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うろな町の不思議な人々 作者:稲葉孝太郎

第4章 駐禁違反取り締まり事件

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第32話 バッティング

入江(いりえ)さんと一緒に、どこかへ行った……?」
「はい、10分ほど前に入江ちゃんが来て、先輩と出掛けちゃいました」
 紙屋(かみや)はサンドイッチを頬張りながら、口元に手を当ててそう答えた。
 何と言うことだ。吉備津(きびつ)遠坂(とおさか)は、互いに顔を見合わせる。
「先を越されちゃったみたいね」
 遠坂の一言に、吉備津は唇をわずかに歪めた。大穴でうろなセキュリティに向かったのが好手かと思いきや、入江も同じ情報を得ていたとは……。
 いや、まだそう断定するのは早い。吉備津は気を取り直す。
「行き先はどこか、それについては何も?」
 紙屋はあっさりと首を左右に振った。さらに一口、サンドイッチを頬張る。シャキシャキとしたレタスの音が、吉備津の耳に届いた。
「お昼ですし、食事にでも行ったんじゃないですかね」
 ……違う。間違いなく事件絡みだ。もしかすると、鬼道(きどう)グループの本社に乗り込んだ可能性すらある。入江が何回特殊能力を使ったのか、それも問題だ。2回以上残しているとすれば、一気に解決まで持ち込めるだろう。
 吉備津の脳裏に、葦原(あしはら)の笑顔がよぎった。このままでは、入江に先を越されてしまいかねない。それは陰陽師としてのプライドが許さなかった。
「紙屋さん、ひとつお尋ねしたいことがあるのですが……」
「別にひとつじゃなくてもいいですよ。さっきもそう言ってましたし……」
 紙屋の軽口をスルーして、吉備津は言葉を継ぐ。
「紙屋さんは、鬼道グループという会社をご存知ですか?」
「鬼道グループ……。ええ、知ってますよ。大手の警備コンサルタントですよね」
 そんなに有名な会社なのか。吉備津にも希望が見え始めた。
 こうなったら紙屋を抱き込もう。入江と池守のコンビは切れ者揃いだが、紙屋とて出来の悪い刑事ではないはずだ。
 吉備津は話を進める。
「その鬼道グループが、今回の事件に関係していると思うのです」
「今回の事件……? 自転車の件ですか?」
 吉備津は黙って頷き返す。
 すると紙屋はキョロキョロとあたりを見回し、そして声を落とした。
「私たちは担当を外されたんです……防犯課に怒られますよ……」
「紙屋さんは、それでいいのですか? ずいぶん抗議なさったそうですが……」
 紙屋は口をすぼめ、むっすりとした顔で椅子に座り直した。
 担当を外されたことについて、本人も納得していないのだろう。もう一押しだ。
「とにかく、少しだけ外に出られませんか? 何かを口実に……」
 紙屋は時計を見る。吉備津も視線を向け、時刻がまだ12時半であることを確認した。
 少年たちを待たせることなく、紙屋は席を立つ。
「課長、ちょっと食事に行って来ますッ!」
 紙屋が大声でそう叫ぶと、一番奥のデスクで男が顔を上げた。
「おまえ、今コンビニから帰って来たばかりだろ? まだ食う気か?」
「甘いものは別腹ですッ! すぐ戻りますッ!」
 課長が言葉を発する前に、紙屋はふたりを連れて事務所を飛び出した。
 階段を下り、署の駐車場へと向かう。
 真っ赤なカローラの前で、紙屋はキーを押した。
「ささ、乗ってください」
「良かった……さすがにパトカーじゃないのね……」
 安堵の溜め息を吐く遠坂。確かに同乗者とは言え、パトカーは気分がよくない。誰に見られているかもしれないのだから、社会人としては、できるだけ避けたいのだろう。
 吉備津がそんなことを思っていると、紙屋は乗車を促す。
「早く乗ってください。さすがに2時間も3時間もサボれないですから」
 吉備津と遠坂を乗せ、カローラは駐車場を出た。
 遠坂より抜群にうまい運転で、紙屋は車を走らせる。
「鬼道グループが犯人って、どういうことですか?」
 紙屋の視線をバックミラー越しに感じる吉備津。
 少年は自分の推理を、極めて簡潔に提示する。
