと駆け出す。音を立ててガラス戸が左右に開き、3人が店内に足を踏み入れると、店員服を着た霧島が一人、商品の整理をしていた。
「いらっしゃいませー」
 霧島は挨拶をするだけで、遠坂たちを振り返らなかった。これは好都合だ。そう思った遠坂たちは、脇目も振らずに霧島へと歩み寄った。
 これにはさすがの霧島も違和感を覚えたらしく、棚に手を伸ばしたまま首を捻る。
「あれ……あなたたちは……」
 どうやら少年は、昼間見た3人の顔を覚えていたらしい。商品を棚に収めて腕を下ろし、遠坂たちと向かい合う。
「何かお探しですか?」
 あくまでも接客的な態度を崩さない霧島。だがその声音は、既に警戒心を匂わせていた。
 事前の打ち合わせ通り、まず遠坂が戦端を開く。
「葦原瑞穂くんのことについて、少し聞きたいんだけど……」
「従業員の個人情報は、お答え致しかねます」
「そう言わずに……実は私たち、彼を助けて……」
「お答え致しかねます」
 決然とそう言い放った霧島に、遠坂はすごすごと引き下がった。
 しかし、それは撤退の合図ではない。ここまでは、想定の範囲内である。遠坂が後退したところで、逆に入江が前に出た。
「霧島さん、私の眼を見てください」
「ん?」
「私の眼を見てください」
 そうだ、こちらには奥の手があるのだと、遠坂は内心ほくそえむ。10分あればおおよその情報は聞き出せるだろう。
 そう考えていた遠坂に、霧島は別の反応を見せた。
「はいはい、子供はおうちに帰って寝ようね」
 霧島は入江の頭をポンと叩き、すたすたとレジに戻ってしまった。
 後に残された面々は、お互いの顔を伺う。
「かくなる上は私が……」
 吉美津が懐から何かを取り出そうとしたところで、自働ドアが開いた。
 すわ客か。3人が振り返ると、そこには意外な人物が立っている。
池守(いけがみ)くん!」
 遠坂の声に、入口で立ち止まった男が顔を向ける。
「おまえ……何やってんだこんなところで?」
 それはこっちの台詞だと言いかけた遠坂だったが、そこへ霧島が割って入った。
「あれ、この方、池守さんのお知り合いですか?」
 レジから顔を覗かせた霧島に、池守が頷き返す。
「ああ、昔馴染みでな……」
「そうでしたか」
 霧島はそう言うと、遠坂にぺこりと頭を下げた。
「失礼しました」
 あまりにも丁寧な対応に、今度は遠坂が面食らってしまう。
「い、いえ、いいのよ……急に来たこっちも悪かったし……。ところで池守くん、どうしてこんな時間にコンビニへ……?」
 答えは、彼女にもだいたいの察しがついていた。葦原の件だ。池守の昼間の行動を遠坂は知らないが、おそらく自分たちと同様に、客のいない時間帯を選んで出直したのだろう。彼女は、そう推測する。
「実は昼間、霧島くんと会ってな、忙しいんで、夜勤のときにしてくれと頼まれたんだ。その方がこっちとしても都合がいいし……」
 そこまで言って、池守はレジの前に歩み寄る。
「で、今からでもいいのかい?」
「はい……まあ、本当はよくないんですが、少しくらいなら……」
 霧島は、4人を控え室へと案内する。
「どうぞ……ちょっと狭いんですが……」
 本当に狭い。狭過ぎる。仕方がないので、吉美津と入江は外で待ち、池守と遠坂が話を伺うことになった。異常な合理主義者である入江たちは、怒ることなくその提案に従ってくれた。
 霧島が一番奥の席に座ると、小さな円椅子を池守と遠坂に勧める。2人は、そこへ腰を下ろした。
 池守はポケットから手帳とペンを取り出し、早速本題へと入る。
「閉店したわけじゃないし、手短にいこう。まずは、事件の概要を話してくれないかい?」
 その言葉に霧島は頷くと、ゆっくりと説明を始めた。
「事件が起こったのは、7月23日の夜のことです。10時になって店長が売上の精算をしたところ、3000円近く収支が合わないことが分かりました。現在はコンピューター管理が進んでいるので、そういうことはすぐに分かるんですよ。うちは幸いなことに、万引きの被害にはほとんど遭っていないので、異常事態と言うことになり、スタッフの僕とデータをチェックすることになったんです。すると……」
 霧島は、そこで一息吐いた。教員の遠坂には分かるのだが、一人で延々と喋り続けるというのは、案外に重労働なのである。
