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うろな町の不思議な人々 作者:稲葉孝太郎

第6章 合格通知不達事件

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第57話 旧友たち

「ここがうろなキッズハウスですか……」
 ルナはそう言って、目の前にある建物を見渡した。殺風景な柵で囲まれた敷地に、小さな遊技場と、2階建ての住居部が隣り合う、保育園のような構造だ。むろん、両親のいない子供を預かっているわけだから、そういう施設に類似するのも自然なことであろう。
 葦原(あしはら)は懐かしい気持ちを覚えながら、しばらく遊具に目を留めていた。ブランコがゆらゆらと、木枯に揺れている。
「葦原くんは昔、ここにいたのですか?」
「え? ……あ、違う違う。僕は最初から一人暮らしだよ。後見を引き受けてくれたおじさんが、一人暮らしをした方がいいって言ってくれたから」
 葦原は説明をぼやかした。本当は、もう少し裏がある。おじさんが言ったのは、正確には「孤児院のようなところに入るな」というもので、「ああいうところで悪い友人ができると後々困る」のがその理由らしい。もちろん、それは偏見なのではないかと、葦原は中学生ながらに思っていたし、一人暮らしを始めた最大の理由は、キッズハウスがアルバイトなどに自主制限を課しているからであった。葦原もそれは嫌だったので、おじさんの方に歩調を合わせたというわけである。
「では、なぜこの施設を知っているのです? ずいぶん道に慣れていたようですが……」
「ああ、それは単純だよ。ここに中学のときの同級生がいるからさ。僕の両親が亡くなる前から、ちょっとした友だちで、たまに遊びに来てたんだよ」
 そういうことかと、ルナはあっさり納得した。
 だが葦原にとっては、そのような淡白な発言ではなかったはずである。両親が亡くなる前にそのような友人を持ち、そして自分が同じ境遇に陥ってしまったということが、少年に何とも言えない悲し気な思いをさせるのだった。
「中には入れるのですか?」
「一応ハウスの所有地だけど、入れるよ。園長先生も僕のこと知ってるし」
「では、早速入ってみましょう」
 葦原が止めるのも聞かず、ルナは門をくぐった。人影がない。まだ午前中だと言うのに妙なものだと、葦原は首を傾げながらルナの後を追った。
 ルナはハウスの玄関前にたどり着くと、中を覗き込んだ。上履きの棚が手前に2列見えるだけで、廊下は消灯されている。
 やはり無人なのだろうか。葦原の懸念を他所に、ルナはチャイムを押した。
 軽やかなメロディーが鳴った後、あたりは再び冬の静寂に包まれた。
「……留守のようですね」
「そうだね。年末だし、みんなでどこかに出掛けてるのかも……」
「おい、そこで何やってんだ?」
 男の声。ふたりは一斉に振り返った。金髪ピアスのいかにもという格好の少年が、ジャンパーに両手を突っ込んでこちらを睨んでいる。葦原の背中に緊張が走った。
 ところが少年は葦原の顔を確かめると、大きく目を見開いて意外そうな顔をした。
「みっくん?」
 懐かしい響き。なぜ中学時代の自分の渾名を知っているのか、葦原は訝る。知り合いだろうか。葦原が記憶を掘り起こしていると、相手は照れくさそうに頭を掻いた。
「ま、こんな格好じゃ分からねえか……岩瀬(いわせ)だよ」
 相手が名乗った名字に、葦原は驚きの声を上げた。
裕也(ゆうや)くん?」
 葦原は、自分の態度が相手に失礼なことを自覚していた。相手は自分を認識したが、自分は同じ知見に辿り着けなかったからだ。
 しかし、それには理由があった。言い訳にはしたくなかったものの、葦原の記憶の中にいる岩瀬と、目の前の少年の雰囲気が全く一致していなかったのである。中学時代の岩瀬はクラスの隅にいるような目立たないタイプで、だからこそ若干引っ込み思案な葦原と親しくしていた。いったい、この1年の間に何があったのか、葦原には見当がつかなかった。
 葦原の思考の流れを察したのか、岩瀬は鼻の下を擦って言葉を継ぐ。
「久しぶりだな。……中学卒業以来か?」
「そ、そうだね。多分、卒業式で会ったのが最後かも……」
「一人暮らししてるんだってな。……羨ましいよ」
 岩瀬はそう言うと、ルナに向き直る。そしてじろじろと彼女の容姿を観察した。見知らぬ訪問者だ。警戒しているのだろう。
 一方、ルナも真っ直ぐに岩瀬の視線を見つめ返す。先に口を開いたのは岩瀬だった。
「こいつは? おまえの後輩か何か?」
「か、彼女は烏丸(からすま)さんって言って、同じアパートに住んでるんだ」
 葦原の説明に、岩瀬は眉をひそめる。
「彼女……? おまえ女か?」
「ええ、生物学的にはそう分類されますね」
 ルナの返答に、岩瀬は面白くなさそうな顔をする。
「へッ、何が『生物学的には』だよ。心は男って言いたいのか?」
「そういう深い意図はありません」
 ルナの返事があまりにも淡白なので、岩瀬も気が抜けたらしい。それ以上は追及せず、再び葦原に向き直った。
「今日は何の用だ? 今さら入園届けを出しに来たってわけじゃないだろ?」
「えっと、今日は……」
 しまった。うまい口実を考えていなかった。単に遊びに来たと言えば、それはそれで不審に思われないのだろうが……。
 葦原は少し捻った回答をする。
「クリスマス会があったって聞いてね。ちょっと顔を出そうと思ったんだけど、25日はバイトがあって来れなかったから、今日立ち寄ってみたんだ」