「うろなセキュリティとうろなロードケア、どちらも今回の事件と関わりがありそうに見えて、実際には動機が見えてきませんでした。駐輪禁止区域から、別の駐輪禁止区域に自転車を移動させる……。一見、縄張り争いにも見えますが、ロードケアとセキュリティは二人三脚の間柄です。ライバル会社ではありません」
「ええ、私と先輩も、そういう結論になりました。ですから署では防犯課に……」
「しかし、です。もしうろなロードケアとうろなセキュリティの争いではなく、うろな町の駐禁利権に目をつけた、第三者の犯行だとしたら……?」
 車の速度が一瞬だけ緩んだ。無意識のうちに紙屋が反応したのだろう。
 吉備津は、紙屋の理解を待つ。紙屋はしばらく考え込んだ後、言葉を返した。
「つまり、こういうことですか? 今回の事件は、ロードケアとセキュリティの潰し合いではなく、両方を潰そうと企んだ他の警備会社の犯行だと?」
 吉備津はバックミラー越しに頷き返す。
 紙屋はまた考えに沈んだ後、質問をひとつ放った。
「でもどうやって? 今回の事件じゃ、そんな大それたことは……」
「できるのです」
 吉備津の返事に、紙屋がちらりと視線を向けて来た。
 少年はすぐに先を続ける。
「よく考えてみてください。今回の事件の被害者は、十数名に上っています。彼らは事件の詳細を知りませんから、当然に回収業者が怪しいと考えるでしょう。うろな署の方でも、既にそういう苦情があるのではありませんか?」
 吉備津の問いに、紙屋がこくりと首を縦に振った。
 機密事項なのだろうが、仕方がないと言った感じだ。
「やはりそうでしたか……。そうなると、事態はかなり進展しています」
「それは、どういう……」
「被害者たちは遅かれ早かれ、警察に訴えたにもかかわらず、回収業者が罰せられないことに気付くでしょう。それどころか、犯人は全く公表されません。もし誰かがその状況で、警備会社が警察OBの天下り先として機能していることを知ったら、どうなりますか?」
 紙屋の顔が軽く青ざめる。ハンドルを握る手がかすかに震えた。
「そ、それは誤解です。私たちは賄賂なんか……」
「ええ、それは存じています。しかしそれは内部事情で、部外者には分かりません。そこでライバルの警備会社が、うろなセキュリティとうろなロードケア、そしてうろな警察署の癒着をまことしやかに流せば、これで計画は完了するのです。政治問題になれば、役所としても再入札にせざるをえなくなるはず」
 全てを悟った紙屋は、唇を噛み締めてアクセルを踏んだ。
 どこへ行くのだ。まさか鬼道グループに突撃する気か。
「紙屋さん、この車はどこへ向かっているのですか?」
「鬼道グループは、うろな町にも支所を持っています。前回の入札時に『町内に1箇所以上の営業所を持つこと』が要件だったので、慌てて作ったんですよ」
 そして、入札に負けたというわけか……。吉備津は横に座る遠坂を盗み見た。彼女は窓ガラス越しに、流れ去る風景を眺めていた。
 いや、眺めているのではない。彼女も何か深く考え込んでいるようだった。鬼道グループが入札に負けたのは確かだが、それがただの偶然だったと言えるのだろうか。当初の予定では、一社のみがうろな全域の回収業務を引き受ける予定だったと言う。うろなセキュリティもうろなロードケアも、その条件下では鬼道グループと競ることなどできなかっただろう。不公平を蒙ったのは、実は鬼道グループの方ではないのか……。
 吉備津はこの事件の背景に、白黒つかない鵺のような存在を感じ取っていた。それが政治なのは、数百年生きて来た彼にも分かってはいるのだが……。
「あ、見えて来ましたよ、あの……」
 紙屋の唇が止まる。
 吉備津はフロントガラスの向こうに、小さなプレハブを見つけた。
 そして、1台のパトカーも……。
「目的は先輩たちも同じだったみたいですね」
「……そのようですね」
 紙屋は狭い駐車場に楽々と車を入れ、運転席を降りた。
 吉備津と遠坂も自発的に下車する。扉を閉めた吉備津は、目の前にあるプレハブと、玄関に掛けられた【鬼道グループ うろな町営業所】の看板を見つめた。まるで工事現場に残された建物を、そのまま借り受けたような風情だ。とても警備会社には見えない。