 まだ若い霧島はすぐに血色を取り戻すと、先を続けた。
「すると、いちごゼリーの売上と在庫の数が一致しなかったんですね。具体的に計算してみたところ、その差額は行方不明になっている金銭と一致しました。店長も僕も万引きではないと判断し、スタッフの呼び出しが行われたんです」
「ちょっと待ってくれ」
 メモを取っていた池守が、そのペン先を霧島に向ける。
「万引きでないと判断した理由は?」
 それがただの確認であることを、遠坂はすぐに理解した。
「それは単純です。紛失したいちごゼリーの量は、段ボール1箱分だったんですよ。そんなものを持ち出せば、誰かが気付くに決まっています。ですから……要するに内部で……」
 そこで、霧島は言葉を濁す。スタッフに容疑者がいるとは、さすがに表立って言い難いのだろう。そう解釈した池守は、話を元の位置に戻した。
「で、スタッフを取調べたわけだね?」
「取調べた、というのは語弊がありますが……まあ、そんな感じです。店長が23日にシフトを組んでいた人を呼び出し、マンツーマンで面談したんです。そこで分かったのは、夕方の4時に品出ししたときは、確かにゼリーがあったということだけでした」
「早見さんが証言したのね?」
 うっかり口を滑らせてしまった遠坂を、霧島は驚きの目で眼差した。そして、すぐに渋い顔付きになる。
「それで昼間早見さんに……」
「えっと、それはその……」
 困惑する遠坂に、池守が助け舟を出す。
「まあまあ、こいつも悪気があったわけじゃないから……。続けてくれるかい?」
 済んだことだと思ったのか、霧島もそれ以上とがめ立てはしなかった。
「はい……夕方4時の段階でゼリーがあったことを知った店長は、当然、4時から10時までの間に店内にいたスタッフを怪しみました。そして、それは4人しかいなかったんです」
「誰と誰だい?」
「白川くん、早見さん、葦原くん……それと僕です」
「君もいたのか?」
 驚く池守に、霧島はやや気まずそうな表情を浮かべる。それは、現場にいたということだけでなく、もっと別の意味合いが込められているような、そんな表情だった。
「で、そこから葦原くんに容疑が絞られた理由は?」
「ええ……それなんですが……何と言うか……」
 霧島は、話しずらそうに口をもごもごさせる。
 あたかも、自分に非があるかのようだ。
 それからしばらくして、霧島は意を決したように口を開く。
「白川くんと早見さんは、ずっと2人でレジを担当していました。商品の補充なんかをやっていたのは、僕なんです。夕方の6時前後は、本当に混むんですよ。だから、3人体制で仕事を回してます。そしてそのときは、お互いに不審な行動を見てないんです」
「葦原くんは何時からそこに?」
「白川くんと早見さんが帰った後……7時からですね」
 随分と遅い時間だ。しかし、別に法律違反ではない。バイトを掛け持ちしている葦原の労働事情は、池守が一番よく知っていた。
「で、7時以降は店内に誰がいたんだい?」
「7時からは、僕と葦原くんが担当になったんです。2人体制ですね。で、そのとき……」
 霧島は、そこで声を落とす。
「8時半頃に客足が落ち着いたので、僕はゴミ捨てに出たんです。店内には、葦原くんだけが残っていました。だから……」
 池守は、そこで全てを察する。
「だから、店長は葦原くんを疑ったわけだね?」
 霧島は、残念そうに頷き返す。
 池守はペン先を唇にあて、しばらく物思いに沈んだ。
「しかし、葦原くんが商品を持ち出したかどうかなんて、監視カメラを見れば一発で分かるんじゃないのかい?」
「そこが問題なんです……。デザートの棚は、レジから見通せる通路にあるので、カメラの撮影範囲じゃなかったんです……。実はこれも、調べてみて初めて気付いたのですが……」
 池守は大きく息を吐き、手帳を閉じた。
 しばらくの沈黙の後、来客を告げるチャイムが鳴る。
「す、すみません。そろそろお開きに……」
 霧島が慌てて腰を上げ、2人の間を縫うようにレジへと向かった。控え室に残された池守は、そばに座る遠坂の横顔を盗み見る。
 彼女はどこか別の世界にいるように、宙を見つめるばかりだった。
+注意+
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