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うろな町の不思議な人々 作者:稲葉孝太郎

第6章 合格通知不達事件

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第56話 届かなかった招待状

これは12月28日(土)のお話です。
 今年も残すところあと僅か。年越しの準備に沸く町中で、葦原(あしはら)は年末の稼ぎ時を迎えていた。年賀状の仕分けから、クリスマスケーキの在庫処理まで、葦原は商店街をあちこち駆け回る。無節操に丸一日シフトを入れてしまった彼は、ほとんど休む暇もなく働いていた。
 若干後悔してはいるものの、定時制が始まれば、いろいろと出費も重なるだろう。今のうちに貯金しておかねばという気持ちが、少年の背中を後押しする。
 葦原はその夜も、へとへとの状態でアパートに辿り着き、ポケットの鍵を弄っていた。
「ん……?」
 抜けない。どうやら、鍵のギザギザ部分が布地に引っかかってしまったようだ。ムリヤリ抜くと破れてしまうのかもしれないので、葦原は一回鍵の柄を押し込む。
 今度こそ引き抜こうとした瞬間、隣でドアの開く音がした。
 室内の光が外の闇に漏れ出る。
「ずいぶん遅かったですね」
 葦原はポケットに手を突っ込んだまま、101号室を見やる。するとそこには、あの烏丸(からすま)ルナと名乗った少女が、私服姿で玄関から上半身を覗かせていた。
「あ……こんばんは……」
 葦原は鍵を取り出すのも忘れて、小声で挨拶した。
「こんばんは。……今日は何か依頼がありましたか?」
 依頼? 何のことだ? 葦原が首を捻っていると、少女はもう一度尋ね返す。
「クライアントは誰も来なかったのですか? 留守を頼みましたが……」
 ああ、そのことかと、葦原は鍵を手にしながら答えを返す。
「前も言ったけど、僕は昼間いないから、誰が来たかなんて分からないよ。それに……」
 葦原は、101号室の扉を凝視する。……普通のアパートの一室にしか見えない。
「看板も何も出てないのに、お客さんが来るわけないだろう?」
「宣伝ならもう済んでます」
「?」
 何を言っているのだろうか。葦原には理解できなかった。まさか、新聞広告を出したというわけでもあるまい。あれは凄く高いのだ。大きさによっては、車が一台買えてしまうほどの広告料が要る。
 ネット広告かもしれない。しかし、ネットで探偵事務所を調べて、わざわざ訪ねて来る人などいるのだろうか。少年には分からない。それに、万が一訪ねて来ても、このアパートを見れば、そのまま踵を返してしまいそうにも思えた。ペンチがあちこち剥げ、入り口の鉄柵は半分くらい錆びている。庭の植え込みも荒れ放題だ。
「どうやって宣伝したの? それに探偵なんて普通は……」
「誰も来てないのなら、それで結構です。では……」
 そう言って、ルナは扉を閉めようとした。あまりにも薄情なので、葦原は思わずムッとしてしまう。鍵を開けるのも忘れて、少女を指差した。
「とにかく、僕は昼間いないからね。期待しても無駄だよ」
 閉まりかかった扉の隙間から、再びルナが顔を出す。
「そうですか……。では、他の人に頼みます。103号室には誰か住んでいますか?」
「住んでるけど、その人も昼間は全然いないよ。夜中に物音がするだけだから」
「……ずいぶん変わった人なのですね」
 君ほどじゃないよ。そう言いかけた葦原だが、ぎりぎりで口を噤んだ。
 これは話にならないと、少年は鍵穴に鍵を突っ込み、右に回す。ドアノブを掴んだところで、ふとあることに思い当たった。
「ねえ、烏丸さん、郵便物はチェックした?」
「郵便物ですか? ……さきほど見ましたが、チラシとDMばかりでした」
「そっか……」
 葦原は、自分の予想が外れていたことに落胆する。配達員が、102号室と101号室を間違えたのではないかと、そう疑ったのだ。
 結局、入学金は風峰(かざみね)から連絡を受けた翌日に持参し、そのまま支払いを済ませていた。だから、今さら合格通知が見つかろうと見つかるまいと、半ばどうでもいいことには違いない。
「じゃ、僕はこれで……」
 葦原は部屋に入ろうとドアノブに手をかけた。
「待ってください」
 急に呼び止められた葦原は、ドアノブから手を離す。
「何? まだ何か用?」
「なぜ私の郵便物に興味を持つのですか?」
 しまった。葦原は当惑する。隣人の郵便物など、普通は気にしないだろう。これは弁明しておかないと、後々偏見を抱かれるかもしれない。
 そう思った葦原は、合格通知の一件を烏丸に伝えた。ルナはそれを無表情に聞き、そして最後にこう呟いた。
「面白い事件ですね……」
「事件? ……事件じゃないさ。郵便物が届かなかっただけだよ」
「その可能性は低いと思います」
 突然反論を繰り出してきたルナに、葦原は眉をひそめる。
「可能性が低い? 何で?」
「日本の配達システムは、非常に優秀です。郵便物の不達など、まず起きないと見ていいでしょう。合格通知となると、大きめの封筒に入れられているはずです。町内で発送されたのですから、長距離特有の紛失もありえません」
 すらすらと意見を述べるルナ。葦原は説得されかけた。
 しかし、不達でなければ何だと言うのか。それが分からない。
「でも、盗まれるはずもないし……」
「そうでしょうか? 封筒に入っていたとすれば、それは特別な書類です。メールが発達した現代で、ただの便箋を送る人は減りましたからね。部外者には、それが貴重品に見えたかもしれない。こっそり現金が入っている可能性もあります。そこへ空き巣が通りかかれば、とりあえず回収しておくのではないでしょうか」
