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うろな町の不思議な人々 作者:稲葉孝太郎

第5章 青少年記憶攻防事件

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第53話 全て元通りに

これは12月2日のお話です。
 うろな署のデスクで、池守(いけがみ)は椅子に寄りかかりながらその日の朝刊を読んでいた。全国紙の一面を飾っているのは、当然のことながら今時の政治・経済ばかりで、池守にはイマイチ実感が湧いてこない。サッと見出しに目を通し、ぱらぱらとページを捲る。
 刑事という職業からか、社会欄の事件事故には興味がある。池守は右上の殺人事件から始めて、順々に記事を追って行った。すると、ある箇所で彼の視線が止まる。
鬼道(きどう)警備コンサルタント、認定取消し……?」
 見出しに視線が釘付けになった池守は、すぐに記事全文を読み始めた。私企業の不祥事とあってか、それほど長くはない。
 最後の一文字を読み終えた途端、彼の肩に誰かの手が触れる。
「先輩、何読んでるんですか?」
 聞き慣れた声に誘われ、池守は新聞を膝元に下ろす。
 そこには紙屋(かみや)の顔があった。
「紙屋か……見れば分かるだろ?」
 少々皮肉っぽく、池守は新聞の一面をかざしてみせた。
 紙屋は少し怒ったように言い返す。
「そりゃ分かりますよ。……もう昼休みは終わりじゃないんですか?」
 何だ、そんなことか。池守は新聞を手にしたまま、紙屋の瞳を見つめ返した。あいかわらずじゃじゃ馬みたいな目をしている。池守はそんなことを思いながら、先を続けた。
「今日はデスクワークだよ。……報告書が溜まりまくっててな」
「毎日こつこつ書かないから、そういうことになるんですよ」
 なぜか後輩に説教されてしまう池守。とはいえ、事実なのだから仕方がない。池守は大きく溜め息を吐くと、新聞を折り畳もうとした。
 その瞬間、池守ははたとさきほどの記事を思い出す。もう一度紙屋へと向き直った。
「この記事、読んだか?」
 池守は、鬼道グループの記事を紙屋に指し示した。
 紙屋は怪訝そうにそれを覗き込む。
「鬼道警備コンサルタント、認定取消し……。え? 鬼道ってあの……」
 ハッとなる紙屋。池守は頷き返す。
「そうなんだよ。この記事によると、違法経営がバレて、警視庁から警備業認定を取消されたらしい。しかも、それだけじゃないんだ。もうひとつ……」
「まさか駐車監視員業務も?」
 紙屋の一言に、池守は首を縦に振った。そのまさかなのだ。鬼道警備コンサルタントは、昨日付けで駐車違反取締の業務から排除されることになったらしい。詳しい事情は分からないが、不祥事そのものがそれと関連している可能性もあった。
 池守は今度こそ新聞を仕舞い、椅子に深くもたれかかった。
「どうやら、これで葦原(あしはら)くんも一件落着みたいだな」
「え? どういうことですか?」
「鬼道グループは、もううろな町の駐禁利権に手出しする虞がなくなったってこと。業務ができないんじゃ、入札のしようがないからな」
 紙屋はその場で少し考えた後、納得顔で頷き返した。
「なんだか、あっけない幕切れですね……」
 紙屋は不満げにそう呟いた。しかし、池守はまんざらでもない。面倒な事件が勝手に片付いたのだから、これより楽な決着はないだろう。そう思ったのだ。
「まあ、これで俺も葦原くんのアパートを夜回りしなくて済むし、葦原くんも気軽に年末を過ごせるってもんだ。……紙屋もご苦労だったな」
 池守は、この場を借りて紙屋に礼を述べた。池守は忙しくて抜けられないときは、彼女が葦原の安否を確認してくれていたからだ。なかなかにしんどい一ヶ月だった。
 しかし、充実していたとも言える。
 それにしても、鬼道グループの不祥事が、どうやって外部に漏れたのだろうか。警察が最初から目をつけていたのか、それとも内部告発があったのか……。どちらもありうる。池守はそれ以上深く考えるのを止めた。可能性にはきりがないからだ。
「じゃ、この書類の山を片付けるとするかね……」
「頑張ってくださいね」
 紙屋はそれだけ言うと、廊下へと姿を消した。それを見送った後、池守は一番上の書類をめくり、ゆっくりとボールペンを握り締めた。

  ○
   。
    .

