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うろな町の不思議な人々 作者:稲葉孝太郎

第5章 青少年記憶攻防事件

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第48話 未着手?

 町中を移動する葦原(あしはら)の捜索に、(あんず)たちは若干手間取った。バイト先からは既に帰宅したと告げられ、遠坂(とおさか)が血相を変えて探したものの、なかなか見つからなかったのだ。安眠している葦原が公園で発見されたのは、捜索開始から30分も経ってのことである。
「ああ、良かったわ……」
 ホッと胸を撫で下ろす遠坂。
「寝顔もなかなか可愛いわね」
 ベンチにもたれ掛かる葦原を眺めながら、遠坂は顔を緩めた。そんな光景を尻目に、杏は首を傾げる。
「地球人の好みはよく分からないのです。吉備津(きびつ)くんと同じ顔に見えるのです」
 杏の宇宙人的な感想に、遠坂はきょとんとする。
「そりゃ吉備津くんも美少年だけど……さすがに顔の見分けはつくわよ?」
「前から不思議なのですが、なぜ吉備津くんではダメなのですか?」
 杏は無作法にそう尋ねた。他人の男の好みをどうこうすること自体が、あまり褒められた話題でないと知らないのだ。
 もっとも遠坂も遠坂で、杏の性格を見抜いているのか、あっさりと答えを返す。
「吉備津くんねえ……最初入学したときは、ちょっと怖いタイプだったし……。それに同じ学校の教師と生徒っていうのは、周りの目が……」
「でも吉備津くんは遠坂先生のことが気になっているのです」
 杏の唐突な発言に、遠坂はびっくりして背筋を伸ばす。
「吉備津くんが……? 私に……? 嘘でしょ?」
「吉備津くんは遠坂先生と会うときに、心拍数が微妙に上がっているのです。これはラボで計測した結果なので、間違いないのです」
 杏は調査結果の一部を遠坂に提供した。本当は秘密事項なのだが、これくらいならいいと判断したのだ。母星からの指令では、そもそも地球人と接触することが禁じられており、情報の漏洩など今さら大したことではなかった。彼女が地球という辺境の地で、生態調査などという曖昧な任務に付されたのも、彼女の学術的な好奇心の強さ故だった。要するに、通常の軍務には向いていないと診断されたのである。
 ところが杏の善意にも、遠坂は怪訝そうな眼差しを返すばかりだった。
「何かの間違いじゃない? ……というか、吉備津くんって、私に正体を見破られてからどうも警戒してるみたいなのよね。それで心拍数が上がってるんじゃないの?」
 遠坂の反論に、杏は何とも答えようがなかった。彼女は感情を持たないので、どの理由で心拍数が上がっているのか判断がつきかねたのだ。今はマザーもいないので、他のサンプルと比較することもできない。
 杏は話を戻すことに決めた。
「早速起こすのです」
「そ、そうね……風邪引くといけないし……」
 遠坂は少年の肩へ控えめに手を掛けた。軽く揺さぶってみる。
「葦原くーん? 朝ですよー?」
「朝ではないのです。昼なのです」
 杏の突っ込みを無視して、遠坂は肩を揺すり続ける。少年はうっすらと目を開けた。
「ん……ここは……?」
 目を覚ました葦原は、公園をぼんやりと見渡す。すぐさま杏たちの存在に気付いた。
「と、遠坂さん……それに入江(いりえ)さんも……」
「ああ、良かった。無事だったのね」
 うっかり口を滑らせる遠坂。葦原は訝しげに眉をひそめた。
「無事……? 何かあったんですか?」
「い、いえ、何でもないのよ。こっちの話だから」
 遠坂は慌てて誤摩化した。よくよく考えてみると、葦原に会う口実などないのだが、そこは空気の読めない杏だった。何の脈絡もなく質問を始める。
「ここで何をしているのですか? 人間はまだ寝る時間ではないのです」
 杏は少し興味深げにそう尋ねた。生態について何か新しいデータが入手できるかもしれない。そんな風に思ったのだ。ところが葦原は、しばらく答えを返さない。まるで自分自身、理由が分かっていないかのようだった。
 もしや記憶を消されたのでは……。杏と遠坂の間に緊張が走る。
「あ、えっと……バイトで疲れちゃって……それで……」
「……要するに昼寝ですか?」
「そうですね。アパートまではちょっと距離がありますから……」