 入札の条件を知った段階では、新規に建造する暇がなかったのだろう。
 吉備津の観察を他所に、紙屋は先着のパトカーを覗き込む。
「中に誰もいませんね……ということは……」
 そのときだった。営業所の扉が、がたがたと音を立てて開いた。
 誰だ。吉備津たちが振り返ると、池守が顔を覗かせる。
「……おまえら、どうしたんだ?」
 驚く池守の後ろから、入江がひょっこり出て来た。さらに見知らぬ少年も。
 彼が入江の立会人なのだろう。吉備津はそう推測した。
「先輩ッ! 鬼道グループの従業員はもう取調べましたかッ!?」
 そう叫んで、紙屋が池守に駆け寄った。池守は残念そうに首を振る。
「ダメだ、誰もいない」
「誰もいない……? そんなはずは……」
「中を見てみろよ」
 池守に促され、吉備津たちはプレハブ小屋を覗き込む。薄暗い室内は、あちこちイタズラされた形跡があった。窓ガラスが破れ、段ボールで塞いであるところすらある。
「これはもしや……架空の営業所なのでは……」
 吉備津の呟きに、池守が頷き返す。
「そうみたいだな……。おそらく鬼道グループは、ここを入札の口実に使っただけで、それ以降は全く使ってないんだろう。電話線も切れてた」
「それって違法なんじゃ……」
 紙屋の疑念に池守は肩をすくめ、遠坂に目を向けた。神出鬼没過ぎる女に慣れたのか、あまり驚いてはいないようだ。
「遠坂、こんなところで何やってるんだ?」
「名探偵ごっこ、ってとこかしら」
 遠坂の返事を冗談と受け取ったらしく、池守は軽く笑った。
 だがすぐに真剣味を取戻す。
「紙屋、おまえは何でここに?」
「このふたりから、今回の事件のヒントをもらったんです。鬼道グループが怪しい、と」
 池守は2、3度立て続けに頷き、遠坂、吉備津、入江の3人を見比べる。
「きみたちは、ほんとに勘がいいな。俺の専属アドバイザーになって欲しいくらいだよ」
「あ、そういうのは間に合ってるから」
 遠坂は意味深な答えを返し、池守を煙に巻いた。
 この女、未だによく分からないところがある。住んでいる場所も所有している車も、一介の国語教師では買えないようなものばかりだ。実家が大金持ちという噂もない。裏で怪しげな副業をしているのではないか。吉備津はあらためて不思議に思う。
 しかし今は、遠坂の素性が謎解きの対象ではない。吉備津は入江に向き直る。
「入江さん、まだ勝負はついていないのですね?」
 池守たち大人グループを避け、吉備津はそう声を掛けた。
「まだなのです。無人ではどうしようもないのです」
「鬼道グループが容疑者というところまでは、どちらも辿り着いたようですね。ここいらで引き分けにしますか?」
 吉備津の質問に、入江はしばし長考した。
「……それでもいいのです」
「ええ? じゃあいったい俺は何のために……」
 そうぼやいたのは、入江の隣にいる高校生くらいの少年だった。
 若干三枚目の素質がありそうな顔をしている。吉備津は自己紹介をした。
「私が吉備津いづなです……あなたは……」
「あ、俺は逆木(さかき)って言います。えーと、あなたが陰陽……」
 うっかりな逆木の口を、吉備津は眼光一閃で黙らせる。
 逆木はおっかなびっくりと言った感じで、後頭部を掻いた。
「すんません、どうも口が軽くて……」
「いえ、別に謝らなくても結構です。それよりも次の捜査目標を……」
 吉備津はふと、地面にあるタイヤの跡に目を留めた。砂地でタイヤ痕などははっきりしないが、その出入りくらいは追える。
 ひとつは池守のパトカー……ひとつは紙屋のカローラ……。
 ところがもうひとつ、一際深い溝が残っていた。それは一旦通りからこの敷地に入り、再び出て行ったように見える。
「どうしたんっすか?」
 膝を屈めた吉備津に、逆木が声を掛けた。
 吉備津は返事をせず、じっと地面を見つめる。
「まずいですね……」
「何がですか?」
 吉備津は立ち上がり、再度逆木の質問を無視した。
 逆木は怪訝そうに彼の横顔に魅入る。
「鬼道グループはこの町に来ています……どうやらまた後手に回ったらしい……」
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