 葦原は「うーん」と唸って、ドアのそばにあるポストを見た。それは、葦原の胸の高さに取り付けられた、金属製の箱である。一応施錠できるものの、差し込み口から底までは、10センチそこらの深さしかない。ピンセットでもあれば、簡単に中の封筒を拾えるだろう。配達員のマナーが悪く、封筒がはみ出していたとも考えられる。
 そのことに気付いた葦原は、一瞬青ざめたものの、すぐさま平静に戻った。
「でも、合格通知だからね。盗んだ人は、今頃後悔してるだろうさ」
 合格通知など、換金することすらできない。葦原はそう読んだ。
 だが、ルナはまだ食いついてくる。
「それはそうですが、第二、第三の事件が起こらないとも限りません。ここはひとつ、私がお手伝いすることにしましょう」
「お手伝い……?」
 料理でも作ってくれるのか。そう思った葦原は、自分の軽率さを恥じる。
 ここでお手伝いと言えば、ひとつしかない。
「捜してくれるってこと?」
「ええ……他に何かありますか?」
「いや、ないけど……。そこまでしてくれなくてもいいよ」
「しかし、隣の部屋で窃盗があったとなると、私にも危険が及びます。葦原くんには助けてもらった恩もありますし、少しは借りを返すことにしたいのです」
 葦原は、少女が何を言っているのか理解できなかった。
 恩を売った記憶はないのだが……。
「そう言ってくれるのは嬉しいけど……。それに、君は曲がりなりにも探偵だしね」
「探偵と言っても、少々毛色は違うのですが……物理的に失われたものを捜す仕事ではないので……」
 またまた意味不明な発言。葦原は、目の前の不思議少女に困惑を隠せないでいた。
 通りをバイクが走り過ぎ、そのエンジン音でようやく我に返る。
「でも、どうやって捜すの? 盗まれた郵便物なんて、見つからないと思うけど?」
「いつ紛失したか分かりますか?」
 葦原は、入学金を支払ったときの風峰(かざみね)との会話を思い出す。彼によれば、合格通知は即日発送したらしい。つまり、採点をする前ということになる。試験の出来と合否は、本当に関係なかったわけだ。
 とりあえず葦原は、発送の期日を告げる。
「今月の20日だよ」
「発送場所は?」
 葦原は肩をすくめた。
「それは知らないけど……うろな高校の近くのポストじゃない?」
「となると、ここまでほとんど距離がありませんね」
「まあね、同じ町内だし」
「それでは紛失日が特定できませんね……」
 ルナはしばらく考えに耽っていた。そして、おもむろに自室へと消える。
 おいおいもう諦めたのか、と思いきや、ルナはチラシとDMを一杯に抱えて再び現れた。よほど放置していたのか、一ヶ月分はありそうな量だ。しかもただ重ねただけで、中にはくしゃりと潰れているものもあった。
 ずいぶんずぼらだな。葦原は、ルナの意外な一面に驚く。
「葦原くんは、チラシを保管していますか?」
「チラシ? ……うん、いろいろ使えるから取ってあるよ」
「それを見せてください」
 葦原は何が何だか分からなかったが、とりあえず従うことにした。ドアを開け、ルナを室内に導き入れる。けれども、それが軽卒だったことに、葦原はすぐさま気付いた。
 ……今朝脱いだ下着が床に放置されているではないかッ! 少年は慌てて下着を拾い、風呂場に放り込んだ。ガラリとドアを閉め、何事もなかったかのように台所へと戻る。不要なチラシの類いは、キッチンの下の戸棚に、全て仕舞い込んであるのだ。
「几帳面なのですね……」
「まあね……で、何をしたいの?」
「20日以降の郵便物を照合しましょう。私のポストに入っていて、葦原くんのポストにはないものがあるかもしれません。チラシは期待薄ですが、DMは犯人が分からずに持ち去った可能性もありますから」
 なるほど、あまり効率的ではないが、おかしくもないアイデアだ。
 そう思った葦原は、手分けして郵便物を整理した。日付順に並べていく。
 ところが、そこですぐに問題にぶちあたった。チラシには日付が書いてあるか、あるいはおおよその見当がつくのだが、DMは全く分からないのである。
「困りましたね……いいアイデアだと思ったのですが……」
「僕は毎日ポストを開けて、上に重ねてるんだ。だから、だいたいは予想がつくよ」
 ふたりは、葦原のチラシの山を基準にして、少しずつ整理していった。20日から26日あたりで一旦手を休め、お互いの郵便物の山を比較する。
「20日は同じだね……スーパーのチラシが1枚だけ……」
「21日はチラシが2枚、インターネット申込のDMが1通ですか……」
「22日はまたチラシが1枚で……」
 そこで、ルナが質問を浴びせる。
「チラシ1枚しかないのですか?」
 葦原はハッとする。顔を上げると、至近距離でルナとお見合い状態になった。
 少年は何だか恥ずかしくなり、サッと視線を逸らす。
「な、何かあったの?」
「私の方にはDMらしきものが挟まっていますが……」
 そう言って、ルナは一通の封筒を差し出してきた。さすがに葦原も視線を戻す。
 ルナの細い指には、あまり上質とは言えない茶色の封筒が握られていた。葦原はもう一度郵便物の山を探り、同じものがないかを確認する。
 ……ない。どこにも見当たらない。
「ってことは……」
「おそらく、合格通知が盗まれたのは22日ですね」
「そ、そのDMは何なの? 何かの申込書?」
 いや、そうは見えない。DMは比較的カラフルな封筒に入っているはずだからだ。少なくとも、コンビニで買ってきたような、中身が透けて見えるそれではない。
 葦原はしばし迷った。開封して欲しいのだが……実は個人宛だとしたら? 葦原のポストには最初から入っていなかったのかもしれない。そうなると、プライバシーの侵害になる。
 だが、そんな少年の杞憂を他所に、ルナは自分で開封を始めた。上辺を千切り、中から三つ折りの便箋を取り出す。
 そして、何の躊躇いもなくそれを開いた。
「『うろな西にお住まいの皆様へ』」
 冒頭を読み上げるルナ。個人宛ではない。葦原も遠慮なく覗き込む。