 なんだ、詰まらない。杏はそう思う。
 一方、遠坂は並々ならぬ険しい顔をしていた。そしてこう尋ねる。
「ねえ、葦原くん……駐車違反の件は覚えてる……?」
「駐車違反……?」
 葦原は顎を引き、記憶を手繰る。まずい。杏も遠坂の質問の意味を察した。
 後手に回ったか。そう考えた瞬間、葦原はこくりとひとり頷いた。
「ああ、鬼道(きどう)グループの件ですか? 覚えてますけど、それが何か?」
 葦原の返事に、遠坂は大きく肩の荷を降ろした。
「良かった……まだ先回りされてなかったのね……」
「先回り……? 何がですか?」
夢狩人(ドリームハンター)が葦原くんを……んご」
 杏は遠坂に口元を封じられた。敵の正体を告げて何が悪いのか、杏には分からない。地球人は物事を隠し過ぎだと、杏はいつも思う。
「えーと、もうアパートに帰るのかしら?」
「い、いえ……次のバイトがあるので……。今何時ですか?」
「2時半過ぎよ。正確には……」
 遠坂は腕時計を確認する。
「2時43分ね」
 遠坂が時刻を読み上げると、葦原の顔色が急変した。慌ててベンチから立ち上がる。
「た、大変だッ! 遅刻するッ!」
 葦原は挨拶もそこそこにその場を走り去った。
「ま、待って、葦原くんッ!?」
「起こしてくださってありがとうございましたッ!」
 それを最後に、少年は公園から姿を消した。木枯の中に、女教師と宇宙人だけが取り残される。
「……行っちゃったわね」
「いづなくんから、警護を頼まれているのです。追跡するのです」
 杏はそう言うと、ポケットから例の端末を取り出す。スイッチを入れると、赤いランプが表示された。吉備津に渡したのと同機種で、マザーから位置情報が送られてくる仕組みだ。
「あれ……でもどうやって……?」
 横合いから遠坂が尋ねた。
「こっそり発信器をつけたのです。前回の盗聴と同じ要領なのです」
 回答もそこそこに、杏は周囲を見渡す。砂場で子供が遊んでいるのが見えた。
 ここで転送してもらうのは、少々人目につき過ぎる。商店街も目の前だ。
「仕方がないのです。着陸地点まで戻るのです」
「ちょっと待って……。宇宙船から監視するの?」
「それ以外に何か手があるのですか?」
 杏の疑問に、遠坂はすぐさま質問で返す。
「仮に葦原くんが町中で襲われたとして……そのときはどうやって助けるの?」
「そのときはマザーに地上へ転送してもらえばいいのです」
「周りに人がいても?」
 杏はハッとなる。
「……それはダメなのです」
 これだから地球の調査は面倒なのだ。人が溢れ返っている。もう少し人口密度の低い国にすれば良かったかと、見当違いなことを考える杏。今回の事件についても、杏は退屈な印象を受けていた。もちろん、その退屈という感情すら、彼女の中では微々たる位置を占めているに過ぎないのだが……。
「とにかく、歩いて追いかけないとダメよ。このまま後をつけましょう」
 遠坂の言葉に背中を押され、杏は公園を出た。商店街は昼を過ぎ、だんだんと落ち着きを取戻し始めている。夕方頃までは、尾行が容易に思われた。
 発信器があるとは言え、葦原が視界から消えては意味がない。ふたりは可能な限り距離を縮められるよう後を追った。素人には難しい作業だが、当の葦原がバイトへと急いでいるため、立ち止まられたりする危険性はなかった。
 5分ほどの尾行で、ふたりはあっさりとバイト先を突き止めた。それは商店街の入り口付近にある揚げ物屋。葦原が裏口へ消えたところで、ふたりは作戦会議に取りかかる。
「とりあえず、ここまでは無事だったけど……どうするの?」
「ここで監視すればいいのです」
 杏は何の疑問もなくそう答えた。しかし遠坂が納得しない。
「ここで何時間も見張ってたら、警察に職質されるわよ」
「……そうなのですか? だったら、そのへんの店で待つのです」
 杏たちは手頃な店を探す。……ない。
「参ったわね。喫茶店とかあればいいんだけど……」
「仕方がないのです。あそこのファミレスからなら、ギリギリ覗けるのです」
 ふたりは少し離れたファミレスへ移動し、強引に窓際の席を占めた。遠坂が頬を窓ガラスギリギリまで近付けて様子を伺う。
「うーん……売店は何とか見えるかも……」
「だったらそれでいいのです。そもそもバイト中に襲われる可能性は低いのです」
 そこへ店員が注文を取りに来た。遠坂はコーヒーを、杏は何も頼まず、再び会話に戻る。
