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うろな町の不思議な人々 作者:稲葉孝太郎

第5章 青少年記憶攻防事件

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第47話 狩人の思い出

 赤い夕焼けが広がっていた。西の空から天蓋の中央まで、一面を覆う朱のカーテン。その残照を受けながら、ルナと葦原(あしはら)は目の前の風景に見入っていた。
 ……ここはどこだろうか。見たことのない風景。自分が覚えていないだけなのか。隣で呆然と立ち尽くす葦原を他所に、ルナは周囲を一望した。彼女たちがいたはずの公園は消え去り、名前も知らぬ小川が左手を流れている。
「ここは……?」
 葦原が夢見心地でそう呟いた。ルナは答えない。答えようもなかった。
 ルナは五感を研ぎすます。涼やかな風が彼女の肌を撫でる。季節は秋。時間が巻き戻ってしまったのか、それとも進んでしまったのか……。ルナには分からない。少なくとも、冬の気配はまだ感じられなかった。
 しかし彼女の神経が最も過敏に反応したのは、ふたりを取り囲んでいる季節の移ろいにではなかった。……嗅覚。何かが燃え尽きたような焦げ臭さ。ルナは風の向きから、その匂いが川下から吹き上げられていることに気付く。
「ねえ……何か焦げ臭くない?」
 葦原も同じ結論に辿り着いたようだ。ルナは黙って川下へと歩き始めた。川は西に通じているらしく、夕焼けの濃い空が広がっていた。少年は二、三呼びかけた後、大慌てで彼女を追って来た。そしてルナの隣につける。
「ねえ、ここはどこなの……? 僕らは商店街の公園にいたんじゃ……」
「ここは……夢の中だと思います」
 ルナの返答に、葦原は歩を止めた。彼の顔が、ルナの視界から消え去る。ルナも足の動きを止め、後ろを振り返った。口をぽかんと開けた葦原が、彼女を見つめ返していた。
「夢の中……? 僕は夢を見てるの……?」
「どちらの夢かは分かりません……私のものか……あなたのものか……」
 ルナの意味深な返答に、葦原は眉をひそめた。
「きみの夢……? じゃあ僕は、自分の存在について勘違いしてるってこと?」
「……そうかもしれません」
 ルナはそれだけ言うと、再び川下へと向き直った。日暮れの変化は早い。今の会話で、西の空はその輝度を既に落とし始めていた。薄暗くなり始めた河原の道を、ルナは何かに押されるように辿り始める。雑草の茂みが、ざわざわと小声で囁いていた。
 葦原の足音は、ひたひたと彼女の後を追っていた。だがルナの意識は、後ろではなく常に前へと引かれていく。この先に何かがあると、彼女の本能がそう告げていた。
 香りはだんだんと濃くなり、煙が辺りに漂い始めた。深く息を吸うと、咳き込んでしまいそうなほどの白煙。土手の上から漂ってくる奇妙な熱。
 ルナは河川敷を上り、そして目の前の光景に足を止めた。葦原もすぐに追いつく。
「……火事?」
 背後に立った葦原が、半信半疑でそう呟いた。疑いの余地を差し挟むようなものはどこにもない。ルナはそう思う。炭と化した建築資材に瓦礫の山。ちらちらと赤い炎が煌めく。その炎の動きに、ルナはかすかな胸騒ぎを覚えた。
「これは……私の夢……」
 ルナはひとり呟く。資材の爆ぜる音で聞き取れなかったのか、葦原は彼女を見た。
「何か言った?」
 ルナは少年の質問を無視して、現場に視線を走らせる。すると小さな女の子が、瓦礫のそばに佇んでいた。葦原も気付いたらしく、慌てて声を掛ける。
「きみ、大丈夫?」
 葦原は少女に駆け寄り、そして息を呑んだ。ルナもハッとなる。
 ……少女はルナにそっくりだった。まるで生き写しのようだ。ひとつだけ違うのは、少女がまだ非常に幼いということ。それ以外に彼女たちを見分ける術はなかった。歳は分からないが、小学校低学年くらいに見える。ただ少女は、ルナと同様に年不相応な落ち着きを漂わせていた。焼け落ちた家屋を、焚き火でも見るかのように眺めている。
 ルナは少女の中に、何か安らぐものを感じ取った。同時に、微かな恐怖も……。
「きみの妹……?」
 違う。ルナの脳内で否定の声が響いた。この少女は……自分だ……。
 なぜもうひとりの自分がいるのだろう。夢だからか。ルナの記憶に掛かっていた霧が、次第に晴れ始める。夢……ドリームアドバイザー……記憶……。
 ルナが連想に耽る中、葦原は少女の安否を気遣った。
「怪我はない? お父さんとお母さんはどこ?」
 少女は言葉を発することなく、瓦礫の山を指差した。葦原はその指先を追い、一歩後ろに下がる。少年の顔は、暗がりでも分かるほどに青ざめていた。
「そ、そんな……早く救急車を呼ばないと……ッ!」
 葦原はポケットを弄る。携帯を探しているのだろう。そんなものはない。理由は分からないが、ルナはそのことに確信を持っていた。
「な、ないッ! 僕のスマホ……」
「葦原くん、落ち着いてください」
 ルナの冷静な声音に、葦原はどきりとした顔で振り返る。
「だ、だって人が……」
「さきほども言ったように、ここは夢の中です。……現実の私たちは公園にいます」
 狂気に満ちた回答。だが葦原は異義を差し挟まなかった。混乱しているのか、それともルナの言葉に説得力を感じたのか……。ルナは判断を留保する。彼女には、他にやらなければならないことがあった。
 失われた記憶(ロストメモリー)を探せ……。何かがそう命じている。
 ルナの膝が自ずと沈んだ。……そうだ、何をすればいいのか、体が覚えている。記憶がなくとも、長年の経験が肉体から消えたりはしないのだ。ルナは全てを身体に委ねた。彼女は自分と生き写しの少女を抱き寄せ、目を瞑り、額を合わせた。
 燃え上がる炎と、両親の叫び声。それを冷静に見つめる自分……。そしてその後の出来事が、走馬灯のように彼女の脳裏を駆け抜けた。記憶の奔流。
 うっすらと涙の筋が頬を伝う。だがそれだけのことだった。ルナは雫を拭うことなく、少女を優しく解放した。その場で立ち上がり、前を向いたままじっと押し黙る。
「……どうしたの? ……さっきから何をしてるの?」
 葦原の質問。自分が何をしているのか、ルナにははっきりと分かっている。
 ドリームアドバイザー……。彼女は葦原にそう伝えた。嘘ではない。ただ、仕事の内容について、何も語らなかっただけだ。
 ルナは涙が風で乾いたのを確認し、それから葦原へと首を曲げた。
「葦原くん、少し協力して欲しいことがあります……」

