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うろな町の不思議な人々 作者:稲葉孝太郎

第5章 青少年記憶攻防事件

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第49話 帰って来た狩人

「おい……ここで本当にいいんだろうな?」
 四方を警戒するスキンヘッドに、木村は後部座席のドアを開けながら答える。
「ああ、地図で確認したから間違いねえ。……ここが緊急時の集合場所だ」
 木村は車から降りると、猿轡を嵌められた少年を見やる。少年は手足を縛られ、全く身動きが取れない状態だった。木村は無慈悲に結び目を確かめ、それから周囲を一瞥する。
「さて……問題はルナ様が来るかどうかだが……」
 緊急集合地点。何らかの理由でメンバーが散り散りになったときに備えて、あらかじめ指定されている避難場所のことだ。まさかこれを使うハメになるとは、当の木村も予想していなかった。自分でも半分忘れかけていたほどである。
 木村は胸ポケットに手を突っ込み、煙草の箱を探した。
 ……ない。どうやら吸い切ってしまったらしい。木村は恨めしそうに唇を動かす。
「ルナ様は来ねえよ……。そもそも緊急事態じゃないんだからな」
「……そりゃそうだ」
 田中の相槌。ふたりがここを選んだのは、単に人目を避けるためだった。緊急集合地点に選ばれるのは、活動区域でもとりわけ寂れた場所。現に彼らがやって来たのは、工業団地の一角に打ち捨てられた廃工場だった。錆の浮き出たパイプに囲まれ、田中も運転席から降車する。
「問題は、こいつをどう取引に使うかだ……」
 スキンヘッドこと田中がポキポキと指を鳴らす。殴り掛かろうというわけではない。考えを巡らせるときの、田中特有の癖だった。だがそれを知らない少年は、車の中でぶるぶると体を震わせていた。どうやら暴力沙汰には慣れていないらしい。
 木村は少年の焦燥を無視して、先を続ける。
「そりゃ決まってるだろ。……思い出屋に町から出て行ってもらうのさ」
「そこじゃねえ。……どう決着をつけるかだ。相手は夢案内人(ドリームアドバイザー)。裏のルールじゃ、お互い夢の中で勝負することになっている。だが、俺たちはそういう能力持ちじゃない」
「だったら商店街に戻って、ルナ様と合流した方がいいんじゃないか? ルナ様ならあの女にも勝てるさ。なんせ完全同調者(シンクロニスト)なんだからな」
「一度負けてるのに、か?」
 田中の詰問に、木村は押し黙った。田中は構わず先を続ける。
「前回の失敗は昔話じゃねえんだ。あれでルナ様の信用は地に落ちた。……もともと組織内で好かれてる存在じゃなかったしな。いくら裏社会で働くとはいえ、協調性が無さ過ぎるんだ。一匹狼の殺し屋ならまだしも、ただの夢狩人(ドリームハンター)だからな」
「だからこそ、あのガキとタイマンを張った方がいいだろ? 今回勝てば、あれはただのまぐれだって証明できるんだからな。実際……」
「木村……おまえは分かってねえ……」
 田中の呟きに、木村は眉をひそめる。
「分かってない……? 何をだ?」
「……ルナ様の連敗もありうるってことだ」
 田中はそう言い切ると、サングラスを外してレンズを拭き始めた。
 木村は納得がいかぬ顔で、田中に詰め寄る。
「おいおい、相手はただの夢案内人だぜ。2連敗はさすがに……」
「あのとき、組織へのレポートを作成したのは俺だ。任務失敗とだけあって、分厚いのを書かされたぜ。……まあそれはどうでもいい。俺は報告書を書いている間、なぜルナ様があの女子高生に負けたのかを考えた……。組織の特務エージェントが負けた理由をな……」
「それで、分かって言うのか?」
