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うろな町の不思議な人々 作者:稲葉孝太郎

第5章 青少年記憶攻防事件

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第42話 作戦会議

これは11月17日(土)の話です。
 安いホテルの一室。化学調味料の匂いを嗅ぎながら、金髪男とスキンヘッドはラーメンを啜っていた。近くのコンビニで買った代物だ。もう少しマシなものを食べたいのだが、所持金の都合上、節約を迫られていたのである。
「ああ、今日もカップ麺か……」
 スキンヘッドがスープを飲みながら愚痴をこぼす。
「昼は牛丼だっただろ」
 と金髪男。もっとも彼自身、言ってることに自暴自棄な感じが否めなかった。箸を動かしつつ、つまらなさそうにテレビのニュース番組に見入っている。
「同じことだろ……少しは他のものを食いたいぜ……」
 スキンヘッドはカップをベッドのそばに置くと、そのままごろりと横になった。金髪男こと木村は、面倒くさそうにカップとスキンヘッドを見比べる。
「おい、田中。食い終わったらスープは流しに捨てろ。……部屋に匂いがつくだろ」
「少し休んだらな」
「それじゃ遅いんだよ。今すぐ……」
 鈍い電子音。木村はカップを脇に退け、鞄を漁る。田中も上半身を起こした。木村は携帯ラジオのようなものを取り出すと、接続されたマイクに応答する。
「もしもし、こちらうろな出張所。聞こえますか、どうぞ」
《こちら本社。現在の出張状況について報告されたし。どうぞ》
「昨日から変化はありません。以前【商品】を捜索中です。どうぞ」
 木村の応答に、通信機は一瞬沈黙した。ふたりは嫌な気配を感じ取る。
《ルナはそちらにいないのですか? ……どうぞ》
 木村と田中はお互いに顔を見合わせる。毎日毎日同じやり取りで疲れてきたのだ。
 木村はマイクに拾われない程度の溜め息を吐き、それから答えを返す。
「前回も報告した通り、我々は二手に分かれて行動中。ルナの所在地は不明です」
 木村はそう言って返事を待つ。数秒して、合図の送り忘れに気が付いた。
「どうぞ」
《チームリーダーが別行動は問題ありです。すぐに合流してください。どうぞ》
 木村は大きく息を吐く。今度はわざと相手方に聞こえる大きさだった。
「もう一度繰り返します。ルナの所在地は潜伏行動のため不明。文句があるなら、提案したルナ本人にどうぞ」
 少々苛立った木村の声に、相手方も追及の手を緩める。束の間の静寂が訪れた。
《……了解。もし本人を発見した場合は、即座に連絡願いたし。通信を終えます》
 通信機のランプが消えた。一方的な切断だが、木村は肩の荷を降ろす。自分の預かり知らない事柄について延々と質問されることほど面倒なこともない。木村は通信機を鞄に戻し、それから即席麺へと手を伸ばした。
「チッ、すっかり冷えちまったぜ」
「それより、ルナ様は本当に大丈夫なのか?」
 ベッドに再び寝転んだ田中ことスキンヘッドが、自問自答するようにそう尋ねた。木村は箸を振り回し、知ったことかと言葉を返す。
「ルナ様が大丈夫だって言ってるんだから、大丈夫なんだろ」
「しかし、なぜ潜伏行動に切り替えた? しかも二手に分かれるとは……」
「そりゃおまえ……」
 木村はラーメンを啜った後、咀嚼する口の動きを止める。眉間に皺を寄せ、ぼんやりと小声で呟く。
「……なんでだったかな? 確か話し合ってそうなったような……」
「実は俺も覚えてねえんだ。ルナ様にそういう説得をされた気がするんだが……」
 ふたりは顔を見合わせる。一瞬だけ不穏な空気が漂ったものの、それもすぐに消えた。
「ま、ルナ様が言うんだから間違いないだろ。それに、あの人も変わってるからな」
 木村はそう言うと、スープを喉の奥に流し込む。
「ふん……違えねえ……。ところで、俺たちはどうする? 今日も高校の見張りか?」
 田中の質問を無視して、木村は食べ終えたカップを持ちながら席を立った。田中はベッドから起き上がり、同僚の背中を追う。
「おい、木村……」
「そう慌てるなって。……平日にうろな高校を見張っても、該当者はいなかったんだ。土曜にいきなり現れるってことはねえよ。となると報告書が間違ってるか、あるいは……」
 木村は洗面所に入り、カップ麺のソースを流しに捨てた。蛇口を開け、それを洗い流す。
「あるいは、何だ?」
 ベッドルームから聞こえてくる声に、木村は少しボリュームを上げて返事をする。
「あるいは、俺たちの前提が間違ってるってこと」
 木村はカップの水を切り、洗面所を後にした。きょとんとした田中と目が合う。
「前提……? 何のことだ……?」
「ターゲットが高校生ってことさ。……別にそうとは決まってないだろ?」
 木村の説明に、田中はその逞しい両腕を組んで唸った。
「なるほど……10代なら高校、ってのは確かに偏見だな。ルナ様だって、高校には通ってないんだ。だとすれば、ターゲットもフリーターって可能性がある」
「だろ? そこに見落としがあると、俺は睨んでるね」
 木村は自慢げにそう言いながら、カップをコンビニ袋に入れ、きつく縛るとゴミ箱へと放り投げた。からんという音と同時に、田中が立ち上がる。
「よし、今日はその線で調べてみるか。……10代のフリーターだな」
「それともうひとつ、美少年であること。……こいつは難しくないと思うぜ?」
 ふたりはお互いに頷き合うと、早速ホテルの部屋を後にした。

  ○
   。
    .

