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冬過ぎて、春来るらし 作者:稲葉孝太郎

第5章 青少年記憶攻防事件

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第36話 邂逅する異能者たち

「本当にここへ来るのですか? ……今日で7日目なのです」
 小学生かと見紛うほど小柄な少女が、赤いBMWの運転席でそう呟いた。少女はガラス越しにうろな高校の裏門を見つめている。授業中とあってか、人の出入りはほとんどない。1度だけ用務員がゴミを捨てに出ただけで、生徒のせの字も見られなかった。
「広いうろな町の一ヶ所で見張りをするのは非効率的なのです。場所を変えるのです」
 少女の不信を聞き、後部座席にいた少年が口を開く。
鬼道(きどう)グループの使いが葦原(あしはら)くんのアパートに現れた気配はありません。彼の素性がバレていれば、とうに夜襲を掛けられているはず。それがない以上、敵は犯行現場に現れた人物の個人情報を知らないのです」
「それとうろな高校を見張ることとの間に、どういう関係があるのですか?」
 説明に割り込む少女。少年は間髪置かずに言葉を返す。
「相手の住所氏名が分からない場合、(あんず)さんならまず何をしますか?」
「……現場付近の住人を誘拐して、記憶を探り出すのです」
「杏さんにしかできないことはさておき……人間ならどうすると思いますか?」
 少年の呆れた問い直しに、杏はハンドルを握ったまま正面を見つめた。あいかわらず誰も出て来ない裏門を監視しながら、少女は考えに耽る。
 だがそれも長続きはしなかった。少女はすぐにギブアップを宣言する。
「地球人の技術では、どうしようもないのです。泣き寝入りなのです」
 少年は軽くうなだれ、首を左右に振る。
「人間はそこまで無力な生き物ではありません。葦原くんを襲った男は、おそらく彼の人相を覚えているはずです。ごたごたで正確に思い出せないとしても、10代後半の少年であるということくらいは分かるでしょう。そして、そこが落とし穴になるのです」
「……葦原くんが落とし穴を掘るのですか?」
 杏のとんちんかんな返事を、少年は軽くスルーする。
「日本における高校進学率は相当な高さです。16、7歳の少年となれば、それが高校生であると推測するのが統計的には正しいでしょう。ところが葦原くんは高校生ではない。彼が襲われたのは日曜日ですから、そのことは相手に分かりません。したがって、敵が真っ先に目をつけるのは、うろな町にある高校と考えてよいのです」
 そこまで説明して、杏はようやく納得がいったらしい。
 少しばかり感心したような面持ちで言葉を返す。
吉備津(きびつ)くんはなかなか冴えているのです。見直したのです」
 いや、遠坂(とおさか)逆木(さかき)も同じ結論だったのだが。この作戦に今まで思い当たらなかったのは、吉備津が知る限りでは杏だけである。もちろんそれは、彼女が人間の思考とうまくマッチングできないという理由もあるのだろう。
 杏のことをよく知っている吉備津は、特に突っ込みも入れず、先を続けた。
「お褒めに預かり光栄です。……とはいえ、確かに見張りを始めてから7日目。学校の方は適当な口実で休んでいますが、これ以上はなかなか……」
「最悪の場合は、クローンを製作して代返してもらえばいいのです。それくらいならお安いご用なのです」
 自分がもうひとりいる。その状況を、吉備津はあまり好ましく思わなかった。同じ顔をした人間がいるというだけでなく、もうひとり同程度の能力者がいては堪らないからだ。杏のクローン技術でどこまで本人の能力を再現できるのか、それは分からない。だが吉備津は、できるだけその事態を避けたいと思った。面倒事は少ないほど良いのだ。
「ご好意はありがたいですが、遠慮しておきます。単位は足りていますし、それに……」