  ○
   。
    .

泰人(ひろと)が誘拐されたのですか?」
 計器を操作しながら、(あんず)がそう尋ねた。少々無関心っぽい響きだが、それは彼女の性格に起因するものだ。どうでもいいとはさすがに思っていないだろう。吉備津(きびつ)はこくりと頷き返す。
「どうやら、夢狩人(ドリームハンター)の手に落ちてしまったようです」
「吉備津くんがいたのに……?」
 遠坂(とおさか)の声。彼女は宇宙船の隅に立ち、神楽と何やら話し込んでいた。会話の内容は聞き取れなかったが、杏の調査結果を伝えていたように思える。
 それにしても痛いところを突かれた。確かにこれは自分の落ち度だ。吉備津は素直に責任を負った。ただ遠坂は、吉備津を責めているというよりはむしろ、信じられないといった顔をしていた。これまでの戦果から、楽勝だと判断していたのだろう。吉備津自身の中にも、多少の奢りはあったかもしれない。特殊能力を持たない者に負けるはずがない、と……。
 後悔先に立たずだ。吉備津は気を取り直す。
「泰人くんは携帯を所持しているそうです。それを追跡してください」
「私に任せるのです。泰人くんの携帯データは既に採取してあるのです」
 無断採取癖のある杏だが、今回ばかりはそれが役に立った。杏は計器を操作し、モニタに解析結果を映し出す。うろな町の地図と思しきマップに、赤い点が点滅した。
「あれが泰人くんの現在地ですね?」
「そうなのです。……ポイント3ーHなのです」
 宇宙船の座標で言われても分からない。だが、地図は部外者の吉備津でも分かるほど、詳細を極めていた。道路だけでなく、建物の形状なども細かく再現されている。これまでの学習から、吉備津はそのポイントを予測した。
「……南の工業団地ですか」
「正解なのです。……但し、ポイントは依然移動中なのです」
 移動中。つまり、泰人を運搬中ということだ。意外に相手ももたついているようだ。
「どのくらいの速度か分かりますか?」
 吉備津の質問に、杏はマザーへと向き直る。
「マザー、ポイントの移動速度を計算するのです」
《……平均時速52キロメートル。不定期ニ停止ヲ繰リ返シテイマス》
「ということは車ですか……」
 吉備津は扇子を口元に添える。泰人を連れている以上、タクシーということはない。わざわざ持ち込んだ自家用車かレンターカーだろう。吉備津はそう見当をつけた。
「行き先を随時こちらへ連絡していただけませんか? 私と神楽さんで追跡します」
 吉備津の宣言に、杏は?マークを浮かべる。
「UFOで追えば一瞬なのです。ジェット機でも捕捉できるのです」
「杏さんたちは、葦原くんの警護に回ってください。泰人くんが誘拐されたとはいえ、それ自体が敵の罠な可能性もあります。戦力は分散しませんと……」
「分かったのです。それなら、これを持って行けばいいのです」
 杏が壁にタッチすると、それまで見えなかった正方形の切れ込みが入る。隠し金庫のようにぽっかりと穴が空いた。杏の荷物置き場になっているのか、中には小型の機械類が積み上げられていた。
 杏はその中からトランシーバーのようなものを取り出し、吉備津に放り投げた。吉備津は絶妙な距離でそれをキャッチする。
「……これは?」
「マザーの端末なのです。そちらへデータを転送するのです」
 そう言うが早いか、画面にモニタと同じ地図が浮かび上がった。赤いポイントの位置も表示されている。吉備津はそれを握り締め、杏の顔を見つめ返した。
「では杏さん、葦原くんの警護を頼みます」