 風が吹いていた。首にマフラーを撒き、鼻水を啜りながら凍えている少年がひとり、周囲の人々に向かって、その青ざめた唇を動かしている。
「もうね、何て言っていいのか分からないんですけど、毎回のごとく休日を潰すのは止めてもらえないっすかね。こっちだっていろいろ都合が……」
 不平を漏らす逆木(さかき)に、ポニーテール眼鏡の少女が厳しい言葉を差し挟む。
泰人(ひろと)、これは私たち思い出屋の出番よ。他人事じゃないわ」
 少女に怒られた逆木は、ムスッとしながらも愚痴をこぼすのを止めた。ふたりの間にある上下関係は、初めて会った吉備津にも容易に分かるものだ。吉備津は少女へと向き直り、それから口を開いた。
「今日はご足労、誠にありがとうございます。お名前は……」
一色(いっしき)神楽(かぐら)。……あなたが吉備津(きびつ)いづな?」
 吉備津は頷き返す。なかなか気の強そうな少女だ。臍を曲げられると困る。そう考えた吉備津は、慎重に話を進める。
「依頼の件は、既に逆木くんからお聞きと思いますが……」
「ええ、この町に現れた忘れ屋を退治すること……よね?」
 少し違う。やはり伝言ゲームでは正確に伝わらないようだと、吉備津は訂正を入れる。
「正確に言うと、あなた方に依頼したいことは3つあります。ひとつ、葦原(あしはら)瑞穂(みずほ)くんの身辺を警護していただくこと、ひとつ、ルナという忘れ屋が、彼の記憶に潜入した場合、これを撃退すること、ひとつ……これが最終目標なのですが、ルナという少女の記憶を改竄し、ミッションが成功したと思い込ませること、この3点です」
「……なかなか重労働ね。お代は高くつくわよ」
「え、料金を取るんっすか?」
 驚きの声を上げた逆木に、神楽は呆れ顔で振り返る。
「あのね、これはボランティアじゃないの。いくらあなたの友達でも、じゃあタダでなんていくわけないでしょ。しかも危険な任務なのよ?」
 危険な任務。それを承知してもらっているのは助かる。吉備津は先を続けた。
「あなた方は、ルナという少女に出会ったことがあるのですね?」
 吉備津の質問に、神楽が代表して答える。
「ええ、私と泰人は彼女と闘ったことがあるわ。結果はこっちの勝ちだったけど……。偶然の勝利ってヤツね。もう一度同じシチェーションで勝てるかどうか……」
「神楽先輩なら勝てると思うっすけどね……オレは無理だとしても……」
 逆木の台詞にもかかわらず、神楽は深刻な表情を崩さなかった。これまでの会話で分かるのは、ルナが相当な大物と言うことだ。自分があっけなく勝ってしまったため、過小評価に陥っていたらしい。吉備津はルナの実力を上方修正する。
「そうなるとあなた方には、グループ行動をしてもらう必要がありますね……」
「ええ、最初からそのつもりよ。1対1だと個別撃破される可能性があるから」
 慎重派か。それは助かる。吉備津は杏の人脈に感謝した。
「2対1なら確実に勝てると思いますか?」
 神楽と泰人は、お互いに顔を見合わせる。泰人は目を逸らし、何とも言えないような顔をしていた。ここで自己評価を控えられては困るのだが。吉備津は再度口を開く。
「申し訳ございません。これは戦力配分のために必要不可欠な情報です。2対1でも勝利の確信がないようでしたら、私か杏さんも同行しなければなりません。……正直に願います」
 神楽は腕を組み、しばしの長考に入った。泰人の方も真面目に考えているらしい。初めての依頼なので、ふたりの思い出屋がどれだけの実力を有しているのか、吉備津はいまいち判断しかねていた。記憶操作という同じ土俵で勝っている以上、ルナと神楽との間に逆転不能な実力差があるはずはない。それに泰人を加えた場合、どれほど勝率が上がるのか……。
 吉備津は自己申告を待つ。
「……条件にもよるけど、記憶内部での闘いなら、こちらが不利だと思う」
「え、2対1でもっすか?」
 逆木の悲鳴に、神楽は冷たい視線を返す。
「彼女は夢現化(ドリマライズ)の達人よ。完全同調者(シンクロニスト)ってわけ。記憶の中で武器を自在に作り出せる以上、アドバンテージは間違いなくルナにあるわ」
「武器っすか……それはキツいっすね……」
 吉備津は、記憶の中で体験した出来事を思い出す。神楽の言う通り、ルナは銃器や爆発物を、いとも容易く作り出していた。神楽たちにそれができないとすれば、恐れるのも無理はない。
 吉備津がそんな分析をしていると、今度は神楽が質問を放つ。