「誰か来たのです」
 杏の指摘に、吉備津は口を噤んだ。できるだけ自然体を装いつつ、横目で校舎の裏道に視線を走らせる。すると道の向こうから、こちらへ歩いて来る3人の男女が見えた。先頭に立つ少女はまだかなり若いらしく、見た目は吉備津とそれほど変わらない。一方、左右に控えている金髪とスキンヘッドは、20代後半か30代そこそこのように思われた。
 3人ともスーツを着ているが、道に慣れていないことは一目瞭然だった。必要以上に周囲をキョロキョロと見回していたからだ。車内に緊張が走る。
「あまり悪い人には見えないのです。頬傷も何もないのです」
「そういう外見的特徴は漫画の中の話です。見た目で判断してはいけません」
 杏自身が小学生に見えるのだから、それくらい分かっても良さそうなものだが。吉備津はそんなことを思いながら、じっと3人組の行動を追った。高級外車の宿命か、それとも遠坂の「赤」という色選択が災いしたのか、3人はすぐさま吉備津たちの存在に気が付く。
 どうでる。吉備津が構えたところで、先頭の女が意外な行動に出た。
「……こちらに近付いてくるのです」
「そのようですね……警戒して足取りが重くなるかと思いましたが……」
 女が距離を縮めるごとに、吉備津は自分の推測が正しかったことを確信した。どうみても同世代である。養生の術で年齢を偽っている気配もない。
 中学校を出て、そのまま就職でもしたのだろうか。吉備津が臆見を抱く前に、少女は運転席の窓ガラスをコンコンと叩いた。杏は吉備津を振り返る。
「杏さん、打ち合わせ通りに……」
「分かっているのです」
 杏はそう言うと、運転席のウィンドウを下ろした。
 裏通りに溢れる陽の光を背景に、氷のような美しさをたたえた少女の顔が浮かぶ。
「あなたたちはここで何をしているのですか?」
 それが少女の第一声だった。杏の、ではない。スーツの少女の、である。少女は愛想笑いすら浮かべず、まるで駐車違反を取り締まる警官のような冷淡な表情をしていた。
 一瞬心のギアの切り替えに戸惑った吉備津を他所に、杏が言葉を返した。
「お母さんを待っているのです」
「なぜあなたは運転席に座っているのですか?」
 少女は冷静にそう尋ねた。いや、冷静過ぎると言ってもいい。普通なら、子供がふざけて運転席に座っているだけだと思うはずだ。
 何かがおかしい。長い年月をかけて培われた吉備津の勘が、しきりにそう叫んでいる。しかしその具体的な内容が見えてこない。吉備津は様子を見守る。
「座りたいから座っているだけなのです」
 杏の返事に、吉備津は肝を冷やした。さすがにそれはないだろう。もう少し質問を想定してから打ち合わせておけば良かったと、今さらながらに後悔する吉備津。
 ところが女の返答は、彼の予想の斜め上を行っていた。
「座りたいから座っている……なかなか合理的な答えです」
「私もそう思うのです」
 宇宙人が繰り広げているかのような会話に、吉備津は頭を痛くした。
 全く予期していなかった展開だ。しかし少女は納得してくれたらしい。礼も言わず、そのまま車から離れて行った。仲間たちのところへ戻り、何やら言葉を交わしている。
「杏さん、あの距離の会話を拾えますか……」
 できるだけ声を落として、吉備津は杏にそう尋ねた。
 杏は閉めかけていた窓を数センチほど戻し、じっと聞き耳を立てる。
「……この距離では無理なのです。あと数メートルは近付く必要があるのです」
「そうですか……ではひとつ伺いたいのですが……」
 吉備津は質問を躊躇した。あまりにも馬鹿馬鹿しいと思ったからだ。
 だが現にこの車を運転して来たのは、他ならぬ宇宙人である。自分も陰陽師という、普通なら眉唾物の職業を勤めている。ならば質問してみる価値はあると、吉備津は唇を動かす。
「彼女が宇宙人であるという可能性はありませんか?」
 普通なら笑われかねない問い。しかし杏は、極めて真面目に答えを返す。
「それはないのです。宇宙人だったら分かるのです」