「大丈夫なのです。葦原くんの方は任せるのです。……でもどこにいるのですか?」
 吉備津は葦原のバイト先を教えた。時間帯からして、そろそろ終わっているはずだ。
「よろしくお願い致します。……それでは、私を元の場所へ」
 吉備津がそう言い終える前に、彼は廃材置き場の片隅に転送されていた。転送の光で目がチカチカするものの、体に異変はない。何度も経験した現象だが、未だに仕組みが把握できていなかった。
 吉備津は周囲を見回す。
「神楽さん?」
 神楽の姿がない。まさか、転送人数を間違えたのではないだろうか。前回のミスを覚えているだけに、吉備津は若干焦る。
「私はここよ」
 そう言いながら、神楽は廃材の影から姿を現した。スカートの埃を払う。
「もうちょっと優しく転送できないのかしら。尻餅ついちゃったわ」
 ぶつぶつ不平を漏らす神楽。吉備津はすぐに話題を変えた。
「泰人くんの行き先はお聞きの通りですが……策はいかに?」
「策と言われてもねえ……」
 神楽は両腕を胸元で組み、小難しい顔をする。
「あなたの魔法でちゃちゃっと凹っちゃえばいいんじゃないの?」
 それなら話は単純だ。問題がひとつあるとすれば……。
「しかし、それは死人が出てしまいます」
 吉備津の一言に、神楽は大きく溜め息を吐く。
「うーん、夢案内人(ドリームアドバイザー)同士、リアルファイトは原則禁止っていう暗黙の了解があるのよねえ……だから殺すのは不味いんだけど……」
「ということは、誘拐された泰人くんの命も保証されている、と?」
 吉備津の問い掛けに、神楽はあっさりと頷き返す。
「そりゃそうよ。そもそもマフィアみたいに何でもアリなら、私たちなんてとっくに殺されてるわ。前回の仕事でも、やろうと思えばいくらでもやれたはずだもの。それができないのは、裏社会にも一定の約束事があるからよ。夢案内人の場合は、原則的に夢の中で決着をつけるっていうのがそれね」
 神楽の説明を聞き終え、吉備津は自分に呆れ返る。裏社会にもルールがあることなど、彼もとうに了解済みだったからだ。
「そうでした……本業を廃してから早100年、すっかり失念を……」
 吉備津の独り言に、神楽は眉をひそめる。
「ねえ……あなたの本業って何だったの?」
「それは内密に願います。……それより、泰人くんの救出方法を考えましょう。神楽さんが夢案内人である以上、私がしゃしゃり出るのは好ましくありませんね……」
「相手がタブーを犯してないなら、まずは交渉があるはずよ……。どういう風に決着をつけるとか、そういう話……。泰人はそのための人質に過ぎないわ。あるいは、既に泰人と勝負を始めてる可能性も……」
「ルナと、ですか?」
 そうなんじゃないの、という感じで、神楽は右肩をすくめて見せた。さきほどから同僚に冷た過ぎないかと思っていた吉備津だが、今は神楽の態度も理解することができる。落命の危険性がない以上、そこまで焦る必要もないのだった。
 夢案内人(ドリームアドバイザー)。思っていたよりも、呑気な商売である。
「で、勝算は?」
「ま、ゼロでしょ。完全同調者(シンクロニスト)との勝負じゃね」
 神楽の辛辣な評価。だがかえって今はありがたい。お世辞よりも真実が重要なのだ。
「となると……」
 吉備津は通信機をポケットから取り出す。
「これを追いかけるより他にない……ということですか……」
 吉備津は液晶画面を見つめる。赤いランプは、着実に工業団地を目指していた。
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