「でも、いづなくんは彼女に勝ったんでしょ? どうやって……?」
「こういう術については、多少心得がありますので……」
「こういう術……?」
 神楽が眉間に皺を寄せたところで、逆木が割って入る。
「彼、陰陽師なんっすよ。800年くらい生きてるらしいっす」
 逆木の解説に、神楽は目を見張った。そして態度を改める。
「お、陰陽師なんて本当にいるんだ……いるんですね……」
 他人の記憶に潜入できる能力者も珍しいと思うが。吉備津は苦笑する。彼の正体を知った人間は、皆同じ反応を見せた。杏だけは平然としていたが、彼女はいわゆる人間ではない。もし唯一の例外がいるとすれば……それがあのルナだった。彼女が宇宙人ではないかと訝ったのも、吉備津のこれまでの経験からすれば当然のことであった。
「無理に敬語でなくても結構です。老人扱いは嫌なので……。さて、これで戦力状況はおおよそ把握できました。神楽さんたちには、私と杏さんのどちらかが補佐につかなければならないようですね」
「その方が私たちも助かるわ。見栄より安全だもの」
「素晴らしい心がけです。……どちらか指名していただけませんか?」
 吉備津は神楽に選択を委ねた。お互いの相性が分からない以上、補佐する側よりも補佐される側が選んだ方がいいと思ったのだ。神楽は泰人と相談を始める。
「杏さんはちょっと……」
 それが泰人の第一声だった。もちろん杏はそれを聞き逃さない。
「ちょっと何なのですか?」
 杏の声に、泰人はびくりと体を震わせた。気まずそうに振り返る。
「ちょっと、何て言うんですかね……いろいろ……」
「修飾語だけ並べられても、意味が分からないのです。はっきり話すのです」
 しどろもどろになる泰人。そこへ神楽が助け舟を出した。
「杏さんにはルナの術が効かないから、私たちはいづなさんと組んだ方がいいと思うわ。共闘するには、人間の夢の中へ入れる人じゃないといけないから」
 人間の、という箇所に、神楽はアクセントを置いた。即興で考えたにしては、なかなかの理屈である。吉備津は素直に感心した。
「……合理的な答えなのです」
 杏はそう言って、泰人へと向き直る。
「最初からそう言えばいいのです」
「え、あ、そ、そうっすね……すんません……」
 とりあえず謝って場を収める泰人。吉備津は次の案件に移る。
「さて、ここからが少しややこしいのですが……。杏さんの調査によると、ルナという人物で忘れ屋らしき者は、日本国民の中に見当たらなかったそうです」
「え? ってことは偽名っすか?」
 泰人は信じられないと言った顔をする。
「そこが問題なのです。ひとつ考えられるのは、日本国籍ではない可能性が……」
「確かに、ちょっと日本人離れした顔してたから、ありえるわね……。ルナって言うのも欧米っぽい感じがするから、ハーフなのかも」
「はい。……それに闇の組織ですので、そもそも公式な情報が存在していない可能性もあります。ルナという名前で捜索するのは、時間の無駄かもしれません。ここはひとつ、神楽さんと泰人さんの記憶を頼りに、外見をチェックしていくことにしましょう」
 吉備津の提案に、その場にいた誰もが頷き返した。
 ただひとりを除いて。
「ちょっと、私はどうすればいいわけ?」
 それまで一言も発していなかった遠坂(とおさか)が尋ねた。
 吉備津は彼女を宥めるように言葉を返す。
「先生は一般人ですので、今回はお引き取りください」
「お引き取りくださいって……それはないでしょ?」
「能力者同士の戦いに参加するのは、大変危険です。命の保証がありません。ですから今回は自重していただかないと……」
 吉備津の説得にもかかわらず、遠坂は一歩前に出た。
 断固とした口調で言葉を返す。
「私は絶対に帰りませんからね。仲間はずれなら、ひとりで捜します」
 駄々をこねる遠坂に、吉備津は大きく溜め息を吐く。
「やれやれ……人の気もしらないで……」
「ん、何か言った?」
「……いいえ。では杏さん、遠坂先生をよろしくお願いします」
「了解なのです。こちらは宇宙船でうろな町を調査……捜索するのです」
 これまた不安な回答に、吉備津はパンと手を叩く。ぐだぐだ言っても仕方がない。もはや行動あるのみだった。吉備津は最後の台詞を口にする。
「では、作戦開始と致しましょう」
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