 半分ふざけた調子で、木村はそう尋ねた。田中は極めて真面目に頷き返す。
「ルナ様は2つのミスを犯していた。そしてそのどらちにも共通する点がある」
「……もったいぶらずに言えよ。その共通点ってのは何だ?」
 木村の催促にもかかわらず、田中は間を置いた。サングラスを掛け直し、息を継ぐ。
「ルナ様は他人の考えが読めない……。それが根本的なミスに繋がっている」
「……どういうことだ?」
 田中は運転に疲れたのか、ぐるりと右肩を回した。勇ましく関節が鳴る。
「単純な話だ。例えばデートの最中、いきなり相手の機嫌が悪くなったらどうする?」
「そりゃ……宥めるさ」
「だろ。怒って帰られちゃ困るからな。ところがルナ様の場合は、逆のことをする。理由をしつこく尋ねたりするわけさ。自分が不機嫌にならないから、不機嫌という状態がどういうものなのか想像がつかないんだ。そうなると相手はますます怒って、そのまま帰っちまうだろう。……ルナ様はそこが読めない。だから当初の計画がパーになる」
 木村は田中の分析に言葉を失った。彼とて、ルナの性格上の欠点には気付いていた。日頃から飄々としていて、掴みどころがない。しかし、それが任務の失敗に繋がる可能性があるとは、想像だにしていなかった。むしろルナの冷静さは、仕事上好都合だとすら思っていたほどだ。
 木村は若干肩を落としながら、錆の混じった足下の土を見やる。
「で……それを上に報告したのか……?」
「いいや、多少は誤摩化して書いたさ。……だが、上層部の目は節穴じゃねえ。でなけりゃワンミスでこんな場末の仕事なんざ任されやしねえよ。ルナ様は疑われてる……」
 田中が喋っている間、木村はふと遠くの空を眺めた。夢狩人の付き人になってから2度目の冬。言いようのない侘し気な空気が、男の胸中を吹き抜けた。
「……そろそろ転職を考えるかね」
 小声でそう呟いた木村の背中を、田中の大振りな手が襲った。
「いてぇッ!」
 思わず叫んでしまう木村。田中はふんと鼻を鳴らす。
「しんみりしてんじゃねえよ。それより、俺たちふたりでできることを……」
 砂利を踏む音。それは車のタイヤからでも、ふたりの足下からでもなかった。木村は工場へと続く道を見やる。
 ……1組の少年少女がこちらへやって来る。木村は大きく溜め息を吐いた。
「やれやれ、こりゃ本格的に転職を考えねえとな……」
 木村のぼやきを他所に、少年たちはこちらへ近付いてくる。ふたりとも真剣な目をしていた。自分たちの顔も、相手にはそう映っているだろう。木村はそんなことを思う。
 砂利の音が止み、4人は数メートルの距離を置いて対峙する。とても高校生とは思えない気迫だ。夢案内人の凄みは分かるが、少年から発せられているオーラも気になった。彼も能力者なのだろうか。だとすれば勝ち目は……。
 弱気になった木村を他所に、田中が最初に口を開いた。
「おまえら、どうやってここを見つけた? ……まさか最初から罠だったのか?」
「そんなことないわ。喫茶店ではそっちがうまくやったわよ」
 少女の返答。だがこれでは答えになっていない。
「だったらなぜ……」
 田中はそこで言葉を区切った。問うても無駄だと思ったのだろう。木村自身、少女たちが容易に口を割るとは思っていなかった。ルナが記憶改竄のプロであるように、少女もまた記憶再生のプロなのだ。プロにはプロの掟がある。
「まずは仲間を返してもらおうかしら」
 少女は車の中に横たわる少年を眼差す。まずいことになった。木村は内心舌打ちをする。こうなることが分かっていたならば、あんな回想には耽らなかった。大至急ルナに応援を要請したはずなのだ。
 とはいえ、相手がこれほどの短時間で追いつくとは、ふたりとも予想していなかった。木村は時間稼ぎに出る。
「まあそう慌てなさんな。ひとつ商談と行こうじゃないか」