 うろな西にお住まいの皆様へ

 拝啓、あわただしい師走となりましたが、いかがお凄しでしょうか。
 本年度も、うろなキッズハウスにて、クリスマス会を開催することとなりました。参加自由ですので、児童福祉事業にご関心のある方は、ぜひお越しください。合唱会など、様々なイベントをご用意しております。

 ◇日時:2013年12月25日(水) 17時〜
 ◇場所:うろなキッズハウス(うろな西XXXーXXX)
 ◇連絡先:090ーXXXXーXXXX(代表:西谷)

 なお、子供たちへのプレゼントも随時受付けておりますが、指名はご遠慮ください。全て職員がお預かりした後、分けられるものは平等に分け、分けられないものにつきましては、うろなキッズハウスの共同備品とさせていただきます。子供たちの公平な取扱いを心がけておりますゆえ、何とぞご了承ください。

 敬具


「うろなキッズハウスとは何ですか? 託児所ですか?」
 ルナが文面に目を留めたまま、そう尋ねた。葦原は少し顔を曇らせる。
「違うよ。……両親がいない子供が集まる施設」
「ああ、孤児院ですね」
 ルナのあまりにもあっさりとした言い方に、葦原はムッと口元を歪めた。ただ、ルナは彼の境遇を知らないのだ。悪意があってのことではない。そう自分に言い聞かせようとするものの、なかなか思春期の感情というものはコントロールが利かなかった。
 一方、ルナは少年の憤りを無視して、先を続ける。
「私も昔、孤児院にいました」
 ……え? 葦原は、ルナの顔を真っ直ぐに見つめ返す。
「それは……その……」
「私の両親は、火事で死んでしまいましたから」
 そうか、自分と同じ境遇なのか……。葦原は、妙な親近感を覚え始めた。
 だが、ルナの今の台詞に、葦原は軽い頭痛を感じた。火事……。どこかで、そんな光景を見たことがあるような気がする。しかも、ルナと一緒に……。
 いや、勘違いだろう。ルナとは最近出会ったばかりで、そんなシーンに立ち会う機会などなかったはずなのだ。少年はそう決めつけて、話を元に戻した。
「うろな西の住民に配られてるから、僕のポストにも入ってたんだよね?」
「そのはずです。……ここからは憶測ですが、犯人はチラシを無視して、封筒だけを回収して行ったようですね。中身を気にしなかったのか、それとも……」
 ルナは、そこで言葉を区切った。
「それとも?」
「中身を知っていたから盗んだのか……」
 そんなことがありうるだろうか。葦原は疑問に思う。ひとつは合格通知、もうひとつは不特定多数に配られたクリスマス会のお知らせなのだ。どちらも資産的価値はゼロに等しい。
 とはいえ、ルナのここまでの推理は的を射ていた。封筒が2枚、同じ日に不達ということは考えにくいからだ。
 葦原は少女に何とも言えぬ感情を抱きながら、その招待状に見入っていた。
 1分ほど経ったところで、ルナが唇を動かす。
「このキッズハウスに行ってみましょう。……何か分かるかもしれません」
風峰さんを名前だけお借りしました。
今回は動機が中心になる少年少女探偵団ものです。
+注意+
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