「人間に成り済ましているとしたら?」
「外見だけ人間に成り済ましても、体から発せられる放射線や赤外線などの波長で分かるのです。彼女は普通の人間なのです」
 普通の人間。その表現に、吉備津は眉をひそめた。
「彼女が普通の人間とは思えません。まるで杏さんのような……」
 そこまで言って、吉備津は再び口を噤んだ。少女が戻って来たのだ。やはり様子がおかしいと、吉備津は臨戦態勢を整える。
 半開きの窓から、少女が顔を覗かせた。
「後部座席の少年に質問があります」
 吉備津と少女の目が合う。お互いに1ミリも視線を逸らさない。
「……何でしょうか?」
「あなたは女性にモテますか?」
 吉備津は一瞬言葉を失った。初対面の人間に何を尋ねているのだ。唐突過ぎる質問に対して、吉備津はなるべく平静を保とうとした。相手の目をみつめ、静かに返事をする。
「そこそこ……と申し上げておきます」
「車から降りてもらえませんか? ……少し話があります」
 いよいよ奇怪だ。普通なら、訝しんでこの場を離れるだろう。吉備津から見ても、少女はなかなかに美しい容姿をしていた。とはいえ、言動がおかし過ぎる。これではちょっとアレな人と誤解されても仕方がない。
 しかし今の吉備津は、ある特別な情報を手にしている。このうろな町に、鬼道グループの手先が派遣されるであろうこと、そしてその刺客が捜しているのは、吉備津と同じように女顔の美少年であること……。このふたつを組み合わせた吉備津は、ドアに手を掛けた。
「降りるのですか?」
 杏はそう質問したものの、まるで他人事のような調子だった。無論、それがいつもの杏なのだから、吉備津も今更どうとは思わない。ドアを開け、右脚をアスファルトへと下ろす。
「ええ、どうやら私に用があるらしいので……」
 吉備津は車を降り、ドアを閉めた。少女は不敵な笑みを浮かべ、こう切り出す。
「少しお話ししたいことがあります。そこの女の子には聞かれたくないので、あそこの裏手に来てもらえませんか?」
 誘導が下手過ぎるだろう。吉備津は内心苦笑してしまった。これでは仮に葦原本人だとしても、ついていくわけがない。そこらの小学生ですら警戒するような手管だ。
 けれども今は好都合。吉備津はあっさりと相手の要求を呑む。
「分かりました。お付き合い致しましょう」
 ルナは吉備津を連れ、少し離れたところにある横道へと逸れた。時間帯のせいもあり、人気は全く感じられない。冬の香りを帯びた風が、ひたすらに吹き付ける侘し気な空間。ふたりは肌寒さを感じた様子もなく、微妙な緊張を孕んでお互いに向き合った。
 先に口を開いたのは少女の方だった。
「握手してもらえませんか?」
 耳を疑った吉備津に、少女はそっと左腕を差し出す。
 吉備津が戸惑ったのは一瞬だけで、すぐに事態を察した。……能力者だ。霊力は感じられないので、エスパーかなにかの類いに違いない。そしてその能力は、人と接触することで発揮されるもののようだ。そこまでは吉備津も瞬時に把握した。
 ただどんな能力なのか、それが問題だった。接死ということはないだろう。そこまで凄まじい能力を持つ者は、100年にひとりと現れないし、報酬も天文学的だ。最悪そのような能力だとしても、自分ならば対抗できる。死んだ後で、もう一度招魂すればよいのだから。呪術関連に対して、吉備津は相当な自信があった。
 吉備津はしばらく考え、この勝負に乗ることにした。目の前の少女が当面の敵であることは、もはや疑いようがないのだ。ここで葦原の振りをしておけば、彼の身の安全を図れる。
「ええ、いいですよ」
 吉備津はその美しい右手を差し出しかけ、すぐに左手に切り替えた。
 指と指が触れ合った瞬間、少女はにやりと悪魔のような笑みを漏らす。
「ありがとうございます。任務開始と行きましょう」
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