 バイト先に電話を入れ、シフトをずらしてもらった葦原は、うろな高校の正門を潜り、事務員に教えられた部屋を探していた。定時制高校の受付事務所。情報が正しければ、今日から受付を開始しているはずなのだが……。
 授業中で生徒のいない廊下を彷徨いつつ、葦原はどこか懐かしいものを感じていた。中学までは、似たような校舎で同級生と一緒に学校生活を送っていたのだ。わざわざ情報を提供してくれた池守に、少年は深く感謝する。
「ここかな?」
 ようやく葦原は、その仮説事務所らしきものを発見した。らしきもの、というのは、特にそれを示すものが見当たらなかったからである。
 とりあえず中を覗いてみる。……誰もいない。
「ごめんくださーい?」
 葦原は、なるべく丁寧に挨拶をしてみた。……返事はない。
 場所が違うのか、それとも時間帯を間違っているのか……。葦原がもう一度声を掛けようとしたところで、ふいに肩を叩く者があった。葦原は慌てて後ろを振り向く。
「何してるの?」
 そこに立っていたのは、30歳前後と思しき若い男だった。
 教員だろうか。……いや、違う。相手からは高校教員っぽいオーラが出ていなかった。
「授業を抜け出しちゃダメだよ。……と言いたいけど、たまには息抜きもね?」
 葦原は一瞬、相手の言っていることが飲み込めなかった。生徒と誤解されたことに気付くまで、数秒ほど時間を要する。
 葦原は慌てて訂正を入れた。
「ぼ、ぼくは生徒じゃないです。……定時制の願書をもらいに来ました」
 話が通じるかどうか、葦原はいまいち確信が持てなかった。
 そんな葦原の不安とは対照的に、男は合点がいったように笑う。
「ああ、定時制志望の子?」
「は、はい」
「初日に来るとは、なかなか熱心だね。まあ、中に入ってよ」
 そうか、この人が受付か。葦原は瞬時にそう判断した。
 男は事務所に入り、葦原もそれに続いた。男は机の上をごそごそと漁り始める。大きめの封筒を取り出し、葦原にそれを手渡した。
「はい、これが願書ね」
 葦原は封筒を受け取り、その表面を目で追った。中には薄い冊子が入っているように思われる。願書だけでなく、パンフレットなども同封されているのだろう。
 葦原が説明を待っていると、相手はまたふらふらと事務室を出て行った。
「じゃ、頑張れよー」
 去り際にそれだけ言うと、青年はどこかへ消えてしまった。
 何と言う適当な人だ。葦原は目を白黒させながら、その場に佇んでいた。これで室内の物が紛失したら、どうする気なのだろう。それとも、盗まれる物などないということか。学校というのは、比較的安全な場所なのかもしれない。
 葦原は封筒を持ったまま、とりあえず用の済んだ校舎を後にする。本当は暖かい校内に居残りたかったのだが、さきほどのように生徒と勘違いされては話がややこしくなる。簡単には納得してくれない事務員もいるだろう。
 校庭の片隅にベンチを見つけ、葦原はそこに腰を下ろした。12月に入り、北風が厳しくなっている。しかし、葦原の好奇心が寒さを上回り、その場で封筒を開かせた。
 数枚の紙切れと冊子が飛び出す。一番厚いのは、よくある紹介用のパンフレットだ。それは後で読むことにし、葦原は入学に必要なものをチェックし始める。
「願書、顔写真、それに……調査書? ……ああ、中学校の紹介状か」
 それにもうひとつ、入学金が必要だった。
「3万円かあ……。そんなに高くないな。『合格通知が届いた後、受付事務所に現金で持参すること』か……」
 ん? 葦原は、もう一度同じ文面を読み上げた。
 合格通知が届いた後……。少年は要項をさらに読み進める。
「や、やっぱり入試があるッ!?」
 葦原は日付を確認する。3学期から始まるとして、いったいいつ……。
「12月20日ッ!?」
 今月ではないか。しかも、あと2週間しかない。……これは困った。今から全力で勉強したところで、いきなり実力がつくとも思えない。しかも年末はバイトの稼ぎ時で、シフトもそこそこにきつめなのだ。
 葦原が頭を抱えていると、ひとりの青年が通りかかる。こんな時間帯に、なぜ高校の敷地内にいるのだろうか。あまり人のことを言えた立場ではないのだが、葦原はその男性を怪訝そうに見つめ返した。
「きみ、定時制の志願者?」
 青年は、葦原の持っている封筒をちらちらと見ながらそう尋ねた。
「あ、はい、そうですけど……」
「そっか、あの風峰(かざみね)が、真面目に受付してるとはなあ」
 男性はそう言うと、特に断りも入れずに葦原の横に座った。
「何か質問ある?」
 この人も定時制の事務員なのだろうか。よく分からない。
 だが葦原の関心は、今はそこには無かった。すぐに事情を説明する。
「ああ、入試ね。……そんなに気にしなくていいよ」
「でも、中学を卒業してからは、ほとんど勉強してなくて……」
「いや、入試って言っても、ふるいに掛けるためにやるわけじゃないからさ。そりゃ名前だけ書いて提出とかだと、やる気を疑われるから不利になるけど……。そもそも、定時制には昼間働いてる人が大勢くるんだし、難しい問題が出るわけがないんだよ」
 青年はそれだけ言うと、再びベンチから腰を上げた。
「ま、そんなに深刻に考えなくていいよ。学力調査だから」
 そう言って、青年はその場を去って行った。少し気が楽になった葦原は、もう一度要項に目を通す。とりあえず、12月16日が応募の締め切り日で、20日はバイトを休まなければならないことだけは分かった。入学金の3万円も、現金で準備しておく必要がある。
 管財人に頼めば、入学金くらいは出してくれるかもしれない。葦原はいろいろと予定を立てた後、書類を全て封筒に収め直し、うろな高校を後にした。
とにあさんの『URONA・あ・らかると』から、風峰潤さんと椹木新さんをお借りしました。
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