「商談……? まずは人質の解放が先よ」
 少女は断固とした口調でそう告げた。だが木村はそれを無視する。
「あんたらがこの町にやって来た動機は何だ?」
「それを喋ると思ってるの?」
 冷ややかな対応。もちろん木村も、回答を期待したわけではない。他人に依頼内容を漏らすのは、タブー中のタブーだからだ。木村はカマを掛ける。
「俺たちと仕事がバッティングしていないなら、すぐにこの少年を解放するぜ。俺たちが彼を拉致したのは、あくまでも予防手段だからな。そっちが先に後をつけて来たんだ。別にあんたらと敵対する意思はねえ」
「それを確かめるには、あなたたちも依頼内容をバラす必要があるけど、できる?」
 痛いところを突いて来る。木村は面倒くさそうに頭を掻いた。
 さてどうしたものか。相手の行動からして、任務がバッティングしていることは明らかである。そうでなければ、そもそも相手がこちらを追跡して来ないだろう。思い出屋と忘れ屋の関係は、仕事上のものであって、それ以外に影響を及ぼしはしない。親の仇というわけでもあるまいし、見つけただけで追ってくるということはないだろう。要するに、少女が商店街で木村を追いかけた時点で、そこまでははっきりしているのだった。
 しかし、少女はこのままシラを切るだろう。木村は少し方針を変えることにした。
「こっちには今、記憶に潜入できる人材がいないんでね。あらためて時間を……」
「……その必要はないみたいよ」
 少女は木村の発言を制し、工場の入り口へと視線を伸ばす。木村もそれに釣られた。
 彼のサングラスがずり落ちる。
「ル、ルナ様ッ!?」
 薄い青空をバックに、スーツ姿のルナがこちらへと向かって歩いていた。別行動という話ではなかったのか。木村は混乱すると同時に、心強い味方を得た。
 こうなれば五分だ。さきほどの田中の説明が正しいとしても、ルナがいるといないのとでは天と地ほどの差がある。サングラス越しの期待に答えるがごとく、ルナはふたりの付き人の前で歩を止める。
「すみません、タクシーを見つけるのに手間取りました」
「ル、ルナ様、これは……」
 ルナはそれ以上説明することなく、車内と少女たちを交互に見比べていった。
「……おおよその事情は把握しました。……この少年が人質というわけですね?」
「そうよ。私たちは、その奪還に来たってわけ」
 木村と田中の代わりに、少女が大声でそう答えた。既に場は、ふたりの能力者、思い出屋と忘れ屋を中心に回り始めている。木村は主役を降り、一歩後ろに下がる。
 ルナと思い出屋の少女との間に、緊迫した空気が漂いつつあった。
「……勝負の内容は?」
 ルナの問い。相手は慎重に答える。
「もちろん夢の中で……と言いたいけど、舞台設定がね……。第三者がいないし……」
「私はそこの少年でも構いませんよ?」
 ルナは左手を持ち上げ、思い出屋の隣に立つ美少年を指差した。
 木村もさきほどから気にはなっていた。あの少年、何者だ。能力者か、それともただの助手か何かか。……いずれにせよ、ルナの指名は自殺行為だ。木村は止めに掛かる。
「ル、ルナ……あいつは敵だ……。敵の記憶の中で闘うのは……」
「少年は手出し無用としましょう。記憶野から相手を弾き出した方が勝ち、というルールはどうでしょうか?」
「ふーん……相撲と同じってわけ……。シンプルでいいわね」
 思い出屋は面白そうに微笑んだ。木村はますます焦る。
「そ、そんな保証がどこにある? 裏切られたら2対1なんだぞ?」
「そのときはそのときで対処します」
 ルナは議論を打ち切り、思い出屋を真っ直ぐと眼差す。そして不敵な笑みを浮かべた。
「さあ、受けて立ちますか?」
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