「ところで今回の件、ちょっと気になってることがあるんだけど……」
「そういう遠回しな言い方はいいのです。私の星のマナーに反しているのです」
「こ、ここは地球なんだけど……。あのね、敵の動きがちょっと悠長じゃない?」
 杏は相手の質問の意味を探る。確かに、行動が遅過ぎるようには思えていた。ただそれが地球人特有ののんびりさなのか、それとも何か特別な事象を意味しているのかについては、杏も判断を差し控えていただけである。
「それは地球人から見て……」
 杏がそう言いかけたところで、遠坂は唇に人差し指をあてがう。それが静かにしろという合図であることを、杏もさすがに知っていた。
 店員がコーヒーカップを持ち込み、伝票を置いてその場を離れる。遠坂は誰か聞き耳を立てていないかと探った後、杏に向き直った。
 杏は言いかけた質問を再開する。
「それは地球人から見ても遅いのですか?」
「そりゃ、闇の組織の実態なんて知らないけど……。でも、あなたと吉備津くんの話を聞く限り、ちょっともたもたし過ぎだと思う。最初はいきなり襲って来たんでしょ? しかも、吉備津くんと葦原くんを取り違えて……」
 杏はこくりと無表情に頷き返す。
「そういうそっそっかしいメンバーが、急に息を潜めたとなると……」
「私といづなくんに驚いて、慎重になっているのかもしれないのです」
「でも、それだけじゃ……」
「もうひとつ理由があるのです。夢狩人(ドリームハンター)3名のうち、2名には記憶操作を施してあるのです。彼らは、ルナという少女と別行動を取るようにコントロールされているのです。したがって、少なくともその2名に関してはおかしくないのです」
 杏の説明にもかかわらず、遠坂は納得しなかった。前のめりになりながら先を続ける。
「でも逆木(さかき)くんを誘拐したのは、その2名なんでしょ? 私が疑問に思っているのは、ルナがどこで何をしているのか、よ。彼女は記憶を改竄されているの?」
 杏は首を左右に振る。
「だったら、なおさら……」
「ルナはまだ地球年齢で16、17歳くらいなのです。もしかすると、付き添いがいなければ何もできないのかもしれないのです。まだまだお子様なのです」
 杏の星では、17歳と言えばもう立派な大人だった。地球人はゆっくり成長し、その割には100年も生きずに死んでしまう。杏から見ると、かなり繊細な生き物である。
「それは楽観的過ぎるわ。もう少し相手の動向を……」
「でも葦原くんは現に無事なのです。それが何よりの証拠なのです」
 杏の決定打。遠坂は拗ねたように押し黙り、窓の外を見やった。論破したというわけでもないが、杏も議論を打ち切り、揚げ物屋へと視線を伸ばす。杏の位置からは真後ろに当たるため、少々骨が折れた。
 ……売り子をする葦原の姿が見える。やはり何事もないのだ。杏はそう確信した。しばらく沈黙が続いた後で、再び遠坂が唇を動かす。
「吉備津くんの方は、大丈夫かしら……?」
「吉備津くんひとりでも勝てると思うのです。それに、逆木(さかき)くんもそこまで貧弱ではないのです。あれでも立派な夢案内人(ドリームアドバイザー)なのです。そうでなければ、私がいちいち興味を持ったりはしないのです」
 杏と逆木の出会いは、かなり特殊だった。地球人にも能力者がいると知ったのは、そのときが初めてである。他人の記憶に潜入するという、杏から見れば些細な能力だったが、それでも地球人としては貴重なサンプルに違いない。その機会を彼女が見逃すはずもなく、逆木は杏の【お友だち】という地位に収まっている。
「私はルナという少女に興味があるのです。他人の脳波と高率でシンクロできる人間は、まだ出会ったことがないのです。解剖すればきっと面白いのです」
「あのね……解剖は禁止って、何度も言ってるでしょ?」
「しかし母星からは許可を……」
「ダメです。あなたが在籍する高校の教師として、断固禁止します」
「……それなら仕方がないのです。私は生徒で、先生は先生なのです」
 一旦設定してしまった地位関係は、杏でも覆すことができない。潜入先の関係は、任務を遂行する上で最優先事項だからだ。少なくとも、母星のマニュアルではそうなっている。
 杏は詰まらなさそうに外を眺め、そしていつもの人間観察を開始した。
+注意+
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