 うまく立ち回ったと思った葦原だが、岩瀬は前屈みになり、顔を覗き込んでくる。
「ん、おまえクリスマス会のこと知ってたのか? ……どっから聞いた?」
「え、町内に案内状が配られてたけど?」
「おまえんちにもか?」
 葦原は、黙って首を縦に振る。何を疑う必要があるのか、葦原には分からなかった。
「そっか……あの婆さんも余計なことしてるな」
「あの婆さん……?」
「園長の西谷(にしたに)だよ。おまえも会ったことあるだろ?」
 葦原は、眼鏡を掛けた背の低い中年女性の顔を思い出した。岩瀬たちを訪ねてここへ来たとき、よく玄関先で会ったものだ。葦原は、何だか温かい気持ちになってくる。
 しかし、岩瀬の表情は冴えない。
「とにかく、今日はみんな出掛けてるから、ほとんど人いねーぞ」
「君しかいないの?」
「いや……まあ他にも……」
 口ごもる岩瀬。さきほどから態度がおかしいことは、葦原だけでなくルナも勘付いているようだった。冷たい瞳で岩瀬を盗み見ている。
 何だか気まずい雰囲気が漂いかけたとき、ふいに玄関から足音が聞こえた。
 3人が振り向くと、短いポニーテールの少女が、嬉しそうにこちらに手を振っている。
 葦原はガラス越しに、少女の正体を察した。
「なんだ、桑原(くわはら)さんもいるんだ」
 葦原がそう言うのが早いか、少女は玄関の鍵を開けて外に飛び出してきた。そして葦原の腕を強く握り、犬が尾を振るようにそれを激しく振ってみせた。
「みっちゃんじゃないッ! 久しぶりッ!」
「ひ、久しぶり……」
 あまりにも大げさな出迎えに、葦原は困惑した。気付けば、他のふたりの視線が痛い。
 葦原は相手を傷付けないようにそっと手を放し、それから言葉を交わす。
「桑原さんも留守番?」
「うん、年長組はみんな留守番だよ。みんなで公園に遊びに行ってるだけだから」
 なんだ、それだけのことか。葦原は、さきほどの岩瀬の曖昧な返事を疑問に思う。
 それにしても、桑原は変わっていない。それが葦原の率直な感想だった。少女が15歳から16歳に生まれ変わるときの、あの妙な色気というものが備わっているとは言え、顔立ちはほっそりと昔のまま、化粧などをしている様子もなかった。
 だからこそ、岩瀬のギャップが異様に目立ってしまう。岩瀬もそれを自覚しているのか、それとも全く別の理由があるのか、顔に不機嫌さが滲み出ていた。
 一方、桑原はお構いなしに先を続ける。
「今日は何しに来たの?」
「ちょっと友だちと近くに寄ったから、顔出ししようかなと思って……」
 不味い。さっきと口実が違う。クリスマス会に言及し忘れていた。そのことに気付いた葦原は青ざめたが、桑原も岩瀬も何も突っ込みを入れてこない。桑原の方はむしろ、今まで眼中になかったという感じで、ルナの方に顔を向ける。
「こんにちは。……さすが葦原くん、カッコいい友だち持ってるね」
「私は女性です」
 葦原が訂正するまでもなく、ルナは自分から名乗り出た。
 すると、それまで妙に盛り上がっていた場の空気が、一瞬にして凍り付いた。桑原はニコニコするのを止めて、視線を地面に落とす。
「お、女の子なんだ……ごめん……」
 それから素早く顔を上げ、葦原に問いた気な眼差しを投げ掛けてきた。
「もしかして、みっくんの彼女?」
 またこのネタか。葦原はなぜそういう疑いをかけられるのか、心当たりがなかった。男女がペアでいたら誰も彼も恋人同士というはずもあるまい。
 葦原はすぐに誤解をとく。
「違うよ。彼女は僕のアパートの隣人。最近引っ越して来たんだ」
 その弁解に、今度は岩瀬が噛み付いてくる。
「アパートに引っ越して来た? こいつ、俺たちと同世代だろ? 親がいねえのか?」
「ちょっと、裕也」
 岩瀬の発言を、桑原が叱りつけた。岩瀬はぶつぶつと何か呟き、くるりと後ろを向く。どうやら桑原に頭が上がらないという関係は、中学のときから変わっていないらしい。葦原はそこに、懐かしいものを見たような気がした。
「他のみんなは? 田中さんとか」
 葦原が尋ねると、桑原も岩瀬も少し寂し気な顔をする。
「田中さんなら、親戚の人に引き取られて退園しちまったよ。地方で大検準備中」
「そっか……もう18歳だもんね……」
 田中さんはとてもいい人で、この園の最年長だった。2つ上ということで、葦原たちがここへ遊びに来たときも、いろいろと世話になっていた。その人物がいないということに、葦原は時の流れの速さを感じざるをえなかった。
「ま、そういうわけで、今日は何もできねえよ。俺も今から出掛けるしな」
 岩瀬はそう言うと、ジャンパーの裾をはたいた。
 桑原が眉間に皺を寄せる。
「どこへ? またあいつらのところじゃ……」
「うっせーな、おまえには関係ないッつーの。……あと、婆さんには内緒だぞ」
「さあ……どうしましょうかしら……」
 岩瀬はもはや反論せず、葦原の肩をぽんと叩く。
「ま、そういうわけだ。年明けにまた来いよ」
「ちょっと、勝手に追い返さないでよ。寮には私がいるんだから」
 桑原の叱責に、岩瀬はチッと舌打ちする。
「分かった……分かったよ……。じゃあ、夕方までには戻るぜ」
 岩瀬はそれだけ言い残して、キッズハウスを後にした。旧友の背中を見送った葦原は、彼の背中に見え隠れする寂しさのようなものを、垣間みたような気がした。
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